第73話「空対空~前編」
ーホードラー南部上空
佐々木の操縦するF-4EJ改はRF-4Eが空飛ぶ化物と遭遇したと言う空域を目指していた。
そして当然僚機であるエポック2も佐々木に追従して来ている。
初の空中戦に不安があるものの、佐々木の心中にはようやく自分の腕を振るえる事に対する歓喜もまたあった。
航空自衛隊には実戦の機会は今まで無かった。
陸上は今までに何度も経験し、海上も先日経験したばかりであるが、やはり実戦そのものに参加したと言うのはある意味で強みになる。
だが、航空自衛隊は南部戦初期の空中支援にさえ参加できていない。
いつでも地上に対する支援体制を整えていたにも拘らず、実際に行われる支援は陸上自衛隊の航空隊、つまりはヘリ部隊で行われていたからだ。
その意味ではこれが本当に初の実戦なのだ。
そのときだった。
『キューダス1よりエポックへ、まもなく合流する』
偵察機であるRF-4EJからの無線が入ってきた。
偵察機であるものの、RF-4EJは支援戦闘機であるF-4EJから改修された機体なだけあって機関砲を装備していた。
そのため今回の迎撃に参加することになったのだ。
「エポック1よりキューダスへ、やれるか?」
元が支援戦闘機とは言え偵察機であるのだ。
佐々木はパイロットがやれるかどうかに不安を持っていた。
『訓練は欠かしていない。やれると判断する』
キューダスからの返答に無理はしないように、と告げるとそのまま正面を見る。
それからまもなくだった。
「レーダーが機影を捉えた!」
後席に座る梅原が声を上げる。
その声に反応して佐々木もレーダーを確認すると、幾つもの機影がレーダーに点となって映っているのが見えた。
「エポック1より2、キューダスへ、高度を上げて上から仕掛けるぞ」
佐々木はそう言うと操縦桿を引きF-4EJ改の機首を上げる。
エポック1を先頭にしたままエポック2は右後方、キューダスは左後方に付き、エポック1に追従して機首を上げる。
高度計が直ぐに反応して高度が上がっていくのが表示される。
高度が600mだった表示はあっという間に3000mへと達する。
相手の空中戦力がどこまで上がれるのかは分からないが、上昇速度は生物である以上は絶対にジェット機には勝てないだろう。
その速度差を利用して上から一撃離脱に徹する。
それが佐々木の選択だった。
実際、現代の戦闘機での戦いも格闘戦はまずしない。
遠方よりミサイルを放つか速度を生かしての一撃離脱が基本だからだ。
もっとも、現代においてはまともな戦闘機同士の空中戦など発生してはいないが・・・。
とは言え、相手は生物で速度は出ない。
だが、代わりに小回りはかなり利くはずだ。
ならば格闘戦などよりも速度を使っての一撃離脱が一番現実的な判断になるのは当然の帰結だった。
「高度4000」
梅原から現在の高度が告げられる。
これ以上上がる必要は現状無い、と判断すると操縦桿を戻して機首を水平に戻す。
F-4EJ改は佐々木の操縦に素直に応えて機体を水平にする。
「目標との距離は?」
後方の2機が佐々木に付いて来ていることを確認しながら佐々木は梅原に聞いてみる。
「間もなく視認距離」
梅原の応えにそろそろ仕掛けるか?と佐々木は思う。
余りに急角度で仕掛けると相手の高度が低いこともあって引き起こしをしくじりかねない。
そのまま地面と接触する危険性があるのだ。
「よし、そろそろいくぞ!各機、無理はするな!」
佐々木はそう言って操縦桿を倒し、機体を半ロールさせつつ降下に入っていった。
シルスの命により日本の所在を確認する為に北上を続けるパッカード率いる飛竜隊は地上の様子に集中していた。
日本の軍勢は風景に溶け込む独特な色合いの衣服を身に着けているという。
それだけで発見が難しいのだ。
見落として所在が分かりませんでした、等と言う無様をシルスに報告など出来ない。
