第37話「脱走兵」
ーコンスタンティ、レノン間街道
ひとまず食事を終え、捕虜たちも所定の位置で眠る準備に入っていたときだった。
フェイは女性と言う事もあり他の捕虜とは別の場所で休むように言われたときは身を強張らせてしまう。
彼女の中では女性の捕虜は勝者に辱められるもの、と相場が決まっていたからだ。
そのため、女性だけ別の場所と聞かされたときは自分もその例に漏れなかったと思っていた。
たしかに、今まではそう言った事は無く丁重に扱われたが、これからも同じと言う保障は何処にも無い。
だが、フェイの思いとは裏腹に自衛隊員の誰もが一切手を出そうとはしなかった。
それもそのはず、自衛隊は事人道的扱いには、かなり気を使っていたのだ。
万が一にもそんな事態が起きたら、もうまともに生きていく事は出来ないだろう。
銃殺は無いにしても、懲戒免職された上に書類送検され、裁判になり、そして塀の中の住人となるのが確定してしまう。
そればかりか、自衛隊、同僚にいらぬ迷惑をかける事になり、社会的にも抹殺されかねない。
最も、気を使わなくても自衛隊の規律の正しさは元の世界でも有名であった。
そう言う意味ではその心配は極めて低いといえる。
その代わり愚にもつかない機密漏洩などが起こってはいたが・・・。
それはさておき、結局フェイの取り越し苦労で事は済んだ。
それはそれで安心できるのだが、同じ天幕内にテレサがいるのには納得できなかった。
「・・・何故コイツがここにいる?」
ここまで監視兼案内で来ていた井上を睨みつけるフェイ。
井上は、恐らくこの女憎まれてんだろうな、と思いながら、同時に俺に言うな、と言う顔をしていた。
「そんなもんは俺らの知ったことじゃない。憎かろうが手を出すなよ」
そんな事はあるまいとは思うが、一応釘を刺す事は忘れない。
テレサの方はまだ一度も意識を戻していないが、中田が念のために鎮静剤を打っているので、少なくとも夜明けまでは目を覚ます事はないだろう。
「憎んでなどいない!気に食わないだけだ!」
フェイは井上にそう返すが、井上はどう違うんだよ、と呟くに留まった。
「とにかく、騎士様なら寝首をかくような真似はすんなよ」
皮肉を込めて言うが、その心配は要らないだろうとは思っていた。
下らない口喧嘩はしたものの、人柄は真直ぐなようだ。
井上でもそれぐらいはわかるのだ。
「・・・」
沈黙するフェイに寝袋の使い方を説明すると、井上は天幕を後にする。
本来なら女性自衛官を同席させたいのだが、あいにく、特殊任務部隊にいる女性、ミューリと四宮加奈子曹長は今回連れてきていない。
と、言うのも四宮は後方支援を任務にさせていたので特殊任務部隊の会計役だったのと、ミューリに居たっては民間協力者としての従軍なので、特別な事がなければ連れて行かない様にしてたのだ。
そこは高橋のミスが尾を引いているが、流石に責めるのは酷かもしれない。
井上も居なくなった後で、フェイはテレサの顔を睨みつける。
あの戦いの後、意識を失って倒れている所を保護されてから一度も目を覚ましてないという。
しかも両足を膝下から失っている。
自業自得とも思えるが、それを止められなかった自身にも責任があるとフェイは思っていた。
「・・・将軍は戦死したのに、私とお前が生きているとはな・・・」
本来ならフェイやテレサがヘルマンを守って死に、ヘルマンが生き延びるのが普通だ。
だが、現実は逆となった。
何と言う皮肉であろうか。
この運命を呪うべきか喜ぶべきか未だ答えは見えてこなかった。
丁度同じ頃、高橋たちの野営地から離れた丘になっている所に50人くらいの人影が集まっていた。
その人影の見掛けはバジル軍の将兵だが、実際はバジル軍からの脱走兵だ。
国境警備に駆り出されたが、時間稼ぎの捨て駒にされた事が気に入らなかった為に脱走して盗賊になった集団だ。
一部の警備隊はフォース・リコンによって潰されたが、潰されずに済んだ、またそれ以前に脱走した連中で構成されている。
そのリーダー格になっているのがケーシー・カルマンだ。
ケーシーは元々平民だが、10年前に志願し軍に入隊、そして山賊を相手に日夜戦い続けた功績で30人程の部隊を預かる将になった。
正確な身分は兵将と呼ばれるが、今はもう関係がない。
「あれが日本の軍か」
仕事柄夜目が利き、しかも向こうは明かりを灯しているのもあり、遠目からでも識別が出来る。
「どうします?帰りでしょうから物資はさほど持っていないと思いますが?」
配下の兵士がケーシーに対応を求める。
ケーシーは日本の強さを見ては居ないが、噂程度であれば知っている。
曰く、素手で武装した兵士を圧倒する。どんなに離れていても人を引きちぎる。敵を皆殺しにしてその血肉を好む。等など・・・。
完全に尾ひれが付きに付いた噂だが、それだけで挑む気にならなくなる話だ。
しかし、こうして目の当たりにすると、噂は当てにならない事が良く分かるといえた。
「どうやら武装はほとんどしてないみたいだな」
