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第60話「化け物」

ー南部ホードラー、中央ホードラー境界線


南部において日本による上陸、海上封鎖が行われているのと同時刻、シバリア市の南に位置する南部との境界線では陸上自衛隊を中心とした南部攻略部隊が前進を開始していた。

この日本による突然の前進に南部貴族連合の軍は決戦を挑む愚は犯そうとはせずに即座に後退を開始した。

元から正面切って戦うよりも地の利を生かした戦いをすべきとされていたからだ。

これはシルスの師事が徹底していたためだったが、日本としては織り込み済みの話だった。

元から決戦ではなく持久戦、ゲリラ戦を挑まれる方が困るのだ。

当然、相手がその様な動きをした時のことは考えてあった。

南部貴族連合が後退を開始したのを確認した陸上自衛隊は、その退路を封じるべく多数のヘリを使った大規模ヘリボーン作戦を開始。

これによって貴族連合軍の退路を封じると共に一気に蹴りをつけるべく進軍を開始していた。

だが、その作戦は予想外の事態により失敗することになってしまった。


「隊長!奴ら次々とやってきます!」

自衛官の一人が谷垣たにがき 康人やすと中尉に叫びながら報告してくる。

谷垣の目の前で繰り広げられる戦いは、戦いではなく虐殺に見えただろう。

だが、間違いなく向かってくる常軌を逸した者たちにより、窮地に立たされているのは彼等自衛隊の側だった。

「クソ!こんなのが居るとは聞いてないぞ!」

悪態を吐きながらも谷垣もまた89式小銃をフルオートで撃っていた。

普段なら単発、もしくは3点制限射撃をしていただろう。

だが、今目の前に迫っている脅威に対してはフルオートで撃たねば意味が無いのだ。

その脅威とは、一言で言うなれば化け物だ。

全長3m近い巨体、そしてその体躯から発せられる木を軽々と粉砕する豪腕。

それは人が接近されたが最後、生き残るすべなどない程のものだ。

「撃ち続けろ!決して近寄らせるな!」

決死の思いで叫ぶものの、辺りは部下たちの発する銃声と怒鳴り声、そして化け物の断末魔と咆哮により狂騒を作り出している。

どれだけの者がそれを聞いているかなど確認しようが無い。

「左10時方向!新たに7接近!距離30!」

誰かが化け物の接近を必死に食い止めながら仲間に敵の存在を教える。

その声に気付いた2人がMINIMIと小銃を向けて発砲を開始する。

だが、多数の命中弾があるにも関わらず中々前進を食い止められない。

「こんな豆鉄砲じゃダメだ!もっとデカいの無いのか!?」

MINIMIや89式小銃から放たれる国産の5.56mm普通弾は命中精度と貫通性はある。

だが、貫通する分だけストッピングパワーと言う銃弾による衝撃力は低いのだ。

鎧を着た相手には十分だったはずが、今目の前に迫る化け物には不十分な効果しかもたらさない。

「動きは鈍いんだ!頭を狙え!」

それを合図に凄まじい勢いで頭に銃弾が集中していく。

そして彼等は見た。

目の前の化け物の高い生命力を・・・。

頭が半分吹き飛んでいるにも関わらず、動きを止めないのだ。

「ば、ばけものめぇぇぇ!」

必死になって弾丸を叩き込み、漸く一体を沈黙させる。

だが、その後ろから次の一体が直ぐに姿を現す。

際限が無い。

そんな思いがしてくることだろう。

実際、頭が半分無くなれば致命傷なのだが、それでも直ぐに動きを止めない事が自衛官たちに恐怖を与えていた。

そう、シルスは南部にいるこの手の化け物、オーガ(食人鬼)の生息場所を利用して各地に足止めの場所を用意していたのだ。

この点は流石に地の利を持っているだけあるだろう。

そして貴族連合軍は多少時間はかかっても別の安全なルートを使って後退をしていく。

この方法で時間を稼ぎつつ日本に出血を強いて、頃合を見計らって講和へと持っていくのが彼の筋書きだった。


流石にある程度の情報はレオナルドを通して知らされているが、街道に沿って移動していた彼では街道から外れたところの情報までは分からない。

