第33話「グラナリア強襲~後編」
ーバジル王国グラナリア
突然の奇襲に慌てふためくバジル軍は、部隊の将は居れども全軍を指揮する将が居ないのもあり、混乱から立ち直る事が出来ずに居た。
本来そこで軍を纏めるべき立場にあるはずの王、ザハンも指揮を執るどころか逃げ支度を優先したから尚更だった。
有らん限りの財宝を持ち出す手配に忙しく、防衛には見向きもしないのではどうにもならない。
何とか各守備隊の指揮官達は城だけは守ろうとしたのだが、すばやく展開してきた海兵隊の前に城壁の門を閉じるどころか門を奪取されてさえいた。
これも誰もまとめ役が居ないために各個の判断で動くのだ。
連携も何も無く、ただ屍を重ねるだけに終わってしまうのは仕方ないといえる。
これが日本の自衛隊や外人部隊なら、上級指揮官が居なくても各個に無線などで連絡を取り合い、連携して行動できるのでいいが、この世界ではそう言った手段が無い。
その為、一度指揮系統が破壊されると立ち直る事が出来ない。
もっとも、バジル王国はガリウス、ヘルマン両将軍を失った時点で指揮系統は破壊されていたが・・・。
「レオナルド!レオナルドは何所だ!」
玉座の間(元は城主の間)でザハンはレオナルドの名を叫んでいた。
困った事があればレオナルドに相談すればいい。
今までそうしてきたように今回もそうしようとしていたのだ。
しかし、幾ら呼んでもレオナルドは姿を現さない。
頼みの綱がいないのではどう行動するかの判断さえ出来なくなっていたのだ。
ザハンはただ玉座の間にて右往左往するのみだった。
一方のレオナルドもまた対応に苦慮していた。
強襲してきた海兵隊の動きが早すぎ、全軍の掌握も出来ないでいたのだ。
全軍の掌握がなされぬままに降伏しても、抵抗を止めぬ部隊が出てくるだろう。
下手をすれば虚偽の降伏として彼自身の首が飛びかねない。
それもあって、とにかく首都に存在する全軍を城に集めようと必死だった。
だが、ここに来て城門が敵に制圧されたと言う報である。
これでは掌握などと言ってられる状況ではない。
敵がなだれ込まれぬように城の門と言う門を閉じて何とか時間を稼ぐしかない。
時間を稼いだ上で、邪魔になるであろうザハンをどうにかしなければならない。
下手したらザハンは逃げ出すために場内の全軍を打って出させて突破口を作りかねない。
しかし、流石に王をどうにかしようとすれば兵権を持たねばできないだろう。
一歩間違えば保身に走って王を殺めた者として、味方に殺されかねないのだ。
「何としてでも兵権を確保しなければ・・・」
状況の把握が困難である以上、躊躇している時間はなくなったと言える。
最早手段は選んでられないだろう。
自分の指揮下においてあった衛兵に時間を稼ぐよう指示すると、そのまま玉座の間に向かっていく。
玉座の間ではザハンがどうして良いのか分らずにわめいている光景が広がっていた。
ザハンはレオナルドを見つけると縋り付くようにレオナルドに駆け寄った。
正直、レオナルドは蹴飛ばしたい気分に駆られている。
そこを敢えて堪える。
「レオナルド!何所に行っていたのだ!」
自身はうろたえるばかりで何もしていない事を棚に上げてザハンは怒鳴った。
そして矢継ぎ早に対応を求めてくる。
「どうすればいい?逃げ道は?財宝は?護衛は?」
城下の状況も、敵の事も聞かずに自身のことばかりを考えての発言にはうんざりする。
しかし、その状況を打破するためにもやるべきことはやらねばならない。
「陛下、それをどうにかするためにも私に兵権を与えてください」
レオナルドの言葉に、ザハンはビクリと身を震わせた。
一軍を預けるのではなく、兵権という事は全軍の指揮権を預かる事になる。
それはザハン自身の身を守る手段さえ与えてしまう事になるのだ。
本来、兵権を渡しても王の身を守るための防衛手段たる近衛兵がバジル王国には無い。
元々が一地方領主だからだ。
その為に独立後も軍の整備は行っても近衛兵までは組織していなかったのだ。
もっとも、よほど信用出来る者が居なければ近衛兵などは編成できないのだが・・・。
「へ、兵権を渡してしまえば・・・私の身はどうなる?」
恐る恐るレオナルドの言葉を待つ。
そんな主君にレオナルドは顔色を変えずに答えた。
「勿論、陛下の脱出の準備をします。その為の時間を得るためにも兵権が無ければ何も出来ません」
レオナルドは自らの主君を諭すように言った。
元々文官でしかないレオナルドは軍事的な権限は持っていない。
如何に身分があろうと権限が無ければ命令できないのだ。
「・・・しかし・・・」
躊躇うザハンに再度、今度は強く主張する。
兵権が無ければ自分には何も出来ない、と。
流石にこの上は任せるしかないと悟ったザハンは、レオナルドに兵権を預けると宣言し、賊を防げ、と命令するに至った。
この時を持ってザハンの命運は決まったといえるだろう。
城壁の門は確保したものの、城そのものに通じる門という門を閉じられては海兵隊も進入できない。
仕方なく城の攻略は後回しにされていた。
ハッキリ言ってしまえば城の攻略など簡単である。
歩兵戦力だけでも、門を吹き飛ばす武器はあるからだ。
しかし、簡単に出来るからこそ後回しになる。
城に引きこもってくれるならその分、別の場所に戦力を暮れる。
そうなれば、市内各地で未だ抵抗する敵兵力を無力化を進める事が出来る。
