第31話「攻略部隊出撃」
ーホードラー地区シバリア行政区
ベサリウス支援旅団からの連絡に北野は頭を悩ましていた。
ベサリウスとも協議はしたが、軽々しく判断できない、として一旦協議を終わらせ結論は後日に回していたからだ。
たしかにバジル王国は信用に足らない国なので、味方に引き込むつもりは無い。
できればこの機に消えてもらう腹積もりではあったが、支援旅団はその為には派遣していない。
支援旅団は今後、しばらくはベサリウスの戦力が充実するまでの守備に回しているからだ。
たしかにバジル王国を潰す戦力は支援旅団の規模なら問題なく行えるとは思う。
しかし、いきなり大風呂敷を広げるのは愚策だ。
一歩一歩着実に土台を築きながら動くべきなのだ。
しかも今は状況が宜しくない。
日本政府が南部平定に動き出していたからだ。
日本の資源不足は幾らか緩和できたものの、根本的解決には程遠い。
その為の南部攻略なのだ。
日本国内の状態を鑑みればこの決定は悪くない。
しかし、支援旅団に回すべき物資を南部攻略に回す必要性が出てきている。
流石の北野も政府が何故今この時期に南部攻略を決定したのか、その意図を図りかねていた。
まさか、北野も気付いていなかったのだが、一部資源(主にゴム)の備蓄が底を漬きかけていることなど思いもよらない。
「やれやれ、参りましたね」
心底困っているのか、書類を片付ける手が止まっている。
しかし、南部攻略が始まるまでに物資は出来る限り蓄え、南部攻略の為に投入する必要がある。
ここでバジル王国攻略へと動くだけの物資も戦力も無い。
「こんな時に高橋さん達を支援旅団の手伝いに送ったのは拙かったですね」
北野はため息をつきながら考える。
勿論高橋たちでバジル王国攻撃をやれ、などという馬鹿な考えは無い。
単に何かしらの方策が浮ぶかも知れないといった、相談相手としてだ。
今、高橋たちは捕虜の移送を手伝うために支援旅団へと向かわせている。
今更相談を持ちかけるために引き返させるなど出来ない。
北野には珍しく悩んでいる様子が見られる。
彼とて万能ではない。
海千山千の相手と対等に渡り合ってきた今までの経験が彼の働きを支えているのだ。
北野は頭を悩ませながら、とにかく考える。
打開策はあるはずだ。
打つ手が本当に限られるのは切羽つまった状況になったときだけだ。という持論が北野にはある。
それ故にまだそこまでの状況ではないはずの現状をどうにかする方法を考えている。
2正面作戦を行うための戦力、物資がどこかにあるはずだ。
他に動かせる余剰と行かなくても、纏まった戦力でもあればいい。
それは何か?
その時、書類の一つが北野の目に留まった。
それは「シバリア動乱」におけるシバリアの被害に関する報告書だった。
「ああ、まだ残ってたのですか」
とっくに全て片付けていたつもりだったが、1つだけ片付けられずに他の書類にまぎれてしまっていたようだった。
「やれやれ、仕事があるのは有難いですが、あり過ぎるのは問題ですね」
そう言いながら北野は書類の決裁を済ませて処理済の箱に入れようとした。
その時、書類の内容を今一度確認していた。
そして気付いた。
今の日本には自衛隊だけが戦力ではない、という事実に・・・。
「つまり、支援旅団に代わってバジル王国とやらを潰せ、と?」
シバリアに配置された日本外人部隊、元在日米軍のアーノルドは北野から相談を持ちかけられていた。
「ええ、あなた方の戦力はシバリアにかなりいましたね?」
たしかに、日本外人部隊は先のシバリア動乱から、増員配置されている。
これは外人部隊にも働きの場をと言う理由でシバリアの防衛、及び周辺の治安維持のためだった。
勿論、防衛には自衛隊もいるが、やはり米軍時代の経験は自衛隊にはないものだ。
しかも現在シバリアにいる外人部隊は全軍で師団規模の戦力だ。
周辺に散っている分を考えると更に1個旅団は編成できるだろう。
「たしかに今の任務よりはやりがいはありますが・・・」
アーノルドはそう言いながら北野の顔を見た。。
大分疲労が積み重なっているのは見て取れた。
「攻略戦、と言うのはこちらにも危険があります。しかし、それを押してお願いしたいのです」
本来、命令できる立場にありながら北野はお願い、と言った。
これは外人部隊に汚れ仕事を押し付ける事になりかねないからだ。
たしかに外人部隊とは汚れ仕事をする部隊だろう。
しかし、日本政府は今まで同盟国として一緒にやってきた者を状況が変わったからと言って180度違う扱いはしたくなかった。
だから率先して汚れ仕事を自衛隊で受け持ってきたのだ。
今までそう言った考えの下、彼等外人部隊を厚く遇してくれてきた北野の言葉にアーノルドは少し考えていた。
たしかに、シバリア動乱の時に活躍はした。
しかし、それ以外の活躍の場は与えられていない。
今回の北野の話は外人部隊の存在感をアピールできる機会ではないだろうか?
