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召喚獣の異世界物語  作者: 黒太
第1章 いつもと違う「日々」の始まり
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1-23 模擬戦の始まり

 正直なところ、少し野蛮すぎやしないかと日々也は思う。

 学生が使える程度の魔法では余程のことでもない限り大きな事故には繋がらないと説明されたが、だからといってバカスカと撃ち合うのはいかがなものか。しかし、『体育にも怪我の危険があるのにいったい何が違うのか?』と聞かれれば、答えようがないのも事実だ。そもそも、授業である以上どれだけ不安だろうと勝手に不参加を決め込むというわけにはいかない。そのため今は仕方なく、体育館の隅っこで他の生徒たちの試合を眺めているところだ。


「あの、えっと……み、みんな…すごい、ね」


 隣に座るユノが口を開く。初めて会った日からずっと勉強を見てもらい、その見返りとして日々也の世界の話をするという関係が続いていたからか、いつの間にやら懐かれたようで、気がつくと一緒にいることが多くなっていた。最初の頃に比べると幾分か表情も柔らかくなった気がする。


「そうだな。お前は参加しないのか?」


「わ、私は、その………あんまり実技は得意じゃないっていうか…えっと、す、好きじゃないっていうか……だから、その……」


 魔法糸を毛糸代わりにあやとりをしながら、ユノはもじもじと恥ずかしそうに答えた。おそらく、以前言っていた魔力の少なさに起因しているのだろう。

 魔力を作り出せる量は生まれつき決まっており、訓練などでも劇的に増やしたりはできないそうだ。さすがの秀才でも才能ばかりはどうしようもなく、他人が簡単にできることでも自分では上手くできないことに劣等感を感じているのかもしれない。


「まぁ、そういうのは人それぞれだしな。別にいいんじゃないか?」


「う、うん……あの、ありがとう」


 『えへへ』と、はにかみ笑いを浮かべたユノが両手を差し出した。その手に巻き付けられた魔法糸を慎重に受け取り、型を作る。こうして一緒に二人あやとりをするのも今では日課となっていた。


「わぁ、ヒビヤあやとり上手いね」


「昔からよくやってたからな。ところでなんだソレ? 竹刀袋?」


 授業中に遊びほうける日々也たちの元へ歩いてきたのは縦長の布を背負ったカミルだった。精霊を連れた少年は背にある荷物をコツコツと叩き、


「自前の武器だよ。魔法一辺倒の授業ってわけじゃないからね。あんまり使わないけど」


「それ以前に模擬戦をやりたがらないでしょ、アンタは」


「だって、疲れるしー。魔法使えないしー」


 訂正を入れるロナの言葉にカミルは口をとがらせながら腰を下ろす。今度は日々也がユノへと両手を差し出しながら、カミルに問いを投げかけた。


「お前も魔法が使えないのか? 魔法学校(ここ)に通ってるのに?」


「カミルはね~、魔法を使うのがへったくそなんだよ~」


「余計なこと言わなくていいってば」


 ふてくされた様子で頬杖をつくカミル。対して、存外に辛辣なルナは責めるように突っつかれても意に介さずあくびを一つ。それどころかその指にじゃれついている始末だ。


「でも、その、不思議……だよね。カミル君、ペーパーテストはそんなに…あの、わ、悪くない……のに」


「……まぁ、そういう人もいるってことだよ」


 魔法糸を押しつけあやとりに誘うユノを手で制しつつ、苦笑をこぼす。その姿からは大して気にしているようには見えなかったが、ユノは真剣に心配しているらしかった。眉根を寄せて顔をのぞき込むと優しく語りかける。


「だ、大丈夫だよ? えっと、わ、私でも何とかなってるんだし…きっと、あの………カミル君だって、すぐに魔法が使えるようになるよ。な、何だったら、私も、その…ち、力になる……し、ね?」


「あはは、ありがとう。じゃあ、そのうち助けてもらおうかな」


「う、うん! 任せて!」


 カミルに頭をなでられ、嬉しそうにユノが笑う。意気込みすぎて力んだ拍子に魔法糸が床に落ちたことにも気づかず、気持ちよさそうに目を細める姿に自然と日々也の頬も緩む。


「しっかし、何でこの授業はこんなに人気なんだろうな」


「それだけ体を動かすのが好きな人が多いってことじゃないかな? 周りを気にせずに、好きなだけ魔法を使えるしね。ほら、あの辺りとか」


 そう言ってカミルが指さした先で、リュシィとレイクがはしゃぎ回っていた。

 かたやリュシィは足下から黒い物を出し、かたやレイクはやたらと素早い動きで暴れ回っている。別々の生徒と模擬戦をしながら動き回る二人は、まるでスポーツのように楽そうにしている。

 いや、実際にスポーツ感覚なのだろう。魔法を使った模擬戦と聞いて、もっと物騒なやりとりを想像していたが、案外そうでもないらしい。そうだとすれば、この盛り上がりっぷりも頷けるというものだ。どこの世界でも、退屈な座学より体育の方が喜ばれるということか。しかし、そうでない者も一定数いることは確かなわけで。


