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第66話「ハエン攻防戦~後編」

ーホードラー南部ハエン村



井上と佐藤の各分隊が交戦している頃、高橋は自身の率いる分隊と合流して井上の元に向かっていた。

しかし、ここに来て佐藤の分隊が敵の別働隊と接触し交戦状態に入った事で判断を迫られてた。

どちらか片方の元に駆けつけるか、部隊を分けて支援するか、それとも更なる別働隊に備えて待機するかだ。

航空支援は井上が敵と接触したことで既に出しているものの、その航空支援が来るまでの時間稼ぎをどうするかが問題なのだ。

だが、迷ってはいられない。

そこで高橋は即座に井上の分隊への支援に向かう判断を下した。

何故ならば距離的に近いと言うのと、そこの状況を見て佐藤の隊へ部隊を分けることも考えられたからだ。

もし、井上の分隊が危機的状況にあれば佐藤の隊には足止めさせつつ、全戦力で井上の隊を援護しなければならない。

逆に井上の隊が相手を完全に食い止められているならば横の圧力を防ぐ意味で佐藤の隊を支援すればいい。

更なる別働隊の事も考慮せねばならないが現状では戦力が足りていない。

ならば下手に分散させるより一箇所づつ対処し、戦力をならべく集中して敵を撃破する必要がある。

それに確実に井上の受け持ち区域に姿を現した敵が主力だろう。

ならば数の圧力を一番受けているのは井上の隊なのだ。

更なる別働隊が動く前に正面の主力を叩き、その戦意を挫けば敵も撤退するしかなくなる、と考えたのだ。

そして、高橋は井上の守る南側へと到着した。



「状況は?」

高橋が井上の姿を見つけると直ぐに声をかけた。

高橋の声に振り向き、姿を確認した井上はホッとした表情だ。

「取りあえずフェイのおかげで相手戦力を釘付けにすることに成功したよ」

そう言って井上はフェイの肩に手を置いた。

詳しく聞くのは後にしようと思った高橋は佐藤たちが別働隊と遭遇、交戦を始めたことを告げる。

それには建物の影で見え難いが佐藤の隊がいるはずの方向から発砲音がしていたので井上も気付いていたらしい。

取りあえず状況を確認する必要があると判断して高橋は無線を手に取った。

「こちら第一分隊、第二分隊と合流した。第三分隊の状況知らせ」

高橋が佐藤の分隊に無線をかけると即座に応答があった。

『こちら第三分隊、現在敵と膠着状態です』

膠着状態と聞かされたら高橋は状況が悪いのか?と思ったがそうではなかった。

決定打が打てない状況だったのだ。

井上は盾を使われていたので躊躇う事無くM72を打ち込んだが、森に潜む敵とは言え人間相手に重火器を使うのは対化物用との意識もあり簡単に判断できなかったのだ。

手榴弾や06式小銃てき弾を使うことも考えられたが、弾数が限られるので隠れた相手が何処に居るのかを把握できないと使うのが難しい。

まさか適当にばら撒くわけにもいかないからだ。

「あー、そりゃ手出し出来んわ」

自身で人間相手にM72を使って後悔しているのもあって井上はそう言った。

とは言え、此方側に被害を出させるわけには行かない。

高橋は73式小型トラック、つまりはジープの12.7mmブローニングM2重機関銃に目を向けた。

これも人体へ向けて撃つのは躊躇われる代物だ。

だが、少なくとも重火器のM72などを使うより遥かにマシな上、幸いにして弾数にも余裕がある。

そしてこれなら「多少の障害物や遮蔽物を気にしなくていい」のだ。

12.7mmと言う銃弾の大きさから考えても威力は十分に今までの歴史で証明されている。

装甲を持つものやコンクリートの壁だって撃ち抜くのだ。

木だから撃ち抜けない道理は無い。

「そっちに援軍を向かわせるから使ってくれ」

高橋はそう言うとジープを隊員3名に任せて向かわせた。

これで少なくともよほどの変化が無ければ対応可能だろう。

後は正面の敵主力だ。

井上が体勢を整えて対応したときと違い、正面の主力も森の木々をたてにして体勢を整えつつある。

