第65話「ハエン攻防戦~前編」
ーホードラー南部ハエン村入り口
井上の放ったM72LAWの弾頭が盾に突き刺さりオレンジ色の光を放つと轟音と爆風が辺りを包み込んだ。
5.56mm普通弾の攻撃は受け止めれた盾も、より強化装甲を持つ装甲車両を撃破するロケット弾の前には無力であった。
その一撃を前に盾は結合部を維持出来ずに爆風と共に四散すると同時に、爆発によって生じた熱風と破片とが周辺の兵たちを殺傷していく。
先程まで共に戦っていたはずの仲間の身体が引き千切られ、内容物を辺りに散乱させている光景は兵たちの思考を完全に止めてしまっていた。
それを呆然と見つめる兵士もまた傷付き、自身の手足を失っていたりする。
突然の出来事に脳が、感覚が追いついていないのだ。
自らその光景を生み出した井上とて、目を背けたくなる有様だろう。
だが、自分がやったことである以上、そこで吐いている場合ではない。
胃から逆流してくるものを必死に押さえ込み部隊に攻撃を行わせる為に叫んだ。
「なにやってる!攻撃を続けろ!」
井上の叱咤に部下も対応を開始する。
流石に銃撃以外の攻撃で人を殺傷した事がないのもあり、人の形を成さない程に損傷した亡骸を前に呆気に取られていたものも行動を起こす。
そこは今までの任務による経験が生きていた。
「分隊長!援護しますから後退を!」
1人がそう言って手榴弾を放り投げる。
未だ呆然とするヴェネトの先鋒に投げ込まれた手榴弾が先程のM72より小規模な爆発音を響かせる。
M72の後では爆竹みたいに感じる爆発ではあったが殺傷能力は十分にある。
再び破片で傷付き倒れる兵を前に先鋒部隊は森に逃げ込み始めた。
「このまま混乱しててくれ!」
井上は蛸壺に飛び込みながらそう祈った物の、徴兵されて訓練も程々程度でしか受けていない先鋒は兎も角、訓練の行き届いた中衛以降の部隊は隊列を組み再び盾を押し出して前進してくる。
一部部隊は森中から回り込もうとさえしているのが遠目でも確認できた辺り、今までの様にこっちを甘く見ていたりはしていないのが良く分かる。
「くそ!」
井上ではない誰かが毒づく。
だが、そう言いたいのは井上とてよく理解していた。
今までの敵とは違う。
そう思わせるだけの統率があり、彼等にとって初めて体験する未知の攻撃に対して未だ戦意を失っていないのだ。
如何に強力な装備を有し、有利に戦えるはずの銃火器を擁していても数の差がある。
このままでは押し切られてしまうだろう。
後退するべきか、踏みとどまるべきか井上は一瞬判断に悩んだ。
これが高橋なら即座に遅滞を試みながら後退と判断していたが、井上にそこまでの判断を下せる経験がなかったのだ。
その間にもヴェネトの軍勢は近距離といえるところまで近づいてきている。
M72は手元には無い。
あっても近すぎて使えない。
不味い!と井上が思ったその時だった。
「はぁ!」
フェイが蛸壺を飛び出しながら腰の剣を抜き放ち、ヴェネトの軍勢へと駆け出したのだ。
その光景に井上も、部下もフェイに当たる事を考えて射撃が出来なくなってしまうと同時に、無茶だ、と思った。
思っていたのだ。
だがそれはフェイを、白兵戦主体のこの世界を甘く見過ぎていた事を思い知らされることになる。
フェイの突出にヴェネトの兵が槍を構えるが、盾に隠れて来たのもあり槍の密度が薄すぎた。
突き出される槍を掻い潜ってフェイは先頭に立つ兵の首に正確に剣を突き入れる。
剣が兵の首を貫いたと思ったら即座に引き抜き他なりの兵の槍を持つ二の腕を切り落とす。
そして更に隊列に入り込むと周りの兵士を鮮やかに切り伏して行く。
