王都へ
目が覚めると――。
重たい痛みが全身を襲う。
そのせいで、天井を見るまでに少し時間がかかった。
白くて、ひび割れがあって、天井板が少し歪んでいる。
(……治療院か)
身体を起こそうとして、即座に後悔した。
胸の奥から鋭い痛みが走り、思わず息を詰める。
「まだ、起きない方がいいですよ」
落ち着いた声がした。
視線だけ向けると、白衣姿の治療師がこちらを見下ろしていた。
「命は助かりました。正直、よく生きていましたね」
「……そうですか」
他に言葉が出てこなかった。
黒騎士。
影。
赤い目。
思い出そうとすると、頭の奥が鈍く痛む。
「無理に思い出さなくて結構です。今はとにかく安静に」
そう言われて、再び意識を手放した。
*
次に目を開けたとき、今度は騒がしかった。
「ルカさん!!」
甲高い声が耳に突き刺さる。
「生きてます!? 生きてますよね!?」
「起きてるなら返事してください!」
目を開けると、ベッドの横にトーマスが立っていた。
身を乗り出しすぎて、今にも倒れそうだ。
「……静かにしろ」
「よかったぁぁぁ!!」
よくない。頭が割れそうだ。
「だってルカさん、もって数日だってギルドで噂になってましたよ!!」
「勝手に殺そうとするなよ……誰だよ噂流した奴」
どうやらトーマスは本気にしたらしい。よく見たら目に涙を浮かべている。……まあ悪い気はしないが。
「……そういえば、ご令嬢はどうなった?」
「無事ですよ。ハヤトさん達が連れ帰って来ましたよ」
話を聞くとそのまま王都まで護衛して行ったらしい。
それを聞いたら胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけ下に落ちた。
役目は、果たした。
結果がどうであれ、それだけは確かだ。
昼過ぎになると、さらに騒がしくなった。
「やっほー! ルカ生きてるー?」
「可愛い私たちが来てあげたよ」
うるさい二人がきた。……何しに来た。
接点ないはずなんだけどな。
「なにー?ときめいちゃった?」
「でも残念!パーティメンバーの治療のついでだよー」
どうやらパーティメンバーの一人が負傷したらしい。大型の魔物に遭遇して逃走したようだ。
「……ルカもやばかったらしーね?」
「どんな魔物だった?なんかギルドの人教えてくれないんだよねー」
どうやら情報規制でもされているらしい。めんどくさい事にならなきゃいいけどな。
そう考えていると喋るだけ喋って二人は去っていった。
夕方、今度は見慣れた顔が現れた。
「よお」
ザックだ。
腕を組み、ベッド脇に立つその顔は、どこか楽しそうだった。
「治療費、高そうだな?」
「……」
「装備もかなりボロボロだったって?」
「お前……それを言いに来ただけかよ」
「一緒に借金返して行こうぜ」
そう言って、ザックは嬉しそう笑った。
なんだこいつ。
数日後。
ようやく退院の許可が下りた。
入院費用の額はヤバそうだ。治療費の顔を伺いながら聞いてみる。
「治療費は、すでに支払われています」
「……はあ?」
治療師が淡々と告げる。
「全額、グレース様より頂いてます」
一瞬、言葉に詰まった。
あのご令嬢か。めんどくさい相手に借りを作ってしまった。
「……そう、ですか」
どうにか出て来た言葉はそれだけだった。
命の値段としては、安いのか高いのか。
考えるのはやめた。
その足でギルドに顔を出すと、受付のセレンがすぐに気づいてかけよってくる。
「ルカさん! 無事でよかったです!」
「どうも」
「……ちょっとお話があるのでついてきて下さい」
めんどくさい。
セレンがもの凄い笑顔でこちらを見る。
「……わかったよ」
連れてこられたのはギルドマスターの部屋。ガタイのいい髭を生やした人物が中央の椅子に座っていた。
「ルカさんがいらしたので連れて来ました」
「ご苦労。ルカも無事でよかった」
ギルマスと話した事ないんだよな。見るからに貫禄がある。一体なんの話だろうか。
「報告と相違はなさそうだな」
無駄に緊張してしまったが、例の護衛依頼の聴取だった。
「この話はギルド幹部で精査が必要だ。だから終わるまで内密に頼む」
そう言うと、セレンが紙を一枚渡して来る。どうやら今回の報酬のようだ。
「……依頼書の額よりも多いが?」
「グレース様からの特別報酬と、ギルドからの口止めも含まれてます」
それは……。
まあ、ありがたく受け取っておく。
ギルドマスターの部屋から出るとザックが笑顔で走って近寄ってくる。
「ルカ!酒場いこーぜ!」
「……なんでだよ」
「報酬いっぱい出たんだろ?あの新人なんか貴族様から屋敷貰えるって噂だぜ」
「……へえ」
驚きはしなかった。
令嬢を助けたんだからそういう事もあるんだろう。
「なあ!奢ってくれよ!まだ借金返せてないんだよ」
「やだよ。装備直したりしたら残んねーよ」
装備はボロボロで下手したら新調する事になりそうだった。ため息しか出ない。
だが――生きてはいる。
また明日から頑張るか。
後ろから聞こえるザックの声を無視してギルドを出る。
また、いつも通りの日常が始まる。




