第44話「配備」
北野相手に一歩も譲らずに戦い抜いたフェイは今度こそ退室させられていく。
とは言え有益な情報と共に北野が取るべき道は見えている。
それもフェイとの交渉で得られた事だ。
フェイからすれば自分が取るべき最大限の事をしたに過ぎないが、北野はそれでも評価に値すると考えていた。
「正直、肝が冷えました・・・」
今度こそ二人だけの室内で高橋は北野に言う。
それを聞いた北野は何故?と言う表情をした。
「本当に処分するかもしれないと?」
その言葉に高橋は頷く。
北野ならやりかねない、そう言うイメージが着いているのだ。
「いや、あの後に事が済むまで軟禁しようとは考えましたが・・・流石に殺すのは・・・」
高橋の想像がどんなものであったか分かった北野は意外そうに答えた。
北野は目的の為に非情になれるが、常に非情な手段を用いるわけではない。
今回の自分のミスをフェイに被せるのは些か勝手が過ぎるだろう。
しかし、たしかにそう見られてもおかしくない言動、行動があるので北野自身、反省せねばならない。
「ですが、おかげで有益な話が出来ました」
北野の意図とは違う形で起きたものではあるが、有益であるならば何の問題も無い。
むしろ、今後の南部攻略に向けて展望が少しでも明るくなったのは僥倖だ。
「取り合えず、彼女の養父と連絡を取り合う必要がありますが・・・直ぐには無理ですね」
元バジル王国の領域をどうするか?が決まっていない以上は勝手に人をどうこうはできない。
そのため、どうしても時間が空く高橋たちに北野は、以前日本に申請した機材を引き渡す事にした。
そし上であいた時間を休息と訓練に注ぎ込んでもらい、新機材に慣れてもらおうと言うのだ。
「取り合えず、今までの働きにこちらから贈り物がありますので、受け取って帰ってください」
北野は今まで多くの功績を挙げてきた特殊任務部隊の労をねぎらうと共に新機材引渡しを高橋に告げた。
高橋はその目録を受け取ると素直に感謝の敬礼をする。
「大切に使わせてもらいます」
中身は確認してないが、きっと隊員が喜ぶものだろう。
そう考えていた。
高橋を南部攻略部隊の駐屯地に置いて、自らの特殊任務部隊駐屯地に帰ってきてから井上たちは忙しく動き回っていた。
使った装備の整備、点検、補給と言った、地味でも重要な作業が待っていたからだ。
高橋が何時帰ってくるか分からないが、ミューリの為にも高橋の負担を減らす必要があった。
もっとも、任務終了後の通常業務にすぎないのだが、だからこそ少しでも早く終わらせる必要がある。
そんな井上たちの耳に聞きなれた音が聞こえてくる。
機種は不明なれどヘリコプターの音だ。
その音の方向にはUH-60JA、ブラックホークが2機飛行していた。
「おい、ブラックホークだ。こっちに配備されたのか・・・」
井上が近くに居た佐藤に声をかける。
砂糖も同じ方向を見て驚いた。
「たしか、此方に配備されてるのはヒューイだけのはずですけど・・・」
佐藤の言うヒューイとはUH-1Jイロコイのことで、自衛隊ではヒューイと呼ばれていた。
そして、大陸に派遣されているヘリコプターはこのイロコイを中心に配備されている。
あとはAH-1SコブラとCH-47JAチヌークだけだ。
そのはずなのだが、今二人の目には2機のブラックホークが旋回しながら此方の上空を掠める様に飛んでいた。
「南方用ですかね?」
自衛隊では新型の分類に入るブラックホークに佐藤が羨望のまなざしを向ける。
ブラックホークは退役が進むイロコイの代替機としてアメリカよりライセンス生産で導入が進んでいたが、転移により導入はストップしていた。
その新型が目の前にいるのだ。
転移前でも自分達は使えなかった機体が近くにあるのだ。
少しぐらいあこがれても罰は当たらないだろう。
「いいねぇ、新しいものを優先的に回してもらえるのは・・・。ウチは未だに中トラ(73式中型トラック)とLAV(ラブと読み軽装甲機動車のこと)だけだぜ」
軽装甲機動車は文句なしの新型なのだが、それも自分達で自由に使えるのは2台のみ、と言う状況から井上も溜息混じりでブラックホークを見ていた。
実際、必要とされれば手隙の部隊から一時的に借りて使う事は出来る。
しかし、普段から使えるのは軽装甲機動車2台と73式中型トラック4台のみなのだ。
作戦行動可能な人員が60人にまでなっているが、車両を含めた装備が不足しているのが現状だ。
これも、燃料の節約を考えてのことなのだが、任務の性質上、高橋たち特殊任務部隊にとっては切実な要望と言えた。
何度も高橋は北野に要望は出していたはずだったが、シバリア市周辺を管轄にする陸上自衛隊司令部との協議で却下されていたらしい。
お陰で活動時の人員も最小限にせざるを得なく、必然的に危険度は増す状態が続いていた。
「ま、俺達には関係ない。取り合えず仕事の続きをするぞ」
井上はこれ以上見てたら上の連中を呪いたくなると思い、作業に戻る事にした。
そんな井上に続くように佐藤が後ろ髪惹かれる思いで後に続いてくる。
「あれ?」
その砂糖はブラックホークを見ながら突然変な声をあげた。
「なんだー?落ちたかー?」
不謹慎と言うか不吉な事を口走る井上に佐藤は答えない。
いや、この場合ヘリの音が煩くて聞こえないのだ。
何かと思い井上が後ろを見ると、そこには着陸しようとするブラックホーク2機の姿があった。
無線で場所を空ける様に指示を出し、開いた場所に寸分のずれも無く着陸するブラックホークの2機から高橋が降りてくる。
呆然と見ている隊員たちの前に高橋がやって来たとき、井上がなんで?という表情をしていた。
高橋の背後では2機のブラックホークはエンジンの停止をしているところだ。
「どうした?」
呆然とする仲間の様子に高橋は何かあるのか?と思って聞いてみる。
「た、隊長・・・この2機は?」
佐藤が夢じゃないよね、と思いながらブラックホークを指差してたずねた。
「ああ、今度からウチに配備された機体だ。まだコールサインも決めてないけど、まあ新しい仲間だな」
そう言って振り向くとブラックホークの姿が目に入る。
これで少しは戦力的に余裕が出来る。
と思った瞬間、部隊全員が歓声をあげた。
今までは他所様から借りて使わせてもらう程、肩身の狭い思いをしていたのだ。
それだけに喜びも大きいと言える。
高橋もうれしいのか、歓声を上げるまでには至らないものの口元は笑っていた。
その、隊員たちの前にブラックホークからパイロットが降りてくる。
「このたび特殊任務部隊に配置されました宮崎正平曹長です」
パイロットの一人がそう言って敬礼する。
宮崎は新設された特殊任務部隊飛行隊の栄えある初代として配置された。
彼は本来なら中央即応団と呼ばれる緊急展開部隊に入る予定だったが、今回の転移以降にアルトリア行きに変更されたのだ。
しかも行き先が雑用部隊と呼ばれている特殊任務部隊だ。
雑用と言われても自衛隊最初の交戦部隊で、その後も数々の実戦を潜り抜けて来た精鋭中の精鋭となっている部隊でもある。
ある意味、中即(中央即応団)よりやりがいがあると言えた。
「改めて特殊任務部隊隊長を務める高橋政信少尉だ。着任を歓迎する」
高橋は宮崎に答礼すると握手する。
その瞬間、再び歓声が上がった。