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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第1章 いつもと違う「日々」の始まり
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1-39 いつもと違う『日々』の始まり

「我、汝との契約を望む者なり。我が呼びかけに答えよ。召、喚っ!」


 静まりかえった体育館にリリアの声が響き渡った。それと同時に、気の抜けたような爆発音。辺りには白煙が立ちこめる。

 召喚魔法を使用した際、モンスターを別の世界からこの世界へ連れてくるための魔力が異世界間で生じる摩擦によって魔素化し、巻き上がって起こる現象――――――――――だとかなんだとか説明をされたが、日々也には全くもってさっぱりだった。

 代わりに、分かっている純然たる事実を口にする。


「47回目、失敗………と」


「……………あーっ! もう! いちいち数えないでくださいよっ! ちゃんとできてないのは、私が一番よく分かってるんですから!」


 盛大に杖を振り回し、地団駄を踏むリリア。現在、彼女は召喚魔法の試験の再試、その真っ最中であった。

 とはいえ、そこは不正の効かない魔法の実技。あまりにも成功の兆しが見えないリリアの様子に、監督の教師は『成功したら報告にくるように』とだけ言い残してさっさとこの場を後にし、何度やっても上手くいかないリリアと付き添いの日々也の二人だけがだだっ広い空間に寂しく居座っていた。


「というか、ずるくないですか!? ヒビヤさんだけ試験の免除だなんて! 不公平です!」


「僕はまだこの世界の文字が読めないんだから仕方ないだろ」


 やれやれと、日々也は肩をすくめる。今はこのハクミライト魔法学校の生徒として在籍している彼ではあるが、読み書きができなければ試験も何もないだろうとのことで、今回の一回だけに限り、試験の免除を理事長から伝えられていた。

 そのことは当然、リリアを含めた生徒たち全員に通達されてはいる。しかし、さりとて本人たちからすれば面白くはない。リリアのように再試に苦しんでいる立場であればなおさらだ。


「とにかく、さっさと終わりにしてくれよ。せっかくカミルが試験明けの打ち上げをしてくれるっていうんだからな」


「分かってます……分かってますよぅ………。私だって、こんなこと早く終わらせたいんですよぅ………」


 杖の先端に魔力を集め、ため息交じりに陣を描き直すリリア。その姿を見ていられないとばかりに、日々也は背後の壁に背中だけでなく頭まで預けて視線をそらす。

 そして、


「だったらあの時、素直に理事長に『お願い』すればよかったんじゃないのか?」


 呆れとも、嫌みともとれない声音で問いかける。

 作業の手を止めたリリアが振り返るのを視界の端に捉えたが、彼は意図的にそれを無視した。

 理事長が願い事を叶えてくれると言った日から早数日。日々也は未だに、リリアが口にした内容の意味を図りかねていた。

 少女が理事長へと願ったこと。それは『アレウムを許してあげてほしい』というものだった。

 今回の事件の真相を公にせず、憲兵にも引き渡さない。そんな子どもの無理難題をあの変人は快諾し、見事に成し遂げてみせた。

 被害者であるアカネたちに正体がばれていなかったことも相まって、真実を知っているのは当事者である日々也たちとごく一部の人間だけ。その他大勢の者たちは、学園に迷い込んだ『はぐれ』の召喚獣が夜な夜な生徒を襲っていたのを理事長に退治され、彼と契約を結ぶことで無害化し、事件は終息を迎えたという作り話によって胸をなで下ろしていた。

 別に、そのことに不満があるわけではない。

 学内に広がっていた根も葉もない噂は綺麗さっぱりなくなって、何事もない日常も戻ってきた。しかし、その結果は真相が明るみに出ていようがいまいが変わってはいなかったはずだ。

 だからこそ、日々也には理解できなかった。自分の利となる機会を捨ててまで、リリアが犯罪者であるアレウムをかばった理由が。


「先生は………アレウム先生は、ちょっと疲れてただけなんですよ」


 どこか悲しげに、リリアはそう答えた。まるで、アレウムが苦しんでいたという事実に気づいてあげられなかったことを悔やんでいるように。


「私は、アレウム先生が本当はすごく優しい先生だって知ってます。それが娘さんのことでいっぱいいっぱいになって………つい、魔が差しちゃっただけなんです。きっと。だから、やり直す機会をあげられるなら、そうしたいって思ったんです。先生なら、絶対に自分の間違いに気づくことができるはずですから」


 『アカネさんたちには悪いですけどね』と、いたずらっぽくリリアが笑う。その姿に、日々也の頬も僅かにほころんだ。

 彼女がそう言うのならば仕方がないだろう。もとより、日々也も今更異を唱えるつもりはない。アカネたちにとってはいい薬だと思って諦めてもらおう。

 ただ、一つだけ解せないことがあるとすれば、


「あれだけ殺されそうになったってのに、あっさり許せるのはある意味尊敬するな」


「あ! そのことですけど、先生は多分、本気で殺す気はなかったと思いますよ」


「…………………………は?」


 予想外の言葉に、日々也は驚いてリリアへと視線を戻す。

 突然何を言い出すのだ、この少女は。

 殺す気はなかった? あれだけめちゃくちゃに攻撃をしてきていたのに?


