第36話「捕虜移送」
ーコンスタンティ、レノン間街道
未だ整備されていない街道を高橋たちはレノンへ向けて進んでいた。
将来的に舗装される事になるだろうが、それまではこの悪路を通るしかない。
一応、簡単な整備は行われたようで、以前、田辺を連れていた頃よりはマシになっている。
しかし、やはり舗装された路面ではないために、あまり速度は出せない。
殆ど空荷状態なので出せなくもないが、特別急ぐ必要もないので捕虜に要らぬ負担をかけない為にもゆっくりと進んでいた。
その状況の中、捕虜の監視を引き受けた井上の分隊はトラックへと乗車している。
だが、軽い気持ちで引き受けた井上は後悔する羽目になった。
元々陽気な男である井上は、場が明るいのが好きなのだ。
しかし、捕虜達のどんよりとした重苦しい雰囲気に彼の部下達も黙り込んでしまっている。
正直な話、一刻も早くここから逃げ出した気持ちだった。
(おいおいおいおい、勘弁してくれよ・・・)
そう思いながらも捕虜への監視は怠らない。
捕虜が今更抵抗するとは思えないが、万が一がある。
その万が一が起これば自身のみならず、部下や部隊全体へ危機を招くからだ。
とは言うものの、流石に実戦を数多くこなしてきただけあり、井上の部下達もうんざりしながらも気を緩めては居なかった。
そんな道中で、一人まともな人物がいたのは井上にとって救いだったかもしれない。
「・・・先程から気になっていたのだが」
重苦しい雰囲気を打ち壊すように話しかけてきたのはフェイだった。
フェイもこの雰囲気には耐え難いものがあったのだ。
まるで自分が責められている、と錯覚してしまうほどに・・・。
責を問われれば甘んじて受けるつもりだったが、それでも無言の圧力(実際はそうではないのだが)は彼女の神経をすり減らすものだったのだ。
「あん?なんだい?」
井上はやや落ちているテンションで答える。
これが普段ならもっと気の利いたことを言ったかもしれない。
が、流石にそんな気分にはなれなかったのだろう。
「貴公の持つそれは・・・武器なのか?」
フェイが井上の持つM24狙撃銃を指差す。
フェイは一般の自衛官達が持つ89式5.56mm小銃を見ていたが、捕虜に対する抑止力のため、銃口の下に銃剣が着けられているものしか見ていない。
つまりは、刃物が着いているから槍の一種、と捉えていたのだ。
だが、井上が愛銃として持っているM24は狙撃用のものであり、銃剣が着いてないどころか着けられない。
勿論、捕虜の監視に同乗している井上の部下達も今は着けていない(車両乗車中につけていると危ないため)が、フェイは取り外し可能と言うのが分かっただけだ。
「武器に見えないか?」
最初、井上はフェイが何を言っているのかが分からなかった。
勿論それは井上が武器と認識しているからの答えだが、フェイたちの様なこの世界の人々にとって、武器とは思えないのだ。
何せこの世界には火薬がない。火薬が無ければ火縄銃のような原始的な銃などの火器が生まれない。
つまり、銃という概念そのものがないのだ。
それを分かれと言うのは無理な話だろう。
「全く見えん」
と、フェイが自分達の武器の常識で言ったのは仕方ない事だといえた。
井上は少しばかり、何と答えればいいのか分からなかった。
話を聞けばフェイが言う武器とは剣や槍、斧、棍棒と言った物や、弓矢ぐらいなものらしい。
弩(クロスボウやボウガンの事)もあったが、銃と言うものは影も形も出てこない。
(・・・火縄銃でもこの世界では未知のものなのか?)
漸くフェイが言わんとしていることを理解した井上は答えに窮した。
銃のことをどう説明していいのか分からなかったのだ。
取り合えず、目に見えない程速く小さな矢をより遠くへ打ち出す武器と説明した。
まるで子供の説明だ。
フェイは理解したのかしてないのか、しきりに頷いているが、実際は殆ど分かっていない。
原理、射程、威力、精度など、やはり武人である分、そう言った事に興味がある。
しかし、捕虜の身ではそこまで教えてもらえるとは思えない。
だが、飛び道具が日本の主武器であると言うのは理解できていた。
「では、お主達は飛び道具でしか戦わないのか?」
理解しても納得できるとは限らない様に、フェイもまたその例に漏れてはいなかった。
生まれながらの騎士であるフェイは己の剣の腕に自信を持っている。
勿論、弓騎兵を率いていただけあり、ある程度の理解はある。あるが、肉薄しての戦いこそ至上と言う考えはやはりあるのだ。
「飛び道具で戦えるのに接近戦する意味がねぇよ」
井上は意味がないといった。
それは失言だった。
少なくともフェイにとっては・・・。
「卑怯ではないか!騎士の誇りを何と心得るか!武人ならば己が剣で戦う事こそ誉ではないか!」
こうなる事は容易に想像できたはずだ。
しかし、井上は普通の日本人である。
当然、自分の常識が相手に通じ無い事など分からなかった。
突然怒鳴り声を上げるフェイに荷台にいた自衛官の目が一気に注がれる。
「んなこと言われてもなぁ。接近戦なんか俺たちに取っちゃ大昔の話しだし・・・」
格闘術を含めた接近戦の技術は学んでいるが、やはり最後の手段であったり、その必要があるときにしか使わない。
井上のこの発言からも接近戦は昔のやり方なのだろう。
ただし、井上のこの言葉はある意味で間違っている。
接近戦、つまり白兵戦は現代でも十分に通用するのだ。
如何に技術が進歩し、装備が発達しようと最後に物を言うのは歩兵(自衛隊では普通科)だ。
