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第30話「今後の行方」

ーバジル王国首都グラナリア


わずかに帰還した将兵の姿にザハンは苛立ちを通り越して呆然としていた。

11000もの軍勢が、ベサリウスの2000余りの軍勢に敗れたと聞いたからだ。

それも、ぽつりぽつりと帰還してきたものから聞くと、皆恐怖に顔を引き攣らせながら一様に「化け物が出た」と口にする。

化け物とは何だ?と聞いても分らない、としか答えない。

姿は遠目であったのもあり、確認できていないと言う。

しかし、見た事も聞いた事も無い魔法で一方的に攻撃を受けたと・・・。

「陛下・・・これは一大事ですぞ」

レオナルドがザハンの意識を向けさせるために声をかける。

ザハンは、そんな事は分っている、と言いながらも青ざめていた。

「我が国の半分の戦力が失われ、ヘルマン将軍も恐らく・・・」

レオナルドにとってはヘルマンの事より、娘のように思ってきたフェイの事が残念だった。

侵攻軍が敗れたのは帰還した者から推測するに4日前、それから考えて既に7日が経っている計算になる。

それでも帰還しないなら、恐らく戦死か捕虜になったと考えるべきだったからだ。

フェイの事だから最後まで剣を捨てずに挑むであろう。

それを考えれば戦死に違いない、と思っていた。

「現状で軍の指揮を取れる者はおりません。また、兵力が半減しましたので国土の防衛も難しいかと・・・」

それ見た事かといわんばかりのレオナルドにザハンは力なくうなだれた。

元々レオナルドは今回の出兵には反対していた。

国土の防衛をおざなりにして侵攻など無理にも程があったからだ。

それを指摘されては反対意見を退け強行させたザハンは何も言い返せない。

「・・・では、今後どうすればいいのだ?」

元々内政も外交も下手としか言えないザハンはレオナルドにほぼすべてを任せてきた。

ザハンはホードラー王国が健在であった頃ならば、有力な諸侯の側に着いていくだけでどうにかなってきたが、この様に国を興して何かをする器ではなかった。

そして、この時もザハンはレオナルドに頼った。

だが、帰ってきた答えは非情であった。

「分りません」

一切を頼ってきたレオナルドにこういわれては椅子の上からズレ落ちるほどに動揺もやむをえない。

「・・・敢えて言うならば」

レオナルドはハッキリ言って、ザハンにこの地を任せるのは危険だと考えていた。

ザハンは自らの主ではあるが、欲が深く他人を省みない。

強いものには弱く、弱いものにはとことん強いと言う性根もある。

なにより、興味の無い事には全くと言って何もしようとはせず、人任せにしてきていた。

それらを考えるとバジル王国を危機に陥れる要素にしかならないのだ。

「あ、あえて言うなら?」

期待を込めてレオナルドに尋ねる姿は王のそれではなかった。

ただの人と変わらない。

王とは絶対権力者であり、威厳を持ってその威光を示さねばならない。

それはただの人ではないのだ。

それを見ながらレオナルドは国を、ではなくこの地の領民を救う手立てを取る事にした。

「全面降伏しかありませんな」

死刑宣告にも似た言葉にザハンは言葉を失った。

最悪、自分は処刑されてしまうからだ。

いや、ほぼ間違いないだろう。

ベサリウスが自領に攻め入ってきた自分を許すとは思えなかったからだ。

「そ、それしか・・・ないのか!?」

悲鳴の様な声をあげつつ、椅子を蹴り倒してレオナルドに詰め寄る。

「奴等だって疲弊しているだろう?そのはずだ!それなら講和で何とかなるはずだ!その間にまた戦力を整えれば・・・」

必死に生き残る道を探そうとするザハンにあきれ返るしかなかった。

既にその段階には無い。

報告から、ベサリウスの軍勢は確かに疲弊しているだろう。

だが、援軍に来た軍勢は一方的に攻撃してきたと言う。

