第55話「凶弾」
ーー日本国 横須賀
伊達が尖閣諸島でカディスと面会し、期限が過ぎても会談が出来る状況に無かったために、一度引き上げると連絡が入ったその日。
ホードラー南部平定の海上封鎖の為に外人海軍部隊の空母ジョージ・ワシントン、並びに強襲揚陸艦隊が横須賀の港を離れていく。
その光景を鈴木は祈るような気持ちで眺めていた。
同時期、広島の呉からも海上自衛隊第4護衛隊群が「おおすみ型輸送艦おおすみ」ならびに「しもきた」を従えて出向している頃だろう。
そちらには伊庭防衛大臣が出向いている。
そして鈴木がいる横須賀港では離れ行く外人海軍部隊をカメラに収める報道機関、並びに市民団体の抗議集会が行われている。
艦隊が港から離れ、遠くに行くと今度は会場に設営された壇上にいる鈴木に抗議が向けられる。
その多くは罵声であり、非難、批判と言ったものではない。
何故ならば「軍国主義者」「戦争屋」「独裁者」等とシュプレヒコールを繰り返すのだ。
これが罵声でなければなんと言えばよいのだろう?
だが、鈴木はそんなものにはかかわっていられない。
外人海軍部隊を見送った鈴木は報道陣に囲まれながらも官邸に向かうために車へと歩を進める。
報道陣がそんな鈴木の声を拾おうと躍起に質問を投げかけるが、ここで質問に答えては居られない。
そのためSPが周囲を固めつつ、警官が報道陣を抑えていた、そのときだった。
警官隊の警備の中をすり抜けた一人の男が鈴木へと駆け寄っていく。
気付いたSPが男と鈴木の間に割り込んだが、男は手にした拳銃を発砲していた。
「侵略主義者め裁きだ!」
男が叫ぶと同時に乾いた破裂音が響いた。直後、報道陣は我先に悲鳴を上げながらその場から離れようとし、一部はその結果を見届けんばかりに人の波に逆らってカメラを鈴木に向けた。
「貴様何をするか!」
SPの一人が男に飛び掛る。
だが、その前に男は再度発砲、警官隊も慌てて男を背後から取り押さえる。
「貴様らは権力の犬か!?敵はそこにいるんだぞ!」
取り押さえられながら必死の形相で叫びを上げる男。
そして警官隊とSPが怒号を上げつつ取り押さえた男を拘束する。
その間に鈴木は他のSPと警官に守られながら車へと走り去っていった。
後に残されたのは凶行に及んだ男と取り押さえる警官たち、倒れたまま動かないSPとその仲間のSPと救急隊員、そしてそれらを取り囲む報道陣だけだった。
ーー日本国 総理官邸
「鈴木の容態は!?」
伊達が慌てた様子で総理官邸執務室に息を切らせながら飛び込んでくると、開口一番に鈴木の安否を聞いてくる。
恐らく、尖閣から成田空港へ到着してから真っ直ぐに来たのだろう。
今頃は伊庭も呉からヘリで向かっているはずだった。
そして、その総理官邸執務室には閣僚が集まっていたが、誰も伊達の言葉に声を返さない。
一様に黙ったままだ。
正直言って伊達はまさか、とさえ思った。
「心配かけたようだな」
不安を抱く伊達の耳に鈴木の声が飛び込んでくる。
閣僚が道を明けると、そこには怪我一つしてない鈴木の姿があった。
「・・・だ、大丈夫・・・なのか?」
沈んだ表情ではあったが、特に怪我をした様子も無い鈴木に伊達は腰が砕けそうになる。
しかし、何とか踏みとどまると事の仔細を聞くことにした。
犯人の放った銃弾は2発、だが、その2発とも鈴木を守ったSPが文字通り「身体を張って」防いだのだ。
