第八話 幻の線路をたどって
「まずは、支線の下見だな……」
諒一は、地図のコピーとメモ帳をリュックに詰めると、兄からもらった赤い自転車のスタンドを蹴り上げた。
朝から陽炎が立ちのぼるような暑さだった。
空には雲ひとつない――どころか、太陽が怒ってるんじゃないかと思うほど、ジリジリと焼けついている。
「まだ8月に入ったばっかだろ……これじゃ、年末には60℃超えるぞ……」
ブツブツ言いながら玄関を出ようとしたそのとき――
「いってらっしゃーい!熱中症で融けるなよ!」
背後から父・五郎の声が飛んできた。
「おう、了解。って……どんなダジャレだよ……」
思わず笑ってしまう。父のダジャレは暑さにも負けず、年中無休で稼働しているらしい。
玄関先では、母が手ぬぐいを首に巻いて水筒とタオル、おにぎりの入った保冷バッグを手渡してくれた。
「木陰を見つけて、ちゃんと休みながら行くのよ」
「わかってるよ」
水筒には氷たっぷりの麦茶、おにぎりは梅と昆布の二個。
これだけあれば、数時間の探索には十分だ。
自転車にまたがり、ゆっくりとペダルを踏み出す。
向かうのは、古地図に書かれていた“吉祥寺—大和町支線”の予定ルート――
今は閑静な住宅地や小さな商店が並ぶ裏道ばかりだ。
信号待ちの間に、諒一はポケットから地図を取り出す。
地図上の“赤鉛筆の線”は、現在の地図と微妙にずれている。
どうやら、戦後まもなくの地形図らしく、現在の都市計画とは噛み合わない部分もある。
「ここから北に曲がって……この公園の裏手に出る道が……」
諒一の目に、一軒の古い店舗跡が映った。
シャッターが半分閉じかけたままの雑貨屋。看板の文字も消えかけている。
(この辺り……地図では“西吉倉変電所”って書いてある場所だ)
変電所――今はもうないはずの施設。
だが、道の脇には、妙に広い空き地と、コンクリートの土台だけが残されていた。
「ここ、だったんだ……」
まるで時代に置き去りにされたような場所。
そこに立っていると、不思議な感覚に包まれる。
まるで、自分だけが“あの時代”と“今”をつなぐ証人になったような――。
自転車を止め、日陰に腰を下ろしておにぎりの包みを開いた。
遠くで蝉が鳴いている。夏の空気は、むせ返るほど濃い。
だが、諒一の頭の中は、すでに次の工程に向けて動き出していた。
この線路跡を、すべてたどり切ってやる。
そして、その先に何が隠されていたのか――“第八倉地”の正体も。
自由研究では終わらない。
これはもう、自分だけの物語だ。