第27話「決戦前夜」
ーベサリウス国コンスタンティ
ベサリウスは懐疑的であった。
日本の提案する火力戦、強力な飛び道具で相手を圧殺するものであるらしい。
しかし、古来より飛び道具で戦の決着が着いた試しはない。
それを考えると本当に可能なのか?と考えてしまう。
もう一度詳しく説明を聞こうと思ったが、坂上は先程ベサリウスから行われた要請で負傷者の手当てや、領民への食事の手配で席を外している。
また、日本が展開するといった火力戦において、ベサリウスの手勢も巻き添えを食いかねないとして断られたのも気に掛かる。
坂上は非常に言い難そうにしていたが、ハッキリ言えば邪魔といってるに等しい。
しかし、火力戦について懐疑的になっても、自然と坂上の共同戦拒否の姿勢には腹が立たない。
人柄もあるのだろうが、今の今まで戦い続けたベサリウス軍の招聘を労わったからだと分るからだ。
「いや、彼等を信じよう」
自分の中に芽生えた従来の戦の方法などは既に過去のものだと頭を振る。
たしかに実際に目にするまでは懐疑心があるだろう。
だが、既に彼らはその片鱗を自分に見せているではないか。
そう考えて自身の中に芽生えたものを押し込んだ。
外で領民に炊き出しや、負傷者への手当てをしてくれている自衛隊の姿は騎士に似たものを感じる。
ある意味、自衛隊一人一人が騎士なのであろう。
ベサリウスはその姿に敬意を持っていた。
そのときだった。
部屋のドアがノックされる音に、ベサリウスは自問自答をやめ、振り返った。
「入れ」
短くドアに向けて声をかけると、そこに坂上が来ていた。
「少々お願いに上がりました」
日本からのお願いに警戒心が生まれるがそれを振り払った。
「なんでしょう?」
その内容を聞かない内に警戒など必要ない。
むしろ今のベサリウスにとって警戒するだけ無駄だ。
いつから自分はこんなに疑い深くなったのか、と自嘲さえ浮ぶ。
「実は、食料医薬品を含めた武器などの補給の件で参りました」
どれも戦に重要なものの補給、そのことについてといわれれば内容如何に限らず聞かねばなるまい。
なにせ直接死活問題につながる話だ。
「構いません、どうぞ仰ってください」
ベサリウスは先程の心中になっていた自分への戒めと、日本に対する侘びを込め何でも言ってほしい気持ちだった。
「では・・・現在補給は陸路で輸送してますが、迅速かつ大量に、となりますと現在の陸路のみでは不安があります」
と、言って地図を出した。
その地図を見てベサリウスは驚いた。
恐ろしく精巧に作られているからだ。
文字は読めないが、これがコンスタンティ周辺を示したものだとすると、彼らは来て直ぐに作った事になる。
「これは・・・何時作られたので?」
本来地図は軍事機密に匹敵する重要な代物だ。
何時、どこで、どうやって作ったのかなど、色々な疑問が浮ぶ。
「ああ、これは人工衛星のGPSを・・・と言われましても難しいですね」
坂上は普通に現代日本で通用する言葉を使おうとして、それでは説明が分らないだろうと気付いた。
「えぇ、空より高いところに宇宙と呼ばれる空間がありまして・・・」
かなり噛み砕いて、なおかつ分りやすく説明しようと坂上は苦労していた。
まさか幼児に教えるように伝えるのも失礼だ。
だが、一般常識レベルの話もこの世界においては非常識なのだ。
そこは日本が今後も苦労するところになる。
「・・・という訳で、そこまで行って作った代物です」
これで伝わるかはハッキリ行って疑問だった。
約30分欠けて行われた説明も、彼らの想像力の限界を超えたならばまず伝わらない。
これで理解できるなら相当なものだ。
だが、ベサリウスはその坂上の予想を超えていた。
「・・・詳しくは分らないが、つまり、相当高いところから見た様子を描いたものか?」
彼は半分以上理解したのだ。
勿論、理解できていない部分はある。
だが、概略だけでも理解して見せたのにはハッキリ言って驚き以外の何物でもない。
それもそうだろう。
受けてきた教育や環境が違うだけで人間としての能力に優劣があるわけではない。
自分達が特別優れた存在で、この世界の住人が劣った存在、と言うことはありえないのだ。
坂上の知識とて、古来より現代と言う歴史により積み重ねられた知識の集合体でしかないのだ。
肉体的にも知性的にもお互いに遜色あるわけではない。
とは言っても、やはりその世界の人間の想像力を超えたものは理解しようにも理解するのが難しい。
そこを考えるとベサリウスは傑物であると言えた。
「そう思っていただいて間違いありません。もっとも、まともな測量をしなければ正確な地図は作れませんがね」
坂上はそう言って肩を竦めた。
幾ら時代が進んでも、衛星高度から地上を見下ろしても、やはり正確な地図を作るとなると地上での測量がなければ駄目なのだ。
以前の世界では、ある国が衛星写真だけで自国の地図を作ったものの、形はともかく距離、高低差と言ったデータが不十分であったために、全く地図としては役に立たないものが出来上がってしまっている。
それを考えると測量と言う技術は時代遅れでもなんでもないのだ。
技術の誕生が古いから使えないのではない。
その技術の使い方を知らないから使えないと錯覚しているのだ。
その用途、必要性、そして他の技術との組み合わせをしっかりやれば、下手な電子技術のそれよりも優れた代物はたくさんある。
