第78話「戦闘開始」
ホードラー南部 ケッセルリンク領
ケッセルリンクを攻略する前にモートンは敢えて1日を費やし将兵に休息を取らせた。
強行軍でこそ無かった物の、到着して即開戦、では兵たちの士気が上がらないからだ。
数は多くとも事攻城戦ともなれば守備側が有利だ。
万全の体制をとっておかねば思わぬ不覚を取りかねない。
猛将と言われていても軍事においての優秀な評価は伊達ではなかった。
勿論、奇襲夜襲に備えた陣容を整え、万が一にも打って出てきた場合にも備えていた。
その厳つい見かけに反し、モートンは冷静であった。
とはいうものの、早々にケッセルリンクを制圧し、各地の諸侯に対する引き締めを行わねばならいのと同時に日本の南下に備えねばならない。
損害を減らしつつ比較的短時間での攻略は難点と言えば難点だ。
そこをどうするのか?
モートン自身、どちらかを捨てるしかないと考えていた。
南部貴族連合の攻撃は翌日に開始された。
十分に警戒していたジョナサンは慌てずに指示を出すと一際高い板を貼り付けた櫓に登って戦況を見ていた。
最初は弓矢の一斉射撃が城壁上部や内部に向けられてくる。
だが、既に兵たちは城壁の上には顔を出さないようにさせていた上、木製の板を複数枚重ねた盾や物陰に避難させていたために損害は双方共に出ていない。
不運な者が怪我を負った程度だ。
一頻り弓矢による射撃を終えると、梯子を持った貴族連合の兵が壁際に寄ってくる。
梯子の先端には金属でできた鈎がついており、これを城壁に引っ掛けて固定する。
固定されたら今度は兵士がそこから城壁の上を目指し登り始める。
「・・・奴らの抵抗がないが?」
その様子を眺めていたモートンは眉をひそめる。
この時点で抵抗する素振りも見せない状況に罠があるとは思ったが、それがどのようなものかまではわからない。
防衛する側の対策としては城壁上から石やら油やら、とにかく登らせないようにする物だ。
こちらの射撃はあくまでも城壁に近寄る支援であり、城壁上への攻撃ではないのだ。
頭を出させなければいいわけであり、それが終わった今であれば登ってくる兵にていこうするはずなのだが、その様な様子は全く見られない。
モートンは注意深く城壁上部へと取り付きつつある兵の動きを見ていた。
その時だった。
突然城壁に固定された梯子が城壁にお使われていた木材が梯子と共に城壁の外側へと倒れてきたのだ。
そして、それが最初の引き金のように次々と城壁が倒れていく。
楽に登りきろうとしていた兵士たちは、悲鳴とともに城壁だった丸太と共に仲間の兵の上へと倒れ、落ちていった。
城壁に群がっていた兵たちは避けようにも周りの仲間が邪魔になり、落ちてくる中に押しつぶされたり倒れてくる丸太の下敷きになっていく。
あっという間もなく城壁周辺は阿鼻叫喚の渦になり、兵士たちが混乱していた。
そして、その城壁が倒れたことでその向こう側はと言うと、同じ場所に城壁がそのまま存在していたのだ。
「なるほど、城壁を2重に重ねていたか」
ケッセルリンク側は防御力をそのまま維持しつつ、こちらの出鼻を挫く一撃を最初に取ってきたのだ。
おかげで最前線に居た将兵に少なからず損害が出ている。
「慌てるな!丸太をどかし兵をまとめろ!弓兵は城壁の上を警戒しろ!」
モートンの腹から出た大声は混乱した兵たちを収めつつあった。
そのとき、城壁上に木製と見られる板が一定の間隔で立てられる。
そして、その間から守備側の弓兵による射撃が開始された。
戦線の後方にいた弓兵を狙った射撃であり、当然弓兵は応射を開始する。
だが、城壁上の物陰を使って身を守りながらの射撃と、野に体を晒しての打ち合いでは分が悪い。
数は多く、物陰に隠れてない分、攻撃力はあるが防御力はないのだ。
逆に城壁上の弓兵は数が少ない上に物陰に身を潜めての射撃では攻撃力に乏しいが、防御力がある。
この場合どちらが有利かは状況にもよるが、今回の場合は防御側が有利だった。
おそらく城壁内部からの物と思われる投石が行われてきたのだ。
石の大きさは小さいものばかりではあるが角度が付き、上から降ってくるような石は決して侮れない。
狙いらしい狙いこそないが断続的に降り注ぐ投石は何かしらの手段で飛ばしてくるものだろう。
恐らくはスリング(投石器)だろうが、降り注ぐ数や距離からしてカタパルト(投石機)の様な物を使っているのだろう。
事前にどの当たりに降り注ぐかを計測していたのか、意外なほどうまく狙ってくる。
これらの為に弓兵の損害が増えてきていた。
「城壁に向かっている連中を下げさせろ。弓兵はそれまで援護射撃を続けろ」
モートンはそう言うと腕を組んで状況を見る。
後退の合図が鳴り響くと我先にと城壁や弓矢の届かないところまで走り出す。
そこに容赦なく弓矢が、投石が降り注ぐ。
背中を向けていた兵は背中に屋を、石を浴びてその場にもんどり打って倒れる。