どうも日本は遠慮が過ぎる。
もっと使ってもらってもいいのに・・・。
アーノルドとしても大事に扱ってもらえるのは有難いが、やはり米軍時代の様な何かの為に決死に戦う状況を欲していた。
どんな汚れ仕事で嫌われようと、国家の為に命を賭けるのが軍人だ。
その合衆国軍人だった彼等からすれば、国家の為に命を投げ出せる機会に恵まれた自衛隊が羨ましかった。
ある意味、日本人には希薄な愛国心が彼等外人部隊には強く残っている。
それが日本になってしまったとは言え、自分達を受け入れ、その生活を保障してくれているのなら彼らの祖国は今や日本だ。
勿論、望郷の念は耐え難く、そう簡単に割り切れたり、祖国を忘れる事はできないだろう。
だが、帰る手立てなどない現在ではそれしか彼等が生き残る手は無い。
故に彼等は日本の為であればどんな任務でも躊躇う事は無い。
だから、この機会にもっと活躍の広げたいと考えていた。
「我々の指揮権は現在貴方にあります。ご命令いただければどんな任務でも遂行します」
アーノルドの言葉は北野にとっては有難いものだった。
「ありがとうございます。それでは貴隊司令部に改めて命令を下しましょう」
北野の命令にアーノルドは敬礼で応じた。
ーベサリウス領コンスタンティ
北野は即座に政府と協議し、外人部隊司令部とも交渉しバジル王国攻略の手はずを整えた。
鈴平は難色をしめしたが、北野の強い説得でバジル王国攻略を許可した。
これは当初の予定とは違うが、元々バジル王国への軍事行動は視野に入れてあった事や、外人部隊司令部からの要望もあり許可されたものだ。
そしてその決定はコンスタンティに滞在する坂上に即座に届けられた。
ベサリウスはその報に残存部隊を召集し、動かせる戦力を整えだした。
「しかし、ベサリウスの領土は我々が保全するので宜しかったのですか?」
坂上がベサリウス領の防衛を自衛隊に任せた決定に疑問を呈した。
本来、自国領土は自国の力でやるものであり、他国に一任するものではない。
かつての日本とて防衛の一端ぐらいは受け持っていたぐらいだ。
しかし、ベサリウスは笑って答えた。
「危険性は上げたら切りがありますまい。それに、裏切られたらそれだけのことだった。と言う事ですよ」
日本を信頼している、と言う発言に坂上はこれは大任だと思っていた。
守るだけなら今の自衛隊なら問題ない。
だが、裏切らない、騙さないと信じられているのに、その信頼を裏切る事などできはしない。
ある意味、気持ちがいいものでもあるが、重責は大きい。
「了解しました。何があろうと起ころうと貴方の帰還まで全力で守り通してみせますよ」
そういって坂上は敬礼した。
だが、同時にどうしてここまで日本を信じられるのか疑問だった。
はっきり言えばベサリウスにとって主家の仇と思われていてもおかしくはない。
その答えは今のところは分らないが、今後も付き合いが続けばわかるのだろうか?
考え込む坂上を他所にベサリウスは日本外人部隊の到着と同時に動けるように兵を整えていく。
特に日本側から食料の確保が懸念されたことから兵糧を重点に準備している。
食料を配給制にして節約している日本と違い、ベサリウス国は食料には余裕がある。
日頃から常に備えていたからだ。
一応日本も備えていたが、備えの規模が違うのでこの差は致し方ないだろう。
「ところで、我が軍の出番はありますかな?」
ベサリウスは日本の実力を知っているので、自分達は足手まといにされるのでは?という懸念がある。
流石にベサリウスは武人であるだけあって事があるならば戦場で働きたいと思っていたからだ。
「今回派遣される部隊は下手すれば日本でも最強の部隊です」
坂上の答えに、正直がっかりしたベサリウスは同時にその力を見たくなった。
「しかし、最後はバジル王国の首都、たしかグラナリア・・・でしたね。そこが戦場になるでしょう。そうなれば白兵戦ですから」
つまりは出番は最後になるまで無いと言うことなのだが、それでもその機会があるのは僥倖だった。
腕が鳴りますな。と気軽に言うベサリウスに坂上は王が戦場で剣を振るうのはどうなのか?と思ってしまう。
昔はそれもありだったろうが、今の坂上たちの常識では万が一がありえるので指揮官たるものが戦いに参加するようでは指揮官ではないとなってしまう。
しかし、ここは現代世界ではない。
中世の時代で異世界なのだ。
彼等現代日本の常識で考えられる世界ではない。
「確かに王が率先して剣を持つのは問題でしょうな。ですがつい最近まで私は一介の領主でしたから」
立場は簡単に変えられても、生き方は簡単には変えられないと言った。
意気込むベサリウスを前に坂上は不安しか無かった。
先の火力戦から6日、外人部隊が到着した頃には7日が経った時の話である。
日本とベサリウスがバジル王国攻略に動き出したのと、ザハンが国を捨て逃げ出す準備を始めたのは、くしくも同じ時期であった。