衛星写真で化け物らしき影はあったが、それも一部しか確認できなければ脅威とされない。

ここに来て日本に諜報を含めた事前情報収集能力の欠如が悪い形で発露されていたのだ。

後方の司令部で状況を見ていた安藤は逼迫した事態に顔面蒼白だった。

まさか初動から躓くとは思っても見なかったからだ。

だが、今も後方を遮断するために出た舞台は死に物狂いで戦っている。

呆然としている暇は無い。

「航空支援を出せ。ヘリボーンで展開した部隊を回収する支援をさせるんだ」

予想もしなかった事であるが、何より部下の命が最優先だ。

犠牲も報告されつつある中、これ以上の被害の拡大は防がねばならない。

安藤の支持で出された航空支援は即座に隊員たちが戦う上空へとやってくる。

それは普通化の隊員にとって心強い味方、AH-1Sコブラだった。

「味方の後退を支援する。化け物を味方に近寄らせるな!」

攻撃ヘリ12機が一斉にその凶悪な火力を展開する。

AH-1コブラの機首直下にある20mm M197三砲身ガトリング砲が低い唸り声の様な音を発する。

その直後、化け物の身体がバラバラに引き裂かれていく。

流石に生命力が強いオーガと言えども20mm機関砲弾を受けてはひとたまりも無い。

退避を開始する自衛隊に被害を出さないように細心の注意を持って航空支援が行われていた。



「展開部隊の回収が完了しました」

航空支援を開始してから1時間は経った頃、ようやく安藤の下に安心できる報告が届いた。

だが、負傷者が5名、死者11名と言う報告には頭を抱えざる得なかった。

「・・・」

司令部内が沈黙に包まれる。

まさか、最初っから躓き、犠牲まで出るとは思わなかったのだ。

今まで犠牲がでなかったわけではない。

だが、緻密に立てたはずの作戦が失敗し、なおかつ圧倒できるはずの手はずを整えたにも関わらずにこの事態である。

誰もが重苦しい雰囲気を出していた。

だが、だからと言って南部平定を止めることは出来ない。

初動が失敗したからやめましょう、帰りましょう、とはいかないのだ。

「諸君、我々は進まねばならない」

安藤は立ち上がり装告げる。

「初動は失敗した。だが、これから挽回できる。いやせねばならん」

彼の言葉どおりだ。

ここで立ち止まっている場合ではない。

彼等が足踏みしているしている間に日本は亡国へと進んでいるのだ。

「ここは一気に殲滅、と言うのは諦めて一歩づつ着実に歩を進めよう」

彼の言葉に漸く司令部は動きだす。

幕僚たちも互いにどうすべきかを意見を出し始める。

誰もがわかっていた。

短期決戦に拘る余りに、確実な一手ではなく博打を打ってしまっていたことに・・・。

それはここまで勝ち続けた事による慢心ともいえる。

だが、最初の一歩の失敗が逆に彼等に引き締めを与えることになった。

これはシルスの失敗だろうか?

否、失敗ではないだろう。

安藤たちに、彼等に現実という教訓を与え、そして彼等がそれを学ぶことを知っていたに過ぎない。

「ようし!この汚名は絶対に返上し名誉挽回するぞ!」

安藤の一声が司令部に響き渡ると、司令部内はあわただしく動き始めた。




ーシバリア市特殊任務部隊駐屯地


日本が南部平定に動き、そして初動から躓いてしまった話は高橋たちの耳にも届いていた。

南部では海上封鎖部隊が順調に事を進めているにも関わらず、陸でその様な失敗をしたと言うのが信じられなかった。

しかし、現実は覆しようが無い。

失敗したのは事実だった。

だが、南部平定部隊もショックは受けていたものの、未だ士気旺盛なのは安藤が引き締めにかかったからだろう。

それは報告を聞くだけでも分かってくる。

ただ、高橋は気になる事があった。

「・・・これは、俺たちにも声がかかるかもしれんな」

予感めいた独り言を聞いた井上は悲鳴にも似た叫び声を上げる。

「冗談じゃねぇぞ!?こちとらベサリウスとここを行ったり来たりで忙しいっつーの!」

井上の言葉どおり、彼等特殊任務部隊は正規軍の大半を失ったベサリウスに代わり一時的に治安維持にあたる支援旅団への補給の手伝いに借り出されており、ここしばらく休みも無いほどに忙しかった。

