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第70話「謀略の完成」

ーホードラー南部山中



前夜に本隊から派遣された強襲部隊により制圧された砦では降伏してきたヴェネトの将兵の移送や治療が行われていた。

今も幾本もの煙を上げる砦(砦自体は見えない)がハエン村からでも遠目で良く分かる。

その現場には立ち寄らず高橋たちは再び行動を再開することになり、その準備の為に補給を受け取っている作業中に高橋は夜間に強襲したらしいとの話を聞いた。

前日井上と話をした「特殊作戦群」が動いたのだな、と思う。

だが確認はしようがない。

如何に活躍しようとも特殊任務部隊の指揮官である高橋は下っ端に過ぎないのだ。

意外に知られていないが、士官(尉官)は所詮は兵の立場に過ぎない。

会社で言うなれば精々課長だ。

偉い様に見えてそんなに権限が無い。

最低でも将校(佐官)でなければ扱いは一部隊のまとめ役でしかない。

その為、こう言った事態に置いては一切情報が入ってこないのだ。

もっとも、高橋にその辺りに対する不満はない。

己の分はわきまえているのだ。

彼は彼自身でやれることをやる。

それしかないのだ。

「補給の受け取り完了しました」

佐藤が報告の為に高橋の下に来る。

佐藤の報告を聞いて今後の予定を全員に伝えるべく高橋は動いた。

「全員を整列させてくれ」

そう言うとそのまま部隊が集待っているところへと足を向けた。




ーホードラー南部ディサント


高橋たちが行動を再開している同時期、南部のディサントにはバーバラ山岳以南の諸侯が集められていた。

バーバラ山岳以北の諸侯に限っては戦力を殆ど持たないことから私財を抱えてディサントに集まっているものの、供出できる戦力を持たないこともあり今回の集まりからは除外されている。

