追放してから気づいたんですか?遅いですよ
追放してから気づいたんですか。遅いですよ
第1期 第1話〜第12話
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第1話「お前はパーティーに不要だ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
王都ルヴァリアの冒険者ギルド。夕暮れの橙色が窓から差し込む中、黒瀬剣は信じられない言葉を耳にしていた。
「剣、お前は今日をもって「暁の剣」から追放する」
アシュレイが腕を組み、剣から目を逸らしながらそう告げた。銀色の長髪が揺れ、整った横顔は感情を読ませない。
「……理由を聞いてもいいですか」
剣の声は静かだった。怒鳴りたい気持ちはあった。しかし三年間共に戦ってきた仲間だ。感情的になっても意味がない。
「理由ならあるわ。お前のステータスを見れば分かるでしょ。攻撃力低、魔力低、敏捷低——全部が平均以下。Sランクパーティーにサポーターなんて必要ない。全員で攻めた方が効率がいいのよ」
ミレーヌがぷいっと横を向く。フィオナは何か言いたそうに口を開きかけたが、アシュレイの視線に気づいて黙った。セシリアだけが小さく「ごめんなさい」と呟いたが、その声は剣の耳には届かなかった。
「……わかりました」
剣はパーティーバッジをテーブルに置いた。カチン、と小さな音が部屋に響く。
「お世話になりました」
振り返らずに扉を開ける。アシュレイが何か言いかけた気がしたが、剣はそのまま歩き出した。
(三年間か……)
ギルドを出ると、夕風が頬を撫でた。不思議と、胸の中は思ったより穏やかだった。悔しさも怒りもある。しかしそれより先に、ふっと何かが軽くなった感覚があった。
(俺に隠しスキルがあるって、鑑定師のじいさんが言っていたな)
以前、独立鑑定師のグランドから「お前のスキルは特殊すぎて通常鑑定では見えない。パーティーの全員を底上げしているはずだ」と言われたことがあった。そのときは半信半疑だったが——。
(まあ、関係ない。俺は俺でやるだけだ)
剣は王都の石畳を一人で歩き始めた。その背中は、どこか清々しかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第2話「新しい宿と、ちょっとした事故」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
追放翌日。剣は荷物をまとめ、安宿を探してギルド近くの宿街を歩いていた。財布の中身は三ヶ月分の生活費。当座の心配はない。
「えっと……「蒼の羽根亭」。ここか」
小ぢんまりとした宿の看板を見上げたとき、二階の窓が勢いよく開いた。
「きゃっ——!」
窓から何かが落ちてくる——否、誰かが落ちてくる。剣は咄嗟に両手を広げた。ドスッ、と柔らかいものが胸に飛び込んだ。
「……え」
腕の中に収まったのは黒髪ショートの少女だった。白いシャツの胸元が大きくはだけており、剣の顔に直撃している。少女——リリア・ソーンは数秒固まった後、凄まじい勢いで顔を赤くした。
「な、何やってんの!? 離して!」
「離すと落ちますよ。今ちょうど二階分の高さで——」
「うわあああ降ろして! 下に降ろして!」
剣はゆっくりと少女を地面に下ろした。リリアは着地と同時にシャツを掻き合わせ、剣をビシッと指差す。
「あんた、今見たでしょ!」
「落ちてくる方向に顔がありましたので……」
「言い訳しない!」
「ただ、命が助かったのは事実では——」
「むぐっ……」
リリアは言葉に詰まった。確かに彼女は二階のバルコニーから落ちかけていた。剣がいなければ石畳に激突していた。
「……まあ、助けてくれたのはありがとう。あんた、名前は?」
「黒瀬剣です。宿を探していまして」
「剣ね。あたしはリリア。ちょうどこの宿に空き部屋があるから案内してあげる」
少女はさっさと中に入ってしまった。剣はその背中を見ながら、なんとなく苦笑した。
(賑やかそうな宿だな)
扉を開けると、中ではもう一人——大きな眼鏡をかけた少女が本を山積みにした机で振り返り、にっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。エリカ・ファルムです。よろしくお願いします」
こうして剣の新しい生活が始まった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第3話「暁の剣、崩壊の予兆」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
剣がパーティーを去って五日が経った。
「暁の剣」はBランクダンジョンの依頼を受け、自信満々に突入していた。メンバー全員がSランク冒険者。サポーターなど不要——そのはずだった。
「ミレーヌ! 魔法の照準が——!」
アシュレイの叫びと同時に、ミレーヌの火球が大きくそれてダンジョンの壁を吹き飛ばした。粉塵が舞う。
「な、なんで!? いつも通りに詠唱したのに!」
ミレーヌは青ざめていた。魔力の流れが不安定で、制御が以前の半分もできない。セシリアの回復魔法も妙に効率が悪く、傷が塞がるのに普段の倍の魔力を消費していた。フィオナの弓は的を外し、アシュレイの剣技にも微妙なキレの悪さがある。
「撤退よ」
アシュレイが静かに告げた。
「え、でもBランクに撤退なんて——」
「撤退。これ以上進むな」
有無を言わせぬ声色だった。ギルドに戻った四人は、受付で依頼失敗の報告を行った。ギルドの連中が驚きを隠せない顔で見ている。それが一番きつかった。
「アシュレイ……あの人がいなくなってから、みんな変じゃない?」
フィオナがぽつりと言った。
「黒瀬剣のこと?」アシュレイは眉をひそめる。「関係ない。単なるコンディション不良よ」
「でも、あまりにも——」
「関係ない!」
