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第56話「謀の終わりと帰還へ」

ーーホードラー南部 ディサント領



南部貴族連合の盟主にして、南部の実質的な支配者になっていたディサント候シルス・H・ディサント侯爵は不機嫌だった。

先日、小なりとは言え一部の諸侯がこれ以上の負担には応じられない、と通達してきたからだ。

たかが地方の村落の領主風情が南部を纏める立場にあるシルス自身に反抗しているのだ。

彼自身からすれば到底許せるものではない。

しかし、現在はホードラーを打ち破った日本が北におり、軽々しく粛清などで内紛など起こせない。

つまりは傍観するしかなかったのだ。

その分食料の割り当てを大幅に削って見せしめとしているが、その効果はすぐには出ない。

多少なりとも蓄えがあるからだ。

「忌々しい話だ」

憎々しげにシルスに反抗する貴族の一覧を見るシルスは、事が起きれば彼等が日本に寝返る事位お見通しだった。

それでも手出しできないのは烏合の衆とも言うべき南部貴族連合の実態がある。

日本とホードラーが戦争を始めた時、西部諸侯は西への守り、南部はその立地と状況から動員を免除された。

おかげで現在も戦力を維持できているが、既に長期化する対日本への動員で各地に不満がたまっている。

負担を各地の領主に持たせたのだから不満が出るのは分かっているが、誰のおかげで今の地位についていられるかを忘れているのではないか?とさえ思える。

今も貴族としていられるのはシルスが防衛戦力を供出しているからだ。

その戦力が大きいからこそ日本も南部に進んでこない(と彼は思っていた)のだ。

それを考えれば自分に従い、そのために負担を負うことは悪い話ではないはずだ。

その分、防衛は優先的に行っている(つもりだけであるが)し、食料の割り当ても多少は多めにしてきた。

言わば飴と鞭を使っていたのだが、それが分からぬ愚鈍な物が多い。

そうシルスは毒吐いていた。

「閣下、ご報告したきことが・・・」

彼の側近の一人がシルスの元にやってくると、来るなりそう切り出してきた。

「なんだ」

不機嫌さを隠そうともせずに居るシルスの様子に恐縮しながらも、側近は彼自身の役目の為に報告をした。


「・・・つまり、我が領内で領主どもを誑かす者がいる。ということか?」

側近の挙げた報告は、見知らぬ人物が単独で幾つかの領主の所を回って密談を繰り返している、と言う話だった。

これで合点がいった。

最近、領主の中からシルスに歯向かうものが出始めたのも、その密偵が原因だとすれば納得できる話だ。

恐らく、地位や財産、そう言った餌に釣られたのだろう。

「なるほど、明確な反逆といえるな?」

シルスの言葉に側近は、御意と答えて頭を垂れる。

そうなると話は変わってくる。

甘い餌に釣られた愚か者には見せしめとして反逆の罪で討たねば示しがつかない。

その意味では領主を手勢で攻めて討てばいい。

南部貴族連合に対する反逆、となれば大義名分は十分にアリ、内紛には発展しない。

ただ、問題もある。

何処まで釣られた馬鹿がいるのか?