どんなに近代兵器を揃えようとも歩兵の力こそが最も重要であるのと同じく、接近戦もまた重要なのだ。
その証拠に、元の世界の先進国の一つである欧米の某国は紛争地帯にてゲリラに包囲された際、銃剣突撃を持って包囲網を突破している。
雄叫びを上げ銃剣を持って突っ込んでくる兵士の威圧感は意外と侮れないのだ。
「なんと!?騎士はいないのか!?なんと嘆かわしい!」
なおも食い下がるフェイに井上も売り言葉に買い言葉で応戦を開始する。
「その飛び道具に負けたくせに偉そうにすんな!」
二人の様子は子供の喧嘩にしか見えない。
意味があるのか無いのか分からない言い合いを始めた井上とフェイに他の自衛官は顔を見合わせるしかなかった。
まだ明るいが日が沈みかかっているもあり、高橋は野営することにして部隊を停止させた。
野営の準備が終わるまで捕虜の様子を見に行く事にした高橋は捕虜を乗せているトラックに足を向けた。
しかし、怒鳴りあいと思わしき怒声と野営準備にトラックから井上たちが出てこない様子に異変を感じた高橋は89式小銃の安全装置を解除して荷台を覗き込む。
そこには大きな子供が二人いた。
「なんだとぉ!?」
「なんだ!?」
顔を突き合わせて互いに口撃しあう二人の姿に思わずため息が出る。
井上の部下達の視線が高橋に「どうにかしてください」と語りかけるように向けられるが、正直放っときたかった。
「・・・何をやっとるか」
高橋の呆れた表情と共に出た言葉に井上とフェイが気付いた。
二人とも73式中型トラックが停止している事にさえ気付いてなかったのだ。
「井上、俺は捕虜の監視は命じたが、喧嘩しろとは言ってないぞ?」
高橋は思わず頭を抱えてしまう。
「だってコイツが!」
「何を言うかお前が!」
尚も続く子供の争いに高橋は井上の部下に野営準備を命じると共に、捕虜監視を佐藤の分隊に任せた。
ただし、井上は放置の方向でだ。
「一生やっとれ」
高橋は二人をそのまま放置してそこから去った。
まともに相手するには胃にもたれすぎるからだ。
正直言って冗談ではないし、付き合い切れない。
高橋は一応何故こうなったのか?を知ろうと井上の分隊員から話を聞くために歩き出す。
その背後では尚も言い合いが続いていた。
疲れる、というのが高橋の思いだった。
今更逃げ出そうとするとは思えないが、一応監視するために捕虜達にはトラックから降りないで貰っている。
食事や寝床もだ。
ただし、女性がいることもあり、女性に限っては天幕を用意しそこに寝てもらう事にした。
捕虜の扱いは一応警務隊のに遵守するようにするが、警務隊ではない高橋たちはどうしても難しい事がある。
そこは臨機応変に対応する事にした。
「さて、言い訳を聞こうか?」
捕虜に食事が宛がわれているのを背景に高橋が井上を問い詰める。
井上は笑ってごまかそうとするが、流石に付き合いが長いため高橋は誤魔化されない。
もっとも、高橋でなくても誤魔化されないだろうが・・・。
「い、いやぁ、売り言葉に買い言葉というか・・・」
言葉を濁す井上に高橋は盛大な溜息を漏らす。
「おまえなぁ、部下の前でなんて情けない姿晒してんだよ・・・」
流石に同期とは言え高橋は上官だ。
どうしても言わなければならない事は言うしかない。
「頼むから分隊を預かるものとしての立場を考えてくれ・・・」
心底疲れた表情の高橋に井上もすまない、としか言えなかった。
それと同時に、井上から事の経緯を聞くと真面目な表情で言う。
「ふーむ、やはり文化の違いかなぁ?」
フェイの武器や戦い方に対する認識から、ただ技術の差、と言うだけではないと考えた。
日本にもかつて武士の時代はあった。
主な戦い方は槍や刀、そして弓だ。
しかし、飛び道具が卑怯と言う認識はなかったはずだ。
例えば戦国大名で織田信長に敗れた今川義元は「海道一の弓取り」と称されている。
もっと遡れば那須与一という人物も居る。
また、鉄砲が伝来し戦場に姿を現すようになっても、効果的な武器と言う使われ方をしている。
つまり古来より日本では弓矢を用いた飛び道具の戦いは卑怯でもなんでもなく、戦の手段の一つと捉えられている。
その事からも、フェイの言をそのまま聞く限りでは、接近戦が至上で飛び道具は卑怯、と言うのは何かしらの文化の違いからきているとしか考えられない。
こう言ったものはそれぞれの文明が抱える文化により、大きく変化しうるのだ。
「文化の違いねぇ、単にアイツが石頭なだけだろ?」
確かにそう言う側面もあるかもしれないが、そこは敢えて無視する事にした。
明らかにお互い同レベルだからだ。
「まあ、もしかしたらホードラーの文化だけの話かもしれないし、断定は出来ないな」
高橋はそう言って井上を解放した。
だが、高橋の中で新しい疑問が生じた。
この世界の歴史は、詳しくは分からないものの数千年が記録されていると言う。
しかし、その割に技術的進歩が殆どない。
これは何故か?
一部の技術は日本に及ばなくても高い水準のものがあったりする。
例えばシバリア市の上水道だ。
きちんと処理されたものではないにしても、市内のほぼ全域にいきわたっている。
しかし、逆にある一部分ではまったくの原始的なものだったりする。
例えば下水道。
最も処理に悩む物であると同時に、最も重要なものだ。
しかし、その技術は原始的も原始的だ。
集めて運んで穴に埋めるだけなのだから。
高橋は、もう少しその原因を知ることが出来れば日本がこの世界ですべき事が見えてくる気がしていた。