第29話「火力戦~後編」
バジル軍の正気であった主だったものは壊滅しつつある中、与えられた命令に従い突撃を続ける兵たちは砲撃の中を着実に支援旅団戦線へとその牙を向けて進んできている。
そしてついに6000mを突破、それと同時に81mm、120mm迫撃砲が砲撃を始める。
迫撃砲は榴弾砲とは違う武器だ。
共に曲射、つまり放射線を描いて頭上より攻撃するのは一緒だが、榴弾砲がより遠距離への攻撃を意図されたものに対して、比較的近距離への攻撃を意図されている。
また、榴弾砲は弾を込めるときは後装式(後ろから弾を込める)なのに対し、迫撃砲は前装式(前から弾を込める)である。
これは攻撃可能になるまでの展開が迫撃砲のほうが速く、その上かなりの連続射撃が出来るようになっているからだ。
その迫撃砲の雨のような砲撃にバジル軍の兵は次々に手足を引きちぎられ、赤い鮮血と臓物と、肉片を撒き散らす。
しかしそんな状況でも顔色一つ変えることなく前進してくる不気味なバジル軍の兵。
まるでホラー映画やゲームに出てくるゾンビだ。
「な、何なんだよあいつらは・・・」
ありえない光景に自衛官の中には恐怖心を始めとした困惑が広がっていく。
彼らの多くは今回が初の実戦と言うのもあるが、この世界を劣った文明による劣った存在と認識しているものが多かったからだ。
ある種の「自分達は特別」と言う意識が少なからずあったのは否めない。
しかし、今目の前にいる存在は自分達の優れた力が通じない、いや、通じているのだが意にも介さない。
その異様な様子に恐怖するのは致し方なかったのかもしれない。
殆どは一方的な戦闘だった、と実戦参加者から聞いていたのも影響しているだろう。
「司令、各隊から皆動揺していると・・・」
無線員からの報告に坂上は恐れていた事が起きつつあると苦虫を噛み潰した表情になる。
(やはり・・・こうなったか・・・)
実戦の機会の無かったものを中心として編成されていたことに不安があったのも確かだが、それ以上に異様な存在に見えるバジル軍の不気味な動きに不安が重なっていたのだ。
このままでは危険、と判断するもどうすればいいのか・・・。
その判断は坂上にゆだねられていた。
「無線を貸せ」
坂上は無線員から無線を受け取ると、全隊に通信回線を開かせた。
「総員聞け、目標は以前前進を止めぬが恐れるな。こちらに到達させねばこちらの勝ちなのだ。ひたすら打ちまくって殲滅せよ」
自分を落ち着かせるようにしつつ、その冷静さで全体の動揺を押さえ込もうとする。
なおも坂上は続ける。
「なに問題はない。日ごろの訓練をそのままにやればよい。中国の人海戦術を相手にするのと同じだ」
実際は全く違うが、元の世界において冷戦後は対ロシアよりも対中国の人海戦術を想定した訓練は行われてきた。
それをやれば勝てると言ったのだ。
それでも完全には動揺は鎮まらない。
だが、多少は落ち着きを取り戻した全隊は訓練どおりに動き出す。
些か、無茶な話をしたと思うが、それで多少でも何とかなればいい。と坂上は思った。
「動揺は幾らか抑えられたかもしれません。しかし、アレは・・・」
幕僚も流石に困った表情だ。
確かに困るだろう。
何せ味方がやられてもただひたすら前に進むだけなのだから。
相手に思考があれば幾らでも手の打ち様があるが、相手が何も考えずに進んでくるだけではどうすればいいのか分らない。
「・・・最悪、降伏や撤退がないと考えて殲滅するしかないな」
ある種、もっともやりたくない事を選択する。
たしかに、ゲリラ化されるのを防ぐ意味で壊滅させる気だったが、よもや一人も生かして帰さない殲滅という方に選択せざる得ないとは思っても見なかった。
「だが、こちらに犠牲は出せないならやるしかあるまい」
坂上はそういってリアルタイムに映し出される映像に目を向けた。
既に戦場では大きくその数を減らしたバジル軍が尚も前進を続け第2陣を突破しつつあった。
まもなく飛行隊のUH-1の攻撃だが、ここで坂上は方針転換を行った。
「このまま当初の予定通りは危険と判断、持てる全装備を持って全力攻撃に移る」
作戦を放棄すると言う決定に幕僚も色めき立つが、そうも言ってられない。
このままでは戦線に到達されてしまう。
まさか、現代日本の自衛官に白兵戦闘を命じるわけにもいかない。
勿論その訓練はしているし、現代でも戦線を突破するために銃剣突撃は有効であるとされている。