辺りの惨状から数十人に打撃を与えていると思われた。

これなら敵も引くかもしれない、と高橋は思ったが井上の言葉がその期待を砕くことになった。



「今までの連中とは違う」

井上が告げる彼等の戦意と統率の状況を聞かされた高橋は考え込む。

そして思い起こす。

今までの敵は闇雲に向かってきていたが、ここ南部の敵は正面からぶつかろうとしないで此方を引き摺り込む戦法を使っている。

それだけで異質なのだが、地の利を生かして上手く立ち回ると同時に焦土戦術を取っている。

そして今回の井上の言葉だ。

「なるほど、敵も優秀だな」

高橋は自身の甘い見通しを大きく修正する必要があると感じていた。

そうなのだ。

敵が無能であるはずがない。

向こうも人であることは変わらないのだ。

常に考え、対策を練ってきてもおかしくないのだ。

その認識の甘さが南部平定初期の躓きだ。

危うく高橋もその過ちに陥るところだったと言える。

その意味では今回の戦いは決して悪いものではない。

認識を改めるという意味においては・・・。

結局、人は自身が経験しなければ学ばないのだ。

それは高橋とて変わらない。

「そう言うことならば徹底的にやるつもりでないと足元を掬われるな」

そう呟くと高橋は出し惜しみはなしだ。

と判断した。

「もてる装備全てを使ってでも撃退しないとこっちが危ない。躊躇ってる場合じゃないな」

高橋の言葉に井上が「正直気はひけるがな」と答えつつ、カールグスタフを準備させる。

M72は使い捨てだ。

たしかに携行に便利で使い易いが弾を選べて使い回しが可能なカールグスタフと比べると見劣りしてしまう。

カールグスタフの方が威力があるので余程の相手でなければM72を使うつもりだったが、これからは積極的に使う必要が出て来るだろう。

「正確に狙う必要ない。いると思われる所に何発か着発信管で打ち込め」

高橋の指示で数人が射手として配置につく。

カールグスタフは無反動砲であるためにM72と同様に後方に危険地帯が存在する。

その為射手は後方に注意しなければならない。

もちろん射手だけでなく周辺の人員もそれとなく注意して危険範囲にいるならば即座に移動する必要がある。

そして、配置が完了すると井上が射撃を号令する。

激しい射撃音と共に打ち出された榴弾、HE 441B 榴弾は勢いよく森の中に飛び込んでいき炸裂した。

HE 441B 榴弾は有効射程1000m、機械式時限信管及び着発信管を選択できる。

そして内部に鋼球800発を内蔵し、爆発と同時にその鋼球800発を周辺に飛び散らせる。

つまり、爆発そのもので相手を殺傷するのではなく、爆発によって生じた破片や飛び散った鋼球で殺傷するのだ。

これは基本的に手榴弾などと大差はないが、威力と言うもので考えれば圧倒的な違いがある。

手榴弾では木そのものを一発でどうにか出来る威力は無い。

だが、この榴弾であるならば多少の木ならへし折って被害を与えるだろう。

時にはへし折られた、削られた木片そのものが人体を殺傷する凶器に変えてしまう。

そんなものを使われた側からすれば不幸としかいえない。

反撃の機会を待つヴェネトの兵は比較的森の浅いところに居たものが多かったのもあり、そのまま爆発の衝撃で道まで吹き飛ばされるものさえいた。

それが数発も打ち込まれれば彼等のいる場所が安全地帯であるはずが無いのは一目瞭然だ。

もっと奥へ、もしくはもっと後方へ引くしかない。

如何に彼等が勇猛で統率が取れていてもたまったものではないだろう。

「第2射用意!」

そんな彼等に追い討ちをかけるべく井上の号令が響く。

井上の部下たちも先程の光景を忘れたわけではない。

自分たちのやり方一つで無残な姿に変わり果ててしまう人の姿を・・・。

だが、彼等自身が生き残る為にもためらっては要られない。

日ごろの訓練の賜物であるだろうが井上の号令の元、即座に次弾の装填を進めていく。

任務の為なら命を惜しまぬ自衛官とて人だ。

それに代わりはない。

故に自身の、仲間の命を守る為に彼等は迅速な動きを可能としていた。