ただし、ファーレン、ケッセルリンク、ホーウッドと言ったバーバラ山岳以北の諸侯は一応混ざっている。

未だ日本からの攻撃を受けていない上に動員できる戦力が多いからだ。

そんな集まった諸侯を前にシルスは状況は此方の予測したとおりに移行しており、焦土戦術は着実に日本の体力を奪いつつあると宣言した。

実際は言う程の効果は無い上に、シルス自身確かめようが無い為にどれだけ意味があるのかはわからない。

しかし、失敗したかもしれない、と告げれば求心力を失いかねない。

それはシルス自身の首を絞める事になるのでとてもではないが本音で言うことは出来ないのだ。

作戦は着実に上手く行っている、という事にしてシルスは話を進めた。

「我らはバーバラ山岳で疲労の極みにある日本相手の決戦に挑むことになる」

壁に下がる大きな地図を前に諸侯に向けて演説するシルス。

諸侯の多くはバーバラ山岳以北が自分たちの抱えている領地ではないことであるためにシルスの作戦が順調であると言われて満足していた。

自分の領地がそこにあれば間違いなくこんな落ち着いた状態ではいられなかっただろう。

他人の家が火事でも自分の家が離れていれば特に騒がないのと同じだ。

そんな心境の諸侯を前にシルスは続けて今後の予定を告げていく。


現在、ホードラー南部は北からと海上を押さえられている上に陸路も封鎖されている状況にある。

しかしシルスは食料や武器装備は10年分蓄えており問題ないとの主張をあげる。

海路と陸路を奪われたことにより諸侯に動揺はあったものの、シルスの蓄えがあるとの話に安心していた。

諸侯からすれば今の生活を保てればいいのだ。

自分の所が苦しくなってもシルスからの提供も約束されているならば、それほど慌てる必要も無い。

だが問題はここからだった。

シルスはここまで説明した後、海路と陸路を封鎖する日本軍に対しての攻勢を禁止したのだ。

これは小さいながらも平野部である為に、日本軍の方が有利になってしまうためだった。

この話には諸侯からもざわめきが起きるが、現状これを打ち破るには戦力が足りないと言うシルスの言葉に従うより無い。

相手に有利である状況で数を揃えても損害が大きくなるのだ。

流石にこれは彼等の懐も大きく痛む。

諸侯の多くは自分の腹さえ痛まなければ他はどうでもいいのだ。

ある意味「我関せず」だろう。

しかし、シルスにとってはそんなことは百も承知である。

だからこそ次の言葉が出たのだ。



「バーバラ山岳の防衛にも戦力が足りない。ついては諸侯の皆にも負担して頂く」

これを聞いた諸侯は、まさか、と言う思いだったろう。

ある程度の戦力をシルスに供出しているので後は彼に一任し、万が一のときは責任を押し付ける積りだった諸侯の多くは更なる要求は受け入れがたかったのだ。

途端に場は騒がしくなる。

これ以上の出費は誰もが避けたい、と言うのが本音だろう。

だからこそ中には「今ある戦力で十分だ!」などと声を荒げている。

バーバラ山岳と言う天然の要塞がある故の安心感が彼等にあり、これを突破されると言う事は南部の敗北であるのだ。

その時はシルスを身代わりにする積りなのだから、これ以上の協力は日本に睨まれかねない。

しかも軍を出すと言う事はその分出費も増えるのだ。

兵は無理やり領地から引っ張り出せばタダで済むが、その兵の装備、食料などには金がかかる。

唯でさえ日本との戦争で輸送路を押さえられており、物価の高騰が起きているのだ。

かなりの出費を覚悟せねばならないだろう。

だが、シルスは諸侯に対し協力の必要性を落ち着いた様子で説得、いや、説得という恫喝を行った。

「バーバラ山岳には我等南部貴族連合より集められた約1万の兵がいるだけであり、これでは此方に地の利があろうとも日本軍を前には防衛線として不十分だ」

シルスは集まっている兵を過少に告げて危機感を煽る。

実際には2万の兵力と6000の後詰がいるのだが、この内訳はシルスの私兵が中心である。

諸侯の軍勢はハウゼン領にいる日本軍に向けているだけだ。

「私の持つ軍勢の多くは今も日本軍の補給路を脅かしており、その為に使っているのだ。防衛に廻すだけの戦力はない」

はっきりと断言することで自身に手持ちはもうない、と思わせようとする。

諸侯もバーバラ山岳の防衛がままならない現実に血の気がうせていく。

「日本が貴族と言う身分を認めずに領地を奪ったことは諸君の知っている通りだ。貴族という伝統ある身分を守る為にもバーバラ山岳は意地でも守らねば成らない!」

あえてここでバーバラ山岳の防衛を強調する。

しかもこの防衛線を抜かれれば領地は失うぞ、と言う脅し込みである。

諸侯はお互い顔を向けある。

実際に日本はホードラー王国滅亡時に貴族の領地を認めていない。

私有地として認められた者も居るには居たが、土地にかかる税金のことを考えれば貴族の領地と言う物は認めていないことになる。

ここに来て諸侯もようやく気付いたのだ。

如何に自らの土地、と言うのが認められても徴税権も奪われて、しかも土地に税金までかけられては自分たちが痩せ細るのみだと言うことに・・・。

シルスは早い段階でこれに気付いていた事もあり講和の道を探っていたのだ。

早くに気付くか後で気付くか、その差がシルスと他の諸侯の違いだろう。

「その為の負担要求がそんなに不満かね?」

シルスは止めとばかりに壇上より歩み出て1人の諸侯に告げる。

言われた諸侯は反論らしい反論も出来ずに口ごもっているしかない。

今まで考えもしなかった貴族と言う立場の喪失が目の前に突きつけられたのだ。

早々判断することなど出来ないのは当然だろう。

「まさか・・・とは思うが、そこまで負担するのが嫌なのは日本に通じているからかね?」

突然の裏切り者認定に諸侯は慌てふためいた。

周りにいた諸侯も一気に彼から離れる。

「ち、違う!我が領はそんなに豊かではない!だ、だからこれ以上は難しいのだ!」

必至に抗弁するもののシルスは冷ややかな目でその諸侯を見つめるだけだ。

「ほ、本当だ!」と言っても一言も発しないシルス。

その姿に諸侯は恐怖を抱いた。



粛清される!