まるで舞い踊るかのように軽やかに剣を振るうフェイに見とれてしまうほどだ。
だが、その剣は無常にして非情でもある。
正確に鎧の隙間を狙い突き、振るわれる剣。
それが一閃する毎に兵の鮮血が地面を赤く染め上げていく。
アインの剣が力強く立ちふさがる者を斬り倒す剣に対してフェイの剣は速さと技を兼ね揃えた風のような剣だ。
どちらが上、と言うこともないが周りを兵に囲まれた状況にあっても彼女を阻む何者もそこにはいない。
「ヤスシ!今のうちに!」
思わず井上のことを名前で呼んだフェイに井上が我に返る。
フェイに見惚れていたのだ。
だがフェイの呼びかけに彼女が井上の迷いを感じ取り、建て直しを図る為の時間稼ぎに出た事を悟った。
「全体村の入り口まで後退!急げ!」
新たな命令に部隊がそれぞれの位置から73式中型トラックまで後退を開始する。
森に侵入した敵兵もいる。
この状況で踏みとどまれば半包囲される上にそれこそ至近距離で白兵戦交えて戦わねばならなくなるのだ。
井上たちが体制を立て直している間もフェイは打ち寄せる波の如く向かってくる兵を相手に孤軍奮闘する。
自ら敵中に飛び込んだと思えば素早く敵中より離脱し剣を振るう。
かと思えば再び敵中に飛び込み・・・と繰り返す。
なまじ数が居て比較的密集していたこともあり兵は槍をまともに振るうことが出来ない。
しかし、それとて一時的な物でしかなかった。
部隊長と思われるものの命令で槍を捨て腰の剣を抜きフェイの動きに対応しだした。
この世界の一般の兵が持つ剣は安価で携行に便利な小剣だ。
威力は鎧を着込んだ相手に対して不足している。
だが、比較的取り回しがしやすい小剣であれば密集状態でも扱うことが容易なのだ。
そうなればフェイとて何時までも無傷で、とは行かなくなる。
そして手傷を多少でも負えば白兵戦に置いては死に直結する可能性があった。
故にフェイは無理はせずに即座に距離を取って井上たちの元へと駆け出した。
この辺りの判断は流石に一軍を率いてきたこともあり流石といえるだろう。
常に相手の裏をかき先手先手を、とやってきたフェイならではの行動だった。
それに対してヴェネトの兵は小剣を片手にフェイを追いかけだすが、そこには個人差があり動きにバラつきがあった。
井上たちに向かって駆け出したと思ったら即座に振り向き、陣形も何も無く追い縋り突出した兵を切り伏せる。
相手が一気に来れない、数の差を生かせない場所であるのもあるが、たった一人でフェイは遅滞行動を成功させていた。
「こっちはいいぞ!戻れフェイ!」
僅かな時間で建て直しを完了させた井上はフェイに向かって叫ぶと同時に射撃体勢を取る。
井上の声に素早く反応したフェイは井上の元に向かって全力で駆け出す。
兵たちと距離を開けねば井上たちが攻撃できないと分かっていたからだ。
ヴェネトの兵たちはフェイの巧みな動きを前にその場に踏みとどまってしまっている。
ようやく気付いたときにはフェイは井上の所に辿り着いていた。
そして、再び井上たちの銃撃が再開されてしまった。
折角の盾もフェイの突撃を前に横に追いやってしまっている。
中にはひっくり返っているものさえあった。
その為に対応が遅れてしまい銃撃をその身に受けてしまう。
「無茶しないでくれ・・・」
銃撃が再開された中で井上がフェイに声をかける。
そのフェイはフェイで多少の汗をかきながらもまだまだ余裕という感じであった。
「なに、準備運動程度さ」
息を弾ませながら額に浮いた汗をふき取る。
その様子はこの様な場所でこの様な時でなければちょっとスポーツをした様であるように見えた。
「だが、おかげで助かったよ」