この日とてベサリウスから帰還して次の出動の準備中だったのだ。

「全くです。使った燃料、糧食、資材の調達だって終わってませんよ」

流石に生真面目で知られた佐藤もたまったもんではないと声を上げる。

「たしかに俺たちは南部に行く予定は無かったけど、事情が変われば話も変わるだろう」

諦めろと言わんばかりの高橋に佐藤も井上も顔を見合わせるしかない。

「大体、初動に失敗したと言ってもそれからは順調なんだろう?」

井上の言葉どおり、初動に躓いたとはいえ自衛隊はそこまでやわではない。

即座に装甲車両を利用しての進軍、そして常時空中からの支援が行われており、その動向は順調と言えるものだった。

だが、それは南部貴族連合が抵抗らしい抵抗を見せないこと、そして急がずに地盤を確保しつつ進む故のことだった。

つまり、展開が予定より遅いのだ。

このままではその分の皺寄せが海上封鎖部隊に降りかかってしまう。

また、これは南部平定が長期化することを示しており、日本としては拙い事態なのだ。

「まあ、無いことは祈るが確実に声はかかると思って準備しておいてくれ」

高橋はそう言って電話を取る。

地の利どころか南部そのものには言ったことさえないのだ。

ましてや、話に聞く化け物の知識も無い。

なら、その知識のある3人に協力を求める必要があるのだ。

このとき、高橋は自分の予想通りであれば、先行偵察、及び調査に自分たちが使われる可能性があった。

現在の自衛隊で偵察リコンは専門の部隊がある。

南部平定にも当然参加しているものの、その絶対数は少ない上に装備は軽武装だ。

万が一のときは対処に困っているはずだと思ったのだ。

その点、高橋たちの特殊任務部隊は比較的重武装であり、しかも全自衛隊中最も豊富な実戦経験がある。

それらを勘案するとどうしてもお呼びがかかる可能性が高くなってしまうのだ。


一時間後。

高橋の前にはアイン、シャーリー、ミューリの3人とフェイの合計4人が居た。

正直言ってフェイは呼んでないのだが、今では自由の身になっていたフェイはたまたま近くに来たから寄ったという。

丁度いいので彼女にも話を聞こうと思い、高橋は敢えてこの場に招きよせることにしたのだ。

「・・・と、言うわけで呼び出しがかかると思うんだ」

詳しく話ては居ないが、高橋は南部平定をより効果的に、効率よく進めるために呼び出されると言う形で説明する。

流石に現在の自衛隊の状況までは話す訳には行かない。

どんなに親しくても機密漏洩などと言う愚にも付かない真似をするわけにはいかない。

勿論、協力してもらえるようになり、なおかつ許可があれば詳しく説明できるのだが、現状ではお呼びがかかっていないのだ。

許可を取り付けるなど出来様はずも無い。

「なるほど、そりゃオーガだな」

南部に出没する化け物の特徴を聞かされたアインが即座に答える。

「オーガ?」

高橋はどう言った存在なのかを聞く。

「いや、力は強いし体力あるけど・・・そんなに苦労しないな」

簡単に言い放つアイン。

このアインの言葉に南部に展開する自衛隊が苦労してるとは絶対に言えない、と高橋は思った。

「基本的にバカなんだあいつらは」

だからちょっとした罠でも簡単に引っかかるという。

そんなアインに横からシャ-リーが「あんたと同類よね」と言うが高橋はそれは聞かなかった事にした。

「集団で行動しますが本能優先ですね。なので餌でもちらつかせれば真っ直ぐ向かっていきますよ?」

ミューリもそう言ってより詳しい生態を教えてくれる。

つまり、棍棒などの簡単な道具を使う知能はあるものの、力と体力任せな生き物なので多少なりとも腕に覚えがあれば1対1でも戦えると言う。

