第51話「漂流」
ーーホードラー南部 諸侯領
北野より南部貴族連合の切り崩しを請け負ってから2週間、その僅かな間にレオナルドは既に7家の切り崩しに成功していた。
正直、レオナルドは見て回った限りではあるが、内情を見るに前線に近い貴族ほど困窮しているのがわかる。
何時起こるか分からない前面戦争、そして中央から得られていた食料の交易が途絶えて約半年、解かれることの無い動員・・・。
それらは前線とも言うべき、矢面に立たされる領地ほど厳しい現状がある。
元々、大諸侯というべき大きな領地を持つ貴族ならばともかく、小さな領地しか与えられていない諸侯では、対面を保つだけ、食っていくに困らない程度の実入りしかない。
鉱山経営自体も、それなりの規模の諸侯では大々的な投資も出来ずに細々とやるしかない。
そのため、領地の安堵を持っての確約よりも身の安全と手持ちの資産(領地は除く)の保障、そしてそれなりの資金の方が喜ばれた。
ここまで見て回ったレオナルドは確信していた。
この南部貴族連合なる集団は一握りの大諸侯による利権の保全が目的であり、それ以外の小規模な諸侯を食い潰すのが目的なのだ・・・と。
そしてそれが可能なのか?という点についても南部最大の都市であり、ホードラー唯一の港湾を持つホーランド侯爵領ディサントが食料の荷揚げ地であることからも狩野なのだと結論付けられた。
そのため、レオナルドが切り崩した、と言っても機会があれば即寝返っただろう小貴族でしかない。
逆を言えば大勢に影響しない、毒にも薬にもならない存在ばかりだ。
また、日本に対抗すべく山地にいくつかの砦を森の中に目立たぬよう配置されている。
それらはどれも木造の急造されたものだが、森の中であるのもあって風景に溶け込んでおり、山の上から見ただけでは発見は難しい巧妙なつくりをしていた、
更にその砦はどれも大諸侯の息のかかった者が、その周りに住まう小貴族の資金でもって駐屯している。
兵は普段そこに居て、必要ならば前線に向かう形なのだろう。
このことから考えるに、普段から全軍が集結しているのではなく、幾つかの砦に分散配置され、時がくれば一気に集結して敵を叩く戦法なのだろう。
山岳、森、これらが敵の動きを抑制し、何処か一つが攻撃を受けた時に森の中に作られた各砦から、これまた森の中に作られた整備された道を使って即座に集結する。
これは正直言って厄介な構造である。
下手な手出しは、逆に包囲殲滅の憂き目に合うからだ。
レオナルドは日本はこの厄介な敵に、どう挑むのかが気にかかっていた。
「思った以上に備えを怠っていない。やはり数度の小競り合いで日本軍の実力を測っていたのだろうか・・・?」
ハッキリ言って軍事に疎いレオナルドが結論を出すことは出来ない。
だが、素人目に見てもこの備えは日本を苦しめるのではないか?
更に日本が勝てるかどうかも怪しい物を感じさせるのに十分だった。
しかし、レオナルドにそこから逃げるすべは無い。
フェイが救われていたこともあるが、日本の実力が見てきた限りである保証も無いからだ。
何より、短期間で制圧下にある領域を開発、整備し、その環境を大いに向上させてきたのだ。
軍事力だけでなく、技術力、教育、法整備や制度、どれもが洗練された(あくまでも彼視点では)物だ。
要は国力がホードラーの幾倍、いや、ホードラーに限る事ではない。
あのファマティー教に長年抵抗してきた帝国・・・グラングルカ帝国よりも圧倒的に国力が勝っている。
大陸でも上位5国の一国に数えられる帝国よりもあると予想できるのだ。
それはバジル王国がバジル領であったころから内政に携わってきたレオナルドだから見えてくるものだ。
その日本が、苦戦はしても負けるとは到底思えない。
結局のところ、戦争とはどのような形であれ国力の高い方が勝つようになっている。
国力の差を覆すには「天才」と呼ばれる名将や宰相、名君と呼ばれる王、そして長年にわたっての下準備が必要なのだ。
一朝一夕で国力の差を覆すなど夢物語に過ぎない。
それでも必ず、とは言えないのが国力の差だ。
その国力で考えるならば、日本は底が知れない。
何よりも、日本はアルトリア地域を手中にしているが、そこが本拠地ではないのだ。
あくまでもアルトリア地域、いや、大陸にいる日本は本国より派遣された「一部」だと言うのだ。
それだけを持っても、日本の国力の高さは大陸でも頂点に位置するのだろう。
「・・・日本が勝つも敗れるも私が考えるべきところではないな」
レオナルドはそう呟くと、次の目的に向かって馬を走らせた。
今の彼に出来るのは、日本の勝利、ただそれを成すための幾つもある手段の一つに過ぎないのだから・・・。
ーー日本国 尖閣諸島沖
レオナルドがホードラー南部で活動し、日本は着々と南部平定に向けた準備を整えている頃、新たな問題がおきていた。
転移前は難しかった尖閣諸島の資源調査、開発が始まっていたことにより、日本はその周辺の海洋調査、及び周辺の探索を行っていたのだが、その海洋調査中に思わぬ出来事が起きたのだ。
