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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第2章 たまごが先かニワトリが先か
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2-7 過酷な現実

「……………ぅ、ん」


「あ! ミィヤお姉ちゃん! よかった、気がついたぁ………」


「サク、ラ……ちゃん?」


 穏やかなまどろみが終わりを告げ、意識を取り戻したミィヤの目に飛び込んできたのは、心配そうに自らを覗き込むサクラの姿であった。次いで、感じたのは倦怠感。まるで体が鉛のように重く、けだるい。

 一体、何がどうなっているのだろう。

 ろくに働かない頭で今まであった出来事ををたどり、公園でサクラと遊んでいた最中に数人の男たちに襲われたことを思い出す。連れ去られそうになる少女を助けようとした直後、後頭部に衝撃が走り、視界が暗転したのが最後の記憶だ。

 恐らく、いや、間違いなく気絶していたのだろう。不意を突かれたとはいえ、情けないものだとミィヤは内心で歯がみする。


「よかった………よかったよぉ……お姉ちゃん、ずっと起きないし…でも、頭を打ったときは揺らしちゃ駄目って聞いたことあったから、どうしていいのか分かんなくて……わたし、わたし……………」


「ニャハハ。サクラちゃん、ちょっと落ち着くニャア」


 目覚めたことに安心したのか、泣きじゃくり始めたサクラをなだめるために手を伸ばそうとするミィヤ。だが、背中に回された腕はその場から動かすことができなかった。どうやら拘束されているらしい。よくよく見てみれば、足にも太い荒縄が巻き付けられている。

 仕方がないなと、代わりにミィヤはサクラに優しく微笑みかけ、


「サクラちゃん。私は平気だニャア。だから、泣かなくても大丈夫だニャア」


「……本当? 本当に、本当?」


「本当だニャア。この程度、ぜーんぜんなんてことないニャア」


 大嘘である。

 頭皮が裂けた痛み。脳髄の奥にまで響くような頭痛と、それによって併発される猛烈な吐き気。はっきり言って、気分は『最悪』の一言に尽きた。どれほどの間そうしていたのか、長いこと固く冷たい地面に押しつけられていた頬は動かしづらく、笑顔を作るという動作の困難さに拍車をかける。

 しかし、それでもミィヤは強がることを止めなかった。

 自らが弱音を吐くことで、まだ幼いサクラを怯えさせるわけにはいかない。その一心から、痛さもつらさも全て飲み込んで必死に体裁を取り繕う。


(多分、今頃はカミルが何とかしようと動いてるだろうしニャア。私も私で、できるだけのことはやっとかないとニャア)


 そう考え、ミィヤは素早く周囲に視線を走らせる。

 見えるものはレンガ造りの壁と床。簡素ながらも頑丈そうな鉄格子。そして、部屋の隅で震えている三人の少年少女たち。


(……………ニャア?)


 自分たち以外にもさらわれてきた子どもたちがいる。その事実に、ミィヤは一瞬だけ眉をひそめた。

 誘拐の目的といえば、もっぱら身代金目当てであるはずだ。だが、それなら人質は一人で十分のはず。サクラが襲われる現場を目撃してしまった自分を捕まえたのはまだしも、なぜ他に三人もいるのか。この人数では移動するにも手間がかかりすぎるだろうに。

 さらに分からないのは面子だ。身なりから判断する限りでは、誰一人として貴族出身の者であるようには見えない。ミィヤ本人とサクラに至っては言わずもがなである。これでは要求できる額もたいしたものではあるまい。


(なら、他に要因があるってことかニャア? 魔法使い……いや、サクラちゃんは違うしニャア………。そもそも、そんなの外見だけで判別できるものでもないしニャア……………)


 考えがまとまらない。

 思考を巡らせようとする度に頭の痛みが邪魔をして、身じろぐごとに乱れた髪が好き勝手に暴れては首筋をくすぐるのが鬱陶しい。

 リボンをどこかに落としたせいだ。お気に入りのものだったのに。

 そう思うと、誘拐犯に対する怒りがふつふつとわき上がってくる。


「ミィヤお姉ちゃん? どうしたの?」


「ん? あぁ、何でもないニャア」


 不安げに声をかけるサクラの様子に、自分が今どんな顔をしていたのかを知ったミィヤは慌てて笑みを浮かべた。

 怖がらせるな。困惑させるな。どうってことない風を装い続けろ。それが年長者である自分の役目なのだと、心の中で言い聞かせる。一人でもパニックを起こせば瞬く間に他の子にも伝播し、収拾が付かなくなるだろう。そんな事態になってしまっては、脱出の機を逃してしまうかもしれない。

 そのためにも、まず為すべきは――――――――――、


「とりあえず、知らない子たちもいるみたいだし、自己紹介から始めようかニャア。私はミィヤ。こっちの子はサクラちゃんだニャア。君たちの名前は?」


 手足を縛られながらも器用に座り直したミィヤが選択した行動は、怯える少年たちへの挨拶であった。

 できるだけ明るく、可能な限りにこやかに、猫少女は語りかける。拉致監禁されているという現状にそぐわない態度に、名も知らぬ少年たちは初めこそどう対応したものかと互いに顔を見合わせていたが、一番年上らしき子が名乗るのを皮切りに全員が重い口を少しずつ開きだした。


