第41話「町並みの変化」
ーホードラー地区シバリア市
シバリア市内は活気に満ちていた。
終わったとは言えバジル王国と戦争が起き、南部もこれから戦争になると知られているのにである。
それは、本来なら市民に皺寄せが来るものだが、日本は市民に戦費を要求しなかった事が理由かもしれない。
従来であれば戦費の徴収と称して増税されたり、働き手たる男性が徴兵されたり、物資の徴発などが起こるのだ。
しかし、日本の場合、それらをしなくて済む様な態勢作りが出来ているからだ。
つまり、一種の自己完結型の軍(自衛隊は軍隊ではないが)なのだ。
しかも自衛隊のみに留まらず、全ての行政、公的機関、組織がそう作られている。
そうする事で余計な負担が国民に行かないようになっている。
最も、本当の意味での国難になれば、それも形だけで終わりかねないのだが・・・。
しかし、現状の日本は国難の中にあっても最低限の市民生活を維持できるように粉骨砕身していた。
そのお陰もあり、日本本土以外の地域では普段と変わりない市民生活が送られていたのだ。
だが、日本がホードラーを領土に編入したことにより、交易量が随分と減ったのも事実だった。
その為に西方からの嗜好品を含めた品物が不足し高騰していた。
こればかりは日本もどうしようもないのだが、遠方まで出向いての貿易は今なお出来ない。
それは貿易するのにも相手国の承認が必要なのがあったが、何よりもこの世界の地図、海路図がないため迂闊に動けないのだ。
周辺から少しづつ踏み固めていき、日本にある程度の余力が出来るまではこの体制で行くしかなかった。
態勢が整い、状況が好転さえすれば高品質の品物を大量に送り込み、相手の経済を牛耳る事も出来る。
何時か立ち上がるその時までの雌伏の時が今ならば我慢するより他はない。
それが市民の中で風聞として広まっていた。
最も、当の日本としては確かに技術、貿易立国なのでそうしたいのは山々だが、流石にそこまでやる気はない。
下手をすればまた、戦争の種を撒くことになるからだ。
正直言って、ベサリウス国が防波堤の役目を果たせるようになってくれれば、それ以上の拡大をする必要が無くなる。
ただでさえ元の世界の過去にあった満州国並みの広大な領域のアルトリア、そして日本の3倍から4倍に匹敵するホードラー地区や自治区、そしてこれから攻略に動く南部に至っては東南アジア(大陸側のみ)並みの広さがある。
とてもではないが管理しきれないのが実情なのだ。
今後の管理を考えるならば、幾つかの小国として独立してもらってもいいくらいだ。
それが無理でも、日本と大陸の人的交流や教育などを行い、現地の人々を日本人並みの教養と知識をつければ負担も減る。
とにかく何が何でも日本人がやらねばならない状況の拡大は阻止せねば、日本そのものが立ち行かなくなるのだ。
だが、一般市民の多くはそんな日本の気苦労と頭を抱える悩みなど知ったことではないだろう。
今は以前の王国より民衆の生活に大きく変化をきたさずに、戦時下でも負担をかけない。
それだけで活気が溢れてくるのだろう。
最近では日本から入ってきた文化の習得が市民の一番の関心ごとになっている。
特に定食屋と呼ばれるものの知識を得た目敏い一部商人は、ただ品物を売り出す商店ではなく食事を提供する店舗経営に乗り出している。
その為に一時的処置のはずの日本の法制度を真剣に学ぶものも多く、また、そう言った人々を受け入れる為の教育施設の導入などで行政区は大忙しであった。
そんな以前とは何かが違うシバリアを訪れる事になったフェイは、73式中型トラックの荷台より眺めていた。
元は中心であった王城は残っていたが、政治の中心ではなく街の象徴となり、その姿は変わらずとも雰囲気は大きく変わっている。
また、未整備だった上下水道の本格的整備がはじまり、各地で日本の建築会社から派遣された人々が汗を流す。
そして、そんな人をターゲットにした新しい商店が立ち並ぶ・・・。
とても交易が滞った都市の光景ではない。
一度訪れた事のある記憶の中のシバリアと、現在のシバリアは生まれ変わったように変化していた。
「・・・凄いものだな」
思わず独り言が口を吐いて出る。
正直言って、ここまでこの地を統治しきっていることには感嘆以外の何物もない。
活気に溢れたシバリアの様子にフェイはただ感心するばかりだ。
とは言ったものの、捕虜の身であるフェイはこの活気の中に出る資格はない。
見て歩きたくとも無理なのだ。
