痕跡
門を抜けると、町の喧騒が一気に遠ざかった。
整備された街道は真っ直ぐに伸び、遠くまで見通しが利く。
馬車を中心に、前後を騎士が固め、その外側を冒険者が歩く陣形。
俺は馬車の斜め後ろ、少し距離を取った位置を任されていた。
(……まあ、無難な配置だな)
騎士は三人。冒険者は四人。
俺は後方寄りで、全体を見渡せる位置を任された。
特にこれといって指示も、余計な会話もないが正直、助かる。
午前中は、何事もなく。日差しも暖かく穏やかに馬車は進んでいく。
例の森の横を通るルートだが、まだ遠く視界は開けている。今のところ、魔物の気配も異変の兆しもない。
馬車の中から、ときおり紙の擦れる音が聞こえてくる。
令嬢が書類でもをめくっているのだろうか。
(視察、か……)
遊び半分で来るような雰囲気じゃない。
少なくとも、そういう軽さは感じなかった。
昼前、短い休憩が取られる。
騎士の一人が地図を広げながら馬車の中の令嬢に話しかける。
「このまま進めば、日没前に野営地に到着しますので小休憩を挟みます」
「わかりました」
馬車を降りた令嬢は、外套を整えながら頷く。
その動きはこなれており、箱入り娘という印象は抱かなかった。
観察していた俺に気がついたのかその視線が、一瞬こちらに向いた。
俺は軽く会釈だけして、視線を前に戻す。
午後に入ると、道は次第に細くなる。
街道沿いに森が迫る。どうしてもあの戦いが思い出される。自然と、歩幅が揃う。
他の冒険者たちも同じ事を思っているのか無言で警戒を強めていた。
日が傾き始めた頃、ようやく隊列は開けた場所で足を止めた。
「本日はここで野営とする」
騎士の指示で、馬車を中央に簡易陣形が組まれる。
冒険者は森側の外縁。まあそうなるだろうと思う。
焚き火が起こされ、簡素な食事が配られる。
令嬢は馬車の近くで、騎士に囲まれながら腰を下ろしていた。
俺は焚き火から少し離れ、森が視線に入るように座る。
剣に手を伸ばせば、すぐ抜ける距離。
改めて周囲を確認するが、あの時の嫌な静けさじゃない。ただ、森が眠っているだけの感じ。
しばらくして、騎士の一人が近づいてきた。
「冒険者。少し、よろしいか」
呼ばれて立ち上がると、令嬢が焚き火越しにこちらを見ていた。
「突然で申し訳ありません。少し、お話を」
「……構いません」
堅苦しい話を想像していたが、令嬢の口調は柔らかい。
「ギルドから、今回の護衛には優秀な冒険者を選んだとの事でした」
「そう、ですかね」
俺は曖昧に返す。
……優秀?無難の間違いだな。
「数日前に起こった森の異変の最後に何が起こったのか知りませんか?」
「すみません。力になれなさそうです」
俺らも結局、何が起きたのか分からないんだよな。
もしかしたらギルドの上層部は知っているのかも知れないが。
「そうですか……。あと、新しくギルドに登録した人でとても優秀な方がいると話を伺っているのですが、ご存知ですか?」
(……多分あいつの事だろうな)
ハヤト……だっけか。黒髪の少年の姿が浮かぶ。
そういえば、森の異変で見かけなかったな。たしか参加はしていたはずだが。
「すみません。知ってはいますが面識はないですね」
「そうですか。お仕事の邪魔してしまいすみません。ありがとうございました」
「……いえ」
元の位置に戻る。
焚き火の音が、やけに大きく聞こえた。
何かを探っているのだろうか。まあ、深く追及してくるような貴族じゃなくて助かったな。
夜は、何事もなく過ぎた。
交代で見張りに立ち、森の監視をする。
闇は深いが、あの時感じた黒く塗りつぶされたような不安感はない。
ふと、空を見上げると、星がよく見えた。
翌日。
早朝に野営を畳み、再び街道を進む。
昼前には隣町が見えてきた。
「到着だ。とりあえずこのまま宿屋まで進む」
騎士の声に、隊列が少し緩む。
門をくぐると、活気に満ちた声が響く。
宿屋に向かう途中、馬車の前を横切った子供が転んだ。
(まずいっ)
貴族が乗っている馬車はこういう場合、轢いてしまう場合が多い。しかも罪に問われない。
急停止する事で、馬車の中の貴族が怪我をする事を防ぐ事を優先するらしい。
考えるよりも先に体が動いた。
子供を抱えて転がるように馬車を避ける。
馬車はゆっくりと停止し、中から令嬢が顔を覗かせる。
「なにかありましたか?」
「いえ、なんでもありません」
一瞬、令嬢の視線が周囲を探る。
「……そう、ですか」
再び馬車は動きだす。
汚れてしまった子供の服をさっと払って持ち場に戻る。
幸い誰からのお咎めはなかった。誰も轢きたいとは思わないだろう。
宿屋に着くと一旦解散だ。明日の視察までの間は自由にしていていいようだ。
何をして過ごそうかと考えていると令嬢から挨拶があった。
「ここまで、ありがとうございました。本日はゆっくりお休みして下さい」
令嬢は軽く頭を下げるのに釣られて冒険者組も頭を下げる。ふと、令嬢が俺を見る。
「……ルカさんでしたよね?色々とありがとうございました」
感謝されるような記憶はない。
だが、名前を覚えられていた事に少しだけ驚いた。
「……あと、服の汚れ取った方がいいですよ?」
「……あ」
令嬢は和かに笑うと再度頭を下げて宿の中に消えた。