それを把握しなければならない。

把握もせずに1つや2つを討っても、逆に残った者が自身の保身の為に日本を呼び込む事になるからだ。

今は日本も軽々しく動けないだろうが、日本に味方し支援する者があれば攻めてくる事は確実だと思っていた。

「まず、その密偵の情報はどこまで揃っている?」

事を起こす前に密偵を捕らえねば、その辺りの情報は全く無いのだ。

捕らえて吐かせれば、誰が裏切っているかを判断できる。

まさか、シルスに反抗しているからといって断定して討つ事は結束に亀裂を入れることになるからだ。

「素性などは・・・ただ、その風貌などから単独である、とだけは分かっております」

側近の答えにシルスは少しばかり考える。

何も彼自身が直接動かねばならないわけではない。

自分の支配下にある帰属、領主を動かせばいいのだ。

「よし、即座に捕らえろ。生かしたままだ」

シルスの目に残酷な光が宿る。

その様子を見てた側近は顔を青くしつつも、心得ました、と言って下がっていく。

シルスはその姿を見つつ、どのような手段を使って領主どもを締め上げるかを考え始めていた。




ーーホードラー南部 ファーレン子爵領


レオナルドは南部でも老齢ながら理解力があると言われているジョナサン・K・ファーレン子爵の所に立ち寄っていた。

ファーレン領は約三千程度の町1つと100人規模の村3つを治める大諸侯と言える貴族だ。

そのファーレン領でレオナルドはジャナサンと協議を重ねていた。

そして、両者は合意に達っすることが出来ていた。

これはレオナルドの切り崩しの中でも最大のものだろう。

「これで領民が苦しまなくて済みます」

ジョナサンはそう言ってレオナルドに感謝の言葉を伝える。

ジョナサンは元から南部貴族連合に参加するつもり等無かったのだ。

ただ、自領の周りが勢いに乗って参加したのに、自分だけが参加しなければ一斉に攻められていただろう。

それを回避するためにも形だけは参加しとかなければならなかった。

だが、参加すればした分、日本がいざ南部へ来たときに敵として来ることになる。

そうなればやはり領民を巻き込んでの戦争になっていたであろう。

それを回避するためにも、レオナルドの話はありがたいものである。

ただし、おいそれと簡単に飛びつけば足元を見られる。

それをおそれてお互いに議論と協議を重ねて、お互いが合意できる話にしたのだ。

「いえ、閣下の領民を思うお気持ちには頭が下がる思いです」

レオナルドはジョナサンが提示した条件の大半が領民の生活に関わることだったのを思い返していた。

何よりも、レオナルド自身がバジル王国で内務卿と言う立場にあったのだ。

領民が如何に大切であるか、など言われなくても分かっているぐらいに・・・。

それが分からぬものの集まりが南部貴族連合なのだ。

いや、分かっていても目先の利益に飛びついた、ともいえる。

その意味ではジョナサン程に物事を理解し、実践している貴族は南部だけでなく、ホードラー全域でも少ないだろう。

レオナルドが知る限り、せいぜいベサリウスぐらいなものだ。

その意味では貴重な良き理解者とも言える.

「何、所詮貴族と言えど領民なくば飢える存在にすぎん。権力者とは権力を持つものとしての責任と義務を持って民に奉仕すべき存在でしかない。その代わりが民の生活を守ることなのだ」

