第25話「威力偵察」
ーベサリウス領コンスタンティ近郊
「こりゃ・・・すげぇ・・・」
軍事支援として派遣されたベサリウス救援隊の偵察部隊の面々は、目の前に繰り広げられている壮絶な光景に思わず言葉を失っていた。
バジル軍との交戦が始まってから6日に渡る攻防で、ベサリウス軍はその戦力の大半を喪失しつつも、未だに健在でありコンスタンティを死守していた。
コンスタンティに城壁は無いのだが、外周の建物を打ち壊して即席のバリケードを作り、遅滞行動を取りながらバジル軍に出血を強いるという戦法に出たのだ。
しかも、騎兵を使ったバジル軍の後背を脅かすゲリラ戦術も使っていた。
だが、数に差がある上、まともな防御陣地さえない状況では大勢は既に決まっているといえる。
それでもベサリウスは諦めずに戦線を縮小しながら良く守っていた。
「後方の本隊に連絡、『目標未だ健在なれど状況は極めて危険、早期行動の必要性あり』とな」
波多野は漸く実戦に出れる事がうれしかった。
ホードラーとの戦いには参加できず、その後も戦うべき相手のいないアルトリアに残されていたからだ。
せいぜいできた事といえば野盗に身を落としたホードラーの兵隊崩れ程度で、まともな実戦はこれが初だった。
「波多野曹長、本隊より『可能であれば敵に対し威力偵察を敢行せよ』だそうです」
部下の報告に林の中に偽装してある87式偵察警戒車1両、及び89式装甲戦闘車4両を見た。
偵察任務として先行しているため、機動力優先の装備だ。
本来なら87式偵察警戒車だけでよかったのだが、89式装甲戦闘車も連れて行けと言われたのはこれが理由だった。
「それなら取り合えず降車戦闘はしなくていいな・・・」
流石に87式偵察警戒車は乗員5名のみだが、89式装甲戦闘車には乗員3名の他に7名の普通科を乗せる事が出来る。
その89式が4両、合計28名が来ている。
幾ら何でもこれで降車戦闘は出来ないし、したくはない。
「よし、取り合えず降車せずに連中の前に出る、その後は距離をとりつつ車両より攻撃」
波多野の指示に総員が偽装を外し、それぞれの車両に搭乗していく。
87式偵察警戒車の武装はは25mm機関砲と同軸に配置された74式7.62mm機関銃各1門。
対して89式装甲戦闘車は35mm機関砲と同軸に配置された87式と同じ7.62mm機関銃各1門、そして使う機会は無いだろうが79式対舟艇対戦車誘導弾発射機を2基装備している。
また、側面には中に居ながら小銃射撃が出来る銃眼が片側3つ、左右あわせて6つ配置され、背後にも1つ配置されている。
ある意味歩兵の火力も車両の火力として使えるのだ。
ただ、この89式には問題もある。
元の世界の区分では歩兵戦闘車の分類に入るのだが、歩兵戦闘車にしては値段が高いのだ。
その為、数は100両もなく、日本唯一の機甲師団である第7師団の2個中隊、及び富士教導団1個中隊とその他教育隊にわずかに配備されているだけだ。
故にこの89式はわざわざ北海道の第7師団より回してもらっている。
その89式装甲戦闘車はホードラーとの戦争にも参加していたのだが、帰らず残っていたのをそのままこちらに回したのだ。
「いいか、連中に此方の装甲を抜く装備はない!安心して撃て!」
安心して、というのも変な話ではあるが、何せ剣や槍、後は弓矢程度で貫ける装甲ではない。
また、油断できないのは攻城兵器の類だが、それさえも至近距離から撃たれても問題ない。
つまり、彼らはよほどの事が無い限り被害なく一方的に攻撃できるのだ。
もっとも、飛び道具が主体の現代兵器が接近する必要はないのだ。
わざわざ危険を冒すことも無い。
「突入!」
波多野の号令が無線を介して全車に伝わると、自衛隊の装甲車両5両はコンスタンティに攻撃を仕掛けるバジル軍に向かって林を突破し土煙と共に驀進していった。
ヘルマンは林から飛び出してきた謎の存在がいる、と報告を受けた時に、まだ伏兵がいたのか?と考えていた。
しかし、一撃離脱を繰り返すベサリウスの騎兵部隊は既に消耗しきっており、今は後退しているはず。
