第47話「鈴木の戦い」
ーー日本国 東京
北野が水面下で南部貴族連合の切り崩しを画策し、自衛隊の南部侵攻準備が進む中、日本では鈴木が国会で野党の突き上げを受けていた。
と、言うのも、確かに日本が生き延びるためにアルトリアを領土に組み込むのには野党も受け入れていた。
また、ホードラーとの戦争、併合は向こうから仕掛けてきた話だ。
だから野党としては結果的に併合となったが、それはそれで認めざる得ない状況だった。
しかし、ここに来てベサリウス国を国と承認し、軍事同盟と取れる約束を交わし、尚且つ侵略を受けたベサリウス国に援軍を出したことが受け入れられなかったのだ。
彼らの目には戦前の旧大日本帝国のように見えていると言って過言はない。
更に、ベサリウス国の北に位置するバジル王国に米軍を投入し、これを滅亡させた。
ここに来て野党は鈴木を完全に軍事主義者と断定し、その座から引き摺り下ろそうとしていた。
彼らに幸運だったのは、その機会と言うべきものが直ぐ後に南部に対する自衛隊の派遣だった。
今回ばかりは完全な侵略政策と言ってもいいだろう。
なにより安定した資源確保を目指しているのだ。
否定すべき言葉がない。
それ故に野党は主だった党と大連立を組み、更に鈴木の所属する与党内部の反鈴木派を糾合し鈴木に退陣を要求するに至っていた。
「これは明らかな侵略行為です!資源が無くとも買い付ければいい!今まではそうしてきたのに何故ここに来てそれをしないのか!資源を安定確保とお題目を挙げながら悪しき軍国主義を今の世によみがえらせる気ですか!?」
国会では質疑が進められ、若い議員が鈴木を糾弾している。
そこらでは鈴木や閣僚に対する野次が叫ばれる中、鈴木は静かに若い議員の言葉を聴いていた。
「この様な暴挙を国民が許すとお思いか!?即刻首相は退陣し自衛隊を引き上げて話し合いの場を持つべきです!それをしなければ日本は過ちを再び犯すことになります!」
熱の込められた主張と周りの圧倒的支持を受けて若い議員は首相の様子を余裕を持って見る。
しかし、鈴木は全く動じた様子が無い。
それもそのはずだ。
鈴木からすればどんなにきれいなお題目を掲げられようと、それが現実的ではないとわかっていたからだ。
以前の世界であれば国交が無かろうとも話し合いの場は作れる。
しかし、この世界では日本は完全に異分子なのだ。
そして異分子は排除の対象になる。
つまり、日本と率先して国交を持とうとする国や、交渉を持とうという国はほとんど無い。
あっても切羽詰った故の選択肢にすぎない。
ならばどうするか?
日本が日干しになる事はアルトリアやホードラーの獲得で無くなったと言えるが、だが今の文明レベルを維持することは出来ない。
必要な資源がまだまだあるのだ。
確保されてる、将来的に確保さてるものを含めた今の資源では各産業やそこから生み出される製品は昭和以前にまで後退せざる得なくなるだろう。
足りないものは代用できるものなので補うしかない。
しかしすべてを補えるものでもない。
そして一般家庭においては日常的に存在した、身近なものが姿を消していくことになる。
そうなれば自分たちの文明が中世とまでは行かないにしても大きく後退することは明白だ。
現代の便利な生活の中で生きてきた一般市民がそれに耐えられるだろうか?
