第68話「特殊作戦群~夜間の奇襲」
ーホードラー南部ハエン村
高橋たちは本隊より補給を受ける必要がある、とされ2日たった今も留まっていた。
実際は戦闘の後始末で動ける状態に無いことと、思いの外本隊との間に距離が開いてしまっていた事から、緊密な支援の為にも一旦留まらせて戦線を再構築したかったのもあった。
その間にUH-1Jが負傷者を後方へと移送したり、AH-1Sが追跡した結果などから高橋たちは防衛も含めた対応をしている。
AH-1Sは撤退する敵本隊と思われる部隊を発見、追跡したのだが、ヘリであるAH-1Sの欠点として音が大きいのがある。
これにより追跡が露呈しては相手の戦力が散ってしまう可能性があったことから追跡そのものは途中で切り上げていたのだ。
だが、その後に行われた夜間飛行による偵察などで拠点と思われる地点は確認している。
更に捕虜からの情報でほぼ間違いない、と上は判断していたのだ。
だが、同様にこの拠点について問題が発生していた。
今回高橋たち特殊任務部隊がハエン村にて貴族連合軍と一戦交えたことにより此方の動きが彼等の考えより速いことが分かっているはずである。
しかも多数の頬慮を得たと考えれば自分たちの隠れている拠点の情報も漏れていると判断しても可笑しくない。
そうなれば拠点を捨てて別の場所に潜伏されるのでは?と思われた。
その為の早期制圧目的で後方より幾つか部隊が捕虜の移送と共にハエンへと来ている。
おかげでハエンは空いている土地にテントを建てていたり、AH-1Sが駐機していたりする。
UH-1Jの離着陸は畑の一部を後に保障すると言う事で発着場として借りている。
高橋たちはその制圧隊の戦力が整う前に偵察を行う事を進言していたが、本隊からは必要なしとの回答が着ただけで待機を命じられている。
その理由がハッキリしないのが高橋には気になっていた。
「本隊が必要なしと言っているなら黙っているしかねぇよ」
井上は深く考えていないのか、コーヒーを飲みながら特殊任務部隊に宛がわれた指揮所(あくまで仮であるが)でのんびりしていた。
先日までは防衛の為に気が張っていたが、後方より多数の戦力が送られてきたことにより今は分担して行っており、休暇代わりに休みを取っている最中なのだ。
「そうは言うが・・・先行偵察が役目の俺たちがのんびりさせられている理由が気にならないか?」
高橋の言葉に井上は少し考えてみる。
たしかに普通なら情報の確定の為にも監視を含めた偵察は必要だと思われた。
それが要らない、と言うからには相応の理由があるのだろう。
「リコン(偵察)をもう出してるとか?」
高橋も井上の言うことは既に考えていた。
だが、そんな連絡は受け取っていない。
もし出されているなら宣言したときに連絡されているはずだ。
それを高橋が言うと井上は腕を組んで上を見ながらうめく。
「うーん、後はもう制圧しちゃったとか?」
AH-1Sコブラが先走って粉砕したのではないか?と井上は言ってみる。
だがそれも同じく連絡が入るだろう。
連絡、報告は自衛隊では重要な仕事の一つだ。
既に他の隊が偵察していたり、制圧してるなら当然連絡があってしかるべきだ。
でなければ高橋たちは行動を再開したときに其方への警戒を余儀なくされ、要らぬ苦労をする羽目になる。
「どれも連絡がない理由にはならんなぁ」
高橋もお手上げ、と言う様子で両手を挙げた。
井上からすれば高橋が考えて分からないものが自分に分かるわけがない、と言った表情だ。
「後はあれだ」
そう言って井上は続ける。
それはほとんど冗談のつもりの一言だった。
「よっぽど見られては困るものでも動かすんじゃないか?」
この一言は高橋に直感めいたひらめきを与えた。
見られては困るもの。
例えば公に出来ないものが一番考えられる。
例えば化学兵器の使用や核兵器と言った大量破壊兵器だ。
後は航空戦力などによる実験的意味合いの空爆などだろう。
化学兵器は防護に対する研究用が少量あるだけで使用する量は無い。
核兵器にしてもこんなところで使う戦略、戦術的意味が無いので両者はありえないだろう。
では実験的攻撃はどうか?
