2-8 カミルの異変
カミルの捜索方法は、日々也とリリアからしてみれば異質としか言いようがなかった。
ミィヤたちを探し始めてから、早2時間。彼は誰もいない廃墟や暗い路地裏、人通りの少ない街道などを歩き回っては周囲を見渡し、また次の場所へ向かうといったことを繰り返していた。
時折、頭に乗せたルーを地面に下ろしては辺りの匂いを嗅がせてはいたものの、それ以外に何かをするそぶりもなく、聞き込みをするわけでもなければ、ミィヤやサクラの名を呼ぶことすらしない。
ただただ、黙って街中を徘徊するだけだ。
「あの、カミルさん? ちょっといいですか?」
「んー? 何?」
「ミィヤちゃんたちを見つける気、本当にあります?」
少年の生返事に軽く苛つきながら、リリアは先程から抱き始めていた疑問を口にする。
確かに怪しい場所を手当たり次第に探すとは言っていたが、まさか本当にそのつもりだとはさすがのリリアも思っていなかった。だというのに、実際のところは本人の宣言通りそれらしいところを当てもなくぶらつくばかり。加えて、この真剣味の感じられない態度だ。もはや心配を通り越して怒りすら覚えてくる。ルナがほのめかしていた策とやらも、これでは信用できるものかどうか。
そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、カミルはリリアの問いにため息をつき、
「あるよ。すごくある。だから任せて」
「任せてって………だったら、もう少し真面目に……………」
「はいはい、リリアちゃん落ち着いて~」
「わぷっ!?」
リリアが声を荒げようとした瞬間、顔面に気の抜ける喋り方をしながらルナがべたりとへばりついてきた。
鼻と口を塞がれ、強制的に呼吸を封じられた少女は慌ててその小さな精霊を引き剥がす。
「もう! いきなり何をするんですか、ルナちゃん!? 私は今、大事な話を……………」
「大切な友達がさらわれて~、不安なんだよね~? 分かるよ~。でも~、それは~、カミルも同じだってこと~、忘れないであげて~」
「あ…………………………」
緩やかな口調で諭され、リリアははたと気づく。
確かに、ミィヤもサクラも彼女にとってかけがえのない友人である。だが、それはカミルにとっても同じこと。特にミィヤに関しては、自分とは比べものにならないほど長い時間を一緒に過ごした幼なじみなのだ。必死でないわけがない。
そんなことは理解していたはずなのに、この数時間で何の成果も上げられていないという現状に焦りを感じてしまっていた。
ルナの眠たげながらも真っ直ぐな視線にさらされて、自らがいかに気を逸らせていたかを思い知らされる。
「ご、ごめんなさい、カミルさん。私………」
「ん、いいよ。別に」
肩を落として謝るリリア。それに対し、先頭を行くカミルは柔和な口調で返しながらも振り返らずに歩き続ける。
そんなやりとりを後ろから眺めながら、日々也は一人渋面を浮かべていた。
(これは………さすがによくない流れだな)
日々也からしてみてもミィヤたちの安否が気がかりなのは変わらない。しかし、付き合いの短さゆえか、はたまたそういった性分ゆえか、今この場で最も冷静なのもまた彼であった。
だからだろうか。
リリアよりも先にカミルの違和感に気づけたのは。
普段のカミルであれば謝罪を口にする相手、それも気落ちした友人へ顔も向けずに言葉だけで対応するなどあるはずがない。それだけ彼も精神的に余裕がないということなのか。
あるいは――――――――――、
「なぁ、カミル」
「………ん? どうかした? ヒビヤ」
自らを呼ぶ声に、白い帽子の少年は前だけを見つめたままで応える。その反応を見た日々也は、『やはりか』という確信めいたものを感じてカミルの肩を掴み、半ば無理矢理に自分たちの方へと彼の体を反転させた。
