第64話「炸裂」
ーホードラー南部ハエン村近郊
日本軍が来る前に物資を根こそぎ奪い、兵糧攻め(効果がない事を知らない)にする為に周辺集落を回っていたヴェネト・ウクザールはハエン村まであと少しと言う距離まで来ていた。
物資確保を円滑にするためと集落での反抗を考慮し、補給路奇襲を考えて山の中に築かれた砦のほぼ全員である500名をつれてきていた。
正直ヴェネトは乗り気ではない。
そもそも物資は南部から送られてきていた分を溜め込んでいたのだ。
そして日本の糧食などを含めた輸送隊からも奪えば尚更必要など無いからだ。
しかし、シルスの定めた対日本作戦は引き込んで日本の兵を飢えさせ、有利な条件で講和する事なのだ。
その為にも現地調達を出来なくしてやらねば、いくら輸送隊を襲っても意味は無い。
また、南部貴族連合の補給線が日本に押さえられたとの話から、今後は自分たちの食い扶持は自分たちで確保しなければならない。
それらを考えると、物資はあればあるほど困らないのだ。
心情的には集落の民には同情するが、それも勝つ、と言うよりは講和へ持っていくためには我慢してもらわねばならない。
そうせねば貴族という政治的、文化的支柱の無い民は退行して獣のように生きる(この世界の一般的貴族の考え方)より無くなる。
自身にそう言い聞かせてヴェネトは自身に与えられた役割をこなさんと心のうちを鼓舞していた。
「そろそろハエンに入ります」
従者の声に我に返ったヴェネトは、うむ、とだけ答えると兵達に隊列を組むように伝達する。
狭い道なので隊列、と言っても大したことはできない。
精々2列が4列に程度だが、それでも組ませずに入るよりはマシだと思った。
村人が抵抗してきても、訓練を積んだ兵であれば戦い方を知らぬ村人の防衛線を突破するのに申し分ない。
その意味から隊列を組ませると、ヴェネトは進軍を再度開始させた。
余り広いとは言えない曲がりくねったハエンに至る道。
視界も悪く、はっきりと先に何があるかなど分かるはずがない。
それは何処も大差ないのだが、井上が率いる第2分隊が守る南側で最初に異変に気付いたのはフェイだった。
村への道を塞ぐ形で73式中型トラックを配置し、幌を一部開いて5.56mm分隊支援火器MINIMIを置き、それ以外の隊員は木や73式中型トラック
を遮蔽物として道の先に注意を向けていた。
中には井上のように蛸壺と呼ばれる穴を掘って身を潜めている。
そんな中、姿は見えないが何かが動く音を聞いたのだ。
「・・・?」
最初は何の音か分からなかったフェイだが、以前良く聞いた事のある音であったためそれがなんの音か直ぐに理解したのだ。
井上たちが身動きする装備が発する音ではなく、それは金属同士が擦れた時に発する音。
つまりは、鎧を着込んだ人々が動くときの音だった。
「井上」
フェイが身を屈めて駆け寄りながら井上を呼ぶ。
フェイが自分の下に来た事で何かしらの異変が起きたのを察知した井上が蛸壺から身を乗り出す。
「どうした?」
そう聞きながらM24狙撃銃ではなく、M4カービンの安全装置を解除する。
これはM26 MASSと呼ばれる装着型ショットガンを使うために配備されたものなのだが、森の中で、しかもこの様に視界が利かない時なら狙撃銃よりも小銃やショットガンの方がいいから、と言う判断で井上が使っていたのだ。
「何か、武装した者がこっちに来るぞ」
フェイにとって聞きなれた音であると同時に、森が多いバジル地域(王国が滅亡した為の呼称)で活動していたこともあり耳がいいのだ。
聞き間違いではないと言う確信がそこにはあった。
「おいおい、マジかよ・・・」
来るなら来い、と思っていても実際に来られると面倒だ、と言う意識が先に来てしまうのは井上の性格から言えば仕方ないといえる。
しかし、そんな井上の心境など知ったことでもない、と言うようにその一団は今も向かってきている。
「どうする?切り込むのか?」
普段から剣や槍で戦ってきていたフェイらしい考えだ。
フェイとしては少数で奇襲、そして即離脱を考えたのだが、流石に現代の自衛隊にそんな真似をさせることはできない。
確かに銃剣突撃は可能だろう。
しかし、接近戦が戦いの基本であるこの世界の軍はある意味で接近戦の専門家といえる。
更に相手の鎧などに自衛隊の銃剣が通用するとはとても思えない。
「いや、切り込むのはダメだ。ここで迎え撃つしかない」
切り込むのは逆に不利になるのだ。
井上の判断は間違ってはいないといえた。
「ふむ、しかし飛び道具はこの森では然程使えないと思うが?」
フェイの言うとおり濃い森の中ではどうしても接近戦になり易く、現代であっても至近距離で撃ち合う事になるだろう。
だが、相手が道なりにやってくるなら手は打てる。
「無線手、高橋と佐藤に連絡『敵は南より接近』てな」
井上はそう言うと全員を配置に付かせる。
間違いなく、味方が来る前に敵が押し寄せてくるだろう。
なら、それまでは先頭集団に一撃を加え動きを封じるしかない。
最初の一撃には奇襲効果が見込める。
それを如何に立ち直らせずに持続できるか?