だからこそ自然と地上へと意識が向いてしまうのは仕方ないと言えた。
だが、彼等は日本の空中戦力の存在を忘れていたわけではない。
日本もまた空を行く事が出来るのは知っていたからだ。
その為、幾人かに上空への注意を指示していた。
しかし、幾ら注意を向けても、想像を越えた所からの攻撃には注意力が散漫になるのは仕方なかったのかもしれない。
突如として甲高い音が響きだし、何処から聞こえるのかと辺りを見回したときには、頭上より炎を噴出しながら槍の様な物が降り注いできたのだ。
まさか上から来るとは思っていなかったこともあり回避が遅れてしまい、そのツケは自らの身で支払う羽目になった。
何が起きたのか分からないまま、数騎の飛竜が槍の様な物が突き刺さった様に見えた次の瞬間、それは突如として爆発し一瞬にして飛竜と騎手をバラバラにしてしまう。
なまじ下手な装甲を纏い、尚且つ自身の皮膚が強固である飛竜が故に、F-4EJ改より放たれたJ/LAU-3(70mmロケット弾ポッド)は何の問題も無く信管を作動させていた。
不幸にも命中してしまった飛竜に助かる術は無く、一瞬にして爆炎が起きた後に肉片を空中にばら撒いていく。
当然、騎手も無事で済む訳はない。
ロケット弾の爆発に飛竜が耐えられないのに人が耐えれるわけも無く、飛竜と共に肉片と化していた。
命中した者の中で運の良かった者は飛竜の翼を貫かれた程度で済んでいたり、羽を折られた程度で済んでいるものの、当然飛行は不可能になり墜落していく。
この場合、飛竜は余程運が良くない限り助からないが、騎手は風の魔法を使って無事ですむ。
しかし、無事に降りたとしても飛竜を失った以上は戦力にはならなくなる。
替えが聞かない戦力である飛竜隊は、この一瞬で7騎もの飛竜を失う痛手を負ってしまったのだ。
「何処からだ!?」
パッカードはそう言って振り返ると、自分達より高い頭上を飛んでいく2機のF-4EJ改が目に入る。
甲高い飛行音を響かせながら悠々と飛んでいるように見えたその姿は、未だかつて見たことの無いものだ。
竜とも鳥とも言い難いその姿はどこか洗練されたものがあると共に、美しく見えた。
とは言え、パッカードに見惚れている余裕は無い。
「高度を下げつつ散開!」
連絡の魔法を使いパッカードは部下に退避を命じる。
想像以上に速い日本の飛行隊を前に、まともに立ち向かうのは難しいと思ったのだ。
飛竜槍を命中させれば落とせるとは思う。
しかし、それこそ風のように速い日本の飛行隊相手に命中させるなどどう考えても無理だ。
相手が油断して真っ直ぐ接近でもしてくれれば可能性は無くも無い。
だが、そんな甘い相手なら彼等の主たるシルスは今まで苦労はしていないだろう。
早々に出血を強く目的を果たして講和なり何なりの道筋を作り上げていたはずだ。
それが未だに果たせず、尚且つ自身が追い詰められつつある現状を考えれば日本が甘い存在ではないと直ぐに分かる。
もっとも、日本とて国内に問題が少なくなく、全力での戦いは実質不可能なので付け入る隙は少なくない。
現状、彼等にそう思わせているのは自衛隊の戦力が決して低くなく、元の世界でも有数の軍事大国でもあったからだ。
それだけこの世界の軍と日本の自衛隊の戦力には差があるのだ。
とは言えそんなことはパッカードには分からない以上、彼は自身の目に映る現実から判断し行動せざる得ない。
「固まるな!」
飛竜隊の一部が慌てていたのもあったのだろう。
散開を命じられていたにも関わらず、高度を下げることに夢中になって纏まっていたのが目に入った。
その為パッカードは再度散開を命じたのだが、僅かに遅かった。
先ほどの飛行隊とは違う、単騎だけの飛行隊がブレスのようなものを高度を下げつつあった彼等に向かって吹き付けていた。
光を持った矢より速いそれが降り注ぐと、固まっていた3騎があっという間に引き裂かれてしまった。
(恐るべき威力だ!)