そこにあったのは僅かな驚愕と戸惑いの表情。だが、何よりも色濃く現れていたのは疲労であった。
苦痛を堪えるようにしわの寄った眉根。顔面は蒼白で、固く引き結ばれた口の内側では奥歯をかみしめているのが見て取れる。様子がおかしいのは誰の目にも明らかだった。
「ど、どうしたんですか、カミルさん!? 顔、真っ青じゃないですか!?」
「な…何でもないよ。ちょっと疲れただけ……だから」
「そんなわけないじゃないですか! もしかして、どこか具合が悪いんじゃ……………」
「ほ、本当だって…………ほら、飲まず食わずでずっと歩き回ってるからさ………」
「それに関しては僕たちも同じはずだけどな」
「ぅ……………」
日々也の鋭い指摘でカミルが言葉に詰まる。
しばらくの間、彼は右へ左へと視線を泳がせながら沈黙を守っていたが、やがて諦めたように目を閉じると、
「困ったなぁ………どうして分かったの?」
「別に。ただ、話しかけられたときに少しだけ反応が遅れてるような気がしたからな」
「……そっか。じゃあ、今度からはその辺りも注意しないとね」
そう言って、カミルはどこか恥ずかしげに苦笑する。だが、それだけだった。体調不良の原因をろくに説明しようともせず、黙って踵を返すと再び日々也たちの前を歩き始める。
これに驚いたのはリリアだ。とにかく先を急ごうとするカミルの腕を慌てて掴んで引き留める。
「カミルさん駄目ですよ! そんなフラフラの状態で無茶したら!」
「………心配してくれてありがとう。でも、今はボクのことなんかより、ミィヤたちを早く見つけないと」
「そ、それも大切ですけど……ロ、ロナちゃんからも何か言ってあげて下さいよ!」
「…………………………好きにさせてあげたらいいじゃない。そいつがそうしたいって言ってるんだから」
どうあっても足を止めようとしないカミルをどうしていいか分からず、リリアはロナに助け船を求める。しかし、近くを浮遊する赤い精霊はその声に軽く一瞥しただけで、拗ねたようにふいと顔を背けてしまった。ルナに視線を移してみても首を左右に振られてしまい、彼女の頼みは聞き入れて貰えそうにない。
「ね? そういうことだから、そろそろ離してよリリアちゃん」
「で、でも……でもぉ…………」
優しく諭すカミルに、リリアはまるで幼い子どものような態度で拒絶の意を示す。さすがの日々也もそれを見て、『仕方がないな』とばかりに肩をすくめると、
「カミル。疲れてるんだろ? だったら、いったん休んだ方がよくないか?」
「もう、ヒビヤまで。このくらい大丈夫だってば。そんなことより急がないと、でしょ?」
「腹減ってるんじゃなかったのか?」
「まだまだ我慢できるよ。ミィヤたちだってお腹空かせてるだろうし、きっと怖い思いをしてる。休んでなんていられないよ」
あくまでも穏やかな口調で、微笑みすらたたえるカミル。それでも、彼は頑固なまでに日々也たちの提案を拒み続けていた。些末ごとだとばかりに自らの身を顧みず、ひたすらにひたすらに、ミィヤとサクラを救い出すことだけを考えて体に鞭を打つ。
献身、と言えば聞こえはいいかもしれない。
自己犠牲、と表現すればまだマシだろう。
利他的など、評価としては甘すぎる。
一体、何が彼をそこまで突き動かすのか日々也たちには分からない。唯一理解できることがあるとするならば、カミルの奥底にあるものが破滅願望と呼べるほどに異常な何かだという点だけであった。
「あ、あの、カミルさ……………」
「あ。二人とも、ちょっとごめん」
不安に駆られたリリアが口を開いたとき、唐突にカミルが謝罪したかと思うと、自らの背後へ回るよう強引に二人の手を引いた。
咄嗟のことでろくに反応する暇もなく、バランスを崩してよろめく日々也たち。何とか転倒こそ免れたものの、突然の暴挙にムッとした日々也がカミルに抗議の声を上げようとする。
その瞬間、
ガァン! と、大きな音が響き渡った。