「だって、先生は一度たりとも急所を狙ってきませんでしたし」


 リリアに言われて、初めて日々也も気づく。

 怪我をしたのは手や足ばかり。扉を壊した際に日々也の顔の横を岩塊が通り抜けていったが、あれは本来リリアに向けて放たれた物。そして、二人の身長差は丁度頭一つ分ほど。つまりは、もとより当てるつもりなどなかったことになる。後はせいぜい、日々也たちの移動先や動きを制限するための牽制程度にしか『七つの石』は使われていない。


「アカネさんたちにしてもそうですよ。先生がその気になれば、私たちの邪魔が入ろうともっと簡単に殺すことくらいできたはずです」


「ちょ、ちょっと待て! だったら、最後のやつはどう説明するんだよ!? 天井を崩落させてきたんだぞ!?」


 淡々と推論を口にするリリアを、日々也は慌てて止める。

 実際、あれで額を切った。危うく死ぬところだったと反論する日々也だが、リリアはあっさりとそれすらも簡単に解説してみせる。


「後で理事長さんが教えてくれました。あの瓦礫の山ですけど、内側に人が一人すっぽりと収まりそうなくらいの空間があったそうですよ。アレウム先生は、単純にヒビヤさんの動きを封じようとしただけだったんでしょうね」


 それを聞いて、日々也はあまりの虚脱感からがっくりとうなだれる。あれだけ必死に、それこそ死ぬ気で戦っていたのにアレウムは全力で手を抜いていたというのか。しかも、抵抗したが故に怪我が増えたなど笑い話にもなりやしない。


「つまりは、僕らがわざわざ首を突っ込まなくても何の問題もなかったってことか………」


 まさしく、骨折り損のくたびれもうけだ。なかなかの皮肉な話に、日々也も自嘲を漏らす。

 だが、そんな彼の考えをリリアは首を振って否定した。


「それは違うと思います。確かに先生は一線を越えることはありませんでしたけど、それでも自分で自分を止められないところまで来てたんじゃないでしょうか。だからこそ、止めてあげられる誰かが必要だった。そうだとしたら、きっと今回のことは無駄なんかじゃないですよ」


「………予想ばっかりで断定できる要素が全くないけどな」


「それは仕方ないじゃないですか。けど、一つだけはっきりしてることがありますよ」


「何だよ?」


 疑問の視線を向ける日々也。それに対し、リリアはしっかりと少年を見つめ返す。

 そして、まるで昇り始めた朝日のような優しくまぶしい笑顔を浮かべ、答える。


「ヒビヤさんが私やアカネさんを助けるために頑張ってくれたこと、です」


 どこまでも、澄んだ瞳だった。

 日々也の努力。その事実を、優しさを、欠片も疑っていない心からの言葉。

 それだけは、何があっても絶対に間違ってないのだと少女は断言する。


「……………そうかよ」


「はい。そう、です」


 自らに向けられた純粋な瞳に、日々也は自分の顔が紅潮するのを感じてそっぽを向く。

 全くもってむずがゆい。


「ところで、アレウム先生を助けたかったっていうのはいいんだけどな。その結果、嘘をつくことになったのは構わなかったのかよ?」


「う、嘘だからって何でもかんでも駄目って言うほど私は頭でっかちじゃありません。私が嫌いなのは、あくまでも自分の利益のためだけに嘘をつくことです」


「ずいぶんと都合のいい理屈だな」


「いいじゃないですか! 嘘も方便です!」


 照れ隠しのため日々也が切り替えた話題にリリアは口をとがらせ、魔法陣を描く作業に戻る。

 その背へと、日々也は再び笑いをこぼして宙を仰ぐ。

 それならそれでいいだろう。自分が口を出すべきことではない。


(そういえば、打ち上げってどんなことするんだろうな)


 思えば、バイトだ何だと忙しすぎて元の世界ではそんな経験は一度もなかった。

 友人たちとの何気ない日常。

 今や当たり前の日々となりつつあるそれを想像し、少年は静かに目を閉じた。

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