第39話「レノン方面隊基地」
襲撃があった夜も明け、再びレノンへの移動が再開された。
ただし、野盗と化していたバジル軍の脱走兵31名を捕虜に加えての移動であるため、当初と異なりやや緊張した雰囲気での移動だった。
今回は井上はフェイとの喧嘩に懲りた高橋が、昨夜の襲撃者の監視に回されており、フェイの元には見知らぬ顔が配置されていた。
昨夜のこともあり、自分の認識の甘さと非礼を井上にわびようと思っていたフェイはその機会を逸してしまった事になる。
そんなフェイの心境を他所に佐藤は捕虜に目を光らせていた。
生真面目な性格なので、与えられた仕事に真剣に取り組むのだが、逆に今回は捕虜達に要らぬ緊張を強いる事になっていた。
実はこの捕虜達は、フェイと違いPTSD気味なのだ。
お陰で昨夜はちょっとした騒ぎになったほどだ。
そのぶり返しはないだろうが、佐藤の態度はあまり好ましいものではないといえる。
とは言え、このまま昼過ぎにはレノン入りが予定されている事から、途中休憩もないので交代もできない。
息が詰まる思いをしながらフェイはこの空気に耐えねばならなかった。
ーレノン大河
国境が制定された事もあり、レノン大河のベサリウス側に部隊を置けなくなった自衛隊はレノン市側に検問所を作っていた。
また、橋を何時でも撤去出来るように仕掛けられた爆薬も回収され、一応は平静を保っているといえる。
だが、細々と行われている交易商人の通行にはかなり注意している様で、厳重な警戒態勢がしかれている。
それもそのはず、ファマティー教のテロリスト、もしくは他国の諜報員を警戒する必要があるからだ。
レノン大河は比較的大きな河であるにも関わらず、流れが急な事で有名だったらしい。
そのお陰で泳いで渡って来る心配がないとされてきた。
逆に交易商人は船で渡る事も禁止されていた事からレノンにかけられた橋を通るしかなく、不便極まりなかったようだ。
とは言っても、現状の日本からすればこれは有難い。
限られた人員を広範囲に広げる必要がなく、一極集中で配備すればいいからだ。
また、定期パトロールを組めば無理やり渡ってくる者も牽制できる。
そう言った意味では不便でもしばらくは新たな橋の建造は情勢にもよるが行われない事になっていた。
「ご苦労様です」
高橋が検問所の警備に当たっている自衛官に敬礼する。
すると高橋より階級が下だったためか全員が慌てて答礼しだす。
「通行許可証と通行目的の書類です。確認してください」
高橋は物腰柔らかに告げると、書類を手渡した。
そこからが手間なのだ。
関係各所に連絡して許可、が普通なのだが、予定外の捕虜がいる。
この場合、レノン方面隊基地にしばらく足止めされることになる。
もっとも、捕虜は全員ここで下ろす予定なので、後は事の経緯の報告と使用した弾薬などの補給に時間が掛かる程度だ。
最悪、シバリア市の特殊任務部隊駐屯地に帰るまで補給を後回しにしてもよい。
そして、ここにおいてきた仲間との合流を果たせば任務完了だ。
むしろ報告などは高橋の仕事が増えるだけの話だ。
他の隊員は気楽なものだ。
「許可が出ましたが、レノン方面隊の司令の元へ出頭するようにとの事です」
案の定、呼び出しが掛かった。
面倒だがこれも給料の内と考えてやるしかない。
「了解です。直ちに向かいます」
高橋はそう答えるとまた移動を開始した。
ーホードラー地区レノン方面隊基地
シバリア市北西に位置する城砦都市レノンとレノン大河に掛かる橋の中間に存在するレノン方面隊の基地は約4100人からなる旅団が存在する。
元々は2個旅団が駐屯していたが、1つは現在ベサリウス領に派遣されており、ここには2個のうちの1つ、第5旅団が守っていた。
元々第5旅団は北海道の帯広市に司令部をもつ北部方面隊隷下の旅団だったが、転移によりロシアの脅威がなくなり、その規模を北海道に残す必要性がなくなったためにホードラーへと移動していた。
つまり、レノン方面隊は北海道の第5旅団を中核に、もう一つ、新たに編成された旅団(でっち上げで作られたベサリウスに派遣されている旅団)で構成されているのだ。
因みに、同じく北海道にあり、日本でも最強と言われる第7師団が本当なら配置される予定だったが、保有する90式戦車の輸送の問題から見送られていた。
第7師団は日本で唯一の機甲師団でもあり、その攻撃力は陸上自衛隊でもトップなのだ。
最も活躍が期待できる部隊が輸送困難で活躍の機会を得られないと言うのは皮肉以外の何者でもないだろう。
そんな事もあり、現在この基地にある方面隊司令部へと高橋は出向いていた。
その為、ここで下ろす捕虜と、更に残してきた仲間との合流が果たされていた。
「いやいや、今回もハードだったぜぃ」
井上が疲れた表情でミューリに言った。
今回置いてきぼりを食らったミューリは高橋に文句の一つでも言ってやりたい心境だったが、司令部に出向いているので諦めざる得なかった。
「何を言ってるんですか、一番大変だったのは隊長ですよ?」
佐藤は井上にそう言ったが、高橋は隊全体に責任があるので仕方ない。
「何を言うか、俺は捕虜の面倒をみたんだぞ!?」
井上がさも大変だったふうに言うが、佐藤から喧嘩しただけで面倒は見てないと突っ込まれた。
