表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/82

第52話「帝国から」

ーー日本国 総理大臣官邸



尖閣諸島南方沖で発見された船舶の情報は直ぐに海上自衛隊佐世保基地へ送られ、そこから幾つかを経由して鈴木の元に届けられた。

「なに!?ふむ・・・ふむ・・・」

防衛省の伊庭は鈴木に急遽連絡を居れ、鈴木は電話を片手に伊庭の報告を聞いていた。

その様子を見守る伊達も、突発的自体がおきたことを認識し、閣僚に連絡を取っている。

「現在の状況は?・・・いや、直ぐに救助を行うんだ」

どうやら伊庭は慎重論を唱えているようだったが、鈴木は大胆に行動すべきだと主張していた。

もしかすれば、それが元で国交をまともに持てるかもしれない。

淡い期待ではあるが孤立状態を続けている日本にとっては期待せずにいられないのだ。

「そうだ。監視は着けるが国内へ連れて来て構わん」

鈴木はそう言うと伊庭に頼む、と言って電話を切った。

すかさず、伊達が何がおきたのか確認する。

その伊達に鈴木は興奮冷めやらぬ様子で答えた。

「尖閣の南の海上で船舶が発見された。しかも、作りからホードラーの物とは違うらしい」

鈴木の言葉に伊達も目をむいた。

ここに来て別国家の物と思われる船舶との遭遇なのだ。

「それはまた・・・だが、まだ可能性なのだろう?」

まだ断定はすべきでない、と伊達は鈴木を諭すが、鈴木としてもそうであって欲しい、と願わずには居られない。

「確かに詳しいことはこれからだ。だが、可能性だけなら大いにある」

詳しい写真と救助した乗員の警護、監視を警視庁に指示すると共に、船舶の専門家を呼ぶ必要から、適当なのを選んで欲しいと鈴木は付け加えた。



それから1時間もしない内に伊達の元に写真が送られてくる。

わざわざ電送してきたようだ。

「これが問題の船か・・・」

一見すると船体に扇子のような物をつけた形状に思える。

専門家によるとそれは非常にバランスが悪く、遠洋航海には向かない船だった。

江戸時代に日本で活躍していた千石船の帆を左右にも張り出した物、とも言える。

それでも、千石船などは基本的にバランスを保つために中央付近に帆を張るが、船尾に張る船など利いたことが無い。

ホードラーの船も例に漏れずに中央付近に帆を張り、帆船としてはスループと呼ばれる船に近い。

スループとは一本マストではあるが、横帆(船の中心線と交差する方向に帆を張るもの)ではなく縦帆(船の中心線に沿う方向の帆)と、幾つかの帆で構成されている。

ただし、ホードラーの船はスループに似ている、近いだけで明確にスループではない。

しかし、今回発見された船舶は比較的「千石船」や「ダウ」に似ているのだ。

恐らく違う文化圏で作られた船、と考えるのが妥当に思えた。

「とりあえず、乗員は全部で17人、内9名が既に死亡、8人が重態で尖閣の臨時開発病院へ緊急搬送しています。また、生存者8名のうち3名が意識不明、5名は意識はあるものの衰弱が激しいとの事です」

阿部が会議で動けない伊庭に代わって、伊庭からの報告書を読み上げる。

それを聞いていた加藤は意識のあるものに事情は聞いたのか?と確認を求めてきた。

「救助したばかりらしいので詳しいことはまだのようです。ただ・・・」

報告書を見ながら答える阿部は一瞬言葉に詰まった。

そこに書かれていた一文が見間違いに見えたからだ。

しかし、阿部が何度読んでもその文章が変わることは無い。

「どうした?続きは?」

伊達が催促する。

それに阿部は震える声で続きを答えた。

「・・・乗員は・・・グラングルカ帝国から我が国への特使・・・と名乗っている・・・そうです」

それは鈴木の期待が現実のものとなった瞬間だった。



誰もが信じられない思いだった。

特使、そう聞こえたからだ。

何度も確認の為に問い直しても同じ答えだ。

ここにきて新たな国家との出会いに鈴木は興奮していた。

だが、そこで伊達が注意を促す。

「まて、喜ぶのは早い。特使は特使でもホードラー王国の時と同じかもしれんぞ?」

伊達の一言で、室内は一気に静けさが支配する。

かつて日本に従属を要求してきたホードラー王国のことが思い起こされたからだ。

「・・・たしかにな、だが、グラングルカ帝国・・・どこにある国だ?」

外務大臣の加藤は、初めて聞く国名に戸惑っていた。

衛星を打ち上げたことにより、この世界が以前の世界と全く同じ大きさであることは分かっている。

また、この時に日本の緯度経緯が図られたが、それも以前の世界と一致しているのが分かっていた。

更に衛星写真から大陸なども確認されており、ホードラーのある大陸とは別に、他に6つの大陸があることも分かっている。

しかし、国名までは地表に大きく書かれているわけでもないので、いきなりグラングルカ、と言われてもさっぱり分からないのだ。

「・・・たしかに場所まではわかりませんなぁ・・・」

阿部も報告書に書かれていないか見てみたが、当然書かれてなどいない。

乗員に確認してもらっては?と言う提案もあったが、正確な、どころかいい加減な地図しか無かったこの世界のことを考えれば、衛星写真をみせて何処にある?と聞かれても答えられないだろう。

