深い闇再び
「総員、陣形を――!」
騎士の号令をきっかけに全員が動き始める。
前衛の騎士が一歩出て、盾を構える。
二人の騎士は馬車の両脇を固める。
冒険者二名が前衛の騎士を中心に散開、俺ともう一人は漆黒の騎士を注意しつつ、周囲の警戒を行う。
*
黒い騎士は、ゆっくりと腕を上げた。
剣――ではない。
手の先から影が伸び、形を変えながら刃になる。
次の瞬間。
黒の騎士はまるで地面を滑るように一瞬で距離を詰める。
「――っ!」
前衛にいた騎士が反応する――が遅い。いや、相手が速すぎる。漆黒の騎士が横を通り過ぎると同時に盾を構えていた騎士は膝を着く。
そしてゆっくりと倒れ込む騎士を背景に漆黒の騎士は既に散開していた冒険者のすぐ近くまで近づいていた。
冒険者はなす術なく倒れる。
盾を持っていた騎士、冒険者の二人が一瞬で。
――いや違う、三人だ。
散開していたもう一人の冒険者の胸から影の刃が生える。いつの間にか姿を消した漆黒の騎士は背後に現れた。
一瞬の出来事に全体の動きが止まる。しかし、騎士は震える声で叫ぶ。
「こ、後退する!全力で守りきれ」
漆黒の騎士の赤い目がこちらを向く。全身が凍えるような感覚が巡る。
騎士の一人が令嬢を馬車から降ろし、ゆっくりと後退していく。令嬢の目は恐怖を感じているようだが、周囲を確認するも何も言わずに誘導に従う。
もう一人の騎士と冒険者、そして俺は前に出る。震える足でぬかるみを踏みしめる。
(……これは死ぬ)
逃げ出したい。だけどそれは出来ない。
もし逃げる事が出来たとしても令嬢の護衛を放棄したとして貴族から物理的に殺されるだろう。
どちらにしても死ぬのなら抗うしかないのだ。
漆黒の騎士は余裕のある態度でゆっくりとこちらに近づいてくる。赤い目はしきりに令嬢を捉えているように感じた。
(狙いは令嬢か……?)
令嬢は胸元に手を当て、騎士に庇われながら後退している。だが、震える体で漆黒の騎士を睨みつけるようにしっかりと見ていた。
「うわああああ」
恐怖に耐えられなかったのだろう。冒険者の一人が漆黒の騎士に剣を振り上げて走り出す。騎士が止めようとするがその声は届かない。
漆黒の騎士は冒険者の振り下ろした剣を避ける事なく受ける。切りつけた筈の刃は影をすり抜け、ただ空を切る。
冒険者の頭に黒い手が伸び、片手で浮かされ、そのまま影の刃が冒険者の背中に生えた。
「冒険者!私のサポートを頼む」
覚悟を決めた騎士の声に俺はただただで頷くしかない。
漆黒の騎士は狙いを騎士に定めたようだ。また一瞬で近づくと再び影の刃を振る。なんとか騎士の剣が間に合い、金属音が響いた。
しかし、その衝撃は凄まじく騎士は大きく後ろに飛ばされる。漆黒の騎士への追撃が来る。
なんとか俺は体を捻りながら剣を滑り込ませる。
――再び金属音。
横からの体勢で受けた為、地面を何度も転がるように吹っ飛ばされた。腕全体に強烈な痺れ。暫く腕を上げらるなさそうだ。
「……ルカさん」
どうやら、後退していた令嬢の近くまで転がされたようだ。剣を支えになんとか立ち上がる。
視線の先では先程の騎士がゆっくりと倒れるのが見えた。
「は、走れ!」
残った最後の騎士が叫ぶ。
謝罪しながら騎士は令嬢の手を取り走りだした。
走れる力は残っていなかった。――捨て駒?いや優先順位の問題だ。どうせ死ぬならと漆黒の騎士を睨みつける。
しかし、視線の先は倒れた騎士と冒険者しかいない。
(まずい)
急いで振り返ると、倒れ込んだ令嬢と刃が突き刺さり持ち上げられた騎士の姿だった。
無意識に走る。全身に痛みが鋭く響く。
騎士は刃を軽く振り抜くと騎士は転がるように倒れる。
恐怖に震える令嬢を赤い目が捉える。
ギリギリの距離、飛び込むように地面を蹴った。
(クソッタレ!)
刃が天高く振り上げられる。
飛び込むように剣を差し込む。
振り下ろされた刃は俺の剣を滑るように軌道がズレる。しかし、俺は地面に叩きつけられた。もう動けそうにない。
「ぐあっ」
頭が持ち上げられる痛み。いや、もう痛みだらけでよくわからない。振り上げられた刃がボヤけた視界に映る。
(ここまでか……)
しかし、刃がこないまま地面に叩きつけられた。
全身に強烈な痛みが走り声が出ない。
「大丈夫か!!」
どこかで聞いた事がある声。
「ティアは負傷者を頼む!」
「わかりました!ハヤト様」
ああ、こいつらか。ギルドの二人組の新人。
「お前の相手は俺だ!」
金属が激しく撃ち合う音。衝撃波がなんども起こり全身の痛みを刺激する。どうやらハヤトと奴が戦い始めたらしい。
痛みに耐えながら思う。
戦いが成立するとか、あいつらバケモノかよ。
「大丈夫ですか?今治します」
元奴隷少女の声と共に暖かい光が全身を包むのを感じた。痛みが少しだけ引いていく。
「ルカさんは大丈夫ですか!!」
「怪我が酷いです。今は命を繋ぎ止める程度ですが……
」
「……そうですか。ありがとうございます」
令嬢と元奴隷少女の会話が頭上で繰り広げられるのを横に俺はなんとか生き残れた事に安堵する。すると、意識が 遠のくのを感じた。
「危ない所をありがとうごさいます。……他の皆さんは?」
「…………」
「そう、ですか……」
生き残れた俺は幸運だな。
俺は意識を手放した。




