第23話「支援要請」
ーホードラー地区シバリア市
田辺たちがベサリウス領に交渉に赴いている間に、北野は日本政府承認の元にホードラー、アルトリア両地区を分離させていた。
と、言うのもホードラーだけでもそれなりの領域があるのにアルトリアまでは面倒を見るのが難しいからだ。
幸いにしてアルトリアは元々未開の地であったために人口は少なく、資源開発や都市開発が行われているだけだ。
お陰で日本から能力的に並みであっても派遣されてきた別の官僚により、ある意味日本の直轄地となっての運営が可能だった。
そのため、ホードラー地区の運営に専念できる。
とは言ったものの、西に西方諸国、南に南部貴族連合、東に東果(帰化を拒んだ在日外国人自治区)と隣接しているので、そう負担は減らない。
だが、暗い話ばかりではなく、本格的な開発がホードラー、アルトリア地区で進みだしている。
そのかいあって、アルトリア地区では原油を始めとした資源(金属類)が採掘が進み日本の資源不足がかなり緩和されていた。
だが、まだまだ本来の形に戻るまでは到底足りてない。
そう言う意味では今より一層の開発が必要なのだ。
そして、食料だが、転移により多少の気候の変化があったものの、かつての気象と大きく変化しなかったのもあり、自給できる分野の食糧は何とかなりそうだった。
出来ない分野としては輸入に頼っていた小麦などは、肥沃で広大なホードラー地区からの輸送で賄えることがハッキリした。
しかもホードラー王国や貴族が溜め込んでいた分がかなりあったので、ホードラー地区の住人を植えさせる事も無い。
更に日本の技術導入により、農作物の収穫は来年以降から増大する見込みまである。
ただし、このまま順調に推移すればのはなしだ。
何せ西では西方諸国が戦国時代の有様な上、タラスク王国の侵攻が止まらず、その脅威はホードラーを圧迫している。
また、南部貴族連合と日本国陸上自衛隊が数度の衝突を起こしていた。
そしてここに来て、ベサリウス領が交渉の甲斐あって漸く動きだしたのだが、田辺たちの帰還直後に支援要請してきたのた。
帰還した田辺はレノン市には留まらず、即座にシバリアへとヘリで向かった。
そして報告書を何時の間にか行政区に移設されていた行政庁舎の北野に渡すと、数日ゆっくりとシバリア市内で疲れを癒していた。
そこに交渉について口頭で伝えたい事がある。と呼び出しを受ける事になった。
そのため、田辺は執務室の北野の元に来ていた。
執務室で交渉内容を纏めた書類を手に北野は沈黙を保っている。
その様子に正直田辺は生きた心地がしなかった。
交渉は纏めてきた。
切り札としてカトレーア女史を神輿にさせる事も無く終わった。
では、何が拙かったのか?
それが田辺には分らなかった。
そんな田辺を前に北野は読み終わったのか書類を机に置いた。
「・・・」
読み終わったあとも沈黙を続ける北野に、田辺はいきが詰まりそうだった。
しばらくそのままの姿勢でじっと待つと、北野が漸く口を開いた。
「・・・ま、こんなところですかね」
その言葉の真意を測りかねていた田辺は何がでしょうか?と尋ねてしまった。
そんな田辺を北野はじろりと睨む様にして見る。
田辺は思わず悲鳴が出そうなのを必死に堪えるしかない。
「私の希望とは違いますが、政府から出ていた要項は満たしています」
合格点といって貰えたのに等しい言葉を貰った事に田辺は漸く安堵できた。
と、思っていた。
「・・・が、それだけです」
まさに天国から地獄に突き落とされた感覚に陥る言葉だ。
「どうも、交渉に時間が掛かっていた。そこに急に向こうから歩み寄りをみせた。と言う感じだったのではありませんか?」
その場に居たように交渉の状態を言い当てた北野は続けて言い放つ。
「ですが、それで浮かれて内容を詰めるのが甘くなった感じですね」
机の上の書類に眼を向けながら北野は立ち上がった。
「この最後の『両国は不測の事態に対し、交渉を行った上で適切な対応を取る』ですが、貴方はどう考えましたか?」
田辺は北野が何を言いたいのかが理解できないでいた。
不測の事態とは両国間で起こりえる問題についてではないのか?
そしてそれの何が問題だったのか?