「僕としてはあんまり体力を使うのは好きじゃないんだけどな」


「あんたら全員、もうちょっとアクティブになりなさいよ」


 呆れたロナに指摘されるも、壁際に並ぶ三人は体育座りでその場から動かないことを無言のままアピールしている。そもそも、そんなことを言われたところで魔法の扱いが苦手な日々也たちからしてみればこの授業に面白さを見いだせというのが無理な話である。


「あれ~? そういえば~、全員っていうには~、二人足りないような~?」


「リリアなら向こうで内職してるぞ」


「ミ、ミィヤちゃんも…一緒にいる……ね」


 日々也が顎で示した方向にリリアとミィヤがしゃがみ込んでいる。周囲にもうもうと煙のような魔素が漂っているあたり、またぞろ召喚魔法の練習でもしているのだろう。あれだけあからさまにしておいて、内職と言えるのかどうかは怪しいが。


「あ~、あれは失敗してるわね」


「リリアちゃん、膝からくずおれちゃってるね~」


「え、えと、あの……わ、私…ちょっと、リリアちゃん手伝ってくるね」


 その哀愁の漂う姿を見ていられなくなったのか、ユノは落とした魔法糸をポケットに押し込むとリリアの元へと駆けていく。それと入れ替わるように、先ほどまで生徒たちの様子を見ていたアレウムが近づいてきた。


「オオゾラ君、エンバート君、君たちは不参加ですか?」


「すみません、先生。どうにもこの授業は苦手で…」


「いやいや、構いませんよ。得意不得意、好き嫌いは誰にでもあるものでしょう。ただ、教師としてはあまり見学ばかりされても困るので、もう少し意欲的になってほしいところですが」


 二人の不真面目な態度を叱責せず、やんわりと注意したアレウムは『それと』と付け加え、日々也に向き直る。


「初めてのことで色々と不安なのかもしれませんが、せっかくなのでオオゾラ君も一度くらいは模擬戦をやってみてはどうですか? 何事も経験ですよ」


「え? いや、僕は……」


「さぁ、遠慮せずに。相手は私が見繕いましょう。ああ、丁度よかった。エストルカ君、ちょっと来てもらえますか」


「おー? 何だぜー? 先生」


 言葉を待たず、アレウムはグイグイと背中を押していく。突然のことに困惑する日々也をよそに一試合終えた様子のレイクを手招くと、あれよあれよという間に模擬戦の下準備が進められていってしまった。

 気がつくと、いつの間にか周囲に観戦目的の生徒が集まり、もはや断れそうな雰囲気ではなくなっている。


「何でこんなことに……」


「ヒビヤさーん! 頑張ってくださーい!」


「え、えっと…が、頑張れ~!」


 人混みの中からリリアとユノの声援が聞こえてくるが、それに応える余裕は日々也にはなかった。はっきり言って不安なんてものではない。思い返してみれば、こういったことをするのは中学の頃に体育で柔道をやって以来だ。


「オオゾラ君。これを体に貼り付けておいてください」


「これは?」


「ダメージを一定量、肩代わりしてくれる護符です。模擬戦ではこれが先に破れた方の負けになります」


 魔法陣の描かれた札をアレウムから受け取り、言われたとおりに二の腕に押しつける。すると、のり付けされていたわけでもないのに護符がピタリと張り付いた。腕を雑に振り回してみても剥がれないあたり、これもまた何らかの魔法でくっついているのだろう。


「心配はありませんよ。それがあれば怪我をすることはありませんし、危険そうならすぐに止めますから。君は思う存分楽しんでください」


 しきりに護符の調子を確認する日々也を見るに見かねて、アレウムが優しく肩をたたく。楽しめと言われても困るのだが、抗議の目を向けても隣にたたずむ教師はただただ柔和な微笑みを返すだけだった。


「先生、さっさと始めようぜー! もう待ちくたびれたぜー!」


「ふむ、そうですね。説明することももうありませんし、いいでしょう。オオゾラ君も覚えた魔法を早く試してみたいでしょうしね」


 しびれを切らしたレイクにせかされ、アレウムが二人から距離をとる。そして、ある程度離れたところで懐から新たな札を取り出すと、それを床に貼り付けた。瞬間、日々也とレイクを取り囲むように10メートル四方の薄い壁が張り巡らされる。これもまた、周りの生徒が流れ弾などで怪我をしないための措置ということだった。

 半透明の壁を数度たたいて強度を確かめると、アレウムは満足そうに頷き、


「ではこれより、オオゾラヒビヤ君とレイク・エストルカ君の模擬戦を始めます!」


 宣言とともに、その手がゆっくりと持ち上げられていく。

 途端、空気が張り詰める。剣道や柔道の、一対一のスポーツを思わせるこの空気が日々也は苦手だった。胸の奥底から無理矢理に緊張感を引き出されるような感覚を少しでも和らげるため、息を吐く。それに対してレイクは、合図はまだかとうずうずしていた。

 とんだバトルジャンキーだと思うが、そもそもこれは一種のスポーツ。彼らにとっては娯楽の一つだ。そう考えれば、レイクのあの様子も納得できる。大勢の人間に見られているという状況は何だか剣闘士のようで嫌だが、こうなった以上は自分も覚悟を決めるしかないだろう。

 相手をしっかりと見据え、何が起ころうとすぐに対処できるよう身構える。


「試合、開始っ!」


 それを待っていたかのように、かけ声と同時にアレウムの手が振り下ろされた。

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