「1番よし!」「2番よし!」「3番よし!」「4番よし!」「5番よし!」


次弾装填を完了した合図が帰ってくる。

既に彼等は射撃体勢にあり照準もつけている。

命令があり次第に打てる状態は整っていた。

その様子に井上は高橋に射撃体勢完了と報告する。

「・・・よし、撃て」

静かに告げる高橋の言葉に井上が即座に命令を飛ばす。

「撃て!」

たった一言の命令でヴェネトの軍勢に死の矢が再び放たれた。




かつて無いほどの爆音と悲鳴が、そして怒号がヴェネトの耳に届いた。

それは彼の率いる軍勢が多大な損害を受け、既に進軍が困難な状況を示していた。

「よもやこれほどとは・・・」

正直、甘く見ていたわけでも油断していたわけでもない。

ただ彼等の想像以上の戦力が日本にあった。

それだけのことなのだ。

「閣下、この上はハエンを諦めて後退すべきです」

近習の言葉にヴェネトは頷く。

たしかに今彼等が取っている焦土戦術の観点から言えばハエンの略奪は必要なことである。

しかし、必須ではないのだ。

例えハエンをそのまま譲り渡したとしても、そのほかの地域での略奪は進んでいる。

ハエン一箇所が無傷で渡ったからとて全体には影響しない。

むしろこれ以上の損害はいざと言うときの戦力まで失いかねないのだ。

「些か残念ではあるが・・・」

そう言ってヴェネトはハエン略奪を断念し、引き上げの合図を鳴らさせた。

森に入っていった別働隊にも伝令を出して引き上げさせねばならない。

だが、彼は今回の戦いで敗れたとは思っていなかった。

日本の戦力は極少数なのだ。

このまま押し切ろうと思って押し切れないわけではないと考えていた。

ただ、損害の拡大を防ぐ意味での撤退であれば敗北とは思えないのだ。

「この借りは後日返すとしよう」

そう言って前衛の集結と中衛を部下に任せ、ヴェネトは光栄部隊をつれて一足先に戦線を離脱する。

山中の砦を開けっ放しにしている上、負傷兵などへの治療を行う体勢を整える必要があるからだ。

それがヴェネト、いや彼の軍勢の運命を決めたと言える。

いや、それは本当に偶然の産物であり、彼がどう決断したとしても変わらないものである以上、そうなるのが運命だったと言えるかもしれない。

彼等が後退を開始したと同時に、空には無数の影が彼等の頭上へと迫っていた。




ハエンに向かっていた軍勢が後退を開始した姿を油断無く見据え構える高橋たちの耳に聞きなれた音が聞こえてくる。

それは北の空より一路ハエンに向かってきて居た。

支援要請を出した航空隊の音である。

バタバタと言う独特のローター音を響かせながらやってきたのはUH-1JとAH-1の混成部隊だった。

『こちらアタッカー隊及びハンター隊、航空支援にきた』

高橋の耳に無線の声が聞こえてくる。

その声に誰もが安堵のため息をついた。

どれだけいるか分からない敵勢力と後退は一時的な物として考えていた彼等にとって航空支援は非常にありがたいものであった。

「敵勢力は集落南方より接近してきたものの現在は一時後退中の模様。規模は不明」

高橋の報告にスリムな外観をしたAH-1コブラが先行してくる。

あっという間に高橋たちの頭上にやってきたかと思うと空中で横一列に並ぶ。

スリムな外見とは裏腹にAH-1は対戦車ヘリコプターとして凶悪な戦闘力を持っている。

20mm M197 ガトリング砲1門、TOW対戦車ミサイルを最大8発、JM261ハイドラ70ロケット弾ポッド(ロケット弾19発入り)を2基。

それら装備のほかに7.62mmミニガンポッド(M134ミニガン)を付けることも出来る。

この世界では今のところ装甲を持つ車両、即ち戦車がないのでこのミニガンポッドをTOW対戦車ミサイルの変わりにスタブウイングのパイロンに装備している。

はっきり言ってUH-1Jだけでも対地支援は可能だったろう。

だが、AH-1Sコブラが来たことで支援ではなく「制圧」を前提にしていることが良く分かる。

『アタッカー了解。追撃に入るか?』

恐らくそのつもりであるのは一目瞭然だ。