実に不自由な物だよ、とジョナサンは自嘲気味に笑う。

だが、そんな彼とて昔からそうだったのではない。

かつては、民のことを省みず、ただただ貴族と言う特権意識を持っていた。

しかし、その彼を変えたのは今は亡きジョナサンの息子であった。

彼は父であるジョナサンの行いに頭を悩め、そして出した結論が民と共に父に歯向かうであったのだ。

それはたった一ヶ月の出来事でしかなかったが、その結果ジョナサンの息子は帰らぬ人となり、民にも多くの死傷者が出てしまっていた。

当時はジョナサンも逆恨みに等しい憎悪を持って民に暴政を行おうとしていた。

そのジョナサンを押しとどめたのが、孫のベルンだった。

彼の息子は、市井の町娘との間に一人の子をなしていたのだ。

その事実と、息子の相手と孫、そして息子が残した手記を読むに至り自身の過ちに気付いたのだ。

そしてジョナサンは変わった。

己の命を懸けて父を諌めた息子と、その相手と孫、それらが為にもジョナサンは今までの自分を省みて、善政をしくことになる。

今でも彼が子爵として現役に立っているのは、孫が成人になるまでの繋ぎなのだ。

その前に、日本と言う存在による王国の崩壊が起きたものの、孫娘の為にも領民の為にも最良と思える選択を取った。

それが今のジャナサンだった。



「次はどちらへいかれるのかな?」

ジョナサンの質問にレオナルドはウェーザ男爵領へ、と答えた。

しかし、それにはジョナサンは難色を示した。

止めた方がいい、と・・・。

「何故ですか?」

レオナルドは決して話の分からないはずの無い男爵の下に行くことを反対された事に驚いていた。

「知らなかったのですか?今は代替わりしておりますぞ?」

想定してなかった事に、レオナルドは詳しい話を求めた。

ウェーザ男爵は非常に話の分かる人物で、特に民のため、と言うところは無いが結果として善政を敷いている人物だった。

税が重ければ民の活力を奪い、市井に金が回らずに経済が悪くなる。

逆に軽すぎれば領地の経営そのものが悪化してしまう。

その見極めが上手く、なおかつ、市井からの嘆願にもきちんと耳を貸したうえで、きちんと筋が通って、道理にそっているならば政策を改めることが出来る人物だった。

これだけ聞けば良い貴族、であるが、要は最終的に自分に利益が回って来るならば形にはこだわらないだけなのだが、その結果が善政であるならば名君と呼んで差し支えないはずだった。

しかし、南部貴族連合が発足された当時、彼は王宮に居たこともあり、日本と戦うことは利にならない、として反対に回ったのだ。

手を取り合ったほうが利益になる、そう考えたのだが、それが拙かった。

日本がそのまま南部に来れば彼の言葉通りになったかもしれない。

しかし、日本はまず地盤固めから入ってしまった。

これは日本が悪い話でもないのだが、結果としてウェーザ男爵は領を守るために息子に蟄居、殺害されていた。

そして後釜に座った息子がまた話の分からない人物で、自分の中の貴族の理想として民を導く存在、を強く持ってしまっていた。

結果として自分の理想を民に押し付け、それに反発するものを磔に処すなど、暴虐無人な行為が行われていたのだ。

今では男爵領はかなり荒れ果てており、いつ反乱がおきても可笑しくない状況にある。

もっとも、氾濫を起こすだけの気力も無い、食料も無い、助けも無いでは蜂起しようにも出来ないのだが・・・。

「・・・あの豊かな領がそのようなことになっているとは・・・」

ジョナサンの忠告が無ければ危うくレオナルドは自ら絞首台に進むところだったのだ。

その上でジョナサンには危惧することがある。

幾つかの領地から盟主であるシルスに反抗する様な行動が見て取れている。

これは背後に日本が付いたことで、気が大きくなってのことだろう。

しかし、逆にそれは目を付けられる行為に他ならない。

そして、それとて彼等自身だけの判断とは思えなかった。

決して無能ではないシルスのことだ。

ある程度は尻尾をつかんでいる、と考えた方がいいのだ。

「まだ協力者を募りたいでしょうが、ここは一旦引くべきです。でなければ全てが水の泡となりかねません」

ジョナサンの言葉にレオナルドは派手に動き過ぎたやも知れないと考えた。

ある程度は味方に引き入れた。

その成果を持ち帰らずにここで果てるのは愚作だろう。

「わかりました。確かに潮時のようですね」

この辺りが限界か?と思ったレオナルドは直ぐに帰還することを決意する。

だが、既に追っ手がかかっているかもしれないなら、このファーレン領はどうなるのか?

それが気がかりだった。

折角、協力関係を持てたのにここでレオナルドが引いてしまえば彼とその身内が危険ではないか?と思ったのだ。

だが、その心配を口にしたレオナルドにファーレンは笑って答えた。

「なに、奴の手勢が来たならば、貴方を追い返したと言えば疑いはあっても動けますまい。それに、貴方が領内を出たときを見計らって書状の一枚でも出せばシルスのことです。内紛を恐れて動きは取れないでしょう」

老練なだけあって、その読みはかなりのものだ。

盟主の性格をも考慮した上で対処すればどうとでもなる、と言うジャナサンに頭を下げると、レオナルドは一路シバリアへの帰還を優先させた。


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