「ぼ、ぼくは、ラング……」


「フィーナ………です」


「キャ、キャンティ…………」


「ラングクンにフィーナちゃん、キャンティちゃん………みんないい名前だニャア。ところで、誰か刃物とか持ってないかニャア? このロープ、切りたいんだけどニャア」


 投げかけられた問いの答えを、無言で首を横に振って返すラングたち。

 それに対してミィヤは『それなら仕方がないニャア』と、ため息交じりに苦笑しながらおどけてみせる。自らの足を縛る縄を確認した限りでは、子どもが素手で解くことは叶わないだろう。つまりは、この拘束から逃れる術は今のところ存在しないということだ。

 しかし、だからといってサクラやラングたちが気負うような言動は避けねばならない。場の空気を和ませつつ、少しでも情報を集める必要がある。そのためならば、道化だって演じてみせよう。

 全ては、全員で無事にここから脱出するために。

 そう考え、ミィヤは時に談笑し、時にさらわれた際の状況や彼ら自身の話を聞き出していく。その結果、分かったのは捕まっている者たちにまるで統一性がないということだけだった。

 住んでいる地域も、通っている学校も、襲われた場所も時間帯も、性別から家族構成に至るまで何かもかもがバラバラで共通点が一切ない。


(唯一それらしいところがあるとすれば、みんな10歳前後ってくらいかニャア。問題はどうしてそんな子ばかり集めてるのかってことだけど……………臓器売買が目的、とかだったら嫌だニャア)


 表情だけは崩さず、怖気の走る自らの想像にひっそりと身震いする。

 目の前のサクラを、そして知り合ったばかりの未だ幼い子らを見て、そんなことは絶対にさせないとミィヤは改めて決意を固め、


「よし! それじゃあ、そろそろここから脱出する方法でも相談し合おうかニャア!」


「だ、脱出って………そんなことできるんですか?」


「心配いらないニャア! 私はこう見えても、あのハクミライトに通ってる凄腕の魔法使いなんだニャア! だから、こんな牢屋から抜け出すくらい、ちょちょいのちょいと……………」


「へぇ、なら手足は縛るだけじゃなくて骨でも折っといた方がよかったか?」


 唐突に、ミィヤの背後から聞き慣れぬ声が聞こえてきた。それとほとんど時を同じくして、ラングたちが小さく悲鳴を上げる。

 反射的に振り向いた猫少女の視界に映ったのは、鉄格子の向こう側にある扉から歩み寄る、まさしくといった風貌の男であった。剃っているのか、はげ上がった頭。彫られた入れ墨は相手に威圧感を与え、他者を蔑む悪辣な顔中に刻まれている傷跡は見る者を萎縮させる。

 確証など何もない。証拠などどこにもない。だが、直感的に理解した。この男こそが自分たちを捕らえ、こんな場所に押し込んだ暴漢どもの首魁なのだと。


「…………これはまた、マナーのなってない大人が出てきたもんだニャア。子ども同士で楽しくお喋りしてるところに割り込んでくるなんて」


「そりゃあ、悪かったな。テメェらと違って、こちとら礼儀だの何だのとはずいぶんと縁遠い生き方してきたモンでなぁ」


 どう考えても危険な相手だ。そう判断した上で、ミィヤはあえて軽口を叩く。

 お前などには屈しないという意思表示。この程度は何の障害でもないという虚勢。下卑た笑みをたたえる目の前の男には見破られているだろうが、それでもいい。肝心なのは自らが子どもたちの心の支えになることだと、拳を握りしめる。


「なるほど、なるほど。そういうことなら仕方ないかもしれないニャア。でも、いいのかニャア? 大事な商品を傷物にでもしちゃったら、価値が下がっちゃうんじゃないかニャア?」


「心配いらねぇよ。テメェは仕事の現場を見ちまったから、ついでで捕まえたに過ぎねぇ。今回のクライアントの要望には沿わねぇ以上、何したって問題ねぇってこった」


「クライアント?」


 その言葉に、ミィヤは思わずといった様子で吹き出した。

 明らかな嘲笑。男は自分を馬鹿にした少女の態度に眼を細める。


「何を笑ってやがる?」


「ニャハ、ニャハハ。だって、クライアントって……このご時世に人攫いくらいしかできないような学のない人間が、何を格好つけてるんだニャア? ニャッ、ニャッハハハハハハハハハハ! お、お腹痛いニャア!」


 暗く、ジメジメとした室内とは裏腹に、明るくケラケラと笑うミィヤ。きっと、拘束さえされていなければそこら中を転げ回っていたことだろう。それほどまでに滑稽だと彼女は言外に語ってみせる。

