第28話「火力戦~前編」
ーベサリウス領コンスタンティ北東
バジル王国ベサリウス侵攻軍は本陣を引き払い、一路コンスタンティ目指し南下を開始していた。
本陣を引き払ったのは、この一戦で駄目ならば一度後退せねばならないからだ。
戦力的にも、物資的にもこの一戦が限界なのだ。
その為にヘルマンはテレサの提案した味方を捨て駒にする策を実行していた。
精神を壊す魔法薬を騎兵以外の兵に使ったのだ。
量的に完全に壊す事は適わないが、その分幾らか柔軟に動かす事が出来る。
恐怖心、そして痛覚を麻痺させる事で死兵と化す事が出来た。
もっとも、この一戦が終わればこの魔法薬を使った兵は処分しなければならないが・・・。
それでも勝てば良い。
勝てば後は如何様にもできる。
「コンスタンティ到着は昼ごろになりますね」
複雑な心中を押し隠してフェイがヘルマンに進軍状況を報告した。
正直言って今回の策にはフェイは反対だった。
その為に考え直してもらおうと何度も意見具申した。
しかし、ヘルマンの強固な意志とテレサによる代案を出すようにとの横槍に最後まで考え直してはもらえなかったのだ。
フェイとて武人だ。
始まってしまえば自らの責務を果たす事に躊躇いはない。
しかし、兵を無闇に捨て駒にしてしまうやり方は戦術的に下策も下策だ。
一度失えば後が続かなくなるからだが、その後とはタラスクのことである。
西方のタラスク王国がすでに西方諸侯の大半を飲み込んでいる。
ベサリウスを討った後はそれに備えねばならないのに、ここで兵を消耗すれば備えるのも難しくなる。
フェイは先を見てそう考えているのだ。
「うむ、戦闘が始まればお前は残存する弓騎兵を率いて側面に回れ」
事前に決められた作戦を今またここで告げる。
フェイの度重なる意見具申に疎ましく感じていたのだ。
また、側面に回り陽動とする事でベサリウス軍の戦力を分散させる必要もある。
しかも極めて少数だが、此方の攻撃を意にも介さぬ謎の軍勢への牽制にもなる。
「はっ、その上で奴らがまた現れたなら背後より強襲ですね?」
何度も聞かされたことを再び確認するように答えた。
この辺りはフェイは己の立場をわきまえているのがわかる。
もっとも、分って居なかろうと既に後戻りは出来ないのだが・・・。
そのときだった。
「将軍!ま、前を!」
騎兵の一人が前方を指差しながらヘルマンに報告する。
何事か?と思い前を見るヘルマンの目に見知らぬ軍勢が姿を見せていた。
「ば、馬鹿な・・・!?」
ベサリウスの軍勢ではない。
別の軍勢による援軍にしか見えない。
しかし、ベサリウスに援軍を送る余裕のある国など聞いた事が無い。
「・・・数は2、3000居るか居ないか・・・こちらは約8000、倍以上の兵力ですわ」
馬を横付けしてテレサがヘルマンに告げる。
倍の戦力であるなら負けるはずが無い。
テレサは魔法薬も使っている以上、自分達の戦力の方が圧倒していると考えていた。
その考え自体は間違いではないが、何時の間に援軍が何所からとも無く現れ、そして布陣しているのをもう少し用心すべきであった。
「・・・たしかに、こちらが負ける要素は無い!しかも野戦ともなれば数の多いこちらが圧倒できる!進めぇい!」
ヘルマンの号令に空ろな目の兵が前進を開始する。
「騎兵はいかがいたしますか?」
フェイは、当初の予定とは違う事態であるためヘルマンに指示を乞う。
ヘルマンは横目で見ながら待機、と告げた。
まだ騎兵を動かす必要は無い。
当初の予定とは違うが、平野での野戦であるならば相手も大した小細工も出来ないと判断したからだ。
「はっ・・・」
素直に従うフェイは前方に展開する謎の軍勢に、言い知れぬ不安を感じながらも武人として将たるヘルマンの指示に黙って従うしかなかった。