ただし、その力は流石に凄まじいので一撃でも受ければ余程頑丈な鎧でも一撃で粉砕しかねないらしい。

「効率よく倒す弱点とかは?」

少し真剣なまなざしで高橋は質問する。

もしかすれば自分たちがあいてをしなければならないかもしれないのだ。

そうでなくとも情報として平定に出ている部隊に教えればよい。

「そうだなぁ・・・簡単に倒すなら首を切り落とすといいけど、後は身体でもかなり大きくて深い傷を与えれば転げまわって死ぬかな」

何度もそうやって戦ってきたとアインは答える。

オーガはなにもホードラー南部だけに生息する物ではない。

大陸全土に生息しているのだ。

ただ、平地ではなく森や巣窟などの直接日の光を浴びないところに好んで暮らしているようだった。

そして、オーガの好む食べ物は人だとも教えられた。

「そいつらは人を食うのか?」

高橋は流石に衝撃を受けた。

たしかに元の世界でも肉食獣は人でも食べてしまうものは幾らでも居た。

しかし、現代ではまずそんな話は聞かない上に、特別人だけを狙うなど聞いた事が無い。

「伝承によれば人食いをしていた人の一族が神の怒りに触れた成れの果て、とも言われています」

シャーリーが補足説明をする。

この辺りは伝説なので真実かは分からないという。

しかし、他の生き物を食らう事は食らうが、人を見つけると人だけを狙ってくるのが伝説の由来ではあると言う話だった。

「・・・完全に駆除できないものかね?」

横で聞いていた井上がつい口を挟んでしまう。

しかし、それにはフェイが答えた。

「奴らは繁殖力が強くて中々駆除は難しいのだ。だからバジルでも部隊を率いて間引きするのがやっとだったのだ」

フェイの言葉どおりで、大陸中の国々は完全な駆除は諦めていた。

どうしても増えすぎて人里に現れるならばオーガを叩いて数を減らし、人の生息域から遠ざけるしかないのだ。

それはオーガに関わらず、他の生き物でも少なからず幾つか存在していた。

そうやってこの世界では人の生存域を確保してきたのだ。

「うーむ、ゴキブリみたいな奴だな」

ハッキリ言って相手したくないと井上がこぼしているが、相手をしなくてはならないときはいつか必ず来るのだ。

それが早いか遅いか?というだけの話でしかない。

「なるほどねぇ・・・」

高橋はひとしきり説明を聞いて頷いていた。

たしかに話を聞く限りでは厄介な生き物ではあるが、普通に相手できるレベルの存在ではあるようだった。

だが、森と言う視界が限定されたところで出会えば脅威になるのは確かであった。

「高橋よう、やるならキャリバー50いるぞ?」

井上はそう言って「ウチの隊にはねぇぞ」とも付け加えた。

キャリバー50とはブローニングM2重機関銃の弾薬のことで、12.7mmと言う大口径対物用の代物だ。

対物用と言うだけあって装甲目標にも、ちょっとしたコンクリートでも撃ち抜いてしまう。

ヘリなどの低空を行く航空機にも効果があり、人体に当たろう物ならば一発で吹き飛ばしてしまう。

それ故に元の世界では人体への射撃はハーグ陸戦協定に抵触する可能性が指摘されている代物だ。

そんな物は確かに特殊任務部隊には無い。

何せ「対人」しか経験してない上に、それ以外を相手にするなど想定してないからだ。

「お呼びがかかったら配備を申請するよ」

高橋にはそう答えるしかなかった。

願わくば、お呼びがかかりませんように、との彼の祈りもむなしく、その日の夕方に南部平定部隊司令部に呼ばれることになる。

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