 そんなミィヤの首元へ男の腕が伸ばされるまで、そう時間はかからなかった。


「か、ヒュッ……!」


「ミィヤお姉ちゃん!!」


 サクラの叫び声が部屋中に響き渡り、ラングたちが恐怖に凍り付く。彼らの目の前で繰り広げられている光景は、まるで現実とは思えない異様なものであった。

 ミィヤと男の間には、今もなお鉄格子が存在している。当然、隙間こそあれど決して間隔は広くなく、子どもならまだしも大人の腕が通る幅ではない。筋肉質で、太い木の枝ほどもある男の腕なら尚更だ。にもかかわらず、冷たい鉄棒はその巨腕を避けるかのごとく不自然に曲がり、悪漢の暴挙を止める役目を果たさない。

 男は宙に浮かされ、全ての負荷が首一本に集中して苦悶するミィヤへ満足げな表情を向け、


「その喋り方………お前、『半獣』だろ? いいこと教えといてやるよ。俺たちの得意先には、そういうのを好んで買い取ってくれる客も大勢いるんだ。特に、お前みたいな年頃の女ってのは結構な額で売れてなぁ。販売ルートには事欠かねぇ。で、だ。そのときは引き渡す前に色々と調教してやるんだよ。今は請け負ってるヤマがデケェから、そっちを優先してやってるが……………」


 ミィヤを締め上げる指に一層力が加えられる。それと同時に、彼女の視界は端からじわじわと黒く塗りつぶされていき、耳に入る音は遠くなっていく。


「予定繰り上げてブチ犯されたくなきゃあ、なめた口きいてんじゃねぇぞクソガキ」


 嘘偽りのない脅しの言葉。

 横で聞いていたサクラたちがその意味を正しく理解できたかは定かではない。しかし、もしも怒りが許容量を超えれば、この男は一切の情け容赦なく宣言通りのことを行ってみせるだろう。そして、それがミィヤにとってよくないことであるのは明白だった。

 自分たちを元気づけるために励ましてくれた優しいお姉ちゃん。彼女が今、なすすべもなく苦しめられている姿に子どもたちが震え出す。

 何もしてあげられない無力さと、同じように酷いことをされるんじゃないかという恐怖心。絶望感が牢屋の中を支配していく。

 そのとき、


「…………く、あ………か…ニャア」


「あ? 何だって?」


 ミィヤの口から苦痛の声ではない、意味のある言葉が漏れた。

 男は聞き取るために自らの耳元へと少女の顔を近づける。


「き、こえ……なかったか…ニャア? 臭い………から、その口を……閉じてろって………言ったんだ、ニャア……………この、ハゲ頭………」


「………ッ!!」


 瞬間、男の額に青筋が浮かび、力任せにミィヤを放り投げた。動きに合わせて鉄格子は当然のように形を変え、僅かな妨害すらもしない。


「か、はっ………!」


「ったく、つくづく腹の立つヤツだ」


 首を絞められる苦しさから解放されたのも束の間、壁に叩きつけられた激痛にミィヤは身もだえる。背中を強打したことによる呼吸困難。加えて、衝突の際に挟まれた手首は折れてしまったんじゃないかと思えるほどに痛い。

 それでも、彼女の毅然とした態度が変わることはなかった。必死に呼吸を整え、鋭い眼光で相手を睨み返す。

 少女の反抗的な目つきに、男は忌々しそうに舌打ちをすると、


「まぁ、いい。強がっていられんのも今のうちだ。どうも俺らを嗅ぎ回ってる小バエがいるみてぇだし、テメェのことはそっちを片してからにしておいてやる。せいぜい今のうちから楽しみにしとけや」


 そう言い残し、男は部屋を後にした。扉が閉まり、続いて足音が少しずつ遠のいていく。

 しばらくして耳が痛くなるほどの静寂が戻ってきたころ、ミィヤは細く長く息を吐き、床に体を横たえる。気がつけば、極度の緊張から信じられないくらいに全身が凝り固まっていた。

 そんな友人を心配し、ようやく体の硬直が解けてきたサクラが急いで駆け寄る。


「ミ、ミィヤお姉ちゃん、大丈夫? ごめんね……私、こ、怖くて…動けなくて………」


「ニャハハ、このくらいどうってことないニャア。むしろ、サクラちゃんたちが危ない目に遭わなくて安心したニャア。……………それに、あのハゲのおかげで必要な情報は手に入ったしニャア」


「『じょうほう』………?」


 痛みを抑えるため、そして何より少しでも安心させるためにキョトンとしているサクラの膝に頭を乗せたミィヤがかすかに頷く。

 今いるここがどこなのか、大体の場所は見当が付いた。

 自分たちをさらった集団の素性も、大まかにだが把握した。

 しかし、それを外部に知らせる術がない。

 さて、どうしたものかとミィヤが思案する中、視界の端を小さな影が横切った。

 その正体が何かを悟った瞬間、彼女は口角をニッと吊り上げ、


「サクラちゃん、ラングクン、フィーナちゃん、キャンティちゃん。ちょぉっと、みんなにお手伝いしてもらいたいことがあるんだけど………いいかニャア?」

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