しかも防弾チョッキを着込んでいたにも関わらず、2発とも防弾チョッキを貫通していた。
もし、SPが身をもって防がねば鈴木はここにはいなかっただろう。
鈴木を守ったSPは意識不明の重体で都内の病院に運ばれ、今も懸命な治療の真っ最中だ。
それが役目とは言え、倒れたSPの事が気にかかるのか鈴木は暗い表情なのだ。
「それで、その犯人の主張は?」
伊達が怒りを込めた目で事務次官を見る。
別に事務次官が悪い訳ではないが、睨まれた事務次官は顔を真っ青にしていた。
「気持ちは分かりますが落ち着いてください」
阿部が恐怖で動けない事務次官の変わりに報告書を読み上げた。
それによると、男は「侵略主義を推進し、平和を脅かす国賊に天誅を加えた」と主張しているようだった。
報告を聞いた伊達は怒り心頭だ。
「何を自分勝手な!侵略?ふざけるな!誰が好き好んで戦争などやるか!しかも平和を脅かすだと!?それを語るなら暴力に訴えるな!国賊なのはそいつの方じゃないか!」
大変な剣幕に、流石にタカ派な伊達に慣れている者たちもタジタジになっている。
触れば爆発しそうな勢いに止めに止められない。
「まあ、待て、落ち着け」
そんな中、付き合いが最も長い鈴木本人が抑えにかかる。
とは言え、落ち着け、といわれて落ち着けるなら苦労は無い。
何とか伊達を宥めて、話をしようと鈴木は苦労していた。
漸く落ち着きを取り戻した伊達は、怒りがまだ収まらないとは言え、話を聞くことが出来るようにまでは冷静さを保っていた。
「犯人の背後関係をしっかり調査した方がいいな」
鈴木の話を一通り聞いた伊達はその様に発言した。
元から反社会的思想はあったのだ。
ここにきてそれが無くなったわけでもない。
鈴木を含む現政権が続くことが不都合に感じる集団があるやもしれない。
その意味では背後関係を洗う必要がある。
そもそも、銃等というものが一般人が手にすることはきわめて難しいのが日本だ。
裏社会で手にする事は可能かもしれないが、少なくとも容易に得られるものではない。
しかも今回の見送りとて、直前になってから公表したのだ。
市民団体は鈴木が出てくることさえ知らなかったのに、犯人が銃を手に入れてそれを使うなど即座に出来るものではない。
何かしらの存在、組織がある可能性は否定できなかった。
「そうだな。そこは公安と警察庁に任せよう。それよりもだ・・・」
鈴木派自分が狙われたのにも関わらず、それ自体は些細な問題としか思っていなかった。
今までだってかなり強硬に事を進めてきているのだ。
当然、今回のような事態を想定してなかったわけではない。
また、重要な時期にあるとはいえ、既に自分が倒れても代わりに立つ人物もいる。
今後、物事を進めるのに鈴木である必要は無いのだ。
勿論だからと言って辞任すれば余計な混乱を招く可能性もあるので、最後まで遣り通すつもりではある。
「例の収容した特使のことだが、どうだった?」
今一番の気がかりはそれだ。
相手の主張、要求に動出るべきか?が最重要なのだ。
南部平定を直前に控えたこの時期に余計な問題は出来る限り抱えたくないのだ。
「ああ、敵対の意思はないようだが、とんでもない要求だったよ」
とても面倒そうに語る伊達の様子に、集まった一同は不安を隠せずに居た。
「日本からの支援を求める軍事同盟を結びたいそうだ」
この提案には流石の鈴木も頭を抱えるしかない。
今の日本が何処と軍事同盟など結べようか?