「前方12時の方向、距離15、目標なおも前進!交戦態勢の模様!」
遠目に見えるバジル軍の軍勢を自衛隊はかなり前からその動きを察知していた。
平野であるのもあるが、各種観測機器(砲撃用無人観測機含む)があったからだ。
「十分に射程内ですな」
前線より後方約2km離れた旅団司令部にて幕僚が坂上に報告する。
しかし、坂上はまだ攻撃は早いと感じていた。
地図を見ながら距離を測る坂上。
地図は紙ではなく各種観測機器により観測された情報を元に映し出されている大型のディスプレイのものだ。
観測機器のお陰で相手の動きが映像でもリアルタイムで映されている。
その様子からこちらに気付いたようだが、進軍を止める気配はない。
「まだ撃つな。もっと引き付けろ」
火力戦を展開する事が前提になってはいたが、あまり距離があるうちに撃ち始めると逃げられる恐れがある。
そして逃げた兵がゲリラ化するのは避けたいのだ。
「では、どの辺りで撃ち方開始しますか?」
幕僚が地図上に表示された距離マーカーを見ながら坂上の判断を聞く。
坂上はしばし考えた後、一点を示した。
そこには9000mと書かれていた。
「距離9にて砲撃開始、現在いる距離15以上への攻撃は不要だ」
それ以上に逃げ切れるとは思えなかったからだ。
「距離9・・・近すぎませんか?そのまま突撃してきた場合を考えますと砲撃は然程できませんが?」
あまり近づきすぎると味方スレスレを撃たねばならなくなる。
時と場合によっては味方を誤射しかねないのだ。
「距離6以内になったら第2陣にて攻撃、距離3以内で第3陣だ。距離1以内になったら最終ラインの攻撃に移る」
坂上が個と細かく指示を飛ばす。
最後の最終ラインは普通科による攻撃だが、距離1、つまり1000mでは流石に攻撃は届かない。
だが、普通科だけでなく、偵察隊の攻撃は可能なのでそれを意図しているのは幕僚にも分った。
「了解です。各部署に連絡、準備かかれ!」
坂上の判断を幕僚が無線員に告げると、無線員は各部隊に指示を飛ばしていく。
坂上は腕を組みながらじっと画面に映し出されたバジル軍を見ていた。
昔ながらの甲冑に身を包み、槍を前面に押し出して進軍してくる姿は映画か何かのように思えてくる。
だが、これからそれを完膚無きまでに叩き潰そうとしている自分達は何なのだろうか?
何故日本が故郷の世界よりこの世界に来てしまったのか?
この世界で何をするために日本は転移したのだろうか?
それを考えずにはいられなかった。
やがて、攻撃予定地点にバジル軍が差し掛かる。
幕僚からの報告に、即座に答えない坂上。
ただじっと画面を見ながら険しい表情の坂上に司令部の誰もが目を向けていた。
やがて、静かに坂上は命令を下した。
「撃ち方・・・始め」
その命令は即座に野戦特化部隊に告げられ、野戦特化部隊の75式自走155mm榴弾砲と、155mm榴弾砲がそれぞれ1発づつに爆音を響かせた。
腹に響く重い音が辺りに響く。
訓練された自衛官たちは轟音が静まる前に次弾装填を開始している。
たった2発撃っただけだが、これは観測射撃といい、ちゃんと命中範囲に届いているかを把握するための射撃だ。
そして、しばらくして旅団司令部より連絡が届く。
『目標に着弾、効力射に移れ』
効力射、つまり効力射撃だ。
要はこれが本格的な砲撃の合図となる。
一度撃った各榴弾砲は既に再装填を完了している。
そして、配置された75式、155mm榴弾砲全砲門が一斉に轟音を轟かした。
密集横陣を組みながら前方に展開する謎の軍勢を殲滅せんと進み続ける。
そのバジル軍を観測するラジコンヘリの存在に気付かないままだ。