レノン方面隊基地に残されたのはPTSDに陥っていた捕虜だけだ。
シバリアには未だ目覚めぬテレサとフェイだけである。
その理由は単純で、南部攻略を前に南部の情報を少しでも欲した北野がシバリアに居るからだ。
また、南部攻略する全部隊を指揮する人物も、フェイやテレサの情報を欲していた。
一応、フェイとテレサはベサリウスを侵攻した軍の中心にいたのだ。
それなりの情報を持っている、と期待されていた。
勿論、シバリアに来たのはフェイたちだけではない。
元々任務完了と同時に帰還予定だった高橋たち特殊任務部隊も、その道中は一緒であった。
もっとも、帰還に併せて二人の護送を命じられただけの話ではあるが・・・。
「なんか、漸く帰ってきたという感じですね」
同じ73式中型トラックに同乗するミューリもフェイに釣られてるように呟く。
高橋はそんな二人を眺めながら、次の作戦までの予定を考えていた。
田辺の護衛任務の時に発覚した問題などを洗い出し、それを克服する意味で訓練せねばならない。
任務を果たしたからお休み、と言うわけにはいかないのだ。
「あー、早く休みたいなぁ」
暢気な井上が外を見ながら呟いた。
「休みな訳ないだろう。帰ったら各分隊長は装備の確認、使用した弾薬と残りのチェック、それを済ましたら俺に報告書を出してもらうんだから」
高橋の容赦ない一言は井上に黄昏をもたらした。
「なんだか帰りたくなくなったよ・・・」
項垂れる井上に隊員たちも苦笑いだ。
「お前らも笑ってられないそ」
そんな隊員たちに冷や水を浴びせるのは忘れない。
「帰ったら先程の確認、報告を各分隊長に行い、その後は各種訓練だ」
折角任務が終わったのだから休みたいのはわかるが、だからと言って休ませるわけにもいかない。
高橋の言葉に周囲からブーイングが起きるが高橋は目だけでそれを封じた。
「あのなぁ、お前らと違って俺はほとんど休みなんかないぞ?それと比べたら楽なもんだろう」
確かに高橋は休みらしい休みを取らない、というか取れないでいた。
一部隊の隊長にしてはやる事が多すぎるのだ。
キチンとした後方支援を行える人員の配置がなされるまで殆ど一人でやる事になっている。
要請していたその人員も今回の南部攻略で見送られるか大きく遅れるのは明白だ。
その意味では高橋が一番大変なのだ。
如何に隊長でもあんまりと言えばあんまりな状態にある。
「そうですねぇ、お買い物にもいけませんよね」
ミューリが残念そうな不満そうな声をあげる。
高橋はそれが仕事だから、と言うが、流石にミューリもこれはないと思ったのだろう。
1日ぐらいはどうですか?と提案してきた。
が、高橋は即答してしまう。
「無理。今回も戦闘があったせいで提出書類が増えてる」
流石に空気が読めてないと言うか鈍いというか、哀れみの込められた視線がミューリへ、非難の目線が高橋に注がれた。
居心地悪い視線に晒された高橋は、退路とフォローのつもりで言う。
「ま、まあ、各分隊長が早めに報告書を出してくれたら、1日くらいは・・・とれるかなぁ・・・?」
最後は疑問系になってたが、高橋にはそれが精一杯だった。
だが、高橋はその一言が自らの退路を自ら封じる事になろうとは思いもしなかった。
そんな高橋たちを乗せたトラックは、日本国陸上自衛隊シバリア市駐屯地に入っていく。
通常のシバリア駐屯地は、シバリア各地にあった錬兵場や、広大な貴族の屋敷を使っている。
ただし、今しがた到着した駐屯地は、元々は外人部隊が使っていた市内最大の駐屯地だ。
今は南部攻略の司令部が設置されており、今はまだ揃っていないが2個師団3個旅団がここに来る事になっていた。
とは言え、流石にそれだけの人員を収容する事は難しいので、司令部や司令部要員、そしてその警護部隊がはいるだけだろう。
また、補給物資もここに集積されるので、最も警備が厳しい場所になっていた。
「確認しました。ここを真直ぐ行った建物の前でお待ち下さい」
営門で書類などの確認が済み、駐屯地内へと入っていく高橋たち。
そこには日本にあった駐屯地をそのまま持ってきたような感じがある。
建物も何時建てたのか、真新しく、なじみあるコンクリート製のものが幾つも立ち並び、また、地面も舗装されていた。
流石は自衛隊の施設科と言ったところだ。
実際、高橋たちはここに訪れたのは初めてだったが、ここまで整備されていたとは思っても見なかったのだろう。
隊員たちも口々に声をあげていた。