強い口調に、フィオナは口を閉じた。アシュレイは椅子を引いて立ち上がり、一人で外に出た。夜風の中、彼女は拳をぎゅっと握る。
(関係ない……はずよ)
しかし心のどこかで、小さな疑問が芽生え始めていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第4話「新パーティーの初討伐と、浴場の悲劇」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
リリアに引き抜かれる形で、剣は「蒼の羽根」に正式加入した。パーティーのメンバーはリリア、エリカ、そして茶髪ツインテールのアタッカー、ナタリー・ブレイズの三人だ。
「サポーターってステータス低いんでしょ? 役に立つの?」
ナタリーは剣を頭のてっぺんから爪先まで見下ろしてそう言った。身長は剣より頭ひとつ低いのに、その視線には明確な上から目線がある。
「試してみればわかります」と剣は答えた。
Cランクダンジョンの初討伐。剣がパーティーに加わった瞬間——エリカの回復効率がぐんと上がり、ナタリーの攻撃スピードが目に見えて増した。リリアの判断力にも冴えが戻る。
「……これ、なんか変じゃない?」ナタリーがきょろきょろする。「なんかすごくキレよく動ける気がする」
「剣さんのスキルです」エリカが丁寧に教える。「パーティー全員の能力を底上げしてくれています」
「え——じゃあさっきの私、めちゃめちゃ強かった?」
「めちゃめちゃ強かったですよ」
ナタリーはぽかんと剣を見た。その後ものすごい速度で表情が変わり、いきなり剣の肩を叩いた。
「サポーターじゃないじゃん! 最強バフマンじゃん! なんで「暁の剣」ほっといたの!」
「追放されたので」
「……追放した奴、頭おかしいわ」
夕方、宿に戻った剣は浴場を借りた。宿の浴場は男女で時間帯が分かれている——はずだった。湯気の中でくつろいでいると、がらりと扉が開いた。
「あれ、もうちょっと遅い時間じゃなかったっけ……って、剣!?」
タオル一枚のリリアが固まっている。剣も固まっている。二秒の沈黙。
「出ます」
「出て!!」
湯から飛び出した剣の背中にタオルが飛んできた。脱衣所の外でナタリーが「なにそれ! 私も入ろうとしてたのに!」と叫んでいる声が聞こえた。
(新しい宿は……色々と賑やかだな)
剣は遠い目をした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第5話「フィオナの手紙」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一枚の手紙が届いた。
差出人の名前を見た瞬間、剣の手が止まった。フィオナ・メルリ。「暁の剣」の弓使い——元仲間の名前だ。
封を切ると、丸くて小さな文字が並んでいた。
『剣さんへ。突然の手紙ごめんなさい。元気ですか。私は……正直、あまり元気じゃないです。剣さんがいなくなってから、弓の感覚がおかしくて。的を外してばかりで。でもそれより、一緒にいたときのことをたくさん思い出してしまって。あのとき、私は止めるべきだったと思っています。本当にごめんなさい。——フィオナ』
剣はしばらく手紙を見つめていた。
(……怒っていないといえば嘘になる)
追放されたあの夜、フィオナだけが何か言いかけていた。止めることができたかもしれない立場にいた。しかし彼女もまた、Sランクパーティーという環境の中で声を上げることができなかったのだろう。
(弱い子じゃなかった。ただ、怖かったんだ)
剣は便箋を取り出し、返事を書き始めた。責める言葉は書かなかった。「気にしないでいい」とも書かなかった。ただ正直に書いた。
『フィオナへ。手紙をありがとう。俺は今、新しいパーティーで楽しくやっています。弓の感覚については——追放の件と関係があるかもしれません。詳しくはまた。あなたが謝ってくれたこと、ちゃんと受け取りました。——剣』
手紙を封筒に入れながら、剣はふと窓の外を見た。夕暮れの空に、細い月が浮かんでいた。
(謝れたんだな、フィオナ)
それだけで少し、胸の中のしこりが溶けた気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第6話「鑑定師グランドの証言」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
老鑑定師グランドの工房は、王都の路地裏にひっそりと構えていた。白髭を蓄えた老人は剣の顔を見るなり、にやりと笑った。
「来ると思っとったよ。追放されたそうじゃないか」
「お見通しですか」
「噂はすぐ広まる。で、俺のスキルについて確認しに来たんでしょ?」
剣は頷いた。グランドは改めて鑑定の水晶を取り出し、剣の手をその上に置かせた。水晶が静かに輝く。
「やっぱりね。《調和の加護・Ⅲ》——これはすごいスキルだよ。パーティー全員の基礎ステータスを最大三割底上げする。ただし、持ち主がパーティーにいる間だけ効果が出る」
「……いなくなったら?」
「消える。それどころか、長期間そのスキルの恩恵を受けていた人間はしばらく「反動」が出る。感覚が狂ったり、力加減がずれたり、集中力が落ちたり」
剣は静かに息を吐いた。
「じゃあ、暁の剣の不調は……」
「そういうこったろうね。三年間も恩恵を受けてれば、反動は相当大きい。まあ半年もすれば元に戻るだろうけど——最低でも数ヶ月は不調が続く」
剣は礼を言い、工房を出た。石畳の上に夕日が長い影を作っている。
(……知らせた方がいいのか)
迷った。しかし追放した相手に「俺がいないから不調なんです」と言いに行くのは、なんとなく居心地が悪い。「戻ってほしいのか」と思われるのも嫌だった。
(フィオナへの返事に書いておいた。それで十分だ)
剣は前を向いて歩いた。背後から、グランドの声が追いかけてきた。
「——あの子たちが気づいて謝りに来たとき、ちゃんと向き合ってやんなさい。それもお前のスキルの使い方だ」