そう思いつつ舌を巻く。
飛竜は空を飛ぶ事の出来る生き物の中でも、硬い皮膚を持つことで知られている。
飛竜の様な竜の亜種とは違う純粋な竜には敵わないとは言え、熟練の戦士であっても危うい程の力を持っている。
しかも飛竜用の鎧までつけているのだ。
めったなことでは傷付けることも難しいはずだ。
その飛竜を一瞬でバラバラに吹き飛ばしたり、引き裂くなど在り得ないとさえ思える。
パッカードは飛竜を容易く討ち取れることから、日本の飛行隊は竜を使っているのではないか?と考えていた。
彼の眼前で飛竜を打ち倒しているソレが、まさか純粋に人の手で生み出された、造られた物である等とは露ほどにも思っていなかった。
「まさか当たるとは・・・」
佐々木はF-4EJ改を上昇しつつ旋回し再び攻撃態勢を取ろうとしている途中で思わず呟いていた。
相手に幾ら油断があったと考えても、弾速が遅く、命中精度もお世辞にも良いとは言えない空対地ロケット弾が空飛ぶ化物、飛竜に命中するとは思ってなかったのだ。
牽制になればいい、程度のつもりで放ったロケット弾は、飛竜がそれほど速度を持っていなかったこともあり数騎を吹き飛ばしたのだ。
幸先が良いのか悪いのか、そこは判断に悩むところである。
当たったのはいいが乗っている人間が吹き飛ぶ所を見てしまったのだ。
必ずしも良かった、とは言えない。
だが、だからと言って手心は加えない。
そんな余裕は無いのだ。
佐々木たちエポック1、2がロケット弾を使っての先制攻撃の後、敵は散開しつつ高度を下げて言っている。
そこにキューダスの機関砲で更に損害を与えているものの、散らばったまま高度を下げられては取り残しが出てくるだろう。
彼等の目的が何であるかは分からない。
だが、残せば後々の脅威になると考えられる以上は逃がすつもりは無い。
この機に落とせるだけ落としたいと言う本音が彼にはあった。
いや、むしろ初めての空戦であることから戦果を出来る限り挙げたい、そう言う欲が心の内にあった。
「ここは無理する所じゃないよ」
長年、佐々木とコンビを組んできた梅原は、そんな佐々木の内心を見透かしたのだろう。
彼の欲を打ち消すかのように声をかけた。
「・・・そうだな」
この一言に自分が思い上がっていたのを自覚することが出来た佐々木は、旋回を完了させる。
自身に芽生えた慢心を戒める為に佐々木は油断無く飛竜の動きを見る。
そうすると戦果を求める余りに焦っていた時よりも、彼等飛竜隊の動きが掴めて来る。
飛竜隊は散らばって高度を下げてはいるが、着陸する様子を見せていない。
そのまま散開したまま、尚も北上しているのだ。
高度が低いので、余り突っ込んだ角度や速度での攻撃は出来ないが、まだまだ攻撃の機会はあるように思える。
「よし、エポック2、キューダスへ。速度、高度、距離に注意機関砲で攻撃を続行せよ」
佐々木は時間がかかっても良いから安全策を取った。
元々彼等の任務は殲滅ではない。
あくまでも相手の行動の阻止なのだ。
それを思うなら無理な攻撃は不要と理解した故の指示だった。
だが、そんな佐々木の目の前で信じられないことが起きた。
キューダスが佐々木の指示を無視したのだった。