なので折角来てくれた上、このまま残党となってこの辺り一帯の治安を脅かすよりは徹底的に叩いた方が良いと判断できた。

「そちらの自由にやってもらって構わない」

装答えると上空のAH-1Sコブラから了解と言う返答と共に機体を前に傾けて前進を開始して。

意外なようだがヘリは飛行機と違って言う程自由気ままに空を飛べる代物ではない。

進みたい方向に向かって機体を傾けて初めてその方向に動けるのだ。

勿論ある程度はローターの調整で動けたりもするが、やはり基本は機体を傾けて移動する。

故に余り知られていないが飛行機より操縦が難しく、その操縦資格を得るのもかなり難しいのだ。

だが、逆に小回りが効いて空中で停止も出来るヘリを自在に操れるようになると言うことは、見方にとってこれほど頼もしく思えるものは無く、そして敵にとっては悪魔以外の何者でもないだろう。

しかもAH-1Sは純粋な攻撃ヘリコプターとして作られている為に火力があり、生半可な火力では落とすのも難しい。

謂わば空飛ぶ戦車と言えるのだ。

そのコブラがゆっくりと前進を開始すると共に、スタブウイングのパイロンに装備されたミニガンポッドが獰猛な肉食獣が放つ様な低い唸りを上げた。

7.62mmの銃弾が6砲身のM134ミニガンより絶え間なく放出される。

機首直下にある20mm M197 ガトリング砲でもいいのだが、装甲目標でも打ち抜く20mm砲弾(自衛隊では20mm以上は砲と呼ばれる)を使うのは対費用効果から考えても無駄なのだ。

簡単に言えば予算をどぶに捨てるようなものだ。

だが、7.62mmだからと言ってその火力は決して見劣りするものではない。

1発の威力や貫通性は20mmには及ばないものの、毎分3000発もの連射速度がある。

毎分650発のM197と比べても圧倒的な連射能力を持っているのだ。

しかもそれを両翼、つまり2基装備しているのだ。

まさしく銃弾の雨を降らせることになる。

それが後退しつつあったヴェネトの軍勢を襲ったのだ。


はっきり言おう。

この狂気と言うべき火力の前では森の中に隠れようと意味は無い。

例え大木に身を隠しても、その大木毎人を引き裂いてしまうのだ。

流石に戦意と統率を誇ったヴェネトの軍勢もこれには恐怖するしかない。

果敢にも5.56mm小銃弾を防いだたてを立て味方を守ろうとするも、毎分3000発もの銃弾の嵐が盾を紙の様に隠れた物ごと引き裂いていく。

ここまでくれば虐殺と言われても仕方ない有様だ。

だが、例えそう言われ様とも彼等にとってはやるべきことをやっているに過ぎない。

これを非難する資格があるのものなど、この世界には1人も居ないだろう。

コブラで構成されたアタッカー隊4機はある程度ミニガンポッドを撃つと追いついてきたUH-1Jに後を任せる様に高度を上げた。

周辺の警戒に入ったのだ。

そしてコブラの代わりにUH-1Jイロコイ(自衛隊名ヒューイ)が今度はドアガンとして装備されている12.7mmブローニングM2を向けて射撃を開始した。

完全に残敵掃討状態である。

ここまで来れば敵も逃げ惑うほかは無い。

何をしても殺されるのだ。

しかも彼等の手の届かない頭上より死をばら撒いてくる。

戦う所ではない。

武器を捨て、中には錘にしかならない鎧をも投げ捨て一目散に逃げていく。

傷付いた仲間を助ける余裕などとうに失せているのだろう。

倒れたまま手を差し向ける見方の手を振り払い、ただ生き残る為に逃げる姿は無残としかいえない。

その様子を眺める他は無い高橋の耳にアタッカー隊のコブラから連絡が入る。

『目標よりやや離れたところに別の一団を確認。後退中の模様』

この時アタッカー隊が発見した一団はヴェネト率いる後衛隊だった。

一足先に離脱していたこともあり一命を取り留めていたのだ。

だが、アタッカー隊の放った次の一言がそれも一時のことであると告げていた。

『追跡して拠点を確認する』


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