返事をする代わりに、剣は片手を上げた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第7話「蒼の羽根、Bランク昇格試験」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「蒼の羽根」がBランク昇格試験を受けることになった。試験内容はBランクダンジョンの最下層到達。制限時間は三日間。
剣が加入してから二週間、パーティーの実力は目に見えて上がっていた。エリカの回復効率は以前の倍、ナタリーの攻撃スピードは全盛期のリリアに匹敵するほどになった。
「いける! 絶対いける!」
ナタリーが拳を突き上げた。剣も頷く。問題は二日目の夜——野営設営中に起きた。
ダンジョン内で発見した温泉泉脈の傍で一泊することになった。男女で場所を分け、剣は奥の方で体を拭いていた。そこへリリアが地図を持って飛び込んできた。
「剣、次のルートなんだけど——って、きゃあ!」
「ノックを……」
「洞窟に扉はない!」
正論だった。剣は黙って毛布を引き寄せる。リリアは真っ赤な顔で地図を前に突き出した。
「み、見てない! 地図の話だけ! 東ルートと南ルート、どっちがいい!?」
「……東ルートです。南は落石が多い地形です」
「わかった! じゃあ東! 以上! お疲れ様!」
リリアは吹っ飛ぶように出て行った。外でナタリーが「どうしたの? 顔赤くない?」と聞いている声が聞こえた。リリアの「うるさい!」という声も聞こえた。
三日目、「蒼の羽根」は見事にBランクダンジョンを踏破した。ギルドに戻ると、昇格認定の書類が受付に届いていた。
「やった! Bランク! やったよ剣!」
ナタリーが剣に飛びついてくる。リリアは照れながらも「まあ、当然ね」と腕を組んだ。エリカは眼鏡の奥でにこにこしている。
(……悪くない)
剣は素直にそう思った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第8話「アシュレイ、真実に気づく」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「暁の剣」がAランクダンジョンで撤退を繰り返すという噂は、冒険者の間で広まりつつあった。
アシュレイはギルドの掲示板に貼り出された依頼票を見ながら、唇を噛んでいた。以前なら即決できた依頼も今は躊躇してしまう。それが何より悔しかった。
「アシュレイさん」
声をかけてきたのは受付のベテラン職員、マリウスだった。白髪交じりの初老の男性で、長年冒険者を見てきた目を持つ。
「最近のご様子を見ておりますと……もしかして、黒瀬剣さんが抜けた影響では?」
「関係ない」
「そうですか。ただ、鑑定師のグランド先生が仰っていました。《調和の加護》というスキルを持つ者がパーティーから去ると、残ったメンバーに長期的な反動が出ると」
アシュレイの手が止まった。
「……どういうこと」
「長期間そのスキルの恩恵を受けていたメンバーは、スキル保持者がいなくなった後、数ヶ月にわたって能力が不安定になるそうです。攻撃の精度、魔力制御、回復効率——全てに影響が出ます」
アシュレイは掲示板に手をついた。マリウスは静かに続けた。
「三年間、黒瀬さんがパーティーにいたことで、皆さんはご自身の実力以上のパフォーマンスを発揮していた——そういうことになります」
静寂。アシュレイは顔を上げられなかった。
(じゃあ……あの子は、ずっと……)
三年間。役立たずだと思っていた。数字に出ないから無意味だと思っていた。しかしあの子は、数字には出ない形で、ずっとパーティーを支えていた。
アシュレイはゆっくりと立ち上がり、外に出た。夕暮れの空は橙色で、追放した夜と同じ色をしていた。
(……私は、なんてことをしたんだろう)
初めて、本当の意味で後悔した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第9話「ミレーヌ、乗り込んでくる」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
宿の入口が勢いよく開いたのは、昼前のことだった。赤毛のポニーテールがぶんぶん揺れている。
「剣! いる!?」
ミレーヌ・ヴァリスだった。剣は食堂で昼食を食べていたところで、箸が止まった。
「……ミレーヌ? なんで——」
「探したんだから! あんた今どこ住んでるか全然わからなくて!」
ミレーヌは剣の向かいにどかっと座り、腕を組んだ。その目は若干うるんでいる。
「……魔法の制御が崩れてるの。毎回暴発して。グランドのじいさんに聞いたら、あんたのスキルの反動だって言われた」
「それは……知っていました。フィオナへの返事に書いて——」
「届いてない! 住所書いてなかったんだから当然でしょ!」
剣は「あ」と気づいた。確かに住所を書いていなかった。
「ごめんなさい」
「……謝られると怒れない」ミレーヌはぷいっと目を逸らした。「あのね、私、あんたを追放することに同意したこと、後悔してる。言いたいことが言えなかっただけで……ほんとは」
そのとき、二階からナタリーが大声を張り上げた。
「剣ー! 洗濯物干すの手伝ってよー!」
同時に二階の廊下から洗濯物の山がまとめて転落してきた——剣の頭上に直撃する形で。ミレーヌの洗った下着類も一緒にぶわっと落ちてくる。剣の頭にはナタリーの大きなリボンと、ミレーヌの小さなレースのあれが綺麗に被さっていた。
「……」剣は動かない。
「な——!」ミレーヌが立ち上がる。「見た!? 見た!?」
「洗濯物が落ちてきただけです」
「顔が赤い!!」
「それはミレーヌさんが赤くしているんです」
ミレーヌは洗濯物を剣の頭から引き剥がし、ぐちゃぐちゃに抱えて立ち上がった。耳の先まで赤い。
「……今日のことはとりあえず置いといて! 話の続きはまた来る!」
「どうぞ」