そもそも、南部平定を成し遂げたとしても、日本の手に余る領域になるのは明白である。
ある程度の自治を認めるか、親日政権の国として独立してもらう事が前提に無ければ平定にだって動きはしない。
「軍事同盟ですか・・・かつての日米安保、と見た方がいいですかね?」
加藤はそう感想を言うが、恐らく自分たちが米国の役割を持ち、グラングルカ帝国が日本の立場に成る事は容易に想像できた。
流石に海外拠点を持つ事はマイナスにはならないが、あまりやりたいものでもない。
メリットとして、海外拠点を持つ事は、自衛隊を含む部隊を展開させやすく、また、通商路の保護の観点からもアリと言えばありだろう。
だが、デメリットとして、その海外拠点の国で有事が発生した場合、日本が参戦するしないに関わらず巻き込まれる恐れがある。
さらに、在日米軍の基地もんだいのように、後々は鬱陶しい存在にされかねない。
メリットとデメリットを勘案するに、今現在の状況も踏まえるとそんな真似をする必要、利益が無いのだ。
メリットがデメリットを上回るならばともかく、上回っても小さい、もしくは殆ど大差ないのであればやるべきではない。
それが鈴木を含めた全員の考えだった。
「軍事同盟はないなぁ。せめて通商協定にとどめるべきだろう」
鈴木の言葉に伊達も賛成する。
もとよりそれ以外の選択肢はない。
「しかし、エルフ共和国とベサリウス国は相互防衛協定を結んでいますが?」
加藤の言葉に伊達は意味合いが違うと否定した。
「エルフ共和国の相互防衛は、そもそも我が国の理解者であるあの国だからだ。それにエルフ共和国が無ければ我が国は我が国に敵対する国と直接面することになる。ある意味緩衝地帯としてのエルフ共和国なのだ」
つまり相互防衛協定、後の同盟であるが、あくまでもその方面に対する防衛戦力の貼り付け、展開を軽減させるための処置なのだ。
出なければただでさえ少ない日本の戦力を広大な領域に展開させねばならない。
如何にこの世界で強力無比を誇っても、そこまでは不可能なのだ。
その意味ではアルトリアの守りはエルフ共和国、そしてホードラー地区の守りはベサリウス国が受け持っているともいえる。
勿論、日本とてそれらの国に何かあれば助けを出す必要があるのだが、少なくとも大規模戦力をアルトリア、ホードラー両地区においておく必要がなくなるのは非常に助かるのだ。
「単純に政治的観点から見れば帝国と結ぶのは悪くない。だが、軍事的観点から見るならばリスクが大きすぎる」
鈴木はそう言って軍事同盟の可能性を否定した。
だが、それとは別に、軍事的留学、つまり向こうの将校を受け入れて教育するのはありではないかとも考えていた。
全てを教える必要は無いが、ある程度の教育をする分には可能だろう。
お互いに相手の戦力の一端でも知っていれば、わざわざ敵対するよりは友好関係を持っていたほうが得であると判断できるはずなのだ。
また、必要ならある程度の武器を渡してもいいと思っている。
ここで言うある程度、で即座に思いつくのは火縄銃だった。
火縄銃は人の命を奪うには十分な威力はあるが、使用には制限がかかる上、十分な科学知識と技術を持たなければ独自開発もままならない。
また、流石に火縄銃の威力では現代の防弾チョッキを貫通させるのは難しいのだ。
とはいえ、これは鈴木の頭の中にある構想で、具体的検討もしてなければ研究もしていない。
流石に思いつきで提案する機にもならないので、まだ誰にも話していない領域のはなしであった。
「軍事同盟、協定が無理なら、せめて通商協定と考えられるが、奴さん方がなっとくするかねぇ?」
正直、伊達も情けを知らないわけではない。
命がけで遠洋航海に向かない船でわざわざ何処にあるか分からない日本を目指した彼等に、少しぐらいは報いてやりたかった。
だが、政治が関わる以上は下手に情けはかけてやれないのも事実だ。
「せめて別の形で支援できればいいのですがね」
阿部も比較的彼等に同情的だった。
既に大半の仲間を失っているのだ。
そこまでして漸く辿り着いていながら、何も成果なしでは哀れにも程がある。
最悪、彼等は命を持って使命を果たせなかった償いとしかねない。
「そこは、向こうが交渉できる状態になってからの話だ。今は何もできんよ」
鈴木は、先程の構想を語るべきか動かを悩んだ。
恐らく、これをやるからには他の2国、エルフ共和国とベサリウス国にも持ちかけられることになるだろう。
果たしてそれが日本にとって良い結果になるかどうかは判断しかねるのだ。
エルフたちは恐らくだが問題はない。
元々彼等はファマティー教国家から見れば亜人として差別の対象なのだ。
日本という余り人種差別とは無縁の国だからこそ彼等と友好的に付き合える。
それを考えれば、エルフたちが日本と事を構えることは考え難い。
大してベサリウス国はどうだろうか?
これも基本的に、彼らの危機を助けたのは日本だ。
たしかに主家である王家を滅ぼしたのは日本だが、少なくともベサリウス本人はそこを気にする程ではない。
そう言う意味ではベサリウスが実権を持っている間は問題は無い。
だが、ベサリウスから別の人間に実権が移ってからはどうだろうか?
