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第59話「上陸作戦」

ーーホードラー南部沖



誰もが口を開かない。

いや開けなかった。

確かに相手の船は小さく木造船であった。

だが、たった2発(内1発は威嚇のはずだった)で沈んだのだ。

あっけない所ではない。

ありえない話であった。

「まさかここまでの差があるとは・・・」

こんごう型イージス護衛艦「きりしま」艦長、若林わかばやし 武光たけみつ中佐は唸る様に呟いた。

その表情は青い。

海上自衛隊創設以来、初めて人に向けて撃った攻撃は予想以上の結果をもたらしていたからだ。

「・・・まさか、近接信管が作動しないとは思いもしませんでした」

副艦長も表情を暗くして呟く。

たしかに127mm砲弾の近接信管が木造船に対して作動しない可能性はあった。

しかし、沈んでいった船の規模から大丈夫、という楽観的な見方があったのも事実だった。

それがこの結果だ。

既に生存者の救助は命じていたが、あっと言う間に沈んでいった船の様子には正直言って言葉がない。

「これならシウス(CIWS:近接防御火器システム)でも十分だったな」

結果論ではあるが過剰防衛とも言うべき結果には頭を抱えざるえない。

その思いから慢心ではなく、20mmバルカンファランクスとも言うべきCIWS(自衛隊ではシウスと呼称)での攻撃が妥当に思えたのだ。

だが、従来から考えれば自艦の防衛も考え、警告射撃の後に船体射撃、のはずだった。

ところが、威嚇の為に放った127mm砲の近接信管が木造であった事や、正面に打ち込んだことによる近接信管の探知範囲を狭めた事により威嚇が威嚇ではなくなってしまった。

つまりはいきなり直撃弾を放ってしまったのだ。

もっとも、威嚇でも船体に向けたのだ。

被害は出るだろう。

しかし、わざと外して海面を撃っても銃火器さえないこの世界では威嚇にもならない。

下手すれば当たってない、当たらないと思われても支障があるので船首前方で近接信管による爆発を威嚇としたのだ。

「やはり狙うならマストを狙うべきだったでしょうか?」

発砲前にマストを狙った方がいいのではないか?と若林は言ったのだ。

だが、副艦長、及び砲術長は「マストでは近接信管が働かない可能性が高い」と提言したために船体を狙うことにした。

その結果がこれである。

「いや、許可し命じたのは私だ。私が責任を負うべき事柄である以上は君たちの責任ではない」

沈痛な面持ちのまま若林はそう言った。

そうだ、俺はこの艦の全責任を負うべきなのだ。

内心でそう思いながら、まだ暗い海面を艦橋から見続けていた。




翌朝、シルスは昨夜に送り出した私掠船の戦果を期待していた。

しかし、朝食の最中に聞いた報告に声を荒げてしまう。

「馬鹿な!では返り討ちにあったと言うのか!」

彼の怒鳴り声に報告に来ていた兵はただただ小さくなるばかりだ。

報告によると詳細は不明なれど船の残骸や兵の遺体が浜辺に打ち上げられたことで分かっていた。

それらから判断して返り討ちにあい全滅した、と判断されたのだ。

なにより生存者が一人もいないのだ。

全て憶測、推測でしか語れないがほぼ間違いないと判断された。

「・・・で、敵の損害は?」

全滅したのは疑いないが、それでも被害がある分、日本の海軍も少なからず打撃を受けている。

そう感じたのだ。

しかし、明確な戦果は誰も確認できていないのだ。

判断しようがない。

ここで報告を行っていた兵は「敵の船の大半が見当たらないのでかなりの戦果だと思われます」と答えた。

これはシルスの武官である部下たちはそう考えたのだが、その判断は大きく間違っていた。

空が明るくなる前に空母ジョージ・ワシントンと第4護衛隊の5隻を残して第8護衛隊(4隻)、おおすみ型輸送艦(2隻)、外人海軍部隊揚陸隊(5隻)の11隻は陸上補給路社団の為に移送していたのだ。