ミレーヌはそのまま宿を飛び出した。リリアが食堂の入口から「なんか来てたね」と言った。剣は静かに食事を再開した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第10話「エリカの過去と、守ること」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
エリカが珍しく沈んだ顔をしていた。
夕食の後、剣が食器を片付けていると、エリカが一人で中庭に座っているのが見えた。膝の上に開いた本は、ページが変わっていない。
「隣、いいですか」
エリカは少し驚いた顔をしたが、頷いた。剣は静かに腰を下ろした。
しばらく二人で夜空を見ていると、エリカがぽつりと言った。
「前にいたパーティーで、私の回復が間に合わなくて……一人、大怪我をさせてしまったんです」
「今日が、その日の命日でして。あの人は助かりましたけど、冒険者は続けられなくなって……」
「……そのパーティーは?」
「みんな私を責めました。正しいと思います。でもそれからは、回復が間に合わないのが怖くて」
剣は少し考えてから言った。
「エリカさんが「蒼の羽根」にいるこの二週間、一度も間に合わなかったことはないですよね」
「それは……剣さんのスキルのおかげです」
「俺のスキルはエリカさんの能力を引き出しているだけです。回復しているのはエリカさん自身です」
エリカは眼鏡の奥で目を瞬かせた。
「でも、私だけでは——」
「一人でやる必要はないです。パーティーはそのためにあるんでしょう」
沈黙。エリカは本を閉じ、夜空を見上げた。その目にうっすらと涙が浮かんでいたが、彼女は微笑んでいた。
「……剣さんは不思議な人ですね」
「どういう意味ですか」
「いつも、必要なことを必要なときに言ってくれる」
剣は返事に困って少し黙った。エリカがくすっと笑った。
(……笑えたなら、よかった)
二人はしばらく、並んで夜空を見上げていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第11話「セシリアの訪問、聖女の本音」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
三人目の訪問者は、一番想定外だった。
宿の前で待っていたのはセシリア・ライトだった。純白の法衣、やわらかな金髪、いつも通りの完璧な微笑み。しかし剣と目が合った瞬間、その微笑みが少し揺れた。
「黒瀬剣さん……お久しぶりです。突然押しかけてごめんなさい」
「いえ、どうぞ中に」
食堂に通すと、セシリアは丁寧に頭を下げた。
「あなたがパーティーを去ってから、私の回復効率が半減しています。患者を十分に癒せなくなっていて……聖女として恥ずかしい限りです」
「スキルの反動については——」
「はい、グランド先生から伺いました。でも私がお詫びに来たのはそれだけじゃないんです」
セシリアは両手を膝の上に重ね、真剣な目で剣を見た。
「あの日、私は小さく謝りました。でもあなたには聞こえなかった。……聞こえていなかったから謝ったのかもしれないと、後から気づいて」
「……」
「本当に申し訳ありませんでした。私にはあなたを止める力があったはずです。でも怖くて、声を上げられなかった。それは私の弱さです」
剣は黙って聞いていた。セシリアの目には涙が浮かんでいたが、彼女は泣かなかった。
「戻ってほしいとは言いません。でも、どうかこの謝罪だけは受け取ってください」
そのとき二階からナタリーが転がり落ちてきた——文字通り、階段から。滑って転んだらしく、ちょうど食堂の入口で剣の背中に激突した。剣はセシリアのほうへつんのめり、セシリアの胸元に顔を埋める形になった。
「……」
「……あら」
「っ——! な、何してるの剣!? 来客中でしょ!?」ナタリーが叫ぶ。
剣はゆっくりと顔を上げた。セシリアの耳が薄くピンクに染まっていた。
「……あの、すみません」
「……いえ、こちらこそ。その——ふふ」
完璧聖女が小さく笑った。その笑顔は、法衣を纏ったいつもの笑顔より少しだけ人間くさかった。剣は静かに謝罪を受け取った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第12話「アシュレイ、現れる」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アシュレイが現れたのは、雨の夜だった。
剣が宿の軒下で夜風を浴びていると、石畳を叩く雨音の中に足音が聞こえた。銀髪が濡れて頬に張り付いている。傘も持たずにまっすぐ歩いてくる。
「……アシュレイ」
「剣」
二人は軒下で向き合った。アシュレイの目は赤くなっていた。雨のせいではないと、剣にはわかった。
「傘を——」
「いい。雨は関係ない」
アシュレイは剣から目を逸らさなかった。いつものプライドに満ちた目ではなく、何かを必死に手放した後の、剥き出しの目だった。
「……戻ってきて、と言いに来た」
「——」
「でも、その前に言わなきゃいけないことがある」
アシュレイは一度目を閉じた。雨が屋根を叩く音だけが続く。
「三年間、一緒にいてくれてありがとう。あなたのスキルのことを知らなかったのは本当のことだけど……知っていたとしても、ちゃんと向き合えていたかは……わからない。それだけ私は、数字しか見ていなかった」
「……」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたを追い出したのは間違いだった」
雨が降り続ける。剣はしばらく黙っていた。ずっと考えてきたこと。怒りも悔しさも全部ひっくるめて、今この瞬間、どう答えるか。
「……謝罪は受け取ります」
「剣——」
「戻るかどうかは、別の話です。今の俺には今の場所があります。でも……アシュレイさんが来てくれたこと、ちゃんと嬉しかった」
アシュレイは唇を一文字に結んだ。次の瞬間、その目から涙が溢れた。雨に紛れて頬を流れる。彼女はそれを拭おうともしなかった。
