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第35話「捕虜」

ーベサリウス国コンスタンティ


バジル王国が外人部隊海兵隊の攻撃を受け始めた頃、コンスタンティでは状態の安定した捕虜からホードラーへの移送が開始されていた。

これはこの世界の情報を少しでも集めるために日本の領内に移動させる必要があったからだ。

ベサリウス側からしても、国内の防備を日本にゆだねている以上は捕虜の面倒まで見切れない、と言う事情も過分にしてあった。

だからと言って、その為に必要な兵力をまた抽出するのも難しいため、高橋たち特殊任務部隊へお鉢が回ってきたのは自然な事だったのかもしれない。

ただ、到着直後に南部攻略やバジル王国侵攻が同時期に始められることを知って高橋たちも大いに慌てることになる。

とは言え、現状任務の変更が通達されていない以上はこのまま捕虜の移送を行う事になる。

高橋たちの部隊には73式中型トラックが配備されており、行きは輸送隊として、帰りは捕虜移送として動く事が当初より決まっていたので、物資を下ろし次第捕虜の積み込みが行われていた。

「・・・なあ」

井上が捕虜が中型トラックに乗り込んでいく様子を見ながら高橋に話しかけてくる。

大体言いたい事が分っていた高橋は取り合えず無視する事にした。

「捕虜、てこれだけか?」

トラックに乗り込んだ捕虜は6名だ。

正直、こんなに居ないとは思いもしなかった。

実際はまだいるのだが、動かすには危険な状態なので今回はコンスタンティに残す事になっている。

「後2名いるな」

そっけない感じで高橋が答える。

そんな高橋を見ながら井上はため息をついた。

「これならトラックを4台も連れてこなくて良かったんじゃないか?」

井上の言うとおり、捕虜が10名にも満たないなら1台で十分だったろう。

補給物資の輸送も兼ねての4台だったのが、逆に無駄が多くなった気がする。

明らかに燃料の無駄だろう。

正直、多数とは言ってたが、出発前に何人か問い合わせるべきだったのだ。

はっきり言えば捕虜移送を命じた側、そして高橋の確認ミスである。

「・・・言うな」

正直疲れ果てた表情の高橋は残り2名の到着を待った。

そんな高橋よ井上はじと目で見つつも、代わりに積み込むものを探しに行った。

折角なのだから少しでも持っていくべきものは持っていくしかない。

後で高橋が燃料の無駄、と叩かれないためには必要な事だった。

「やれやれ、帰ったら何かで埋め合わせしないとな」

正直、まさかこんな事になるとは考えてなかった分、出動した部下の手前このまま、というわけにも行かない。

既に数日の休暇は貰ったばかりなので嗜好品になるものを実費でそろえて与える事になる。

特殊任務部隊の隊長、と言っても給料は一般の同階級のままだ。

仕事と責任ばかりが増えて、とても割に合わない。

だが、上から見れば細々とした仕事を押し付けられる上に、大陸に派遣されている自衛隊の中でもダントツの実戦経験がある。

かなり使いやすい部隊なのだ。

そうこうする内に移送予定の捕虜のうち1名は女性で、警務官に連れられてくる。

警務官とは自衛隊内の警備を任務としており、他国で言うところの憲兵(MP)だ。

普段は隊の秩序維持に努めるが、有事になれば捕虜の取り扱いや部隊移動のための交通整理もおこなう。

とは言っても自衛隊の警務官は一般市民にたいする司法権を持たない。

これは自衛隊には軍法会議に類するものが無いためだ。

よって、隊内での逮捕権や取調べは行っても裁く事はない。

その必要があれば検察庁へ送致して終わりなのだ。

ただし、大陸派遣されてる自衛隊の場合、現地に司法権を行使したり、裁判権を行使する部署が設立したばかりなのもあり、現地住民に配慮の必要からも査問会と言う形で裁く事が認められている。

今回コンスタンティにいる警務官に至っては、コンスタンティに司法、裁判権を持つ組織が存在しない。

よって急遽派遣された経緯を持つ。

「お疲れ様です」

高橋は警務官に敬礼する。

警務官も敬礼で返してくる。

互いに敬礼を終えると書類の交換だ。

確かに受け取った、受け渡したの証明だ。

それが終わるとトラックへ乗ってもらう事になる。

「後1名は?」

高橋は残り2名と聞かされていたので、もう一人はどこかと思い聞いてみた。

「はぁ、もうまもなくだと思いますが・・・」

警務官はそう答えると負傷した捕虜を纏めているテントの方を見る。

その様子から負傷しているのを理解した。

「では、もうしばらく待ちます」

そう言うと高橋は女性の捕虜に向き直った。

女性は赤い髪をし、凛とした印象を受ける。

その眼光は鋭く、誇りまでは失っていない、といわんばかりだ。

「自分は今回あなた方の移送を行う責任者の高橋政信たかはし まさのぶ少尉です」

高橋は丁重な対応を行う。

下手に高圧的に出れば逆に反意を持たれかねない。

こう言うのは捕虜とは言え相手を尊重するほうがいいと思ったからだ。

「丁重な挨拶痛み入る。私はバジル王国ベサリウス侵攻軍副将フェイ・アーデルハイトと申す」

この世界らしい言い回しをするフェイに敬礼すると、トラックへの乗車を求める。

拒否されても載せてしまうのだが、こうする事で自発的に乗ってくれるなら有難いからだ。

フェイと名乗った女性は支持されたトラックに乗り込んでいく。

正直、ファイからすればこのトラックには奇妙な感じしかしない。

何せ自分の知っている常識からすれば、馬も無く自発的に動く乗り物など聞いた事がない。

一度見ているが、日本ではこれが普通なのかと思うと奇妙にしか見えないのだ。

「一応、私の部下も乗りますが、万が一不都合があれば言ってください。極力考慮しますので」

トラックに備え着けられた座席に腰を下ろすフェイに言う。

フェイは黙って頷くと、同じく乗り合わせている部下達を見た。

今回移送されるバジル軍の捕虜の中ではまともな分類になるのだが、その目はどうした事か虚ろだ。

これはフェイと違い、砲撃を受ける中で意識を保ってしまったが故にシェルショック、つまり心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥ってしまっていたのだ。