実際は小銃を持ち、軽装甲機動車にはM2ブローニング12.7mm重機関銃やMINIMI5.56mm軽機関銃があったりと比較的重武装なのだが、見たことが無ければそれが武器と認識できないのは仕方がないだろう。
その証拠に目の前で見せられ、説明されて漸く武器と言うのが分かったフェイの事もある。
だからケーシーが非武装と判断したのは、彼等の常識からすれば間違っていなかった。
「奴等の事実を知る良い機会だ」
そういって仕掛けるぞ、と言うケーシーに配下はすばやく身を伏せながら移動を開始する。
正直、近隣の村を襲撃する方が明らかにリスクは低いし実入りも大きかったろう。
しかし、それまでは守る側だったのだ。
いきなり村を襲撃する、と言う方針には切り替えられなかった。
と、言ったものの、持ち歩く食料にも事欠きだした現状では四の五の言ってられない。
故に街道に張っていたのだ。
そして目の前に日本の輸送隊らしきものが居る。
護衛も殆どいない様子から、狙うには丁度いい相手に見えた。
しかし、彼等の不幸は、相手が自衛隊であったこと、その自衛隊のことを知らなかったこと、そして最後に、自衛隊内で最も実戦経験のある高橋たち特殊任務部隊を相手にしたことだった。
最初に異変に気付いたのは、フェイと喧嘩した井上の分隊員だった。
ハッキリ言えば巻き添えなのだが、止めなかった連帯責任で歩哨にたたされたのだ。
隊員からすればいい迷惑以外の何者でもない。
だが、だからと言って気を抜いていたわけでもなかった。
「・・・?」
一人が空気が変わった事に気付く。
何と言うか、空気が重くなった様な、圧力が加わっているような感覚だ。
そして、それは今までに何度も味わってきた感覚だった。
敵意を向けるものが近寄る、忍び寄ってくる気配。
そう、今までにホードラー制圧、シバリア動乱、テロ掃討、田辺の護衛とで味わってきた感覚だ。
その感覚になった時は大抵、戦う羽目になってきた。
幾度も実戦を重ねるうちに、歴戦の兵の様に感覚が研ぎ澄まされていたのだ。
「・・・おい」
「分かってる、分隊長に知らせてくる」
「俺は夜間装備持ってくる」
数人が談笑するふりをして打ち合わせをする。
と、同時に走らず、ゆっくりと、だが迅速に行動を開始した。
当然、井上もその空気に気付いて赤外線暗視装置を働かせてあたりを見回す。
「分隊長」
その井上の下に部下が知らせに来る。
「分かってる。高橋に教えてやってくれ」
井上はそう言うと周辺を見渡す。
何処から来るのか?
それを確認する必要がある。
そして見つけた。
こちらを包囲しようというのだろうか?
3手に分かれて動く集団が見えた。
彼等の内10人程の別働隊が右手側に、同じく10人ほどが左手側に、そして本隊と思わしき30人程度の集団が丘からゆっくりと向かってくる。
遠目とは言え赤外線暗視装置は立派にその役割を果たし、自分達に向かってくる集団の動きをはっきりと確認させてくれた。
「井上、どうだ?」
寝ているところを起こされたとは言え、既に高橋は臨戦態勢の様だ。
「数は大体50ちょい、距離300、1時、3時、10時の方向より接近中。おっと、武装を確認、こりゃ確定だな」
自分が確認した事を的確に伝える井上。
それを聞いた高橋は即座に状況から取れる行動を考える。
この周辺に軍はいないはず、となれば野盗か?
しかし、今までは居なかった事から、敗残兵?
降伏を呼びかけるか?
いや、この機に鎮圧した方がいいな。
「総員起こし、戦闘態勢をとれ。井上の分隊はこのまま観測しつつ正面を、佐藤の隊は左翼へ、俺の隊隊は右翼だ。静かにだが迅速に、だ。」
すばやく無線で連絡すると高橋は89式の安全装置を解除しつつ、証明弾の準備をさせた。
その時、井上がM24の薬室に弾丸を送り込みながら高橋に向けて呟いた。
「毎度毎度・・・俺達は呪われているのか?」
事あるごとに厄介ごとに巻き込まれることに対するぼやきに高橋は苦笑いするしかなかった。
目の前の日本軍に大きく動きが無かった事に、まだ気付かれてないと判断したケーシーは部下をなおも前進させた。
僅かに動きを見せた時は一瞬焦ったが、見張りの交代のような動きにまだ大丈夫だと考えていた。
もっとも、気付かれても武装は見た限り碌な物がなさそうだ。
不意を突けば幾らでも何とかなる。
そう思っている。
そして、後50歩程の距離になった時だった。
突然、日本軍のところに煌々と灯っていた明かりが一斉に消えたのだ。
「しまった!気付かれていたか!」
ケーシーは思わず叫ぶと共に、仲間に撤退を指示しようとした。
だが、ケーシーは最後まで指示出来なかった。
井上の持つM24 SWS狙撃銃より発射された7.62mmNATO弾がその強力な威力を発揮しケーシーの頭部を撃ち抜いたのだ。
右側頭部より内部に進入した弾丸は中にあった脳を引っ掻き回しながら左側頭部へと突き抜け、血と脳漿を噴出させた。
何が起きたのか分からないまま、ケーシーは有らぬ方向に目を剥き絶命してしまう。
(なにが・・・)
絶命の瞬間にそれだけが思い浮かび、そして暗がりえと消えていった。