「……そっか」
「傘を渡します。宿まで距離がありますよね」
「……ありがとう」
アシュレイは傘を受け取り、振り返らずに歩き出した。剣はその背中を見送った。雨の中で傘が一つ、遠ざかっていく。
(始まりだ)
何かの。それが何なのかはまだわからない。しかし剣は確かにそう感じた。
追放してから気づいたんですか。遅いですよ
第1期 第13話〜第24話
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第13話「フィオナ、直接来た」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
返事の手紙が届かないことを心配したフィオナは、直接来た。
剣が朝の訓練から宿に戻ると、玄関先に小柄な金髪の少女がちょこんと座っていた。大きなリュックを抱え、膝を揃えて石段に腰を下ろしている。
「……フィオナ?」
フィオナがぱっと顔を上げた。目が合った瞬間、その顔が見る見る赤くなる。
「け、剣さん……! 手紙の返事が来なくて、もしかして怒っているのかって……住所を聞きに来ました」
「住所を書いていなかったのは俺のミスです。すみません」
「え、じゃあ怒ってない?」
「怒っていないです。むしろ手紙をもらって嬉しかった」
フィオナはほっとしたように肩を落とした。それだけで来たのか、と思うと、剣は少し胸が温かくなった。
「宿の中で話しましょう。朝食がまだあります」
「は、はい!」
食堂に入ったちょうどそのとき、ナタリーが二階から勢いよく飛び降りてきた。飛び降りる、というか落ちてくる。毎朝階段を転げ落ちるのが習慣になっているナタリーは、今朝もそのルーティンを忠実にこなし——剣とフィオナの間に着地した。
剣は咄嗟にフィオナを庇い、ナタリーの衝撃から守ろうと体を寄せた。結果として、剣の腕がフィオナの肩を抱く形になり、フィオナの頭がそのまま剣の胸元に埋まった。
「ふぇっ——!?」
「大丈夫ですか」
「ほ、ほんとに胸に顔が……」
「ごめんなさい」
フィオナは耳の先まで真っ赤にして、両手で顔を覆った。ナタリーが床から顔を上げ、状況を把握して「あー」と言った。
「あたしのせい?」
「毎朝あの階段から落ちるのをやめてください」剣は静かに告げた。
「でも慣れちゃって」
フィオナはその後、朝食を一緒に食べながら、手紙には書けなかったたくさんのことを話してくれた。剣は全部聞いた。食堂を出るとき、フィオナは振り返って小さく言った。
「……また来ていいですか」
「いつでも」
フィオナは嬉しそうに笑い、小さく手を振って帰っていった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第14話「暁の剣、再起の依頼」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「暁の剣」はSランク依頼から外れ、Aランク依頼を受けるようになっていた。それでも不調が続いている。
アシュレイは一人、ギルドの依頼票を見続けていた。隣にミレーヌが座り、コーヒーをすすっている。フィオナはさっき出かけた。セシリアは昼から聖堂の仕事がある。
「ねえ、アシュレイ」
「何」
「剣に頼る気はないの? パーティーに戻ってもらうとかさ」
アシュレイの指先が依頼票の上で止まった。
「……彼は断ったわ」
「そうじゃなくて——ちゃんと話したの? あなたが謝りに行ったのは知ってる。でも「戻ってきてほしい」って、ちゃんと言えた?」
沈黙。アシュレイはコーヒーカップを取り上げ、口をつけた。
「……言った」
「で、彼はなんて?」
「「今の場所がある」って」
「それで終わり? 諦めたの?」
「……諦めてない。ただ、今は彼を尊重している」
ミレーヌは少し黙った後、コーヒーカップをテーブルに戻した。
「あのさ、アシュレイ。私たちってずっと剣に何かをしてもらう立場だったじゃない。彼のスキルを受け取って、彼の支えで戦ってた。一度くらい、私たちから何かしてあげられないかな」
「……何ができるの」
「まだわからない。でも考えてる」
アシュレイはミレーヌの横顔を見た。珍しく真剣な目をしていた。
翌日、アシュレイは単独でグランドの工房を訪ねた。目的は一つ——《調和の加護》への対処法ではなく、剣という人間をもっと理解すること。
(今度こそ、数字じゃなくてあの人を見る)
それが、アシュレイの決意だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第15話「温泉宿の合同依頼事件」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
合同討伐依頼——二つのパーティーが共同で大型魔獣を討伐するという、珍しい形式の仕事が舞い込んだ。依頼主はとある温泉町の領主で、報酬に「温泉宿一泊」が含まれている。
依頼を請け負ったのは「蒼の羽根」と、もう一パーティー——「暁の剣」だった。
「……縁があるわね」
アシュレイが腕を組んでそう言った。剣は平静を装ったが、リリアが剣とアシュレイを交互に見て、興味深そうな顔をした。
「知り合い?」
「以前のパーティーの方々です」
「あー……例の追放した人たちか」
リリアが率直に言うと、アシュレイの眉間に皺が寄った。ミレーヌが「その言い方は……」と小声で言い、フィオナが剣と目が合ってぺこっと頭を下げた。
討伐自体は順調だった。「蒼の羽根」と「暁の剣」は連携が取れており、剣のスキルが全員に広がったことで戦力が大幅に上がった。アシュレイは剣が近くにいるだけで自分の動きが戻っていくことを実感し、口を閉じた。
夜、温泉宿での一泊。男女別の浴場——今度こそ大丈夫、と思っていた剣の甘さを現実は許さなかった。
七人分の荷物を運んでいたナタリーが廊下で盛大に転び、剣にぶつかり、剣が押されて扉を突き破った先は——女性浴場だった。