では何が現れたのか?と確認に向かった。
そしてヘルマンが見たそれは薄汚い色をした金属の動く箱であった。
「何なのだあれは?」
そばに居たフェイに思わずたずねるが、フェイとて初めて見る物だ。分るはずが無い。
「分りません、あんなものは見た事も聞いた事がありません」
自分の考えを包み隠さず言うフェイの言葉にヘルマンもどう対応しようか悩んでしまう。
しかし、こちらに向かっている以上は敵と判断して対応するしかない。
「陣を組みなおせ!槍を前面に押し出し動きを止めよ!」
幾ら金属に包まれていてもあの速度で突っ込んでこれば唯では済むまい、と考えての判断だったが、それが何か分らない以上はそれぐらいしかできない。
ありえない話だが、もし目の前に向かってくる物が何であるかを知っていれば、恥も外聞も投げ捨てて撤退を指示したであろう。
しかし、現実に分らないのだ。
ならば常道に則り対応するのが軍人だ。
ヘルマンの命令に重装歩兵が5つの動く金属の物体に槍を向ける。
その背後に歩兵が第2陣として待ち構える。
勿論、陣に到達するまでただ待つ気は無い。
陣に到達するまでに弓兵が矢を射掛ける。
が、当たり前の話ではあるが、通じるわけが無い。
射掛けられた矢は表面で跳ね返され、傷らしい傷さえもつかない。
すると、矢を射掛けられたその物体は突然腹に響く重い咆哮をあげて更に速度を上げた。
しかし、それが咆哮ではないと誰もが即座に気付いた。
重装歩兵の戦列が引き裂かれていったからだ。
それは目に見えない竜のブレスではないか、と錯覚してしまうほど強力な一撃だった。
「なんと!?」
思わず唸るヘルマンの目の前で兵士達が次々になぎ払われていく。
まるで木の葉の様にちぎれ、吹き飛び、血と臓物と肉と骨を大地へと降らせる。
しかもそれはバジル軍自慢の奴隷を使った重装歩兵が、だ。
死を恐れないようにされ、己の意思さえも持たない人形の様な重装歩兵がまるで案山子のように吹き飛ばされていく。
その光景は未だかつて無い、何か恐ろしい存在であるかの様にさえ見えた。
「接近しろ!組み付けばどうにかなる!」
自信はないがそれしかやりようが無い。
見るところ謎の物体の上部にある筒状のものから何かがでている。
逆に考えれば接近すれば攻撃されない。
そう考えたのも無理ないことではあるが、その接近が容易ではない。
見えない攻撃をするそれは陣より100歩手前で停止、後は徐々に後退して接近を許そうとしない。
「弓騎兵!背後を断て!」
フェイが弓騎兵の機動力で回り込めば動きを封じられると考えた。
即座に弓騎兵は左右に分かれて大きく陣を迂回しながら物体の背後へと向かう。
ある程度の距離まで来ると短弓を射掛けるが、やはり効果はない。
当たってもカン、カンという金属同士がぶつかり合う軽い音と共はじかれてしまう。
それでも動きを封じるために背後に回ったのはいいのだが、今度は物体の側面から軽い炸裂音が響きだす。
その音が発せられる度に弓騎兵が馬ごとひっくり返っていく。
「何と言う事だ・・・」
弓騎兵さえ蹴散らされ、ほうほうの呈で逃げ帰ってくる様子にヘルマンは唸るしか出来ない。
「将軍、一旦軍を後退させ陣形の立て直しをしませんと・・・」
そばに控えるフェイが苦々しい表情で進言する。
既に前列の重装歩兵は戦列を維持できる状態に無い。
それだけ犠牲が出ているのだ。
「・・・止むを得ん。後退せよ」
落ち着きを取り戻しつつヘルマンは進言を受け入れ、陣形を整えるために後退を開始させた。
流石にそれを追って来はしなかったが、それはしばらくその場に留まって此方の動向を見守っていた。
「魔術長を呼んでくれ」
一方的な戦場より遠ざかるとヘルマンは重装歩兵の維持の為に付いて来ていた魔術長テレサ・カニンガムを呼び出すよう指示していた。
波多野の率いる強行偵察隊は此方に気付いて陣形を変えるバジル軍の様子を車内から観察していた。
「陣形の変更が早いな。訓練が行き届いている」
バジル軍の動きは大勢の軍を一まとめに動かしているわりにはすばやかった。
