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第38話「撃退」

「目標距離100」

井上は目標の動きを観測したまま、接近してくる集団の動向を無線で高橋に伝える。

高橋はそれを聞き、即座に3名の隊員にカールグスタフを構えさせた。

カールグスタフM2は自衛隊で84mm無反動砲と呼んでおり、今では旧式化していたものの、カール君と言う愛称で長い間親しまれてきた武器だ。

無反動砲と聞けばバズーカの様なものを考えるが、それ自体は間違っていない。

ただし、用法は何も攻撃だけではないのだ。

「弾種、照明・・・かかれ」

高橋が選出した3名に照明弾の準備をさせる。

夜間戦闘用装備(暗視装置)で仕掛けても良かったのだが、相手の戦意を奪う必要からも照明弾を上げる事にしたのだ。

照明弾はILLUM 545 照明弾と呼ばれており、約30秒間燃焼する。

その際、約500mの範囲を65万カンデラもの光で辺りを照らし出す。

車のヘッドライトが低いものでも20,000、最高でも約120,000カンデラと言う事からもその明るさが想像できるだろう。


その照明弾の準備が出来たころ、井上より距離60と連絡が来る。

「距離50で照明落とせ。総員、照明弾に備えよ。井上、照明が消えたのを合図に発砲。更にそれを合図に総員攻撃を開始せよ」

矢継ぎ早に指示を飛ばすと、井上から距離50と連絡が来た。

途端に照らされていた照明が一斉に落とされる。

集団の誰かが叫んだのが聞こえると同時に井上が照準を付けていた一人に向けてM24の引き金を引いた。

即座に射撃態勢に入っていた隊員が井上の発砲を合図に照明弾を打ち上げる。

照明弾はやや飛翔した後、空中で炸裂、辺りを照らす小型の太陽の様に眩いばかりの明かりを放ち、接近してくる集団の姿を浮き彫りにした。

途端に攻撃態勢にあった隊員がそれぞれに割り当てられた目標に向かって射撃を開始する。

軽い炸裂音が周囲に響きだし、その音が響くたびに接近してきた集団は一人また一人と倒れていく。

奇襲をするはずが奇襲された形となった戦いは長くは続かなかった。

ほんの数分で接近してきた集団は蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出したからだ。

しかし、高橋は逃がすつもりなど無かった。

ここで逃がせば、また再度徒党を組み、今度は普通の旅人などを襲うと考えたからだ。

そしてその判断は間違っていない。

いくら軍に居たとは言え、脱走兵である彼らを庇護するものは何処にもいない。

自身の生活の糧は自身でどうにかするしかないのだ。

そして、兵士であった彼らは手に職がない。

結局は盗賊となり無法行為で糧を得るしかないのだ。

だからこそ、殲滅しないにしても拘束する必要がある。

だからこそ逃げ出す彼等を追い詰めるために、数台の軽装甲機動車が唸りを上げて逃げ道を塞ぎに掛かる。

「無駄な抵抗はやめ、武器を捨てて投降しなさい」

車両上部ハッチから身を乗り出し、MINIMIを構える佐藤が彼らに警告する。

警告だけで言う事を聞かぬなら当たらない様に地面に向けて発砲、威嚇し、なお投降せず逃亡を図るなら射殺する。

生かして置いても後々災いにしかならないからだ。

投降せず災いになるくらいならここで潰しておいた方がいい。

そうやってしばらく当たりは発砲音と怒声入り混じって騒がしくなった

だが、1時間も掛からずにまた静かな静寂が広まっていく。

「ほら!さっさと頭の後ろに手を置いて地面に伏せろ!」

そんな静寂を切り裂くように井上が怒声をあげる。

ちんたらと動く彼等を急かしているのだ。

完全に抵抗不能な状態にせねば拘束するために近づくわけには行かないのだ。

生き残った30名弱が力なく伏せ、次々と拘束されていく。

また、拘束する際に隠し持った武器などがないかチェックも怠らない。

幾つか小型のナイフを持ったものが居たが、それも全て取り上げていく。

かなり手馴れた感じがあるが、これはシバリア動乱時の掃討作戦で培った経験から学んだことだったりする。

瞬く間に無力化された脱走兵の集団は、何故こうもあっさり襲撃がばれたのか未だに分かっていない。

ただ、言えることは彼等の想像以上の実力を日本が持っていた、ただそれだけである。



手際良く襲撃を退け、襲撃してきた者達を拘束していく自衛隊をフェイは天幕の隙間からのぞき見ていた。

その見事なまでの動きは何処の軍でも見なかった高い技術が感じられた。

最初は飛び道具で戦う誇り無き者、程度で見ていたが、下手な騎士も及ばないほど訓練が行き届き、規律正しい兵士など見たことがない。

しかも、彼等の戦う様を目の当たりにしたのはこれが初めてだ。

その圧倒的までの戦闘力は、彼女の想像の範疇を大きく外れていた。

(これが・・・日本の兵士なのか)