ならば無傷では無かったとしても損害は軽微のはずだ。

それだけの力を持った軍勢が余勢を駆ってくるのは十分に考えられた。

今まだ来ていないのはその準備を進めているか、既にむかっているかだろう。

逆に攻めてくる可能性がある中で講和などに望みを託すのはそれこそ無謀だ。

「無理ですな。兵を率いる者も無く、ましてや報告どおりなら敵は圧倒的戦力を持っております」

バジル王国の軍勢はたしかに10000はある。

しかし、率いる将がいないのだ。

ガリウスもヘルマンも亡き今、その二人と同等の力量を持つ将がいなければ烏合の衆にしかならない。

しかも、10000と言ってもあくまでも国内の警備などに着いている者を含めての話だ。

実際に戦場で戦うとするなら5,6000集まれば良い方だろう。

その程度の戦力では簡単に打ち破られてしまうだろう。

その上、更に相手を怒らせかねない。

「陛下・・・降伏するか、何処かへ落ち延びるほかありませんよ」

レオナルドはある意味確信があってその言葉を告げた。

ザハンに生き残る道を示せば、恐らくそれに食いつくだろう。

今の状況からすればそうなると分っていたのだ。

「お、落ち延びる・・・?」

ザハンは絶望の中で一筋の希望の光を見た様な気分だった。

他に取りえる選択肢は思いつかないし、見えない。

よしんば、落ち延びても再起は不可能だろう。

良くて飼い殺し、悪ければ災いの種として処分される。

良くも悪くもなければ受け入れ拒否で流浪の民と化す。

そっちの方が悲惨かもしれない。

しかし、それに思い至る事ができるほど思慮深くなかった。

そもそも思慮深ければこんな事にはならないだろう。

「そうだ!落ち延びる手があった!城中の財宝を!兵を集めよ!」

ザハンは歓喜しているが、レオナルドは止めるつもりは無かった。

これ以上、暗愚な主君に仕えるのに疲れていたし、何より、最後のけじめだけは付けねばならないからだ。

「では、その様に取り計らいます」

恭しく頭を下げるレオナルドの目に怪しい光が見えたが、ザハンがそれに気付く事は無かった。




バジル軍との戦いが終わった直後から坂上率いる支援旅団は死者の埋葬、及び戦後処理に追われていた。

また、僅かに生き残り、捕虜となったバジル軍の兵(正気だったものだけだが)の手当ても必要だ。

なにより、自衛官の中にはこれ以上戦闘に耐えられない精神状態の者をコンスタンティには寄らせず、直接ホードラーまで輸送せねばならない。

その手配と処理に4日は戦場に足止めされていた。

一応コンスタンティに残る部隊に無線連絡で「交戦中」とさせていたいので、何時でも援軍を送る態勢を取っていたベサリウスを足止めすることにも成功している。

これで今回明らかになった自衛隊、と言うより平和に慣れてしまっていた日本人の精神的弱点は隠し通す事が出来た。

そんな苦労が漸く終わり、バジル軍撃退の報と共にコンスタンティに帰還したときには5日が過ぎていた。

「ご無事でしたか」

ベサリウスが少なくなった手勢でサカガミたちを出迎える。

そのベサリウスに敬礼で応じた坂上らはそのまま祝宴へと招待された。

この世界では戦に勝ったらその都度祝宴を開き、将兵の働きをねぎらい、そして戦死したものに捧げる習慣がある。

正直、現代日本の自衛官には馴染みが無いものではあるが、郷に入れば郷に従えだ。

そう言ったわけで住民上げての戦勝祝いが行われていた。

「いやはや、損害は軽微とは・・・日本は流石ですな」

お世辞でもおべっかでも無くベサリウスは感嘆している。

自分達の常識で考えれば、今回の戦闘の規模から考えても損害は少なく済むはずがないからだ。

それを極一部の軽微なものに止めたとあっては感嘆するより他はあるまい。

実際はホードラー地区へと移送しただけで、損害は発生していないのだが、不自然さを隠すための処置と言える。

坂上は愛想笑いで答えて杯に注がれた麦酒(この世界ではエーリィと呼ばれている)と言われる物を口にした。