これで側面を強襲、と言うわけには行かなくなったが、それはそれで良いと考えた。
「各車、機関砲射撃用意」
89式装甲戦闘車の操縦士の背後に搭乗する波多野は眼前に広がるバジル軍の動きを逃さぬように見つめながら攻撃を準備させる。
後は相手の動きにあわせるだけだが、そこに車体を叩く何かが周囲に飛んできた。
「班長、攻撃を受けています」
弓矢での攻撃に元から心配していない操縦士、田中 武敏は非常に落ち着いた声で報告する。
「攻撃?弓矢か?」
波多野の問い掛けに田中は、そうです、と簡潔に答えた。
流石に効果はないと分っていても攻撃されるのは気分がよくない。
「よし、応射開始」
波多野のその指示を待ってましたと言わんばかりに87式偵察警戒車の25mmが、89式装甲戦闘車の35mm機関砲が火を噴いた。
87式偵察警戒車の25mm機関砲は毎分620発からなる連射速度を持つ。
対する89式装甲戦闘車の35mm機関砲は威力こそ25mmを上回るが、軽量化の結果連射速度が大きく低下しており、本来毎分550発のはずが200発となっている。
だが、やはりその威力は絶大で、人体を紙の様に引き裂いていった。
本来、元の世界においては双方共に対人ではなく対軽装甲用であり、国際法でも人体への使用には制限が科せられている。
しかし、この世界に国際法はない。
それがバジル軍の不幸だったかもしれない。
とは言え、搭載弾数は多くは無いので、景気良く撃つわけには行かない。
機関砲は機関銃、つまりマシンガンと違って弾をばら撒くものではない。
あくまでも連射が出来る「砲」なので、随時的確に狙って撃つものだ。
幸い、目標は固まっているので狙わなくても当たる。
しかも、命中した後もその勢いを止めることなく、その背後に居るであろう兵士達も容赦なく粉砕していった。
「・・・流石にこれは・・・」
一方的になるのは分っていた。
分っていたがここまでになるとは波多野も想像できなかった。
ゲームで主人公が悪人をばったばったとなぎ倒す様は予想した。
しかし、ゲームでもミス一つで主人公がやられゲームオーバーになる。
だが、現在の波多野たちの状況は常時無敵状態で圧倒的攻撃力を持ってラスボスをいたぶる様な状況だ。
「傍から見なくても虐殺と言われますね」
田中はこんなときでも冷静だった。
「そうだな、向こうが引くなら無理に追撃はしなくていいだろう」
と、答えつつ、今後は兵装の使いどころを良く考える必要があると感じていた。
勢いで機関砲を使ったはいいが、流石に弾と予算の無駄遣いになりかねない。
『目標、騎兵が背後に迂回しています』
87式偵察警戒車からの報告が波多野の耳に入る。
波多野の位置からは他の車両が邪魔になり、よくは見えないが動いているのはたしかだろう。
「各搭乗員は銃眼より射撃開始、目標の行動を阻め」
その命令が発せられると日ごろの訓練の賜物か、普通科の搭乗員はそれぞれの座席に割り当てられている銃眼に付いて射撃を開始する。
流石に車上訓練を受けた面々であると同時に、車体は停止状態だ。
しっかり狙って撃て、しかも良く当てていた。
それぞれの目に騎兵が次々に地に沈む様子が映るが、どんなに怖かろうと気分が良くなかろうと攻撃の手は緩めなかった。
初の実戦による興奮もあるだろうが、あまりにも現実離れした光景に感覚が追いついていないのだ。
例え追い付いていても、そのための訓練をしてきている。
吐くなりするのは戦闘が終わった後で十分に出来る。
それぞれはそれぞれの思いと共に胃からこみ上げて来るものを必死に押さえ戦闘を継続した。
やがて、バジル軍は太刀打ちできないと悟ったのか後退を開始した。
それに伴い波多野は攻撃を停止させた。
「各車状況報告」
波多野の声に全車から損害なし、と報告が返ってくる。
その報告に安堵しながらも、後退するバジル軍を油断せずに見つめていた。
「目標が十分に離れたら此方も本隊と合流する」
そう言いながら、波多野は自分の初の実戦が終わった事を実感していた。