そう自問自答していた。
「不測の事態とは、両国間に限らず、どちらか一方が危機に瀕した状況でもあります。そして、交渉の変化からベサリウスは他国の脅威に晒されていると推測できます。つまり・・・」
ここまで言われて漸く田辺は自分のミスに気が付かされた。
「既に不測の事態に陥っているのですよ。ベサリウスは・・・」
北野の言葉に田辺は眩暈を覚えた。
この事から、ベサリウスから支援を要請された場合、双方交渉の場を持つ事になる。
交渉だけならいい。
もし、折角交渉を纏めたのにベサリウスが持ち堪えられないとなれば、早急な軍事支援を行う必要になるのだ。
もちろん、要請を蹴ってもいいのだが、だが、少なくともまともに対話でき国交を持てる様な別の国は今現在ない上に、ここまできて支援要請を蹴るとなると日本の信用に関わる。
そうなれば、今後まともに付き合ってくれる国が居なくなるだろう。
最悪、日本が世界を統一するか、長い年月の間一人ぼっちになってしまう。
そしてそのどちらも日本には取り得ない話だ。
世界統一など、如何に軍事力が抜きん出ていても日本単独では不可能な話であり、孤立は鎖国と思えば良いが、いまさらそんな真似は同じくできないだろう。
なにより日本国民が良しとしない。
それが現在の日本の常識なのだ。
「・・・南部もきな臭くなっているので、政府に直接お伺いを立てる必要があるかもしれませんね」
そういって歩き出した北野の背中に田辺が疑問をぶつける。
「・・・どう言った・・・他にどう言った手段があったのですか?」
半場やけくそ気味だ。
折角纏めた交渉にダメ出しされた田辺は睨むようにして立っていた。
その気持ちも北野には理解できる。が、納得はしない。
「同じ軍事力を行使するにしても、より労力を小さくする方向で交渉を進めるべきでしたね」
その方向とは何なのか?
その答えを待つ田辺に北野は想像していたよりも恐ろしい事を口にした。
「あえて交渉を纏めずに放置して、ベサリウスとその脅威とをぶつかり合わせればいい。そうすれば少なからず消耗したどちらか一方を恫喝するなり滅ぼしてしまえば労力は最小でしょう?」
それが日本の国益になるなら、無理に纏めなくてもよかったのですよ。
北野はそう言って執務室をでた。
その場に残された田辺は思わずへたり込んでいた。
北野は緩衝地帯が出来れば儲け物、程度にしか考えていなかったのだ。
それが無理なら双方を争わせ弱ったところを叩き、漁夫の利を得よう、といっている。
恐らく、その後にでも傀儡に近い国を現地民に作らせる。
まるで戦前の満州国を打ち立てた石原莞爾の様だ。
「あ、あの人には・・・」
田辺は呆然と呟く。
北野は日本を繁栄させるために人道主義など投げ捨てるのも厭わない。
それは知っていた。
しかし、普通の人間にそこまで徹底する事が出来るものなのだろうか?
そう考えていた。
「・・・心がないの?」
田辺の呟きは空しくその場に消えていった。
「お待たせしました」
北野は昨日来訪したベサリウスからの支援要請を伝えに来たポール特使と会談していた。
「いえ、此方はそれほどは・・・で、結論はでましたか?」
ポールはそういいながら北野の表情を読む。
が、ハッキリ言ってその表情からは何も読み取る事が出来ない。
日本人から見れば能面のようだ、と言われるぐらい無表情だ。
「検討したのですが、我々だけでの判断は難しいといわざるえませんね」
予想と違う北野の答えに内心やはり無理か、とポールは感じていた。
「戦力を支援としてだすのは構いませんが、一応自国領域防衛以外に出す場合は本国政府の承認が必要なのです」
北野の支援が無理ではない、と示唆する言葉にポールは未だ希望はあると思った。
「では、本国政府、でしたかな?そちらの承認は何時えられるでしょうか?」
今も数倍のバジル軍相手に戦っているであろう主君、ベサリウスを思うとハッキリ言ってもどかしい。
しかし、そこで焦ってもいい答えが得られるわけではない。
ぐっ、と自分の焦りを押し止めるとポールは具体的な時期を求めた。
「今政府はほぼ独裁状態ですので・・・早ければ明日にも答えがでると思います」
どこに彼らの国があるかは正確にはわかっていないポールだが、そんなに近くに国があったとは思わなかった。
思わず、近いのですか?と聞いたのだが、予想外の答えが帰ってきた。
「いえ?徒歩なら数週間かかりますよ?でも、我々にはそれを補う方法がある、と言う事です」
涼しげに答える北野に、正直言ってポールは唖然とするしかない。
そんな事が可能などと、様々な事象を生み出し行使する魔法でも無理である。
それは一体・・・と聞いたのだが北野は笑顔をみせるだけだった。
「お急ぎなのは存じてますが、明日までお待ち下さい。それを過ぎても結論が出ないようならば此方への一時退避も考えてほしいと伝えてください」
まあ、大丈夫でしょうがね。
と付け加えながら北野は目の前に置かれているコーヒーを口に運んだ。
ポールも狐に包まれた表情でコーヒーを口にした。
(苦い・・・が旨いな・・・)
そう思いながら、明日まで待つ事を考えていた。
翌日、日本政府より必要な処置を許可する旨が来たのとポールの元に届く事になる。