それが今の井上に課せられた役割だった。
ヴェネト率いる一軍の先頭は漸くハエン村を視界に収めた所だった。
先頭集団はハエン村を見ると鬱蒼とする森からやっと出られる、と安堵のため息をもらす。
しかし、よく見ると村の入り口に自分たちの侵入を塞ぐように茶色い妙な馬車が置いてあるのが分かる。
「おい、あれはなんだ?」
兵の1人が嘲笑う感じで隣の兵に声をかける。
声をかけられた兵は声をかけてきた兵相手に顔を向けて答える。
「抵抗するつもりだろうな」
それはそれで面白い、と思ったのか兵たちは笑い声を上げながらその馬車に近寄ろうとする。
「馬鹿な奴らだ。精々楽しませてもらうとするか」
村が抵抗の意思を示すなら力付くでの略奪になる。
それはある意味で力による征服欲を満たすことが出来る瞬間だった。
大っぴらに自分たちの欲を満たせる、と胸を躍らせていたときにそれはおきた。
「ああ、反逆者には罰をあちゃ・・・」
何かが破裂した様な音が響くと同時に兵の1人が言葉を発し終える事無く言葉に詰まる。
周りの兵がどうしたのか?と思ったときには兵は側頭部から血と脳漿を噴出して崩れ落ちた。
誰もが何が起きたのかなど分からなかった。
ただ分かっているのは、その崩れ落ちた兵が既に事切れて居ることだけだった。
そして、彼等は自分たちの身に何が起きているのか?を把握する事無く、この世界に別れを告げていくことになる。
まるで兵が崩れ落ちるのが合図だったかの様に連続して破裂音が辺りに響き渡り、先頭にいた兵たちが次々に体中に穴を開けながら、そしてその穴から地を噴出させながら倒れていく。
それは彼等が馬車だと思っていたもの、73式中型トラックの荷台に潜むMINIMIの射撃だった。
MINIMIはベルギーのFN社ファブリックナショナルが開発した機関銃だ。
軽量かつ、携行弾数を増やす事に成功したこのMINIMIは5.56mmNATO弾を使用し、ベルト給弾なら毎分725発、マガジン使用なら毎分1000発の弾幕を張る事が出来る。
現在井上たちが使っているのは200発箱型マガジンであるが、STANAGマガジン方式と呼ばれるマガジンであるならばどんな物でも使用できるため、当然同じ方式である89式小銃のマガジンや井上が使っているM4カービンのマガジンも使える。
その汎用性から数多くの国で正式採用されており、優秀な性能と信頼性を各地の紛争地帯で発揮し実績も申し分ないものだ。
そのMINIMIから吐き出された毎分1000発もの5.56mm弾を浴びせられた側からすればたまったものではない。
次々とその身に弾丸を受け、まさしく将棋倒しのように崩れ落ちていく。
狭い道であったのもあり、また密集していたのが仇になっていた。
中には、前の兵が倒れていくのを見て道の脇に隠れようとする者もいた。
だが、そうやって隊列から離れようとするものを優先的に井上たちが狙っていく。
奇襲効果もあり混乱は瞬く間に広がっていくが、ここで予想外にも即座に建て直しが図られていた。
「敵も優秀だな」
井上がぼやく。
そういわずには居られなかった。
本来ならもっと混乱させれていたはずだ。
しかし、相手も日本の戦い方を学んでいたのかも知れない。
金属製の盾を何枚か組み合わせて作られた物を前面に押し出し遮蔽物を作ったのだ。
一応、製鉄技術が日本と比べてもお粗末と言えたものの、金属製であるのには変わらない。
穴は開くようだが完全に貫通していないのか被害の拡大と混乱は治まりつつあるように見えた。
「分隊長!どうしますか!?」
辺りに響く射撃音の中、部下が次の指示を請う。
このまま撃っていても盾を抜く事は可能だろう。だが、混乱が完全に収まっては拙いのだ。
「ロケラン持ってこい!」
