第22話「遭遇戦」
それは偶然だった。
ヘルマン将軍から命じられ、斥候として部下を引き連れ林を抜けた先に見知らぬものを見つけたのは・・・。
それは馬を用いずに動く馬車の様なものだった。
斥候に来ていた誰もが、それが何なのかはわからなかったが、その異様な光景からホードラーを滅ぼしたニホンが関わっていると予想は出来た。
何せ、尾ひれが付いているのは確かだが、ニホンと言う国の軍勢は常識では考えられないものを扱うと聞く。
それを見た時、斥候としてきていたルイ・マティルドはニホンがなぜここに来ているのかを知るべきだと考えた。
見たところ兵士らしき者はいるが、武器らしい武器は見えない。
もちろん、ニホンの兵士は遠くから攻撃してくるとは聞いていたので用心すべきだ。
しかし、この世界の常識から考えても飛び道具と言えば手投げ用のナイフや斧、または槍だ。
それ以外の飛び道具は弓や弩(ボウガンやクロスボウの事)ぐらいだ。
後は大型のバリスタ(弩を巨大化させた攻城兵器)や投石器だろう。
しかし、見たところそう言ったものは見当たらない。
ルイはその事からも軽武装の商隊や交易隊ではないか?と考えた。
(ならば取り押えて将軍の下に連れて行こう)
ルイの目には馬なき馬車の集団を制圧するのにそれほど手間は掛からなく見えていた。
実際、ルイたち斥候は剣も持っているが基本は短弓を使っての射撃戦が仕事だ。
例え武装していても遠巻きに弓で射掛ければ反撃もままなるまい。
そう考えたのも無理なかったかもしれない。
しかし、もしルイがもう少し慎重ならばこの後に起こる事態は防げたであろう。
「奴らの頭を抑えるぞ!」
部下に声をかけると馬の腹を蹴り一気に速度を上げて突き進む。
一方のニホンの集団は此方の存在に気付いた様だが、ただ速度を上げ逃げようとしている様だった。
「む?しかし、逃さん!」
己を鼓舞する様に気合を入れると車列の頭を押さえに掛かる。
だが、車列はそのまま突き進んでくる。
流石に重量のある馬に乗っているとはいえ、正面からぶつかられては堪らない。
機敏に集団の突撃を回避すると、すばやく追撃に移った。
突然、林から姿を現した武装集団に気付いたエスコート2から高橋に無線が入る。
『左9時の方向に騎馬集団確認!此方に急速接近中!』
無線から飛び込んできた報告に井上が林の方を見る。
10騎程度ではあるが、その動きから訓練された集団であるのは明白だった。
「弓で武装している!頭を抑える気だぞ!」
井上はそう叫んで5.56mm機関銃MINIMIを向ける。
その間に高橋は無線で各車両に指示を出す。
「各車増速!止まるな!突き進め!」
頭を押さえに来ている動き、弓の射程内であることから止まったら危険と判断した。
その指示に速度を上げ、車列は土煙を巻き上げながら真直ぐ進んだ。
結果、車両の勢いもあり、止まることなく突破は出来た。
しかし即座に追撃に移る辺り相手の錬度は高いようだ。
「足はこっちの方が速いので振り切れるでしょうが、あっちが諦めるまで追いかけられますね」
軽装甲機動車のハンドルを握る佐藤は視線をバックミラー越しに背後の騎馬集団に向ける。
「無理に交戦しなくてもいいが、この悪路と揺れだ。田辺さんが持たないかな?」
急に高橋は87式偵察警戒車に乗っている田辺の事が心配になった。
元々、田辺と同乗しているミューリはサスペンションもない馬車と悪路で揺れにはなれている。
自衛隊の各員も、こう言った揺れには訓練で何度も経験がある。
しかし、事務屋の田辺はそうではない。
来る時は速度を抑えて揺れを最小にしてきたが、速度を上げて走らせると激しい振動と揺れが襲ってくる。
それは何の訓練も受けてない田辺に取っては拷問だろう。
「制圧するか?」
井上の提案に高橋は迷った。
何処の軍勢か分らない内は此方から手を出すべきではない。
とは言え、今頃大変な思いをしているであろう田辺のことを考えるとその方がいいかもしれない。
実際、唯でさえ悪印象をもたれてしまっているのに、これ以上敵視されては今後に響くだろう。
「・・・仕方ない、エスコート1よりエスコートホーム、これよりエスコート1は武装集団制圧にかかる」
高橋が部隊に命令を送ると車両後部ハッチを開く。
「井上!制圧射撃開始!」
車両の音にかき消されないように叫ぶ高橋の声に井上は、待ってました!と言わんばかりにMINIMIの引き金を引いた。
と、同時に高橋も車両から振り落とされないように身体を固定して89式5.56mm小銃の引き金を引く。
井上はトリガーコントロールしながら、高橋は3点バーストでの射撃が開始された。
断続的な炸裂音と、弾丸を撃ち終えたばかりの空薬莢が甲高い金属音を響かせながら車内に転がっていく。
その音は一種の音楽のように錯覚してしまうほどだ。