湯気の中、七人分の「きゃあああ!」が響き渡った。
アシュレイ、ミレーヌ、フィオナ、セシリア、リリア、エリカ——全員いた。
「……」剣は動かない。
「出ろ」アシュレイが低い声で言った。
「はい」
剣は扉を静かに閉めた。廊下でナタリーが「……やっちゃった」と言っている。剣は壁に頭を預けて目を閉じた。今夜の夕食はきっと険しい雰囲気になる。それだけは確実だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第16話「星空の下、ミレーヌが泣いた」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夜、温泉宿の露天に一人でいた剣に、ミレーヌが声をかけてきた。
「……隣、いい?」
今度はきちんと服を着ている。ミレーヌは剣の横に腰を下ろし、膝を抱えた。頭上には満天の星が広がっていた。
「昼間の討伐で、魔法がちゃんと当たったの」
「剣さんが近くにいたからでしょうけど……久しぶりに感覚が戻ってきた。三ヶ月ぶりに魔法を信用できた気がして」
「……それはよかった」
「よかったじゃない」ミレーヌが少し強い口調で言った。「あなたがいなくなってから、私すごく怖かった。魔法使いとして、自分の魔法を信用できなくなるって——それが一番怖いんだから」
「……ごめんなさい」
「あなたが謝ることじゃない」ミレーヌは星を見上げた。「私が謝らなきゃいけない側なのに、なんであなたが謝るの」
「追放されたことで、ミレーヌさんを不安にさせたなら——」
「……意地悪なこと言う人ね」
ミレーヌの声が少し詰まった。剣が横を向くと、ミレーヌの目から涙がひとすじ流れていた。彼女は気づかれたくなかったのか、手で目元を拭う。しかし星明かりの下では隠しきれなかった。
「……三年間、私なりにあなたのことを信頼してたのよ。口には出さなかったけど。なのに——最後にちゃんとできなかった。それが悔しくて」
剣はしばらく黙っていた。
「俺も」と、剣は星を見ながら言った。「ミレーヌさんとの三年間は、悪くなかったです」
ミレーヌが鼻を啜った。
「……「悪くなかった」って何。素直に「よかった」って言いなさいよ」
「……よかったです」
ミレーヌはそれきり黙って、しばらく星を見続けた。その横顔は、年相応の、ただの二十一歳の女の子の顔だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第17話「リリアの特訓と、壁ドン未遂」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
宿に戻った翌日、リリアが剣を訓練場に引っ張り出した。
「あなた、サポートスキルしかないって思ってるでしょ。でも体術は? 素手の動きは?」
「……あまり鍛えていないです」
「だと思った。サポーターだからって丸腰はだめ。私が教えてあげる」
リリアの指導は本格的だった。彼女はBランク昇格したとはいえ、基礎動作については一流の冒険者だ。剣の重心のとり方、回避のタイミング、反撃の間合い——全部を丁寧に修正していく。
「重心が高い。もっと腰を落として」
「こうですか」
「違う——ちょっと待って」
リリアが剣の後ろに回り込み、両手で腰を掴んで位置を修正しようとした。そのとき訓練場の床が水で濡れていたことに気づかず、リリアの足がすべった。
「っ——!」
バランスを崩したリリアが前につんのめる。剣が反射的に壁に手をついてリリアを支えた——壁に手をついた剣の腕の中に、リリアが収まる格好になった。いわゆる壁ドン状態で、リリアの背中が壁に当たり、剣の顔が至近距離にある。
「……」
「……」
リリアの顔が真っ赤になった。剣も気づいたが、離れると彼女が転ぶ可能性があったので動けない。
「す、すべった」
「わかります」
「……あんたの顔が近い」
「リリアが転びかけたので」
「……うるさい。離れなさい」
「足元は大丈夫ですか」
「大丈夫! 離れて!」
剣は一歩引いた。リリアは壁に背を預けたまましばらく動かなかった。剣が「続きますか」と訊くと、リリアは「……五分休憩」と答えた。その耳がまだ赤いのを、剣は見なかったふりをした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第18話「暁の剣、正式に頭を下げる日」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「暁の剣」の四人が「蒼の羽根亭」を訪ねてきたのは、合同依頼から一週間後のことだった。
アシュレイ、ミレーヌ、フィオナ、セシリアが食堂に並んで座っている。「蒼の羽根」のリリア、エリカ、ナタリーは少し離れたテーブルで見守っている。
剣は向かいに座った。
「改めて話があって来ました」アシュレイが口を開く。「四人を代表して言います——三年間ありがとう。そして、あなたを追放したことを心から謝ります」
四人が一斉に頭を下げた。フィオナはすでに涙目だった。セシリアは深く頭を垂れ、ミレーヌは唇を噛んで頭を下げていた。アシュレイだけが、誰よりも深く、長く、頭を下げ続けた。
剣はしばらく、その光景を見ていた。
「……頭を上げてください」
「まだです」アシュレイが言う。「これだけじゃ足りない」
「十分です」
「剣——」
「俺も完璧じゃなかった」剣は静かに言った。「自分のスキルのことをもっと早く伝えれば、誤解が生まれなかったかもしれない。言えなかった俺の責任もある」
「そんなことない——」ミレーヌが口を開く。
「ある。でも、それはもういい。終わったことです」
剣はテーブルの上に手を置いた。
「謝罪は、三人から受け取っていました。アシュレイさんからも。だから今日で全部受け取ります」
