第五話 封印された“昭和の亡霊”
保守民主党代表・千田尚輝の額には、冷房の効いた議員会館の一室にもかかわらず、うっすらと汗が浮かんでいた。
「――誰がリークした?」
低く唸るような声で秘書に問いかけるも、返ってきたのは沈黙だった。
情報は確かだった。週刊文秋の次号――
特集は《昭和の巨悪を暴く 封印されたバブル汚職》、そして、その“象徴”として千田の名前が躍るという。
「なぜこのタイミングで……いや、わかってる。これは俺を潰しに来た“意図的な悪意”だ」
怒りよりも、焦燥と寒気が勝っていた。
数十年前のあの“第八倉地建設事件”――。
もうとうに過去の話だ。関係者は他界し、資料も処分され、報道も立ち消えになったはずだった。
何より、当時の自分はまだ若手の議員秘書。表には一切出ていなかった。
それでも。
「……掘り返されたか」
机の上に置かれた、週刊誌の見出しの下書きコピーには、確かにこうあった。
「幻の吉祥寺支線計画、その裏で暗躍した若き秘書“千田尚輝”――バブルの闇は、まだ終わっていなかった」
「吉祥寺……か」
千田は目を閉じた。
――線路すら敷かれなかった鉄道計画。
――突然の計画凍結。
――建設会社への不透明な補助金流用と、関係議員への裏金。
あのとき、自分はただの“使い走り”だった。
だが、その使い走りの記録が、まだどこかに残っていたとすれば――
「誰かが、あの古い資料にアクセスしたな」
かつての資料は、都内の古書資料館と一部の図書館に散って保存されていたはず。
通常では目にもとまらない、廃線資料の中に、何気なく紛れ込んだ新聞の切り抜き。
だが、もしそれを誰かが“掘り当てた”としたら?
「まさか、ジャーナリストが偶然見つけたのか?」
否。偶然にしては話がうますぎる。
週刊文秋の記者は、“地図の裏面に貼られた一枚の新聞”から全てを逆算して動いている。
これは、仕組まれている――千田はそう確信していた。
「千田先生、会見の予定を……」
秘書の声に、千田は手を上げて遮った。
「いや、いい。会見はしない。……奴らの狙いは“過去”の傷を、今さら引きずり出して“政治の腐臭”に仕立て上げることだ」
けれど、千田の脳裏にどうしても引っかかる一点があった。
“誰が、あの地図を見つけたのか?”
それはもしかしたら、記者ではなく――
まったく予想外の、何者かによって発見された可能性。
そしてその名も知らぬ“何者か”が、思いもよらぬ形で、
封印された昭和の亡霊に再び命を吹き込んでしまったのかもしれなかった。