それは裏切り者として処刑されることを意味する。

財産を惜しんで命を奪われるのは流石に彼も耐えがたかった。

だからだろう。

命乞いの積りで言ってしまった。

「わ、私が裏切り者ではない証拠にディサント侯の負担に応じる・・・」と・・・。

それを聞いたシルスは途端に笑顔を諸侯に向けた。

最初っから粛清する積りなどもって居ないのだ。

その意味でシルスは政戦両略である戦略家であり役者だった。

「そうですか、大変失礼な物言いをしたことを詫びますぞ」

そう言って彼の手を握る。

あわや命の危機にあった(彼が思い込んでいただけだが)諸侯は漸く落ち着くと再度の全面協力を申し出た。

そうしなければ彼自身で自分を裏切り者だ、とする証明になりかねなかったからだ。

その彼の方を叩きながら辺りを見回すシルスに、次は自分か!?と気が気ではない諸侯。

その中から意外な人物が歩み出てきた。

「これはファーレン卿、ケッセルリンク卿、ホーウッド卿・・・なにか?」

シルスの前に歩み出てきたのはバーバラ山岳以北に領地を持つ3人の諸侯だった。

彼等は内密に日本への協力を約束しており、シルスも各章がなくとも内心で疑っていた3人だ。

やや警戒心を持ったシルスに意外な事を提案した。

「我々もディサント侯の提案に従いますぞ」

思っても見ない提案ではあるが、シルスにとっては助け舟になる言葉だった。

この場に来てもまた何だかんだ言って協力を拒否すると思っていたのだ。

「これは・・・バーバラ山岳以北は後に奪還するとしても一時的に放棄してもらうことになるのにですか?」

意外そうなシルスにジョナサンは続けた。

「私は自身の為に財を蓄えておりませぬ。全ては国の為です」

そう言ってジョナサンは両側に立つアルトとサド・ウィン・ホーウッド伯爵を見る。

両者とも頷いてシルスの提案に乗ることを告げた。

「我が領はバーバラ山岳遠いですが、全軍を持って防衛に協力します」

ホーウッドはそう言って頭を下げた。

今までは距離が離れていることもあり、また海に面していることから領地の防衛を理由にシルスには非協力的だった。

「我が領も全面協力します」

アルト・ケッセルリンク子爵もそう言って頭を下げた。

彼もまた、道の整備が行き届いておらず多くの協力は出来ないと言って協力的ではなかったのだ。

「これは有り難い!しかし、今になって突然どうなされたのか?」

暗に何故今まで協力しなかったのだ?と聞くシルスに3人は答えた。

「我々は侯からバーバラ山岳での防衛は聞かされておりません」

「あくまでも焦土戦術と敵補給路を遮断し、敵を飢えに追い込むものと思っておりました」

「それ故に我々もその様に動く積りでした」

今度は3人がシルスに「何も指示せずに兵を出せ」としか言っていない事を告げると共に、きちんとした戦略があるならそれに従うのはやぶさかではない、と答えた。

なるほど、バーバラ山岳以北を一時的に放棄(シルスは完全に放棄のつもりだった)する事で以北の諸侯の反発を恐れた。

その為に焦土戦術と補給路寸断しか伝えていなかったのだ。

シルスにとってはミスであるが、数ある諸侯を纏めている中での小さなミスであると言えた。

「いや、それは大変失礼しました。なにぶん一時的にも放棄では賛同が得られないと思いましたので・・・」

シルスはそう言って3人に自身の不明を詫びた。

この様子に他の諸侯も、提案を呑まねば「自分は裏切り者」と言うような状況に陥ってしまうと悟っていた。

幾ら懐が惜しくても、バーバラ山岳以北の諸侯さえ従うのに自分たちが従わないのであれば疑われても仕方なくなる。

疑われれば最後は粛清だろう。

そうなれば命を失うのは確実だった。

財と命を天秤にかけて財を取るものなど居ない。

最終的には命を優先する。

それが人間というものだ。

その心理を突いたシルスの手腕は見事な物である。

だが、同様に日本に通じているはずの3人がシルスへの協力を申し出た事が追い風となっていたのも事実である。

シルスは次々に協力を申し出る諸侯に感謝の言葉を告げるのに忙しく、何故ここに来て非協力的だった3人が協力する気になったのか?