だが、流石に訓練を受けているとは言え、実はこの二人、車上射撃の経験はほとんどない。
お陰で車両の揺れもあり意外と当たらない。
「この下手糞!」
井上が誰に言うまでも無く毒吐く。
高橋は高橋で射撃が当たらない事に少しばかりイラついていた。
「何で当たらないんだよ!」
一方の侵攻軍斥候のルイは、最後尾の馬車がにぎやかな炸裂音を響かせているのを見て、何をしているのかが分らなかった。
何かの攻撃か?と思ったが、周りでピュンピュンと音が鳴るばかりで特に変わった事はおきない。
「こけおどしか・・・全騎、弓で仕留めろ!」
ルイの命令に全員が手に持った短弓に矢をつがえる。
流石に訓練しているだけあってその腕前は申し分ない。
と、言っても弓の命中率はあまりいいものではない。
熟練者が使えば確かに遠くの的も射抜くが、それは自身が静止状態で的に集中し、的も動かなければの話だ。
お互いが移動しながら撃つのでは流石にそう簡単には当たらない。
元々、弓騎兵は数で命中率の低さを補うのだが、斥候として動いている以上はそんな数を連れているわけではない。
しかも馬が無くても動く車相手では足も止めようが無い。
時間にして数分だったが、お互い撃ち合って当たらない奇妙な状況を作り出していた。
しかし、断続的に炸裂音を響かせている集団がいきなり途切れなく轟く炸裂音を放ちだしたときに異変は起きた。
騎兵の一人が何かを胸に受け、馬の首にもたれ掛かる様にして崩れ落ちたのだ。
そしてその一人は馬からズレ落ち、脱落していった。
「な!?なんだと!?」
ルイはこの時になって初めて集団が行っていた事がこちらに対する攻撃だと認識した。
「全騎、回避行動を取りながら攻撃を続けろ!」
予想もしなかった事態に頭に血が上っていくのを感じる。
だが、一人がやられた事によりニホンの集団は見えない攻撃を断続的にではなく、連続的なものに変えていた。
これにより次々と仲間が脱落し、気付けば自分を含め4騎になっていた。
「くぅ・・・これまでか・・・退避するぞ!」
ルイはそう言って馬の足を止めその場で方向転換を開始した。
その行動が彼らの運命を決定付けた。
「ええい!くそ!」
井上は当たらない事に業を煮やし、トリガーコントロールを止めてフルオートでMINIMIを撃つ。
それが功を有したのか、それともまぐれ当たりか、騎兵のうち1騎に命中し、馬上からずり落ちて言った。
「お?当たったぁ!」
漸くの命中弾に井上は大声を上げると更に撃ち込む。
負けじと高橋も3個目の弾倉を89式小銃に叩き込むとフルオートで射撃しだした。
狙っても当たらないなら、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、である。
と、相手もややバラけながら馬を左右に振り、回避を織り交ぜ始めたが、最早ばら撒くと言った高橋たちのフルオート射撃を前に命中弾が次々と起こった。
流石に根負けしたのか諦めたのか、どちらにせよ半数以上を撃退されたところで騎兵は踵を返したが、それが悪かった。
止まらずに進路を変えれば良かったのだが、その場で止まっての方向転換だ。
そうなればわずかな時間でも動かない的に過ぎなくなる。
しかも正面では小さい的でも、方向転換の際に側面を向ければ的は大きくなり、命中率は大きく変化し当て易くなるのだ。
騎兵達は踵を返した瞬間、ばら撒かれる弾丸のシャワーをその身に受けてしまう。
「射撃止め!」
最後の一人も崩れ落ちたのを見た高橋は射撃の中止を叫んだ。
井上も即座に射撃を停止させる。
二人とも、思わぬ苦戦に背中が汗でびっしょりと濡れていた。
しばしそのまま遠ざかる騎兵達の躯を見ていたが、危機が去った事に漸く一息ついた。
「各車速度落とせ、脅威は排除された」
高橋は無線を手にすると、それだけを告げる。
それと同時に来たときと同じぐらいの速度で巡航を始めた。
「・・・こりゃ、帰ったら訓練だな」
何度も実戦を繰り返してきた井上は、今回のことで自分達の意外な弱点に気付いた。
もちろんそれは高橋も気付いた事なのだが、正直ある程度は何とかなると楽観視していたことが衝撃だった。
確かに今回も何とかなったが、もし、運が悪ければ自分達の誰かが身を持って証明する事になったであろう。
それを考えると、高橋は自分の認識の甘さに唾を吐き掛けたい思いだった。
「・・・ああ、これ以外にもまだ経験してない事があるはずだ。帰ったら検証して訓練しないとな」
向かってくる脅威を被害無く排除して、任務を無事遂行したと言うのに二人の気持ちは沈んでいた。
だが、数分後、田辺が限界という事で車列は一旦停止する羽目になる。
その時に高橋は沈んだ気持ちのまま田辺に罵声を浴びせられ、心身ともに疲労困憊となってしまう事になった。