相手の降伏を確認できない為に可能性としてあり得る。
だが、そんな実権をする余裕が展開している部隊にあるとは思えなかった。
多少の余裕を持って容易はしているだろうが、これから先に何があるか分からない状況で浪費とも言うべき真似をするとは思えない。
では、それら以外で見られては困るものは何かないだろうか?
そう考えていた。
そして、一つだけ思い至る物があった。
「・・・中央即応集団、特殊作戦群・・・」
高橋の呟きに井上の表情が固まった。
暫しの沈黙の後井上はありえねぇよ、と言ったが根拠は無い。
中央即応集団とは防衛大臣直轄の機動運用専門部隊であり、有事の際は真っ先に増援、緊急対応する部隊だ。
ある意味、緊急展開部隊と言える。
そして、その中央即応集団隷下に存在する特殊作戦群は陸上自衛隊初であり唯一の特殊部隊なのだ。
その為、その内情についての詳しい情報は装備や訓練内容共に一切公開されていない。
同じ自衛隊員であっても知らされていない部隊なのだ。
対テロ、対ゲリラ作戦が主任務とされているが他国における特殊偵察や直接行動、情報戦などの多様な任務を遂行出来る部隊とされている。
その性質から非合法活動も任務の内と推測、憶測されるが現状では一切が不明だ。
「第一、あいつらは日本国内にいるはずだろう?幾らなんでもこの為だけに出張ってきたとしても昨日今日で着く訳ねぇよ」
井上はありえないと主張したが、高橋には在り得ると思えた。
それは、シバリア動乱と呼ばれるファマティー教のテロがあったからだ。
あの市内各所で同時多発的に発生した一斉蜂起テロで自衛隊、外人部隊共に少なからず損害を出している。
一応の終息と制圧は完了していたが、また起こらないとも限らない。
全てを抑えるのは実際問題不可能だからだ。
拠点らしい拠点は全て潰したつもりでもまだあるかもしれないのだ。
それに対応する為にはどうするか?
簡単である。
それ専門の部隊を配置して行動させればよい。
高橋たち特殊任務部隊は元々普通科部隊の集まりであると同時に何でも屋の性質上、常に配置しておくことは出来ない。
では外人部隊は同だろうか?
元が在日米軍であるので特殊部隊も中にいるはずである。
だが、海兵隊はバジル王国へ、海軍、陸軍は南部の封鎖作戦に従事している。
当然それぞれがぞれぞれの部隊と共に動いているだろう。
空軍に至っては元々が在日米軍の部隊管理を請け負うだけの為に航空部隊以外の実戦部隊は警備程度でしかいなかった。
つまり、専門の部隊として動かせるのは彼等中央即応集団隷下の特殊作戦群しかないのだ。
レンジャー部隊は強力だが市街地における対テロ、対ゲリラでは些か不向きであろう。
それらを考えると自然と特殊作戦群ぐらいしかいないように考えられても可笑しくはない。
勿論、特殊作戦群全部隊が来ているとは思えないが、来ていてもそれを公表などしないだろう。
もしかすれば北野も知らないかも知れないのだ。
勿論確認を取ったわけではないので断言は出来ない。
知っていてもあの北野であれば沈黙を保っていてもおかしくないからだ。
だが、そう考えるとつじつまが合う。
特殊作戦群が秘密裏に制圧に動いたと考えれば、その性質上一般部隊には行動を極秘のままにしてしまうだろう。
その結果がどんなものであれ、誰が、どの部隊がやったか分からなければ何も言いようがないからだ。
案外、何食わぬ顔でこの村に居るのかもしれない。
とは言え、それ以上の詮索は出来ないだろう。
しても答えなどは出てくることはない。
そもそも特殊作戦群が実際に動く確証などないのだ。
あくまでも高橋が考えて導き出した高橋個人の「憶測」に過ぎないからだ。
どちらにしても高橋たちは命令通りハエンにて待機するしかなかった。
