第四話 地図の向こう側
「昭和の最後らへんって……昭和60年代とか?」
古地図に目を通しながら、諒一はぽつりとつぶやいた。
思い出すのは父・五郎の言葉だった。
「おれが生まれたのは昭和49年だ。ベトナム戦争は終わってて、ウォークマンも出てきてたころだな」
そういえば、そんなことを風呂上がりに言っていた。
「ってことは、この地図に載ってる未成線って、親父が小学生のころの話じゃねえのか……」
扇風機の羽の音が遠く感じる。
地図の端には、手書きでうっすらと書かれた赤鉛筆の線。
“吉祥寺—大和町支線(計画案)”とある。
現在はその上に住宅街が広がっているはずのエリアに、明らかに“つながるはずだった何か”が示されている。
「支線……?」
諒一の眉が動いた。
これまでに読んだ鉄道の本には載っていなかった名前だ。
しかも、地図の隅には、誰かが書き加えたような小さな文字がこう記されていた。
「昭和63年計画凍結/※第八倉地建設事件の余波により」
「……けんせつじけん?」
その単語だけで、なんとなくヤバそうな響きがした。
子ども向けの歴史漫画で見た、“バブル”とか“土地ころがし”とかいう言葉が脳裏をかすめる。
「まさか、鉄道の計画が……事件で中止されたってこと?」
胸の奥がざわついた。
自由研究のテーマとしては破格すぎる。
子どもっぽいどころか、社会派じゃないか。
だが同時に、どこか背筋がぞくりとする感覚もあった。
地図の裏面をめくると、そこには昭和62年の日付とともに、当時の地域新聞の切り抜きが糊で貼られていた。
タイトルにはこう書かれていた。
「都市計画と闇の接点――“八倉地事件”と吉祥寺支線の真相」
「……なんだよこれ」
諒一の声は、図書館の空気にかき消されるほど小さかった。
まさか――
まさか自由研究のはずが、“事件”に足を突っ込むことになるとは。
このときの諒一はまだ知らない。
自分が開こうとしているのは、過去の忘れられた鉄路ではなく、
都市と政治と金とが絡み合った、昭和の亡霊の封印そのものだということを。