地図の作成もそう言った技術の一つなのだ。
「なるほど・・・測量か・・・また学ぶべき言葉がでてきたな」
思わず笑い出すベサリウス。
その姿に同盟相手でよかったかもしれないと坂上は思っていた。
その後、坂上から空路での輸送のため、空港設備を必要とする旨を伝えられたベサリウスは、以外にあっさりと許可してくれた。
と言うのはベサリウス自身、日本の技術を導入すれば国を富ませるのに最短距離を走れるとふんだからだ。
勝敗の如何に限らず、バジル王国との戦争が終われば今度はタラスクに備えねばならない。
なら、全くの異文化であろうと積極的に受け入れ、国を富ませ備えを作らねば滅びるしかないのだ。
空路での輸送路が確立すれば、今後日本との交易や交流は一層深まるだろう。
その為を思えば現状をかんがみても拒否する理由など無い。
むしろ逆に坂上の方がベサリウスの思考の柔軟性、先見性が驚嘆に値するほどだ。
「この戦いが終わったら一度日本を見てみたいものですな」
ベサリウスは優れた技術、文化、知識を持つ日本を見てみたいと思っていた。
無論、最低でもタラスクの脅威をどうにかした後になるだろうが・・・。
「そのときは日本をご案内しますよ」
坂上はそういって退出した。
先程貰った許可を実行するためにだ。
一人残されたベサリウスは、初めの頃の懐疑心や警戒心が吹き飛んでいるのに気付いた。
「・・・なんだ、話せば面白い連中ではないか」
悲観的になりすぎていた自分を思うと、また笑いがこみ上げてきた。
かつての王家を滅ぼした日本がついているのだ。
地方の一領主にすぎなかったバジル相手に後れを取るなどないだろう。
ベサリウスはそう思えていた。
自衛隊はコンスタンティに一部の部隊を残したまま夜のうちに出撃した。
バジル軍の夜襲はもとより警戒していない。
例えされても赤外線暗視装置などの夜間装備で即座に察知できるからだ。
ただ、陣地構築と、支援を行っている最中の非戦闘員などを戦闘に巻き込まない様に配慮したに過ぎない。
坂上は監視に当たらせている偵察隊からの報告に、動くのは翌朝以降と判断した。
「そうですね、如何に手痛い打撃を受けたとは言え向こうが有利なのですから」
幕僚も同意見だった。
唯一気になるのは以前、難民キャンプを襲った連中が、小銃で撃たれても意に介さなかったことだ。
どう言った手段かは分らないが、ベサリウスからの情報で同じ軍の連中であると聞いている以上は油断できない。
それに対する対抗手段が『火力戦』であった。
圧倒的火力を持って接近される前に粉砕する。
それが犠牲を減らすことにつながる。
たとえ虐殺になっても、犠牲をだすよりは遥かにいい。
「戦車は明日になりませんと着きません。今回のには間に合いませんな」
幕僚の話に坂上が頷く。
と、なれば野戦特化部隊が主力になる。
幸いにも野戦特化部隊は高射特化中隊を外した代わりに2部隊を引き連れている。
野戦特化部隊の装備は退役が進んでいた75式自走155mm榴弾砲や155mm榴弾砲FH70で構成されている。
本来はロケット砲も用意するのだが、補給の問題から省かれている。
その代わり、75式自走155mm榴弾砲と155mm榴弾砲が多数配備されていた。
ただし、75式自走155mm榴弾砲は19km、155mm榴弾砲の方は25kmと射程に違いがあるので、運用には多少の問題があるかもしれない。
その為に支援旅団隷下の野戦特化部隊の一つを75式、もう一つを155mmと振り分け、後方にて前後を離しての配置となった。
また、各普通科連隊に配備されているL16 81mm迫撃砲や120mm迫撃砲も火力戦に参加する。
意外と知られていないが、連隊規模にもなると普通科にも迫撃砲を使う射撃部隊が存在する。
なにも小銃だけで戦うわけではないのだ。
勿論、車両も存在する。
特に120mm迫撃砲は重いので人力輸送も可能だが、基本的に車両で牽引する。
それはさておき、それらをかいくぐって来たならばその時は飛行隊所有のUH-1Jイロコイによる攻撃が行われる。
流石にそこまで抜かれるとは思いたくは無いが、万が一にも抜かれたなら最後に残された普通科連隊の射撃になる。
言わば何重にも配置した火力を持って接近を阻むのが今回の火力戦だ。
反面、相手の出方にもよるが、相当の弾薬を消耗しかねない。
今後の動向に対して、ここで弾薬を消費してよいものか、と疑問は残るが、逆を言えばここで出し惜しみして失敗すれば後が無い。
それらを考えると、補給が大変でも使って被害を抑えたほうが良いのだ。
「ここまでやって負けたら腹を切らねばならんな」
冗談交じりに坂上が言うが誰も笑わない。
何せ彼らは初めて相対するのだ。
幾ら準備しても不安は残る。
「諸君、不安は分るが自身を持て。今まで訓練に訓練を重ねてきたのは何のためか?」
不安げな幕僚達を前に坂上は厳しい表情で望む。
「今この時のためではないか!諸君が今まで積み重ねてきた事に自信を持て!」
坂上の喝に幕僚も気を引き締める。
自分達がやってきた事は無駄ではない事の証明ができるのだ。
それこそ本望ともいえる。
「それでいい。では解散」
最後にそう締めると坂上はふう、とため息をついた。
初めての実戦を前に坂上もまた不安だったのだ。
しかし、指揮官としてそんな姿は見せられない。
だからこそ、あの喝は自分に向けられたものだった。