と言う疑念について考える余裕をなくしていた。





ーホードラー南部ホーウッド領



3人は会合の後、一旦領地に戻って戦力を集めてくる、と言い残しディサントを去っていた。

その道中、やや遠回りになるのを承知でホーウッド領へと足を運んでいた。

今、3人はホーウッドの館でさかずきを交わしている。

「上手く行きましたな」

サド・ウィン・ホーウッド伯爵はそう言ってワインのビンを傾ける。

日本の「おたる」と書かれたワインだ。

サドはこのフルーティで軽やかな味わいが気に入っていた。

それ故に密かに買い集めていたのだ。

ある意味コレクションと言ってもいいそれを祝杯の為にあけたのだ。

どれだけうれしかったのかが良く分かるというものだ。

「これで諸侯はディサント侯に従い戦力を集める事になりますな」

ジョナサンはそう言ってサドに注がれたさかずき、ワイングラスを手に取る。

ここまで薄く透明度の高いガラスはそう簡単には作れない。

大陸にあるグラスと呼ばれるものはどうしても中に不純物が混じり濁ってしまうのだ。

このワイングラスもまた日本産のものだ。

どれだけの分野で此方を圧倒しているのだ?と思わずにはいられない。

「しかし、その分日本に負担をかけますね」

アルトはグラス片手にそう言って心配そうにする。

結果として言えば戦力をシルスの元に集めさせてしまったのだ。

これでは日本にとって逆に苦労させてしまうのではないか?という疑問がある。

だが、ジョナサンは逆であると考えていた。

これによって逆にシルスが苦しくなると判断していたのだ。

「これに関しては大丈夫でしょう。私が保証しますよ」

そう言うとジョナサンはグラスの中身を喉に通す。

焼ける様な酒も良いが、この豊かな味わいの酒もいい。

そう感じる味だった。

「如何にシルスが数を揃えれても動かせる人員が居なければ烏合の衆に過ぎませんからね」

ジョナサンの言葉にサドが頷く。

確かに数の上ではシルスは戦力を手に入れた。

しかし、それの運用ともなればそう簡単ではない。

しかも補給の面からも膨大な物資を必要とする上に輸送そのものだって困難だ。

よしんばソレを成し遂げたとしよう。

だが、そこにはある問題が発生する。

普通に考えれば南部貴族連合を一枚岩にし、戦力を強固に下かもしれない。

しかし逆に見れば一箇所に集められた戦力を一度に叩ける事になる。

そう、彼等が会えてシルスを助けたように見せた全面協力は「分散する戦力を一箇所に纏めさせる」為だったのだ。

更に各地の諸侯の力を削ぐことも出来る。

難点はやはり数が揃うことで完全に叩くのは大変になると共に、諸侯の領地に住む者たちを苦しめることになる。

だが、その恨みの矛先は日本ではなく諸侯に向かう事になるだろう。

恐らく有無を言わさずに無理やり引っ張ってくるのは確実だ。

それをやってしまえば、民の命が失われることになっても無理やり引っ張っていった事実が先に立ち、その恨みと憎しみはそれを行った諸侯に向くことは確実である。

勿論、日本側にも向かいかねないのだが、そこは日本側のそれに対するやり方で容易にかわせる。

例えばできる限り助ける、もしくは死傷した兵の家族に厚く遇するとかだ。

どちらにせよ、ホードラーやアルトリアで日本がやってきた来た事を考えれば難なくやってしまうだろう。

なにより、この謀略は北野発案のものなのだ。

その為の手はずは整っているはずである。

「しかし、われらは領地を失いますな」

サドはそう思っていた。

それにはアルトも同意した。

何故ならばジョナサンと違い二人は日本と確約を結んでいない。

確約が無ければ幾ら協力しても領地の安堵は無いだろうと思われたのだ。

しかし二人に後悔は無い。

領地を失っても命と財は認められる。

それは確かだろう。

ならばそれを元手に何かやればいいのだ。

「それには私も付き合いますよ」

ジョナサンにはそう声をかけるしかない。

だが、そう言いつつもジョナサンには勝算があった。

話に聞く限り日本の執政官たる北野という男は冷酷無比な人物と聞いている。

だが、それは忘却名人物などに対してであって、良識あるものに向けられるものではない。

ジョナサンはうわさで伝え聞く限りであったが、それでも北野の性分を正確に理解していた。

「まあ、とりあえず今は我等の成功を祝って・・・」

サドはそう言ってグラスを掲げる。

二人もそれに習い、そして一斉に言った。

「乾杯!」



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