痛いところを突っ込まれた所為か井上は喧しい、と言ってそっぽを向いてしまう。
丁度その時、井上は喧嘩した相手であるフェイと目が合った。
何か言いたそうな目をしてるフェイに井上は、まだ言い足りないのか?などと思ってしまう。
そう思ったとき、フェイは目をそらしてしまった。
フェイからすれば謝罪したいところだが、やはりそう簡単には行かないといったところだ。
しかし、対する井上からすれば顔も見たくない、と取れる行動だ。
「やろぉ・・・」
フェイは女性なので野郎ではないのだが、ついついそう言ってしまっている。
だが、井上は一応告げたい事があった事を思い出した。
それはバジル王国が降伏し、滅亡した事だった。
これは基地について基地の者がこんな感じだったらしい、と言う程度の話なのだが、やはりバジル王国の騎士である以上は知りたいだろうと思ったのだ。
もしかすれば知りたくないかもしれない。
だが、知らずに道化で居させる事は逆に悪い様に感じていたのだ。
「よう」
井上がフェイに近づきながら声をかける。
フェイは目をそらしたままになっていたが、井上は構わず続けた。
「バジル王国との戦争だがな・・・終わったぞ」
井上から告げられた言葉に思わずフェイは顔を向けていた。
「・・・どう、なったのだ?」
フェイは国に残っているであろう父親同然のレオナルドのことが急に気になった。
国の行く末は見えている。
間違いなく敗北するだろう。
それだけの力量差があるのは分かっている。
だからこそ知りたいのはレオナルドのことだった。
「王様が死んで降伏だってよ・・・今後はどうなるか分からないが、日本かベサリウスのどっちかが納める事になるってよ」
詳しい話を聞いたわけではないが、それぐらいは聞かされ知っていた。
だが、フェイからすれば王の死は衝撃だった。
最も死を恐れ、死から逃げるはずの王が死んだのだ。
当然、側近のレオナルドが無事であるはずが無かった。
「そ、そうか・・・滅びたか・・・」
体中の血の気が失せるような感覚に力が抜ける。
しかし、フェイは何とか踏みとどまってへたり込むのだけは防いだ。
「あの王が死んだのだ・・・さぞ多くの犠牲がでたのであろうな・・・」
力なく言うフェイを気の毒に思うが、井上にはどうする事も出来ない。
ただ力なく項垂れる姿を見守るしかない。
「まあ、犠牲といっても守備隊だけらしいし・・・気を落とすなよ」
気遣いからそう言ったが、その言葉を聞いたフェイはいきなり井上につかみかかった。
「守備隊だけ?どういうことだ!?」
周りに居た警務官が慌ててフェイの制止に動くが、井上は手でそれを制した。
気遣いで言った事だったが、自分の言葉に配慮が足りてなかったと思ったからだ。
守備隊だけ、と言っても確かに犠牲は犠牲だ。
それを守備隊だけ、等と言ったら怒りたくもなるだろう。
そう考えたのだ。
だが、それは間違いだった。
フェイは怒ってなど居ないのだ。
守備隊だけならレオナルドの生存に見込みがあるからだ。
レオナルドは内務卿であって文官だ。
間違っても守備隊でもなければ指揮もしない。
それならば、もしかすれば無事かもしれないからだ。
「それならば、守備隊以外の・・・守備隊以外の犠牲は!?」
フェイの言葉に井上も首を傾げる。
(あれ?なんだこの反応?)
予想と違う反応が返ってきている事に気付いた井上は訳が分からなかった。
ではさっきのは犠牲が出た事に対してではないということか?と一生懸命考えた。
井上は決して人生経験が豊かな方ではないが、それと同じく浅くも無い。
そのため、井上は何とか自分が勘違いしている事に気付いた。
だが、その前にフェイを落ち着かさねばならない。
でなければ話も出来ない。
「まあ待て、落ち着け、取り合えず落ち着け、とにかく落ち着け」
落ち着けとしか言ってない井上は明らかにうろたえていた。
こんなふうに詰め寄られる事などなかったからかも知れない。
「詳しい話は俺じゃ分からん!分かるやつに聞いてやるから一端離せ!」
井上の言葉にようやく落ち着いたのか、捕虜である自分の行動に気付いたのか、取り合えずフェイはつかみかかっていた手を離した。
「す、すまぬ・・・取り乱した・・・」
反省する様子のフェイは小さくなっていた。
だが、それも無理らしからぬと言える。
幼き頃に両親を失ってからフェイの後見人として、父と呼んでも良いほどのレオナルドの事が絡むのだ。
多少取り乱すのも仕方ないだろう。
「と、取り合えず、ウチの隊長だったら詳しい話を聞いているかも知れん」
そういって井上はあたりを見渡すが、そう簡単に報告に行った高橋が帰ってくるわけでもなく、そのうちに捕虜を収容所代わりの宿舎へ連れて行く時間となってしまう。
フェイは詳しい話を聞きたいが、これ以上待てない事に残念な気持ちで一杯だった。
それと同じく井上も早く戻ってきて話を聞かせてやってくれ!と焦っていた。
そして、そんな状態の二人の前に警務官がやってくる。
もう、限界なのだ。
これ以上は待てないのだろう。
井上は思わず心の中で高橋の遅さに苛立った。
丁度その時だった。
「なにやってんだお前?」
そんな二人の前に高橋が姿を現したのは・・・。