何せ強襲しただけあって纏まった行動をとっていないのだ。
その分、少数が分散配置されている。
それを一つ一つ潰して回らねばならなくなっているのだ。
戦力は少しでもあった方がいい。
「意外と手間取るな」
バーンは市街地の確保に時間が掛かっている状況を見ながら言った。
戦わずに降伏してくる敵もいたが、一部敵戦力が住居に立て篭もって交戦態勢を維持していたりするからだ。
また、戦うでもなく降伏するわけでもなく逃げ回る部隊もあるので、その制圧にはやや時間が掛かる見通しになっていた。
「司令部より連絡、ベサリウス軍の近接部隊が市内の制圧に協力するそうです」
海兵隊だけで決着を着けたかったバーンは思わず舌打ちするが、住居などに突入しての制圧ならベサリウス軍に任せたほうが無難だと思えた。
なにより、部下を無意味に危険に晒す必要がない。
司令部からの命令を受諾したバーンは、上空からの状況把握に努めるバード隊にベサリウス軍を敵と間違わないように注意させる。
「本場の白兵戦が見られますね」
気軽に言う部下にバーンは、そうだな、と答えた。
確かに白兵戦闘などまず起こりえない。
訓練はしてもそれを使う機会はまずないのだ。
そう言った意味では白兵戦闘を見るのは良い経験になりえた。
もっとも、彼自身、白兵戦そのものをやりたい訳ではない。
一度、演習で痛い目にあっているからだ。
白兵戦の日米合同訓練で、自慢の部下達を軒並み叩き伏せたものがいたのだ。
当時、彼が特別なのか?と思い本人に聞いたところ、自分はちょっとばかり得意なだけで自分以上の人は隊内にゴロゴロ居る。といわれたことがる。
それ以来、白兵戦闘は部下にさせたくないと思っていた。
それを思い出したバーンは少しばかり苦笑いを浮かべた。
「たしか・・・ハタノとか言ってたな・・・」
バーンの呟きに近くに居た兵が、何ですか?と聞いてくる。
それに対しバーンはなんでもない、と答えるとプロジェクターにより壁に映し出された映像を見る。
市内に突入を開始したベサリウス軍は海兵隊の案内の下、各地に立て篭もる拠点に散っていく。
このとき、その中にまさかベサリウス本人が混じっているとは露ほどにも思わなかった。
「突入!」
号令と共に打ち破られた扉から建物内にベサリウスの兵が次々に突入していく。
途端に内部にいた敵兵と血で血を洗う剣戟が始まった。
流石に少数であるが、精鋭を目指して育てられただけある。
ベサリウス軍の兵は建物内で振るうのに便利な小振りの小剣や棍棒、そして小斧を手に中で暴れまわっていた。
建物内では下手に威力がある大型の武器や、槍などの長柄武器は逆に使い難い。
むしろ邪魔になるとさえ言える。
そこも考慮した武装の選択は決して間違いではないだろう。
海兵隊も後ろから援護しつつ、目の前で繰り広げられる剣戟にやや興奮気味だった。
「こりゃ凄ぇ!ハリウッドなんか目じゃねぇぜ!」
中世を舞台にした映画で行われる戦いなどかすんで見えるものがあった。
振り下ろせば飛び散る血潮に、己を鼓舞し相手を威圧する怒号。
どれも映画で見るより遥かに迫力がある。
援護も出来ないほどの接近した白兵戦に興奮するなと言うのは難しいかもしれない。
「ヒュー!やっちまえ!ぶっつぶせ!」
海兵隊たちもベサリウスの兵に応援する始末だ。
もっとも、ベサリウス軍の兵は目の前の敵に集中してる上、自ら放つ怒号と激しい剣戟の音で聞こえていないのだが・・・。
こうやって一つ一つ拠点を潰すと同時に、逃げ回る敵を捕捉し、追い詰めるのは海兵隊の役目だ。
狭い路地裏に潜む一隊を目敏く見つけたバード隊から連絡を受けた海兵隊は、逃げ場を塞ぐように追い詰めていく。
果敢に反撃を試みた者もいたが、逃げ場の無い、隠れるところのない(あっても無意味だが)路地裏では一方的に蜂の巣にされて終わる。
しかし、問題もあった。
戦場の雰囲気に飲まれた若い兵士が暴走し、降伏の意思を示したバジル軍兵士を射殺したり、民家に押し入り好き勝手にしようとするものが現れたのだ。
戦場には付物の光景だが、バーンはこれを許さなかった。
「自衛隊ではこんなことは一切起きなかったのに我が軍が起こすとは何事か!恥を知れ!」
誇り高き海兵隊の一員が、その誇りを汚す事は我慢ならなかったバーンは、その場で銃殺もいとわなかった。
周りが止めなければ自分で現地に飛んでいきかねないほどだ。
どうも、異世界転移に巻き込まれ、半場自暴自棄と化した者が少なからず居る事に気付かされた事態だった。
とは言え、夕方頃にはしないの戦いは終わりを迎え、残すところは敵の本拠地だけとなっていた。
「レオナルド様、市内は制圧されたようです」
城の一室から市内の状況を観察していた兵が報告に来た。
これで、残すところはこの城のみになった。
漸く兵権を得て、全軍の掌握が叶ったと思えばこれだ。
これでザハンを逃がす事は不可能となったが、予定に変わりは無い。
むしろやり易くなったといえる。
「では、皆覚悟を決めよ」
レオナルドの言葉に集まった将は誰も異議を唱えなかった。
目指すは玉座の間。
城への攻撃が始まる前に事を成就せねばならない。
それしかこの城に残されたものを救う手立てはない。
全員がそれを理解しているのだ。
「では、短いこの国の歴史を終らせよう」
レオナルドの決意の一言によりバジル王国の幕引きが始まった。