表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/82

第21話「侵攻軍」

ベサリウスの屋敷を後にした高橋たちは状況から何らかの争い、もしくはそれに類する何かが発生していると田辺に説明していた。

そのため交渉の結果がどうあれ、これ以上はとどまれないこと、そして即座にホードラー地区への退避を行う旨を伝えた。

そんな高橋たちに田辺は交渉は成立したことを告げ、そこまで慌てる必要は無いと言った。

それは事務を主な仕事とする田辺と、現場で直に問題とぶつかる実働部隊たる高橋たちとの温度差を如実にあらわしていた。

「とにかく、現状の我々では最小限の護衛に過ぎません。危険が考えられるのであれば田辺さんの安全を優先させていただきます」

高橋の断固たる意思を前にしても田辺は収まりが付かなかった。

「だからといってあれでは此方に余裕が無いように思われるじゃない!今後の付き合い方にも影響がでるわ!」

全く引く気の無い田辺に井上も呆れるしかなかった。

たしかに、あれは余裕が無さ過ぎたかもしれないが、それでも彼等にしてみれば事が置きてからでは遅いのだ。

事が起きる前に退避しなければ万が一が起こりえる。

そして、万が一が起きればそれこそ今後に響くのだ。

何せ今回の交渉内容は田辺しか知らない。

だからこそ田辺の安全が最優先されるのだ。

「此方も任務として護衛をしている以上は安全を優先させてもらいます」

高橋は憤慨する田辺を前に、冷静に冷たく言い放つ。

「冗談じゃないわ!帰ったら覚悟しなさい!」

腸煮えくり返る思いの田辺は思ってもいないことを口にしてしまうが、このときはそれに気付いていなかった。

「どうぞご自由に、此方は任務を優先したまでのことですから」

正直、危機意識が足りないと高橋は感じていたが、何時までも口論している場合ではない。

この世界は、全くその通り当てはまる訳ではないとは言え、元の世界の中世レベルの文明である。

そのため、情報の伝達速度は現代とは雲泥の差がある。

それを考えるとベサリウスの屋敷で見た兵士達が動き出していると言う事はコンスタンティに外敵と思われる何かがかなり接近していることになる。

即座に戦闘、と言うことは無いだろうが、機を逃せば退避も難しくなるのだ。

「井上、そこから周辺を警戒しててくれ」

井上は高橋からの指示で軽装甲機動車の車体上部ハッチから身を乗り出し、双眼鏡を片手に辺りを警戒する。

「こちらエスコート1、ホームの状況知らせ」

警戒指示を出した高橋は憤慨している田辺を横目に無線で仮設駐留地を呼び出す。

まだ、向こうも状況が伝わってないため、緊迫感こそ無いが即座に無線の応答が返ってきた。

『こちらホーム、帰宅準備はほぼ完了、何があったか説明願えますか?』

本国勤務から特殊任務部隊に配置換えを受け、今回の護衛に付いて来ていた多田昭彦ただあきひこ上等兵の声だ。

志願しての配置換えだったが、まだ此方での活動期間は短い。

高橋と行動したのは、以前エルフとの偶発的交戦における話し合いの時(第1部第18話参照)以来だ。

その時も彼は高橋の元で護衛任務を行っていた。

「断定は出来ないがきな臭くなってきた。万が一に備え即応態勢をとれ」

即応態勢は自衛的反撃のことをさす。

つまりは戦闘配置だ。

流石に実戦を経験していない多田は実際に戦闘配置を命じられて、は?と言う間抜けた声を出す。

「繰り返す。即時即応態勢を取れ」

もう一度繰り貸す高橋の声に多田はやや躊躇いながらも了解と答えた。

一応、多田は87式偵察警戒車で無線を受けているはずなので、近くに何人かいるだろう。

その何人かの内の誰かが横で無線を聞き既に動いているはずだ。

「こちらが合流次第、ホードラーに向けて移動する。オワリ」

高橋はそれだけ言うと無線を切った。

(後の問題は相手の動きだな・・・どこからだ?西か?北か?)