答えは否だろう。
それが長く続けば耐えられる、我慢せざる得なくなるだろうが、それまでに日本では混乱など生易しい状況になるだろう。
最近の若い世代は知らないだろうが、日本は元の世界でも石油ショックと言われる混乱を経験している。
石油ショックは湾岸戦争などで石油が日本に入ってこなくなるのでは?と言うデマから始まったものだが、今回の場合はそれとは違う。
現実に物が作れなくなり、身の回りからなくなるのだ。
全くの無資源国では無かったにしろ、採算が取れないことから国内の資源開発はほとんど進められてはいない。
そのため国内の資源開発を進めることで一時的には流通させて沈静化も可能だろう。
しかし、絶対量が少ない上に何時まで資源を算出できるか?と言う限りがある。
つまり、以前の世界の常識で物を考え、動いては亡国へとまっしぐらなのだ。
日本はこの世界に転移してからずっと常に綱渡り、薄氷を踏むが如く状況が続いていたのだ。
「鈴木総理」
議長から名前を呼ばれた鈴木は若い議員からの質疑に答えるために答弁をはじめた。
「先に申し上げて起きますが、貴方は今この国を取り巻く状況が分かっておいでですかな?」
鈴木からの反撃にも若い議員は余裕の表情だ。
周りには自分に賛同する者がほとんどだ。
臆する理由は無かった。
「わが国日本はこの世界に転移しました。それはわが国が転移する以前の世界とは常識も、価値観も何もかもが全く異質なこの世界へです」
鈴木は静かに日本の状況を告げる。
そして鈴木の反撃が始まった。
「ホードラー王国と戦争をする時の事をお忘れか?以前の転移する前の世界で通用した全てが通用しなくなったのです。我々はここにきて、全てを一から学びなおさねばならなくなったのです。この世界にあらゆる国際法は存在しません。あるとすればファマティー教に従うこと、そして弱きものは淘汰されるというものだけです」
鈴木の言葉に周囲からは詭弁だ!自己正当化だ!言い訳だ!と野次が飛ぶ。
その野次が余りに酷く、聞くに堪えないものまである。
国会は野次のために怒号が響き渡る会場となっていた。
しかし、鈴木はかまわず続ける。
「その新しき世界で我々は生き残る道を模索しなければなりません。しかし、その道は皆さんが考えている以上に険しいのです。確かに石油を含めたエネルギー資源、生産業には欠かせない各種金属などの鉱物資源、そして食料資源と確保は出来ました。これも国民の皆様の協力とご理解あってのものです。しかし・・・」
最早、鈴木の言葉はマイクで拡張しても聞き取るのは難しい。
各報道機関はそれでも鈴木の言葉を拾おうと必死な状態だ。
それでも鈴木はそのまま続ける。
「それだけで私たちが慣れ親しんだ便利な生活を維持できるものではありません。転移直後と違い大分改善された様に見えても、そう見えるだけで現実は未だに厳しいままなのです。この状況で悠長に交渉は明らかに日本の今後に影響を与えます」
この時になって報道機関はようやく鈴木の音声を確保でき始めており、テレビやラジオでは鈴木の話がまともに聞ける様になっていた。
「にもかかわらず、話し合い、交渉と仰いますが、全くの未知の世界で何処を窓口に交渉するのでしょうか?しかも力で持って事の解決が常識であり交渉でもあるこの世界で、わが国と交渉を受けてくれる国がありましょうか?答えは否です。既に我が国は何度も南部貴族連合と名乗る武装勢力と言うべきところと交渉をすべく持ちかけています。しかし、その全ては拒否です。ファマティー教徒ではない、それだけが理由でです。」
鈴木が答弁をしていても、この場に聞く耳を持つものは殆ど居ないのであろう。
そう思わざる得ない状況で、鈴木派最後の言葉を放つ。
「私とて武力の解決は望まない、が、だからと言って日本を飢えさせる訳にはいきません」
そして、遂に温厚で知られた鈴木が吼えた。
「如何なる話し合いも拒否する相手に遠慮して、我が国、日本に滅びろという気か!そして国民に諦めろとでも言うのか!」
鈴木の咆哮に野次が一瞬にして収まった。
それだけ珍しいものだったのだ。
静かになった国会で鈴木は言葉を締めた。
「野党の皆さんには現実的な意見をだしてもらいたい。単に私を非難するのではなく現状の日本を救う為の現実的で尚且つ具体的な案を提出していただきたい。はっきり言えばそれが無い内には話しが出来ないと申し上げておきます」
そういうと鈴木は自分の席へと戻っていった。