第16話「苦悩」
ちょっと用事で遅れそうなので途中ですが先に投稿します。
ーベサリウス領コンスタンティ
ベサリウスは自身の領内における内政に携わる為にコンスタンティの邸宅で執務を行っていた。
彼の前には幾つも羊皮紙を抱えた文官たちが幾人も並び、担当する仕事の結果、途中経過の報告などを行っていた。
先日の日本との接触後、日本に対する警戒は怠っていないが、目立った行動を取っていないために警戒するレベルは必然的に下がっていく。
逆にバジル王国からは再三に渡りベサリウスの領内に侵入、不法行為を繰り返していた。
そのため、内政に関わる仕事がかなり溜まり込んでおり、放置できない状況になっていた。
一応、バジル王国への睨みは現地に残してきた戦力で出来るが、こう言った内政に関わる職務においてはベサリウスの決済が不可欠なのだ。
そんな忙しい中、日本が来た、という報告はベサリウスを驚愕させるに十分だった。
「馬鹿な・・・何ら動きは報告されていないぞ?」
ベサリウスの疑問も分らなくないが、実は対岸のレノンを監視していた密偵は、早馬にて連絡しようとしたのだが、何せ日本は車両で移動しているのだ。
しかも密偵は日本側に気取られぬようやや迂回してコンスタンティに向かったのに対し、日本側はミューリの案内を受けつつも真直ぐにコンスタンティを目指していた。
そのため、密偵を追い越して日本が先にコンスタンティに辿り着くと言う奇妙な現象が発生したのだ。
「彼らは領主様に対する特使と言っておりますが、どういたしましょうか?」
コンスタンティの警備を任された警備隊長がベサリウスに判断を求める。
これがベサリウス不在であればお引き取り、もしくはしばしの逗留を願うだけの話だ。
しかし、特別な指示を受けてない現状ではベサリウス本人がいるならば、確認を取るのが仕事だ。
「う・・・むぅ・・・」
しばし考え込んだベサリウスではあったが、特使として来ているならば無下には出来ない。
と考え、「日が悪いので後日お会いしよう。それまでコンスタンティに逗留されよ」と言う書状をもたせた。
ベサリウスからの書状を受け取ったものの、さすがにこの世界の文字の読み書きにはまだなれていない。
アルトリア領域やホードラー地区であるなら日本語が使われたりしているのだが、流石にそれ以外では使っていない。
そのため、ミューリが代わりに読むと言う不思議な光景を作り出した。
「なるほど、向こうは何ら準備が出来ていないようね」
想定外の理由ではあったが、ベサリウス側にとって思わぬ不意打ちになってしまった事態を理解した田辺は、嫌な顔せずにベサリウスの提案に従った。
ただし、コンスタンティ内に滞在するとなると、双方にとって不要なトラブルの元と判断し、田辺はベサリウスにコンスタンティ郊外での野営を提案する。
ベサリウスにとっても本来なら特使にその様な失礼をしたくなかったが、ある意味で未知なる存在と言える日本を懐に易々と入れるのは領民に不安を与えかねないと判断し田辺の提案を受け入れた。
代わりに、警護としてその周囲を兵で固める事を認めてもらっている。
これは警護と言う名目の監視、牽制とも取れるが断る理由も無いので日本側は受け入れていた。
田辺とベサリウスの合意により高橋たちはコンスタンティ郊外にて野営の準備を始め、車両の中で最も安全と思われる87式偵察警戒車を中心に円陣を組み、万が一に備えた。
もし、相手にその気があれば攻撃を受けかねないからだ。
事前情報でベサリウスはそう言った真似をしないとは分っていても、部下もそうだとはいえない。
とはいえ、ベサリウスの配下にも血気にはやるものが居ないわけではないが、主の意に反した行動派とらないので考えすぎということになる。
だが、こういった常に最悪の事態を考えるということは、徐々にではあるが高橋に指揮官としての自覚が芽生えつつあるとも言えた。
その日はそのまま日も暮れ、何事も無く翌朝を迎えた一行は、ベサリウスからの招待を待ってコンスタンティの領主の館へと足を運んだ。
そして、更迭された伊藤以外で初めてベサリウスと対面した。
「私がこのベサリウス領の領主、アウル・ベサリウス男爵です」