フィオナが静かに泣いた。セシリアが目元を押さえた。ミレーヌはそっぽを向いて鼻を赤くした。アシュレイはゆっくりと顔を上げ、剣と目を合わせた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ナタリーがこっそり「え、感動的じゃん」とエリカに囁いた。エリカが眼鏡を外して目元を拭っていた。リリアは腕を組んで天井を見ていたが、目が少し光っていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第19話「エリカのメガネと、朝の事件」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
エリカは重度の近視だった。眼鏡なしでは三歩先の人間の顔も判別できない。
ある朝、エリカの眼鏡が行方不明になった。前夜に外して本棚の上に置いたはずが、どこにもない。
「めがね……めがね……」
エリカがほぼ手探りで廊下を移動していた。剣がちょうど部屋から出てきたところで、エリカと正面から激突した。
「きゃっ——」
「大丈夫ですか」剣がエリカの腕を掴んで転倒を防いだ。エリカは剣の胸に頭をぶつけた形で止まった。
「……誰ですか」
「剣です」
「剣さんですか……」エリカが顔を上げようとして、また壁にぶつかりそうになる。「眼鏡が……どこにいったか」
「俺が探します。どこに置きましたか」
「本棚の上だったんですけど」
二人でエリカの部屋に戻ると、眼鏡はベッドの下に落ちていた。剣が拾い上げ、エリカに渡そうとしたとき——エリカが手探りで眼鏡を受け取ろうとして、剣の手ごと握った。
「……あ、すみません」
「いえ」
エリカが眼鏡をかけると、至近距離に剣の顔があった。エリカの顔が一瞬固まり、ゆっくりと赤くなった。
「……剣さん、ずっとこんなに近くにいたんですか」
「眼鏡を渡そうとしていたので」
「……眼鏡の大切さを改めて認識しました」
「以後気をつけてください」
「はい……」
エリカはそっと一歩下がった。その後ずっと、廊下ですれ違うたびに耳が少し赤かった。剣は気づいていたが、なにも言わなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第20話「ナタリーが語る夢の話」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ナタリーが珍しく静かだった。夕食を終えて他のメンバーが部屋に引き上げた後、彼女だけが食堂に残って窓の外を見ていた。剣も後片付けをしていたので、自然とそこにいた。
「ねえ剣。あんた、夢ってある?」
「夢、ですか」
「将来の、って意味で」
剣はしばらく考えた。
「……パーティーを作りたいと思っていました。自分でゼロから。誰かを底上げするんじゃなくて、一緒に強くなれる場所を」
ナタリーは窓の外を見たまま頷いた。
「あたしさ——Sランクになりたかったんだよね。ずっと。強くなって、強くなって、誰も傷つけられないくらい強くなれば——妹を守れると思ってた」
「妹さんが?」
「病気で。長くないって言われてる」ナタリーの声はいつもの大きさじゃなかった。「それで冒険者になった。強くなれば稼げる。稼げれば薬が買える。でもどんだけ強くなっても——魔法の薬でも治せない病気もある」
剣は何も言わなかった。言葉を探したが、見つからなかった。
「剣と組んでから、強くなってるの、実感してる。でもそれより——あんたと一緒に戦ってると、なんか安心するんだよね。変かな」
「変じゃないです」
「妹の見舞いに行くとき、あんたも来る? 剣みたいな人に会わせたい」
剣は頷いた。ナタリーはそれを見て、ようやくいつもの表情に戻った。
「——決まり。じゃあ来週ね。あんたには絶対喜ぶと思う」
「楽しみにしています」
ナタリーが立ち上がり、食堂を出ていく。その背中を見ながら剣は思った。(この子は、誰かのためにずっと戦ってきたんだ)
剣のスキルが底上げするのはステータスだけじゃない、と——そのとき初めて気づいた気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第21話「七人での依頼と、川での大惨事」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「蒼の羽根」と「暁の剣」が再び合同依頼を受けた。今度は山岳地帯での魔獣討伐で、道中に川渡りが必要だった。
七人で川沿いを歩いていたとき、フィオナが足を滑らせた。咄嗟に剣が手を掴んだが、フィオナの体重で剣も引っ張られ、二人まとめて川に落ちた。
「剣さん——!」
「大丈夫——」
川は浅かった。膝くらいの深さで、流れも穏やかだ。問題は、フィオナが剣にしがみついたまま着地したため、二人が川の中で抱き合った姿勢になっていたことだった。
「き、きゃあ——!」
「足は届いてますか」
「と、届いてます……! でも離れてください!」
「そっちが掴んでます」
「だって怖くて——!」
岸から六人がそれを見ていた。ミレーヌが目を細め、リリアが腕を組み、アシュレイが無言で目を逸らし、ナタリーが「仲良いね〜」と言った。
二人がようやく川から上がると、フィオナは全身ずぶ濡れで真っ赤な顔をしていた。剣も同じくずぶ濡れだった。セシリアがタオルを二枚差し出しながら、穏やかに微笑んだ。
「お怪我はないですか」
「……ないです」
「よかった。では着替えましょうか——女性陣は奥で。剣さんはこちらで」
テキパキ仕切るセシリアに従い、七人はばらけた。着替えの最中、茂みの陰でリリアがアシュレイに囁いた。
「どう見る? あの二人」
「……」アシュレイは答えなかった。
「アシュレイさんはどうするの? 剣のこと」
「……まだ考え中よ」
その言い方は、以前の「関係ない」とは明らかに違った。リリアはそれを聞いて、少しだけ微笑んだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第22話「剣の答え、それぞれの選択」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