炭酸こそ無いが味はビールのそれに酷似していた。

贅沢を言えばよく冷えたものが飲みたいが、贅沢も言ってられない。

「しかし、これでバジル王国もしばらく大人しくなるでしょう」

坂上はそう言って塩も香辛料殆ど使っていない料理を口に運ぶ。

正直、一味も二味も足りない。

醤油がほしい、と本気で思ってしまう。

だが、それは現代日本人による贅沢な悩みである。

ここは内陸部だ。

海からは遠く塩は交易しかない。

ホードラー王国時代は海に面した地区からの交易があったが、今は途絶えている。

香辛料に至ってはホードラー王国でも生産は無く、大陸南西に位置するブランジア帝国からの交易でしか入らない。

しかも距離が相当あるので、海路を使っても時間が掛かり必然的に高価になる。

結局は、ホードラーにおいてだが、食事に関する事が軽視されている文化故の味付けなのだろう。

日本が落ち着き、そう言った文化がこの地に流れたときは大きなビジネスチャンスになるだろう。

それはさて置き、ベサリウスは先程までとは打って変わって真剣な眼差しを向けてきた。

「一旦は戦は終わりました。しかし、今後はどうするかです」

その言葉の意味するところは坂上にだって分っていた。

このまま守勢にまわり相手の疲労を待つか、それとも打って出てバジル王国に攻め入るか、である。

前者にはこちらの戦力を温存させつつ、地の利を生かして有利な条件で戦える。

対して後者は戦力温存は見込めないが、国土を荒らされずに済む。

また、後者に至ってはそこから何を目指すか?によって様々な選択肢が取りえる。

1つ目は領土を拡張する。

2つ目は有利な講和条件を引き出す。

3つ目は後顧の憂いを取り除く・・・つまりバジル王国を滅ぼし、併呑するのだ。

勿論ベサリウスの兵力は激減しており、侵攻するしない以前に防衛さえままならないだろう。

だが、日本次第で可能だと踏んだようだった。

確かに可能だ。

支援旅団がコンスタンティに初めて足を踏み入れた時より1週間が経過している。

空港設備は不十分なれど物資の輸送は順調に行えている。

勿論陸路もだ。

この場に北野辺りがいれば鉄道を引く事も考えるだろう。

だが、坂上にその判断を下す権限は無い。

シビリアンコントロール下にある自衛隊が、政府の意思とは関係なく動く事は出来ないのだ。

一度でもやってしまえば取り返しがつかない悪しき前例を残すことになってしまう。

「残念ですが、その意思決定は我々では出来ません」

坂上は丁重に断る。

その上で本国とベサリウスが協議し、日本政府が許可を下したなら可能かもしれない。と断定を避けた答えをした。

「失礼だが、この軍の指揮官は貴方ではありませんか?」

ベサリウスは元々一介の将だったのもあり、戦場にあれば将の裁量で動く事こそが最良と考えていたからだ。

勿論、連絡手段が限られ、時間もかかるこの世界ではそれが普通だろう。

しかし、連絡手段が時間も掛からずに即可能な技術が確立された現代日本ではそうも行かない。

指揮官の裁量で動く事など不要なのだ、

そこを説明すると、ベサリウスは逆に不便ですな。といった。

とは言え、坂上からすればその分の責任を上に丸投げ出来るので気持ち的に楽である。

自分が負うべき責任は部下に対するそれだけで済むからだ。

「このままバジル王国を放置はできませんからな・・・。もし宜しければあなた方の政府と協議したいのですが?」

ベサリウスは日本が遠方にあっても互いに連絡が出来る手段を持っていることを既に知っている。

今の発言はそれを貸してほしいとの要請だ。

「それは・・・上と確認してから・・・でよければになりますね」

坂上は嫌な予感を覚えつつもホードラー地区へと連絡をする事にした。

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