しかし、元から白兵戦に特化したこの世界の軍を相手にしようとは思わない。
ならば、まだ距離がある今のうちに全火力を全力でぶつけるしかない。
「全隊に命令、全力射撃に移れ。弾薬は浪費するが構わないと伝えろ」
坂上の判断をそのまま各隊に連絡する。
するとほんのひと時だが、支援旅団からの攻撃が一旦止んだ。
数分後・・・照準を再度設定し直した支援旅団は、その全火力を一斉にバジル軍目掛けて打ちかけた。
未だ距離は3000mほどあるため、撃てるものは砲撃ぐらいだが、それでもその火力はすさまじいの一言だ。
一瞬にしてバジル軍の戦列が爆炎のなかにその姿を消す。
ある意味、狂気の沙汰ともいえる砲撃は所持弾薬をほぼ使い切るまで行われた。
ファイが意識を取り戻すとそこはあたり一面焼け焦げた大地と躯が折り重なる地獄と化していた。
五体満足な者は見た限り殆どいない。
いたとしても気が触れていたり、茫然自失していたりと悲惨な状況だ。
「み、味方は・・・」
はるか前方まで進んでいたであろうバジル軍の兵たちの姿は無い。
煙がいまだあちらこちらに漂っているため見辛いだけだと思う。
しかし、あの爆風は既に止んでおり、敵勢力の要るはずの辺りは静寂に包まれている。
「・・・し、将軍!?ヘルマン将軍はどこか!」
地獄の中でフェイは護るべきヘルマンの安否に意識を向けると、ヘルマンの姿を探し回る。
しかし、その姿は何所にも見えない。
まさかあの爆風に・・・。と考えるが頭を振りその考えを打ち消した。
「ヘルマン将軍!何処におられますか!」
叫び声を上げながら辺りを捜索すると、地面に横たわるヘルマンを見付けた。
死んだ馬の下敷きになっているように見えた。
「将軍!」
急いで駆け寄り、ヘルマンの上に圧し掛かる馬をどけようとする。
しかし、流石に一人では中々に難しい。
馬はそれだけで人間の体重の何倍もある。
如何に鍛錬に鍛錬を積み重ねていてもそう簡単には動かせない。
それでも必死に力をこめ、なんとかわずかな隙間を作ると一気にヘルマンを引き出した。
気付くべきだった。
いや、確認すべきだったろう。
ヘルマンが生きているかどうかを・・・。
馬の下敷きになっていたヘルマンを引き出した事は出来たが、ヘルマンは既に息絶えていた。
腹部より下が無かったのだ。
その光景にフェイは力なくへたり込む。
「・・・」
フェイはただ呆然とヘルマンの遺体を見つめている。
張り詰めた物が切れたようだ。
しかし、何時までも呆然としてはいられない。
敵の追撃があるかもしれないからだ。
せめてヘルマンの遺体を敵の手に渡し、辱めを受けさせるわけにはいかない。
それは女性であるフェイにもいえるのだが、フェイに取ってこの身がどうなろうが知った事ではない。
将軍の身柄を最後まで護るため、辺りを探し回って天幕の布地を見つける。
そしてその布地でヘルマンの遺体を包むと、背中に背負った。
この際、下半身はどうしようもない。
諦めるほかは無かった。
「何としてでも・・・国に連れ帰らねば・・・」
その義務感からフェイはヘルマンを包む布地を落とさぬ様に今度は馬を探す。
が、流石に見渡す限りその姿は無い。
仕方なく歩いてその場を離れようとした。
その時だった。
突然、辺りを爆風を起こしたときとは違う音が耳に入ってくる。
それが何かは分らないが、馬蹄の音にも聞こえたそれから敵か?と思い剣を抜く。
しかし、それは地上から聞こえてくるのではなかった。
その聞こえてくる方向を見ると、奇怪な鳥とも竜とも見えない生き物がそこにいた。
『そこの者、武器を捨てて投降しなさい。こちらは日本国陸上自衛隊。繰り返す、武器を捨てて投降しなさい。身の安全は日本国の名において保障します。こちらは日本国陸上自衛隊・・・』
奇怪な生き物から突然聞こえてくる声に戸惑いながらも、最早逃れられないと悟ったフェイは自決しようと思い立った。
身の安全は保障すると言っているが、そんなものは当てにならない。
その上、騎士であり武人である自分が捕虜などという不名誉な物になりたくは無かった。
剣を自分に向けようとしたその時、突然何かが破裂するような音が騒音の中で聞こえた。
『無意味な事をするな!命を軽んじるにも程があるぞ!』
奇怪な生き物が地に降り立ちながら声をあげる。
その側面から兵士であろうか?