そのため、大半を「沈めた」と考えたのだが、幾らなんでも1隻でそこまで戦果を挙げられるわけがない。

せいぜい1,2隻をやれればいいほうだろう。

故にシルスは激怒した。

「馬鹿者!希望的観測で物を考える奴がいるか!」

報告に上がった兵が悪いわけではないのだが、思わず装そう怒鳴りつけてしまう。

相手が5隻を残して沈んだのであれば常識的に考えても夜明けと共に撤退するだろう。

なによりも相手の損害を裏付けるものが何一つ見つかってないのだ。

当然、1隻も沈んでいない、と考えるのが妥当だった。

「・・・将共に伝えろ。ハッキリと分かる戦果以外は働きとは認められん、とな」

少しだけ冷静さを取り戻したシルスは兵に伝言を託すと下がってよい、と手で合図した。

その様子にほっと安堵を浮かべた兵は退室していった。

本来なら、後ほど自分の配下を叱責し、告げるべきなのだがそんな気分にはならなかった。

そして、シルスは朝食を切り上げ、自室に戻ると一人思案に耽る。

16隻の内、11隻は何処に行ったのか?

残った5隻は何のために留まっているのか?

そして、何故簡単に奇襲がバレ、しかも返り討ちにあったのかなど・・・。

奇襲がばれたのは運不運もあるだろう。

相手も愚かではない。

当然、奇襲には備えていただろう。

故に発見され、奇襲が不発に終わったとしても仕方ない。

しかし、船を沈めるには当然ながら相手の船を破壊しなければならない。

だが、船に積んであって船を壊せる武器、それは攻城槍バリスタぐらいなものだ。

後は火をかけるしかないのだが、それなら遠目でも分かったはずだ。

それが分からなかったとなれば攻城槍しか考えられない。

だが、揺れる船上から発射しても余程接近しなければ当たるものでもない。

如何にしてシルスの私掠船を沈めたのか?

こればかりは幾ら考えても分からない。

仕方なく、シルスは消えた船の行方を考える。

配下が姿が見えないから沈んだと判断していたが、素直にそれを信じるほど彼は凡庸ではない。

恐らく、何かしらの意図を持って姿を消したのだ。

その意図を読まねば彼等を出し抜くことは出来ない。

そんな彼がふと視線を上げたそこには海図が壁に掛けられていた。

数年前に大金を叩いて作った周辺の海図だ。

正確さは保障できる(この世界の中では、の話だが)ものだと彼は自負しているものだ。

「ふむ・・・」

その海図の前に来たシルスは、その海図を見ながら自分ならどうするか?をしきりに考える。

彼は日本は王国をいとも簡単に打ち破った国であることは分かっていた。

だが、決して勝てない相手ではないこともまた承知していたのだ。

しかし、その勝利を掴むには彼等日本を出し抜き、裏をかき、そして先手を取らねばならないと考えていたのだ。

そして、彼は海図を見ながら気付いた。

そう、恐らくこの世界で日本相手にその目的を正確に読みきった最初の一人になったのだ。

「そうか!目の前の船は海路を!そして消えた船はハウゼン男爵領が守る陸路を塞ぐつもりか!」

恐るべき智謀だった。

決して無能ではないシルスは遂に答えに辿り着いた。

それはまさに脅威と言えるだけのものがある。

この場に北野辺りが居れば部下に欲しがると言える物だった。

だが、そんな彼にも予想できないものがあった。

答えに辿り着いたシルスの下に部下が飛び込んでくる。

「報告します!ハウゼン男爵領に見たことのない兵団が上陸!街道を封鎖したとの伝令が!」

突然飛び込んできた凶報にシルスは、先手を取らねばならない相手を前に自身が後手に回ったことを悟る。

同時に、想像を遥かに越えた日本の動きの早さに、やられた!と感じていた。




ーーホードラー南部 ハウゼン領街道


夜明け前に陸路封鎖を目的とした11隻は場所を移動し、尚且つクリーブランド級ドック型輸送揚陸艦「デンバー」とワスプ級強襲揚陸艦「エセックス」からCH-46「シーナイト」が、おおすみ型輸送艦「おおすみ」と同型「しもきた」からもUH-60J(本来搭載機ではないが今回の為に積載)が飛び立ち、ハウゼン領と他国との陸上通商路の出口を先行部隊が制札、封鎖していた。