明らかに騎士とは違う概念、違う行動規範を持ちながらも騎士以上の働きや規律正しさを見るに、彼女は自分の抱いた彼らに対する認識が間違っていた事に気付かされた。

今なお、飛び道具で戦う彼等を認められないが、それでも実力は認めざる得なかった。

もっとも、彼女はまだ20そこそこである。

一晩で180度方向転換は難しいだろう。

だが、それでも目の前で繰り広げられる光景はフェイに大きな影響を与える事になる。



襲撃者の拘束が終わると同時に簡単な尋問が行われる。

その行動目的を知るためだ。

それで分かったのは元バジル王国の兵で、今は命令を無視して脱走した兵隊崩れであると言うことだった。

高橋は拘束した者達をトラックへと乗せ、監視を付け、今度は捕虜の様子を見に行った。

これを機会と捉え逃亡を企てないとも限らないからだ。

しかし、その懸念は杞憂に終わる。

そもそもそんな気力が彼等に残されていないからだ。

また、フェイは誇りが許さないだろうし、テレサに至っては眠ったままである。

更に言えばこんな事態でも一応監視の目は残してあるので、早々簡単に逃げられるものではない。

「報告します。拘束したもの31名、内負傷者10名、何れも軽傷です」

佐藤が拘束した者達についての報告を行う。

高橋は此方の損害は?と聞くと無しです、と返ってきた。

「ふう、毎度の事ながら神経が磨り減るな」

損害が無かった事に安堵しつつも、高橋は溜息を漏らした。

「損害なし、と聞くまでは安心できませんか?」

佐藤は高橋が気を使いすぎる事が心配だった。

元々、実戦の場で活躍する能力はあれども、その精神までがそうであるとは限らない。

一戦毎に神経を磨り減らしていく高橋の様子に佐藤は正直言って、いつか壊れるのでは?という思いがあった。

だが、気丈な高橋のことだ、

本当に駄目なときが来るまでは表には出そうともしないだろう。

「そうだな、いい加減なれないとな・・・。よし、もう無いとは思うが警戒は怠らないように」

高橋は佐藤にそう言うと自分の寝床である軽装甲機動車へと歩いていった。

高橋の後姿はしっかりとした足取りではあるが、逆に不安を抱かせる、佐藤はそんな気になってた。

「大丈夫だ、その為に俺らが居る」

唐突に背後から井上が声をかけてきた。

いきなり背後から声をかけられたのと、心中を読まれたかのような言葉に思わず心臓が止まるんじゃないかと思うくらい佐藤は驚く。

「び、びっくりしましたよ・・・驚かさんでください」

抗議の声をあげる佐藤に井上は軽い調子で悪い悪い、と言うと真顔になる。

「お前さんの心配は正しいぜ」

井上の口から神妙な言葉が出てくる。

井上からしても長い付き合いだ。

当然、そう言ったところは分かってくるのだ。

「あいつは苦労性で心配性なんだ。そこは昔から変わってない」

珍しくタバコを吹かす井上に佐藤はそうなのですか?と答えた。

井上は普段は吸わないが、こうした荒事の後には必ず一本吸うのだ。

以前何故か聞いたときには「死んだ奴等への線香代わりだ」と言っていた。

こういう時の井上は嘘は吐かないので、真実を語っているのだろう。

「では、やはり・・・」

佐藤は高橋がこの仕事は続けるべきではないのでは?と思う。

しかし、井上は頭を振る。

「あいつには行くとこがないんだ」

その言葉に佐藤も思わず息を呑む。

高校卒業と同時に親への反発から自衛隊に入隊した高橋は、他の生き方を知らない。

勿論まだ若いのだ。

幾らでもこれから知る事はできるだろう。

しかし、今この状況で責任感が強い高橋が簡単に自衛隊を辞められる訳が無い。

なおの事、高橋にはいくべきところはないのだ。

だから言ったろ?その為に俺等が居るんだ。幾らだって支えてやれば簡単には折れたりしないさ」

そう言ってタバコを消す井上に佐藤はただ頷く事しか出来なかった。


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