西のタラスクからなら東に向かう高橋たちとの接敵はないだろう。

しかし、北のバジルからなら難民キャンプ襲撃のこともある。

十分に接敵し得る。

更に、北からなら唯一のホードラーとの繋がりのあるレノンの橋への進路を塞がれかねない。

そうなれば敵中突破を図ることになる。

それだけは避けねばならない。

そう思うとなおさら急がねばならないと高橋は感じていた。




ーバジル王国ベサリウス侵攻軍

ヘルマン・カノープス将軍は足の遅い輜重隊(補給部隊)を少数に止めた為に軍の移動がかなりスムーズに行っていることに満足していた。

正直、不安はあったものの、足りない分は現地調達、つまり略奪すればいい。

そのため、途中の村などの幾つかを略奪しながら南下を続けていた。

だが、その甲斐あって物資に余裕がある。

後はコンスタンティにいるベサリウスとそのコンスタンティを制圧すれば済む。

いくら戦上手で名の知れているベサリウスであってもこれだけの戦力差があればたちどころに打ち破れるだろう。

そう考えてヘルマンはかなり楽観的になっていた。

「将軍、コンスタンティが見えてきました」

配下の騎士の報告にヘルマンは馬上から若い騎士を見る。

彫りの深い、無骨な顔、口元を隠すほどの豊かな髭、そして妙にギラついた眼。

そんな近寄り難いヘルマンに見据えられた若い騎士は生きた心地がしなかった。

「では、ここらで斥候を放ち野営するとしよう」

それだけを告げるとヘルマンは若い騎士を下げさせた。

その彼の横に並ぶように馬を寄せた小柄な騎士がいた。

その鎧姿からではわかり難いが、その小柄な騎士は女性だった。

短く切り込んだ赤い髪、鋭い目付き・・・。

バジル王国でも屈指の剣術を誇るフェイ・アーデルハイトである。

「将軍、近くに林もありますれば、念のため防護柵を設置するのは如何でしょうか?」

フェイの進言に髭を撫でながらヘルマンは一考する。

短く、ふむ、と呟くと周辺を見る。

南東の小さな林以外はかなり開けた平地だ。

かなり見通しがいい。

ともなれば奇襲はありえない。

しかし、夜襲されるのは面白くない。

それだけを考えるとヘルマンはフェイの進言を受け入れた。

「そうだな、万一に備えるのは必要だろう。何せ相手はベサリウスだからな」

そう言ってコンスタンティを遠目に見る。

恐らく、既に此方を認識しているはずだ。

だが、兵力差がある以上は如何にベサリウスと言えど正面から仕掛けはしない。

やるとすれば進軍の疲れが溜まっている侵攻軍に対しての夜襲だろう。

それを考えると防護柵の有る無しは戦に影響がある。

「・・・ベサリウス卿ですか、一度手合わせしたいと思っていました」

自身の剣の腕に自信があったフェイは腰にぶら下げた先祖伝来の宝剣を掴む。

その様子からかなり以前から気にかけている様だった。

「血が滾るか?だが、それは明日まで取っておけ」

ヘルマンはそう言うと斥候に向かう1組10騎で構成された騎兵が散っていくのを見た。

バジル王国は山岳地帯にあるため、騎兵はそれほど多くない。

しかも訓練できる土地が狭いので、機動戦力としての運用経験も無い。

そのため、騎兵は斥候、つまり偵察に使われたり、短弓を用いての射撃部隊として扱われる。

足はそれ程速くない馬を使っているものの、体力はある。

万が一、敵と遭遇しても短弓で威嚇しながら逃げれば十分振り切れるだろう。

そう言った計算が出来る辺り、ヘルマンは堅実な将と言えた。



もっとも、この時放った斥候の一部は帰還することは無かったのだが・・・。

それはヘルマンのミスと言うよりは、想定していない、想定できない存在によるものだった。


ーベサリウス領コンスタンティ近郊

高橋たちが仮設駐留地に着いた頃には撤収準備は完全に完了し、周囲を警戒しているところだった。

そこに多田が駆け寄ると敬礼し状況の報告をする。

「護衛部隊、撤収準備完了し即時移動が可能です」

初の実戦になるかもしれないとあって多田は若干青くなっていた。

だが、同様にいよいよ訓練の成果を出せると相まって興奮気味でもある。

「よし、多田は田辺女史とミューリを連れて共に87式に乗車しろ」

そんな様子の多田に危ういものを感じた高橋は装甲に守られた87式偵察警戒車へ配置した。

それに少しばかり不満があった多田だが、やはり怖いと言う思いが強かったのか大人しくしたがった。

「いいのか?何れやるかやられるかの修羅場に出されるだろう?」

井上はその時に使い物にならないと危ない、と言う心配があった。

だが、いきなり実戦の方が危ない気がした高橋は自分の判断を優先した。

「今回は実戦の空気に触れるだけでいい。俺達と違って訳も分らず実戦、と言うわけじゃない。それに・・・」

何かを言いかけた高橋に井上は言いたいことがあるなら早く言え、とばかりに視線で促す。

苦笑しながら高橋はため息をつくと答えた。

「あいつはいきなり実戦をやらかした俺達の話を聞いて、ある種の憧れみたいなものを持っている。それがある内はそれこそ危なくて使えんよ」

流石に様々な経験を積んだ、積まされただけあって高橋は部下の状態を把握していた。

「あー、何となく分るわそれ・・・」

腕を組み、頷きながら妙に納得言った感じの井上に高橋は、撤収するぞ、と言って田辺が居なくなった後の軽装甲機動車に乗り込んだ。

それに井上も続いて乗り込む。

「エスコート2は先頭、次にエスコートホーム、ベース1,2と続いてエスコート3の順番でホードラーに向かえ!殿はエスコート1が持つ!移動開始!」

高橋は大声を上げて号令を下した。

エスコート1、2、3は軽装甲機動車、そしてベース1、2は74式中型トラック、エスコートホームは87式偵察警戒車をそれぞれ指す。

そしてそれらは、先程高橋の指示の通りの順番で仮設駐留地を後にしていった。

その様子を見ながら、高橋たちエスコート1は最後尾を守る形で仮設駐留地だった場所を離れていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