そこに夜明けと同時に到着した各輸送艦、強襲揚陸艦からエアクッション揚陸艇が先行部隊の制圧した地域に車両とともに展開、急ごしらえとは言え陣地の形成を開始していた。

その陣地構築を知った領主レックスは手勢(約100名)を差し向けてきたものの、数が違い過ぎた為に踵を返して慌てて撤収していった。

今では、遠くから此方の様子をうかがうことしか出来ないで居る。

恐らく、援軍を待っているのだろうが、この世界の軍の展開速度は余り速くないのを知っていた封鎖部隊は、比較的余裕を持って陣地を作っていた。

例え数千の兵を引き連れて来ても車両も使えば十分に守りきれる。

反対側の街道方面には幾つかの監視所を作るに留めて、ホードラー南部側を重点に防御するのだ。

数千程度では簡単には敗れまい。

そして、万が一隣国から軍が差し向けられ、交戦は必須となれば海上から第8護衛隊4隻から街道に向けて艦砲射撃を行うことになっていた。

街道は切り立った崖に沿って作られているので直接射撃の必要はない。

崖を撃って、道を瓦礫で塞ぐだけで事足りるのだ。

最初からそれをしないのは、復旧などの面倒を考えての話なのだ。

その意味では本上陸作戦は比較的気軽な物であった。

ブルー・リッジ艦上でエドガーは作戦の進歩状況がほぼ予定通りに進んでいることを確認する。

中でも自衛隊の補給能力には正直言って驚かされる。

普通なら自衛隊の補給能力はお世辞にもいい、とは言えない。

ただし物量と言う意味では、だ。

それでも、自衛隊の補給の質の良さは米軍のそれを上回っているだろう。

何せ米軍と違い、自衛隊は予算が潤沢にはない。

むしろ何時も限られた予算を必死にやりくりして装備を整えたりしている。

故に同じ補給でも、限られた中でも十分な準備を行って出来うる限りの対策を施して補給するのだ。

ある意味で力任せで体力任せな米軍とは違うのだ。

これは実際にイラクやアフガニスタンを経験した米兵も驚くぐらいだ。

米軍の場合、量は十分でも弾薬ばかりで日用品が無かったり、日用品があっても偏ってたりする。

これは物量が豊富にあるが故に管理が難しいのも一因であるが、何よりも自分たちの能力そのものに絶対の自信を持っているからなのだ。

逆にそれで泣きを見ることもあるが、足りなかったらまた補給する。と言う本当に物量任せな考えがあるのだから改善されない。

自衛隊の場合、大量の物資を大量に輸送するのは難しいので、十分な準備を事前に行い、何が消耗し不足しているのか、何が必要なのかを考えて補給する。

おかげで自衛隊は何でもあると勘違いされてしまっている。

ただし、弾薬は除く・・・という状態ではあるが・・・。


しかし、こう言った合同作戦時には非常にありがたい話だった。

おかげで大抵の物は自衛隊に任せればいい。

その自衛隊で補えない部分を彼等外人部隊が埋めればいいのだ。

とはいえ、一応展開する部隊や艦艇に対する日本からの補給は完全に自衛隊に任せることになるので、きちんと補給が届くかはやってみなければ分からない。

もっとも、エドガー自身はそれほど疑ってもいなかったが・・・。

「司令、陸地への物資の揚陸が終了しました」

部下の言葉に予定通りに事が進んでいることに安心する。

敵前上陸と言えるので神経質になっていたようだった。

だが、心配は杞憂に終わり、後は行動するだけとなっていた。

「うむ、各艦エアクッション艇を収容次第、各艦は割り当てられた地点にて待機だ」

エドガーはそう言うと陸地を見る。

陸地で何かしらの問題が起きても将兵を直ぐに収容できる大勢を維持する。

その上で作戦の指揮を取らねばならない。

その重責を負ったエドガーは問題など起こさせん、という気迫の篭った目を向けていた。


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