ましてや地図はこの世界では軍事機密に等しい扱いだ。

地図を見た事のある物も軍関係でなければ先ず見たことがあるまい。

「とにかく、状態が良くなるまで様子を見るしかないと思われます。それから話を聞いてみては?」

加藤の提案に鈴木はそれで行こう、と結論を出す。

「後は、一体何の用で来たのか?だな・・・」

伊達はそういいながら、漠然とした不安があった。

彼らは日本への特使という。

しかし、日本の場所を知る者は日本人以外この世界にいるはずが無い。

そもそも、この世界の人を日本に連れ込まなかったのは場所を特定させないためだった。

それは、日本が島国である以上、海から攻められては面倒だったからだ。

平和な状態が確保できない限り、日本の防衛力を大陸に送らざる得ない。

その結果、日本の防備は低下しているのだ。

勿論、航空、海上自衛隊はその大半が日本におり、一応海上保安庁もある。

しかし、日本の保有する海域は広大で、現状の持てる航空機、船舶すべて使ってもカバーしきれたものではない。

だから海からの敵を警戒したのだ。

なによりも、日本の食糧事情から漁師には優遇して燃料を与え、操業して貰っている。

その無防備な漁師に被害があっては堪った物ではないからだ。

それが伊達の不安だった。


「何の用・・・と言っても交渉目的以外で特使を送りますか?」

加藤は怪訝に思っていた。

特使を送るならば交渉が目的のはずだ。

勿論、交渉の皮を被っての恫喝はありえる。

しかし、それもまた交渉の一形態に過ぎないと言えば過ぎない。

その加藤の考えとは別に、鈴木が一番恐れている事態を口にした。

「・・・破壊工作・・・が目的の場合もありえるな」

先程まではやや興奮していたが、伊達の一言で冷静さを取り戻した鈴木は、単純に額面どおり受け取ってはならないことを思い出していた。

特使といいつつ、破壊工作を行うテロリストかも知れないのだ。

なにせ、この世界に国際法なるものは無い。

日本は国際法が存在しない、つまりある意味「何でもあり」の世界に来ているのだ。

安易に考えるべきではない。

「そうなると、救助、は早計だったかな?」

自分の考えで指示したこととは言え、失策だったかもしれないのだ。

しかし、伊達は首を横に振った。

「いや、あの状況下で見捨てる訳にも行くまい。それに、尖閣に収容したのはある意味好判断と言える」

伊達は鈴木に芽生えた不安を振り払う様に自身の考えを口にする。

尖閣ならば広さはない。

四方を海に囲まれた島である以上、日本本土よりも逃げ場が無い。

また、今の尖閣は資源調査の名目で自衛隊や調査員が言っているが、民間人はいないのだ。

被害は宰相にとどめられるだろう。

「悪い方にばかり考えていられんな。とにかく、そいつらの回復を待って話を聞くとしよう」

伊達は、閣僚の中に芽生えていた不安を打ち消すためにそう言った。



閣僚たちが下がった後で、鈴木と伊達は救助したグラングルカ帝国の特使から話を聞くのは誰にするか?で話し合っていた。

はっきり言って、日本本土までつれてくるのは危険だ。

万が一、破壊工作員、またはテロリスト、そして敵対の意思を持っていた場合が怖いのだ。

ようやく国民の生活が戻りつつある中でテロをされたら鈴木たちに取って致命傷になりかねない。

また、万が一敵対の意思を持っていた場合、日本本土の位置を教えてしまうことになる。

勿論いずれは知られるものだが、せめてホードラー南部の平定が終わった後でなければ防衛にも事欠く有様だ。

国民の中から自衛隊への入隊が増えているものの、それが使い物になるのは当分先になる。

ならばリスクは出来る限り抑えていかねばならない。

それを考えると尖閣で事情を聞き、交渉するとなっても尖閣で行うべきだろう。

ただし、そうなると今度は誰をおくるのか?となってしまう。

閣僚はそれぞれ国内に関する問題などを抱えている。

安易に出向けるものではない。

そして、相手によってはその対面を保つためにそれなりに高い地位にいるものを送る必要もある。

まさか事務官を送りつけるわけには行かないし、事務次官も駄目かもしれない。

本当に頭の痛い問題である。

「・・・俺が行くべきだと思うがなぁ」

しまいには官房長官の伊達が行く、と言い出していた。

流石に鈴木もそれは困る、と押しとどめるが、相手の対面を保ちつつ、緊急時には行動できる人物は伊達か伊庭しかいない。

流石に外務大臣の加藤では前者はともかく、後者は無理だろう。

伊庭ならどうか?と鈴木派言うが、伊庭も伊庭で南部平定に向けた準備で忙しい。

とてもではないが動けまい。

つまり、鈴木が幾ら代案をだそうと、最終的に伊達しかいないのだ。

だが、この人選にも実は問題がある。

伊達はタカ派と呼ばれるだけあって、かなり強硬な人物だ。

暴力こそ振るわないが、激昂すると何を仕出かすか分かったものではない。

そう言った悪癖も持っているのだ。

だが、実際に交渉に望むだけならば、現状は伊達しかいない。

「・・・正直言って賛成しかねるが・・・」

鈴木もついに折れることになった。

不承不承と言った感じで認めることになる。

「なに、心配は要らん。最悪、相打ち覚悟で何とかする」

そう言って豪快に笑い飛ばすが、その様子には不安しか沸かない。

希望を言うならば、相手が敵対的でないことを祈るしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