そう言って井上は06式小銃てき弾を発射する。
06式小銃てき弾は89式小銃の銃口につけて射撃する一種のライフルグレネードと呼ばれる代物だ。
現代においてはライフルグレネードと呼ばれる物はアドオン式グレネードランチャー、つまり小銃の銃身の下に装着する形のグレネードランチャーの発展と共に、銃身の寿命を縮めるとも言われており今では一部の国以外ではあまり使われなくなった代物だ。
しかし、自衛隊に置いては射手が固定、限定されるのを嫌い、普通化の隊員であれば誰でも使えるライフルグレネードを採用している。
もっとも、89式小銃にはアドオン式のグレネードランチャーの開発予定がない為でもあるが・・・。
その06式小銃てき弾は対軽装甲、対人に使われるだけあってヴェネトの兵士を軽々と吹き飛ばした。
「なに、気にするな」
井上の様子に微笑みながらフェイは答えた。
遅々として進まない隊列と前方より聞こえる幾度もの音にヴェネトは数の差を生かせない状況を打開する必要があった。
その為に少々危険ではあったが森の中を迂回する形で一部部隊を向かわせていた。
上手くいけば敵の側面を突ける、そう判断したのだ。
その代わり盾は使えなくなるが、森の中と言う空間であれば接近も容易で白兵戦に持ち込みやすくなる。
前方からは未だに激しい戦いが行われているのだ。
こんなところで立ち止まっては要られない。
その一部部隊が森を突破してハエンに辿り着こうとしていた。
「さあ、反撃だ!」
部隊長の声に兵たちが雄たけびをあげ村に突入を開始する。
村を囲む柵は簡易な作りで障害物足り得ない。
一気に突入して敵を包囲できるはず、だった。
運が良かったのか、それとも悪かったのか?
そこには丁度井上の支援に向かっていた佐藤の分隊が居たのだ。
突然の遭遇戦にお互いが立ち止まる。
「・・・」
「・・・」
何でここにいるのか?と問いたげな視線が交差するのは一瞬だけだった。
「攻撃開始!」
「突入せよ!」
お互いが号令を下すのはほぼ同時であった。
途端にあたりは騒々しくなる。
佐藤の分隊はトラック上から射撃しつつ、降りて伏せ撃ちする者もいる。
それは横への開きが無く、固まった形で防衛線としては非情に不完全なものだ。
しかし、突発的遭遇戦である以上は仕方ないともいえる。
対するヴェネトの別働隊も森の中を固まって動いていたのもあり一塊での突撃だ。
これでは数の差を生かすどころではない。
これも突発的遭遇戦なら仕方ないのだが、この場合は数が少ないものの銃を持つ佐藤の分隊の方が有利な形になってしまっていた。
「高橋隊長に連絡!我敵と遭遇せり!交戦に入る!」
佐藤は素早く車両から降りると分隊をならべく散開させるために各員に細かい指示を出していく。
その指示に従い匍匐移動で部隊が少しづつ広がっていく。
対するヴェネトの別働隊は密集していたのが災いし、即座に広がって数の差と言う利点を生かせない。
なにより森の中にいるものが大半なのだ。
指示が上手く伝達できないのもあり後手に回るざる得ない。
しかも唯一の防御策である盾がない。
森の中から飛び出しても蜂の巣にされて終わってしまうのだ。
仕方なく、多少の弓兵が応射するものの、弓では身体を木の陰から出さねば満足に撃てない。
おかげで応射しようにも遮蔽物である木から身を乗り出すことが出来ずに居た。
だが、同様に佐藤の分隊も森に隠れるヴェネトの別働隊相手に決定打を打てずに居た。
流石に木を貫通して打てる装備がないのもあるが、井上と違って人相手にM72たる重火器を使うのは躊躇われたからだ。
おかげでお互いに決定打を打てない奇妙な膠着状態へと早くも陥っていた。