こればかりは予想出来ないし、実権を持った相手によっては友好関係の維持が難しくなるかもしれない。
それでも、此方から支援、援助をしていれば敵対と言う方向には向き難いだろう。
しかし、この2国と帝国は全く立場が異なる。
帝国はファマティー教との戦いに敗れ、そのために多くを失ってきた。
それを取り戻すために日本と組もうというのだ。
つまり共通の敵がいるから手を取り合う関係に過ぎないのだ。
では、共通の敵が居なくなればどうなるのか?
これは全く予想が出来ない。
敵対されても海の向こう側だろうから、脅威と言う程の存在にはなりえないだろう。
しかし、帝国からすればあくまでも日本と言う存在を利用して目的を果たす、そう言う思惑があっても不思議ではない。
これが近い位置にあり、また、日本と幾らか関わった国であるならばまだやり様はあるが、現状でそうはなってない帝国に支援、援助は難しいといえた。
勿論、しなければ関係も始まらないのは分かる。
だが、不確定要素が多すぎて判断する材料がないのだ。
安易に支援、援助も難しいとしか言えない。
恐らく、協議が始まっても結論は出せないかもしれない。
それを考えると、鈴木は自身の構想を表に出すのは早計である、と結論付けた。
「まあ、ここで幾ら話し合っても推測にしかなるまい。彼等と協議してから再度考えたほうがいいな」
先ずは正式に彼らの要求、目的を聞いてからだ。
と、鈴木は表向きの結論を口にする。
何か考えがある、と悟った伊達はあえて何も言わず受け入れ、この場は解散となった。
「で?実際はどう考えているんだ?」
皆がそれぞれの仕事に戻っていった後で、鈴木にどんな考えがあるのかを伊達は問うてみた。
言うほどのものではない、としていた鈴木ではあったが、伊達の「隠し事は勘弁してくれ」と言う眼光に折れてしまう。
そして先程の構想を口にし、その考えに対しての伊達の意見を聞いてみた。
伊達は鈴木の構想を聞かされて、正直度肝を抜かれた思いだった。
何たる大胆不敵な構想なのだ、とさえ思った。
たしかに今の日本がやっていることは前例が無いことばかり。
しかも率先して動いているぐらいだ。
十二分に大胆不敵といえることだろう。
だが、日本では法令となっていないが、自粛と言う形で謂わば慣習的になっている「武器輸出禁止」の原則を大きく打ち破るものとさえいえた。
流石にこれは国内の反発が大きくなると想像できる。
だが、友好国が自主独立の為に戦うとしても、十分な防衛力を持たなければ結局は日本が出て来ざるを得なくなる。
そうなれば結局日本が戦うことに他ならない。
しかし、敢えて骨董品レベルでも武器を与える、いや、輸出するならばこの世界では破格の力になる。
一番怖いのは敵国にその技術が流れることだが、現在の武器体系が完成するのには莫大な資金、労力、時間と血と命がかかる。
すぐに脅威になるとは思えない。
ましてや、この世界には魔法なる力も存在している。
現状でその力を持つ者は非常に限られているものの、実践投入されるならば馴染みある魔法の方だろう。
それを考えると、骨董品レベルの武器を与えることに脅威はない。
むしろ、それは戦術、戦略をしっかりと考えねば運用することが出来ないのだ。
ならば与える事そのものは悪い考えではない。
問題は、帝国の立ち位置だ。
それだけが懸念材料なのだ。
「ハッキリ言わせてもらえば、こっちから向こうに人をやってみてみなければ判断できん」
相手を信用するもしないも、特使だけを見て判断できない。
伊達はそう言っているのだ。
「それは私も考えたが、誰を送るというのだね?適任者は今ホードラーで手一杯だよ?」
鈴木の頭の中に北野の姿が浮かぶ。
しかし、伊達は奴だけが人材ではない、と答えた。
「若いながらかなり出来る奴がいる。そいつにやらせてみたい」
どうせ駄目なら定刻との付き合いは形だけにとどめればいい。
伊達はそう思いながら、若いながら出来る奴を思い浮かべていた。