即座に井上は対装甲ロケットランチャーことM72 LAWを使うことにした。
高橋はこの様な場合を想定していたわけでなく、あくまでも向かう先で砦などに立て篭もる相手に使うつもりで持ってきたものだったが、井上はそれをここで使うことにしたのだ。
井上はM72を受け取ると即座にカバーを外し、射撃体勢へと展開していく。
展開は直ぐに終わり、蛸壺より身を這い出させた井上は砲口を盾に向けると自身の周り、主に後方に向けて叫んだ。
「伏せろ!」
その叫びに合わせて皆が蛸壺に伏せていく。
当然フェイもその場に伏せた。
M72 LAWはロケットランチャーである。
なので発射と同時に後方に向けて爆風の一部を噴出させるのだ。
その範囲内は危険地域とされる。
そのおかげでM72は無反動砲の様に反動をほとんど発生させない(無反動砲と言っても実際には反動がある)。
代わりに、発射位置が遠くからでも丸見えになってしまうが、今回のような場合なら大きな問題はないだろう。
何せ相手は盾の向こうで視界は此方に向いてないのだ。
井上によって発射されたM72は真っ直ぐ盾に向かっていく。
お互いそんなに離れていないのだ。
数十mも離れていない距離ならば、如何に不慣れな装備でも外す方が難しいだろう。
放たれたロケット弾は、目標を外す事無く盾に突き刺さり、そして炸裂した。
奇襲を受けた先頭集団の話は即座にヴェネトの下に届いていた。
届くよりも早くに異変に気付いていたが、報告を聞くことでどうも既に日本がハエンに到着している様に見受けられた。
「くそ、速いな」
ヴェネトは一言そう呟くが万が一の準備はしていた。
日本が飛び道具主体で戦うのは知っていた。
また、それが容易に鎧や盾を貫通し将兵を打ち倒すこともだ。
これらの情報は王国が滅亡した頃に南部に逃げ込んできた貴族や騎士、そして兵から知らされていたのだ。
それ故に対策も直ぐに練られていた。
盾はそれまで木材に薄い鉄板を貼り付けて出来ていたのだが、南部は鉱物資源が豊富なこともあり完全に鉄だけで作られていた。
しかし、流石にそれだけで防げるとは思っていなかったのもあり、複数枚重ね合わせて組み合わせた物を作った。
だが、そうなると個人が持ち運ぶことが難しいほど重量がかさみ、携行性は全くと言って良いほどなくなっていた。
そこで、馬に引かせて複数人で持ち運び、運用する事になっている。
クロスボウ(和訳なら洋弓銃、十字弓、機械弓)どころか、より大型で攻城兵器のバリスタでさえも止めれるのだ。
そのため、部隊の各所に盾を運用する部隊が配置されている。
「敵の規模は?」
先頭集団は最早どうにもならない、として切り捨てることにしたヴェネトは盾の準備をさせると共にハエンに居る日本軍の規模を知りたかった。
これが此方と同数、もしくは上回っているなら即座に撤退するしかない。
だが、逆に動きの早さから少数だけの可能性がある。
それならば盾を押し出して突入し、打ち倒すことも可能だと考えていた。
飛び道具を主体に戦うのならば、逆に接近戦は不利と言うことの裏返しである。
それが南部貴族連合の盟主シルスの考えだった。
そして、その考えは的を得ていた。
ただし、それは通常の普通科隊員だけであればの話だったが・・・。
「攻撃は凄まじいものの、その数は少ないかと思われます」
離れたところからの観測ではある物の、特有の破裂音の発生源が少ないことから偵察兵はそう判断していた。
その兵の言葉にこれなら盾で接近した後に、一気に突入できる。とヴェネトは笑みを浮かべた。
日本に最初に打撃を与えた将となれる。
彼の脳裏にそう思わせたそのとき、前方で大きな爆発音が響いた。
それは、ヴェネトの思惑を裏切らせ、彼の目論見を突き崩す破滅を告げる音になった。