大討伐が終わり、七人はギルドの食堂で打ち上げをしていた。話が盛り上がり、やがてアシュレイが剣に向かって言った。
「……提案があります」
全員の視線が集まった。
「「暁の剣」と「蒼の羽根」を統合した新しいパーティーを作りたい。リーダーはあなたにやってほしい」
静寂。リリアが目を丸くした。ミレーヌがコップを持ったまま固まった。
「……俺が?」
「あなたのスキルを中心に組めば、七人のパーティーとして最大限の力が出せる。それに——」アシュレイは剣から目を逸らさなかった。「あなたがリーダーなら、私は間違いを正してもらえる。今度こそちゃんと前を向ける気がする」
剣はしばらく沈黙した。テーブルの七人が全員、剣の答えを待っている。
「……一つ聞いていいですか。なぜリーダーが俺でなければならないんですか。アシュレイさんの方が経験も実績もある」
「あなたは人を見る目がある。数字じゃなくて。私にはそれができなかった」
「リリア」と剣は隣に目を向けた。「あなたはどう思いますか」
リリアは一拍置いた後、口を開いた。
「……正直、あたしの一存じゃ決められない。エリカとナタリーとも相談したい。でも剣がいいなら、あたしは反対しない」
エリカが頷いた。ナタリーが「あたしも剣ならいい!」と即決した。
剣は全員の顔を見回した。アシュレイ、ミレーヌ、フィオナ、セシリア、リリア、エリカ、ナタリー——七人が剣を見ていた。
「……考えさせてください。三日」
「わかった」アシュレイが答えた。
三日間。剣は王都を一人で歩き、考え続けた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第23話「グランドじいさんの最後の言葉」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
三日目の朝、剣はグランドの工房を訪ねた。
老鑑定師は剣の顔を見るなり、「来るのがわかってたよ」と言った。白髭に包まれた顔に、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「相談があります」
「言ってみな」
「俺のスキルは、誰かのそばにいることで発動します。でも俺自身の力にはなっていない。七人のリーダーを頼まれましたが——俺が抜けたとき、またみんなが不調になる。それが怖い」
グランドはしばらく黙っていた。それから静かに言った。
「剣よ、お前は人のことを底上げするスキルを持ってる。でもそれと同時に、お前自身も誰かのそばにいることで成長する。それも《調和の加護》の仕組みの一部だ」
「……俺も?」
「お前も変わってきてるはずだよ。追放される前と今を比べてみな。判断力、胆力、人を見る目——全部成長してるだろ」
剣は思い返した。確かに、リリアやエリカやナタリーと過ごした三ヶ月で、何かが変わっている気がした。恐れることを学び、選ぶことを学び、誰かのために立つことを学んだ。
「お前が怖いのは「また捨てられること」じゃないか」
剣の手が止まった。
「……そうかもしれないです」
「だったら捨てられないリーダーになりゃいい。それだけのことだよ」
グランドは立ち上がり、棚から小さな石を取り出して剣に渡した。鑑定石だった。
「それはお前の守り石だ。お前のスキルはいつかもっと大きくなる。《調和の加護》はまだⅢだ——上はある。信じてやれ、自分を」
剣はその石をそっと握った。
工房を出ると、朝の光が石畳に降り注いでいた。剣は歩き始めた。答えは、もう出ていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第24話「新しいパーティー、始まりの日」【第1期最終話】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
三日後の朝、剣は七人全員を宿の食堂に集めた。
窓から朝日が差し込み、テーブルに並んだ七つの顔が剣を見ている。アシュレイ、ミレーヌ、フィオナ、セシリア——元の仲間たち。リリア、エリカ、ナタリー——新しい仲間たち。全員が、静かに剣を待っていた。
剣は一度、全員の顔を見回した。
「……引き受けます。ただし、条件が一つあります」
「条件?」リリアが身を乗り出す。
「俺のスキルに頼りすぎないこと。俺がいなくても戦えるように、全員が自分の力を鍛え続けること。それだけです」
沈黙。最初に口を開いたのはアシュレイだった。
「……当然よ。それがあなたを追い出した私たちへの答えね」
「そうです」
アシュレイは少しだけ目を伏せた後、顔を上げた。その目には、かつてのSランクリーダーの力と、それまでになかった柔らかさが共存していた。
「わかった。絶対にそうする」
ミレーヌが「私も」と言い、フィオナが大きく頷いた。セシリアが「精進します」と微笑んだ。ナタリーが「やっとまとまった!」と叫び、エリカが「よかったです」と目元を拭った。リリアは腕を組んで「まあ、予想通りね」と言ったが、その口角は確かに上がっていた。
「パーティー名を決めなければなりませんね」と剣が言った。
「あんたが決めなさいよ、リーダーなんだから」ミレーヌが言う。
剣はしばらく考えた。窓の外、朝の王都に光が溢れている。
「——《調和の旅団》はどうですか。誰一人が主役じゃなく、全員が主役の意味で」
七人が顔を見合わせた。
「……いいじゃない」アシュレイが静かに言った。
「悪くない」リリアも頷いた。
「決定!」ナタリーが宣言した。
こうして、八人目が欠けた「暁の剣」でも、出来たばかりの「蒼の羽根」でもない——新しいパーティー《調和の旅団》が、王都ルヴァリアに産声を上げた。
剣は七人の顔を見て、ごく小さく息を吐いた。
(……やっと、始まりだ)
追放された夜とは違う感覚で——今度は前を向いて、本当の意味で歩き出す気がした。
──《第1期 完》──