勿論、モートンの指揮で弓兵は援護射撃をするのだ。
逃げる敵を狙った城壁上の弓兵の幾人かがその場から姿を消した。
それが続けばお互いに射撃も止み、仕切り直しとなった。
「思いのほか損害が出たな」
損害報告を受けたモートンは苦い表情になっていた。
戦死者こそ100名程度だが、負傷者は500名ほどになっていた。
擦り傷程度の軽傷のものは軽く手当して直ぐに戦線に立てるが、重傷者はそうもいかない。
骨が折れていたり、矢を受けていたり、出血が大きかったりすれば戦線には立てない。
「やはり損害を甘受して短期決戦へと持ち込むか、時間をかけて攻略しかあるまい」
モートンは自身の陣幕で地図を前にそうつぶやいた。
そこに配下の貴族や将が入ってくる。
皆一様に沈黙しつつ、この後の事を相談しようと来たのだ。
「モートン将軍、これから如何いたしますか?」
貴族の一人が重い口を開いた。
明らかに戦意が萎えている貴族にモートンは吠えた。
「たかが初手を取られた程度で狼狽えるなどなんたることか!」
その突然の怒声に貴族は目を白黒させて後ずさる。
「今回のは相手の出方を見るための小手調べ程度の一戦でしかないわ!小競り合い程度のものよ!」
勇ましく右の拳を振り上げつつモートンは先の発言を行った貴族に詰め寄る。
周りの者も自分へ矛先が向かないように貴族から距離を取っていく。
「よいか、我々は負けたわけではない!敵の策略の一部が既に使われたのだ!つまり奴らの手札を使わせた!この意味がわかるか!?」
貴族はモートンに詰め寄られて思考がまとまらず、ただただ泡を食うしかなかった。
しかし、モートンはそんなことは関係なしに周りにも言う様に声を上げた。
「奴らの防御手段が一つ減ったのだ!しかも我らの損害は軽微!まだまだ戦える上に優位性は変わらぬ!いや、むしろ一歩奴らより我らが優位に立ったのだ!」
先ほどの損害報告はモートンは自身の内だけに止めた。
実際、全体から見れば損害は軽微であり、いささかも優位性はうしなってはいない。
本腰を初手から入れないで相手の出方を見る。
その相手の出方からこれ以上同様の罠は無い、と判断していたのだ。
「しかし将軍、初手は確かに奴らに取られました。手の内を晒させた以上我らの優位は確実なれど次回の攻撃は如何様になさいますか?」
一人の将が一歩歩み出て今後の方針を問うてきた。
周りはその言葉で次々と案を出していく。
「城壁は木製なのだ火攻めにしては?」
「周りが開けていても森のど真ん中だ。延焼したらこっちが危ない」
「いや、城壁内部ならば・・・」
「対策がないわけがあるまい。それにそれもまた延焼すれば事だ」
「時間はかけられんのだ!多少の危険性は・・・」
「此方も火に巻かれれば共倒れぞ!」
「穴を掘ってみればどうだろうか?」
「ダメだ。ニホン軍の南下を考えたら時間がかかりすぎる」
「間諜を潜り込ませれば・・・」
「どうやってだ?打って出てこない上に警戒は十分。どうやって潜り込ませる?」
「よしんば潜り込めても見知らぬ顔があればすぐバレるぞ」
「内部の様子さえ分かれば・・・」
「分からないからこうして策を練っているのであろう」
「しかし策といっても引き篭っている相手には・・・」
皆が口々に議論を開始するが結論は出ない。
火を用いれば短期決戦が可能だが、現在この地はある程度開けていても森の中にある拠点なのだ。
飛び火の危険は大いにある。
飛び火すれば今度はモートンたち自身も危うくなる。
また、間諜、つまりはスパイの潜入も打って出てこない相手にするには夜間の侵入になるが、城壁上はかなり見通しが良い上に警戒態勢もしっかりと取られている。
簡単に入り込む隙はない。
穴の案はいい方法だが、時間がかけられないことを考えるとこれもダメであった。
策略を用いようにも打って出てこない相手には矢張り意味がない。
そんな中、モートンがつぶやく。
「・・・損害は大きくなるが力攻めしかあるまい」
その一言で場は静けさに包まれた。
「盟主からは損害を抑えろ、と言われているが攻略しなければ離反者を生み出しかねない。ならば短期に攻略するためには戦力を集中しての一点突破か、あるいは・・・」
モートンの次の言葉を待つように視線が向けられる。
「昼夜を問わず波状攻撃を仕掛ける。いや、この際両方だな。周囲は騎兵を巡回させて脱出者が居れば捕縛、もしくは討てばいい」
モートンの発言に口々に損害が!と声が出るがモートンはそれ等を一蹴した。
「他に良い案があるならば喜んで聞くが?」
そう言ってあたりを見渡す。
しかし、具体的な案は出てこない。
しばらく待ったが、誰もが顔を見合わせるだけであった。
「ならば決まりだ。戦力をまとめ昼夜を問わずに波状攻撃を仕掛ける。損害は大きくなるが少なくとも短期決戦には持ち込める。開始は今夜月が中天に登った頃、準備を始めよ」