奇妙な姿をした兵士と思われるものが次々と降りてくる。
その内の一人が手にする短剣より小さく見える何かから煙がかすかに見えた。
「折角助かった命を粗末にするな。生きていれば再起の機会だってあるんだぞ」
分ったような口の利き方をする男にフェイは唇をかむ。
お前に何が分るというのか?
そう言った意味を込めて睨みつけるが男は意に介さない。
「武器を捨てて投降しろ。もはや戦いは終わった。これ以上の流血は無意味だろう?」
先程までとは違い優しく諭すような言葉に、ようやくフェイは剣を捨てた。
諦めにも似た心境になっている。
気が抜けたせいか思わずその場に座り込んでしまった。
「旅団本部に連絡、生存者発見、負傷しているようですが命に別状なし」
男が声を張り上げる。
その間に白地に赤い十字の布を腕に巻いた者達がフェイに駆け寄り額や腕を見る。
フェイは気付いてなかったが、多少なりとも怪我をしていたらしい。
フェイはそのままなされるがままだったが、彼らは乱暴するまでも無く傷の手当てをしているようだった。
「お前さん、運がいいな。生きてるだけでなく額の傷も小さい。痕は残らんぞ」
手当てをしている初老の男はそういいながら笑いかけた。
「私は騎士だ。傷跡が残ろうが気にしない」
せめて騎士としての威厳は残しつつフェイは言ったが、男は尚も笑った。
「やれやれ、気の強いお嬢さんだ」
無礼な!と声を上げようとしたが男は立ち上がったためにその機会は失われた。
横を見ると背を下ろされた布地の中身を確認している者たちがいた。
「アンタの上司かい?」
手当てをしてくれた男がフェイに尋ねる。
「・・・バジル王国将軍ヘルマン・カノープス様だ」
粗末に扱われないよう、敢えて教えてしまったフェイだったが、逆に早計だったか?と思った。
その身分を知ればどう扱われるか分ったものではない。
しかし、彼らはそう言ったことは一切しなかった。
その場で手を頭に持っていく。
敬礼と言われるものだが、フェイはそんな事は知らない。
ただ、祈りを捧げているのか?と思っただけだ。
「班長、どうも指揮官の遺体のようです」
まだ20そこそこだろうと思われる若い兵士が先程フェイに怒鳴った男に報告している。
「そうか、なら丁重に運べ」
その言葉を聞いて、一応の安心は出来た。
彼らは死者にたいする礼儀を心得ているようだ。
「よし、貴女にも来てもらうが・・・宜しいか?」
班長と呼ばれた男がフェイに向かって歩きながら声をかける。
どの道選択肢はあり得まい、と思ったフェイは黙って頷いた。
その日起きた戦闘は一方的な虐殺となった。
だが、自衛隊側も被害こそ無かったが、隊員の精神的なダメージに対する問題が発生した戦いだった。
また、自衛隊員の意識を変えさせる必要も出てきていた。
それらは、これからの戦いは今までどおりに行かないことを示唆していた。