「日本国レノン行政代行官にして今回特使として派遣されました田辺麻里です」
互いに挨拶を交わすと席につくと、早速会談が始まった。
とは言え、ベサリウス側は本人以外にも数人がついていたが、日本側は田辺だけだった。
これは本来、外務省出身の田辺の部下から何人か派遣するはずだったのだが、当人たちが嫌がったためだった。
付いて来ようとしたものも居たことは居たのだが、そう言った人物に限って一時的にレノンを離れる田辺の代わりにレノンの行政を仕切らねばならなかったりで連れて来れなかった。
つまり、今の日本はアルトリアやホードラーを得たことにより唯でさえ少ない人材が更に不足している状態なのだ。
しかし、田辺は逆にこの状況に燃えていた。
「では、早速ですが、日本は貴国・・・と言うのは失礼とは存じますが、貴国と争うつもりはありません」
まずは日本の立場を表明し、相手の反応を伺う事から始めることになる。
互いに手の内は伏せたままでだ。
「争うつもりがない、とは言うが日本はホードラー王国を併呑したではないか?」
ベサリウスは内心、田辺と同様に争うつもりがないとは言え、いきなり賛同して手の内を晒す愚を犯すわけには行かない。
ひとまずは同調せずにいた。
「その指摘につきましては我々日本側に非はありません」
むしろ、日本に突きつけられた理不尽な勧告により始まった戦争だと告げる。
その内容は今は無き王宮から聞いてはいたが、ベサリウスは初めて知った内容の様に装った。
「はて?私はそのように聞いてはいないがね?」
ベサリウスの様子に知っていてとぼけている、と判断できない田辺は別角度から攻めることにした。
「ベサリウス卿が知らぬならばこの話をしても無駄でしょうね」
田辺の敢えて引く対応に、さしものベサリウスも少なからず驚いた。
強硬に自己主張、もしくは事詳しく説明でもするのかと思っていたのだ。
そこでベサリウスはこの件から少しでも日本がどれだけの手札を用意してるのかを探ってみる事にした。
「まあ、何かしら証明でもあればいいのですがね」
流石に今直ぐ証明は出来ないと踏んでいたのだが、これは少々うかつだったと後悔することになる。
「あら?証明すればいのですね?」
田辺はそう言うと用意していた資料から、当時ホードラー側から伝えられた勧告文をベサリウスに手渡した。
これにはベサリウスも舌を巻く。
(まさか、こうなると既に想定していたのか?)
間違いなくフーリエ・ホードラー4世国王(今では元国王)と、今は何処かへと落ち延びたバルト・カストゥーア伯爵、そして既に戦死しているハーマン大司教の署名が書かれていた。
しかもその筆跡は間違いなく3人のものだ。
何度も見たことのあるものである以上間違いようがない。
「・・・なるほど、これは貴国の仰るとおりですね」
まさか重要とも言える文書を簡単に差し出すあたり、日本は相当な手札を用意していると判断できたベサリウスは、下手な言動は出来ないことを悟った。
もっとも、この文章は、それらしい羊皮紙にレーザープリンターでカラーコピーしたものだったのだが、流石にそれを見抜け、と言うのは酷な話でしかない。
「その上で貴国は我が方に何を望まれますかな?」
腹の探り合いが終わったわけではないが、事前の情報収集も出来ていないベサリウスにとって会談を引き延ばしながら日本の意図を探るのは難しいことだ。
むしろ早い段階で日本の求めてくる内容を把握せねば、対応を誤ると判断していた。
「そうですね、率直にいきましょうか」
田辺はもう少し粘るかと考えたものの、ベサリウスがあっさり引いた上で直球を投げてきたことにその真意を測りかねていた。
とは言え問われた以上は答えねばならない。
このとき田辺はベサリウスを誤解していた。
日本で政治家と言えば腹に一物も二物持った議員連中と言う認識だ。
しかし、ベサリウスは将であり政治家でもあるが謀略家ではない。
この世界での政治家とは内政に秀でたものであって、日本のそれとは少々異なるのだ。
「我が日本国としては貴国と友好、国交を持ちたいと考えています」
田辺のこの一言から両者は熾烈なせめぎ合いを始めることになる。