今は薬で落ち着いている上に砲音も無いので落ち着いているが、もし一度薬が切れた状態で砲音でも耳に入ればパニックを引き起こすだろう。

高橋は荷台に乗る捕虜の様子に、果たして、そんな状態の捕虜から情報など得られるのか?と疑問に思ってしまう。

フェイも変わり果てた部下達の様子に、部下をそう言う状態にしてしまった責任がその両肩に重く圧し掛かっている様に思える。

重苦しい雰囲気の中、井上が数名の自衛官と担架で運ばれる者とを連れて帰ってきた。

「おーい、こいつらシバリアに帰還することになったらしいから、ついでに乗せてこうぜ」

状況を知らない井上がのんきな声をあげる。

その内の一人は面識があった。

「波多野じゃないか」

井上が連れてきた面子の中にハタノが混じっていた。

「高橋少尉?」

波多野は高橋の姿を見て驚いていた。

幾ら同じ自衛官でも任務や部隊が違えば知った顔と出会う事は難しい。

しかも、高橋とあったのはアルトリア以来なのだ。

その時は引継ぎなどで幾つか話をしたぐらいだが、お互いがしっかりと覚えていたのはアリスト村が絡んでいたからだろう。

高橋たちが救った難民により作られた村、そしてその事後を預かった波多野。

互いの接点はそれだけでも、印象が強く会ったのだ。

「久しぶりだなぁ」

高橋の言葉に波多野がそうですね、と答える。

その様子に井上は知り合いだったのか?という表情だ。

「そうか、井上は波多野とは初対面か」

引継ぎのときは井上はその場に無く、責任者同士でおこなわれたからだ。

流石に井上はその立場に無かったので同席していなかった。

「お変わりないようですね」

波多野は高橋の元気そうな姿にほっとしていた。

「そっちもな」

高橋も波多野にそう返す。

同じ組織に属してても、再び会うことは早々ない。

そう言う意味では、無事な姿を見ることは安心につながる。

しかも、互いに実戦の場に居るのだ。

いつ、何所でどうなる下など分ったものではない。

「じゃあ、一応捕虜とは別の車両に乗ってくれ」

高橋は波多野にそう言うと、空いてるトラックを指さした。

4台のトラックの内、捕虜と監視の自衛官が乗るトラック以外は空いている。

そう考えての発言だった。

「了解です」

波多野はそういって敬礼すると空いているトラックに乗り込む。

その後姿を見ながら、移送する最後の捕虜を見る。

担架に運ばれてきた事から、歩く事もままならない程の怪我であるのは明白だ。

そんな人物を移送して大丈夫なのか?と高橋は考えた。

運ばれてきた捕虜を確認すると、これまた女性である。

「怪我の具合は大丈夫なのか?」

高橋が運んできた衛生科の自衛官に問いただす。

「負傷の度合いは重いですが命に別条ありません。ただ・・・」

言葉を濁す衛生科の隊員に高橋は怪我の状態を確認する。

結果、両足の喪失による歩行困難と聞かされ、気の毒に思えてきた。

だが、詳しく話を聞くと、因果応報と言うべきものがあった。

先の戦いでバジル軍兵士に薬物を用いての作戦を提案、実行した中心人物らしい。

その為、他の捕虜とは一緒に出来なかったようだ。

「おいおい、そりゃ重要人物じゃないか」

非人道的な事を平然と行った人物という事で井上は抱えていた同情心が何処かへ飛んでいっていた。

高橋も詳しい話を聞く限りでは同情に値しないと思ったが、それでもやはり気の毒に思った。

確かに足を失ったのは因果応報といえる。

だが、これからの人生を足を失ったことに対するハンデを背負って生きるのは、因果応報を超えてはいないだろうか?

我ながら甘いとは思ったが、戦いが終わっている以上はそこに恨み辛みをぶつけるものではない。

「了解です。では、他の捕虜とは別に扱いましょう」

薬で眠っているらしい女性を波多野たちの乗る73式中型トラックに乗せる事にした。

恐らく、一緒にすれば要らぬトラブルを招く事になるからだ。

それは捕虜の移送にとってよろしくない。

「分りました。では」

衛生科の自衛官はもう一台のトラックへと女性を運んでいった。

「井上、中田さんはあの女性に付けて置いてくれ」

部隊に所属する医務官は中田信次なかた しんじ大尉だけだ。

それなら負傷している捕虜に付けるのが妥当だろう。

波多野たちが乗り合わせた事により、彼等を護衛代わりにすれば問題もあるまい。

「おう、分かったぜ」

井上は何時ものように答えると出発の準備を始めた。

移送する予定の捕虜全員を引き受けているので、何時までも時間をかけてはいられない。

高橋は部隊に出発を指示すると、自らも軽装甲機動車へと乗り込むために足を向けた。

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