この時、海洋調査を行っていたのは「にちなん型海洋観測艦にちなん」と、その護衛に付いていた「はつゆき型護衛艦はるゆき」と「同型艦あさゆき」だ。
「はるゆき」は随時、艦載ヘリであるSHー60Jが飛び立ち、周囲の状況を観測、監視していた。
そのような状況の中、はるゆき艦長である内海 春樹中佐の下に報告があったのは昼食も終わり、さて午後の仕事を、という時だった。
「艦長、レーダーに感、方位2-1-2、距離80(km)の海上」
即座に艦内電話をとりCICと繋ぐ。
「何か?」
CICの船務長からの報告に内海は問い質す。
「・・・船、だと思われますが、速度6ノット、進路北北西に向かっています」
内海の問いに船務長は躊躇いがちな報告をする。
この辺りで操業している漁船は無い上に、その他民間船舶は存在しない。
また、いまだ海上封鎖の艦隊派遣も行われていないので、当海域に艦艇があるはずもない。
ましてや、艦艇であるならばIFF(敵味方識別装置)に反応があるはずだ。
「6ノット?随分遅いな・・・」
内海は速力の遅さが気になった。
今時の船で6ノットの速力では非効率的だ。
最大、とは言わなくとも巡航で10以上は容易に出る。
「通信はは通じないのか?」
次に所属を確認するために通信の有無を聞く。
「さまざまな周波体を試しましたが・・・応答なし」
ここまで来ると正直困った話になる。
この世界の海は今までの世界と違う。
どんな生き物が生息するのかも分からない上、それが脅威になるかどうかも分からない。
当然、「にちなん」の護衛に付いている今、万難を排して望まねばならない。
内海は少し考えると上空にいるUH-60Jを確認に向かわせることにした。
「ツバメに連絡、本艦より2-1-2、距離80の海上に船舶らしきものを発見、至急確認に向かえ」
内海の指示は復唱の下、通信科要員よりUH-60Jに伝えられる。
その指示を聞いたUH-60J、ツバメは安田 敦機長により一路、不審船舶に向かう。
「機長、なんですかね?これ?」
隣に居る飛騨 友二は眼下の海上に浮かぶ物体を見て安田に尋ねる。
「どう見ても帆船だろ」
見たままの様子に安田は冷静に答えるものの、その状態を見て帆船と言って良いのかハッキリ言って自身がもてないのも事実だ。
彼らの下の海上にはぜんちょう30m程度の帆船だと思われるものが浮いている。
しかし、その船はメインマストが船尾付近にあるのだ。
そして補助用のマストが船の横に出ているのだ。
従来の帆船とは似ても似つかない、そんな風体だ。
ちょうどメインマストを中心に左右に帆がある姿から、船に大きな扇子をくっつけた感じがある。
しかも、その船は嵐にでもあったのかいたるところが損傷しており、見た目の状態から幽霊船に見えなくも無い。
「機長、甲板に人影あり!」
飛騨の指差す方向には船員だろうか?
人らしきものがうつぶせに倒れこんでいる。
「はるゆき、こちらツバメ、対象は帆船と思われるが損傷激しく漂流中と思われる。至急救助の必要ありと思われます」
倒れた人らしきものに安田は即座に反応し、はるゆきに一方を入れる。
遠目から見てもかなり危険な状態に置かれているのが見て取れたのだ。
しかし、普段と違い、要救助な状態にもかかわらず「はるゆき」から意外な指示が来る。
『はるゆき了解、本艦到着まで現状で待機せよ』
安田と飛田は互いに顔を見合わせた。
後ろのキャビンには2人の隊員がいる。
それを降下、救助活動を行わずに待機と返ってきたからだ。
「こちらツバメ、もう一度確認する。待機と言ったか?」
聞き間違いであって欲しい、そんな一年を打ち砕いたのは艦長の内海だった。
『こちら「はるゆき」艦長の内海だ。申し訳ないが待機である。現状を維持せよ』
再度の通告に安田は怒り心頭だった。
まだ救えるかもしれない命が目の前にあるのに待機とは!
何を考えての指示か全く理解できなかったのだ。
「再考を願います!」
必死に感情を押さえ込むが、やはりどうしても抑えきれない。
だが、必死の要請にもかかわらず内海は頑なに許可を与えなかった。
『現状待機だ。申し訳ないが以前の世界ではない。何があるかも分からない状況で危険を犯させるわけにはいかん』
以前の世界ならば常識的な行動でも、この世界では違う、そう言っていた。
その言葉を耳にしながらも、安田は納得が行かず歯噛みしている。
だが、命令は命令だ。
ここで命令を無視するわけにもいかない。
それが組織だ。
一人の勝手な行動が、全体への危機に発展することは防がねばならない。
「・・・了解、現状のまま待機します」
安田は無念をこらえ切れない表情で船をみる。
人影は幾つも見えたが、みな甲板に倒れこんでいる。
僅かながらに動いている者もいるが、現状では手を出せない。
「くそ・・・何のために俺たちは居るんだ・・・!」
悔しさを隠そうともせずに安田は血も流れんばかりに唇を噛んだ。
そんな安田にどう声をかけていいか分からないひだは、ただ沈黙するしかなかった。