やがて、その頭上にヒュルヒュルと妙な音が接近してきた。
「何の音だ?」
誰もがそう口にしながら、聞こえてくる頭上を見上げる。
しかし、特に何も見えない。
段々と接近してくる音の正体をヘルマンを含め、正気のもの全員が探す。
そこに、155mm榴弾が2つ着弾した。
すさまじい爆発と、それによって生じた轟音、そして破片が爆発に巻き込まれた兵を、爆発から免れたはずの兵をバラバラに引き裂いてしまう。
しかも爆風に煽られ、離れていたはずの兵も吹き飛び地に伏せる。
あまりの轟音に訓練された軍馬さえも恐慌をきたして暴れまわる。
そして馬に乗っていたもの全員が馬から落馬したり、抑えようと必死になってしまう。
その混乱は正気の者だけに限ったものではあるが、これが魔法薬なしだったら兵は四散していたであろう。
「な、何がおきたのだ!」
ヘルマンが訳が分らぬとばかりに怒号を上げる。
だが、それに答えられるものなど居ない。
様々な魔法を会得しているはずのテレサでさえ見た事のない魔法だ。
そう、彼らには魔法だとしか認識できていない。
しかし、魔法とは違う威力にそれが何なのかがわからないのだ。
そんな彼らの頭上に、再びあのヒュルヒュルと言う奇妙な音が近づいてきていた。
今度は1つや2つなんてものではない。
無数に聞こえてくる。
その事実にヘルマンはここにいては危険だと考え全軍に突撃を命じた。
「行け!ここに留まればあれによりやられるぞ!進むんだ!」
またあの死の暴風が巻き起こる前に接近しなければならない。
しかし、まだ距離がありすぎる。
今から突撃では到達した頃には兵は身動きできなくなるだろう。
それでも、その指示に魔法薬を投与された兵たちは反応し、指示通り突撃を開始していた。
「将軍!はや・・・」
落馬していたフェイがヘルマンに駆け寄ろうとしたその時、再びあの暴風が、今度は当たり構わずに降り注いできた。
フェイもヘルマンもその爆風の中にその姿が見えなくなった。
「ひ、ひぃぃぃ!」
テレサは最初の爆風で既に恐慌を来たし逃げに掛かっていた。
しかし、乗馬が言う事を聞かずに爆風の降り注ぐ中を右に左にと振り回されている。
最早、戦の勝敗や自分の研究、そう言ったものなど頭にない。
ただこの異様な地獄から生き延びようと必死だ。
「なによ!何なのよこれは!」
そう叫んだ瞬間、馬に爆発により生じた破片が当たる。
それは小さな、本当に小さな物だったのだが、テレサの目の前で馬の首を引き千切っていた。
「ぎ、ぎゃあああああ!」
とてもその美しい容姿からは想像も出来ない絶叫をあげながら地面に投げ出される。
受身など取れるだけの訓練など積んだ事もないテレサは、全身を地面に打ちつけて倒れこんだ。
「あ・・・ああ・・・・」
声にならない呻きをあげながら、全身をバラバラにされた様な痛みに表情を歪ませる。
ハッキリ言って生きてるだけでも運が良いと言える。
いや、この場合は運が悪いのか・・・。
とにかく、生きている事は事実だ。
這いずる様に手を伸ばすが、誰も彼女を助けようとはしない。
正気の者にはそんな余裕は無く、正気にない兵たちは彼女に見向きもせず与えられた命令に従い走っていく。
最早テレサは一人爆風の中に取り残された状況だ。
とにかく逃げねば、と言う本能か何かが自分に命じる。
必死に起き上がろうとするが、何故か立ち上がれない。
思わず目を足にむけると、両足は膝から下が無かった。
榴弾砲の破片は馬の首だけに当たっていたわけではなかったのだ。
「あ、わ、私の・・・足・・・どこ・・・?」
現実的ではない光景にその精神はズタズタにされていく。
必死に足を探し回るテレサは、やがて意識を失った。