ーホードラー南部山中
ハエンでの戦いから2日目の夜。
ヴェネトは城の物資を後方へと送る準備を夜間を通して行っていた。
撤退を決断し一足先に撤退したのは良いのだが、先鋒を纏めて帰還するはずの中衛が敗残兵の有様で帰還してきたからだ。
これにより500名の兵の内、約半数近くが消耗した事になる。
日本軍をやり過ごしてその後方を脅かそうにも、多くの将兵を失った今となっては難しいと言えるからだ。
兵の数だけならば兎も角、その兵を指揮する将足るものの多くが先の戦いで失われた以上はここに留まっての軍事行動は無理になっていたの。
その為ヴェネトは集積した物資と共に後方へ下がり別命を待つより無かった。
だが、その準備に追われるヴェネト軍へと近付く奇妙な音が聞こえて来た。
それは先のハエンから撤退するときにも聞いた何かが羽ばたいているような音であった。
「何だ?」
正体不明の音に将兵は作業していた手を止め音のする方向を見る。
しかし、月明かりも雲に隠れていてはその方向を見ても何も見えてこない。
それは恐らく空を飛んでいるのだろう。
自分たちの頭上にその音はやってきていた。
「総員警戒せよ!」
訓練が行き届いているヴェネト軍は万が一に備えて警戒態勢を取る。
それぞれが手近にある武器を手に取ろうとした、そのときだった。
突然砦から離れた夜空から流れ星の様な物が彼等に向かってくる、様に兵たちには見えた。
それは自分たちの周りに飛び込んでくると炎と轟音を響かせる。
その衝撃で兵たちは吹き飛び、血と肉を辺りにばら撒く。
陸上自衛隊の航空部隊であり、対戦車ヘリコプターAH-1Sコブラによるロケット弾による攻撃だった。
幾つものロケット弾がハイドラ70と呼ばれるロケット弾ポッドより放たれる。
その1発1発が十分な破壊力を持って砦を焼いていく。
辺りが爆発によって発生した炎で明るく照らされ、まるで昼間のようになる。
だが、この攻撃はあくまでも前段階に過ぎない。
この後にもっと恐ろしい攻撃が来るのだ。
兵が突然の攻撃に逃げ惑う中、砦の上層には別の攻撃が行われていたのだ。
「何事か!?」
砦の中にいた兵が騒ぎの起きている中庭を見下ろす。
明らかに敵襲ではある物の、その詳細を確かめようとしたのだ。
だが、中庭に発生する爆炎を確認したところでその兵の意識は永遠に刈取られてしまった。
叫び声を上げること敵わずに屋上にいた兵があっという間に沈黙する。
彼等が庭に気を取られている僅かな時間の間に上空にホバリング(空中静止飛行)していたUH-60Jブラックホークからロープ降下してきていたのだ。
夜間にロープ降下は本来は行われるものではない。
何故ならばヘリコプターは有視界飛行が基本なのだ。
夜間飛行するための慣性航法装置やGPS、赤外線暗視装置などが無ければ極めて難しい。
更に如何に夜間飛行能力を持っていても、ホバリングしつつロープ降下するなど余程の訓練を積まねば危険である。
しかし彼等はそれを行えるだけの技量を持っていた。
それが彼等「特殊作戦群」なのだ。
3機のブラックホークから合計30名の特殊作戦群所属の自衛官が、迷彩柄のヘルメットや衣服に黒い覆面をした姿で屋上に降り立つ。
そして屋上を完全制圧すると身振り手振り砦の内部に侵入を開始した。
一言も話さずに屋上から進入すると一つ一つの部屋を確認しながら奥へと進み始める。
その動きは機敏でかつ正確であった。
途中に出会った兵は声を上げる間もなく即座に減音器(サプレッサーと言い消音器とはまた別のもの)のM4カービンで射殺していく。
外の騒ぎが続くうちに彼等は指揮官の居場所を探す。
何故ならば彼等の目的は唯一つ。
この砦の指揮官の身柄の確保だからだ。