第三話 慎吾という名の疑惑
図書館の自動ドアが開くやいなや、涼しい空気とともに現れたのは――杉井慎吾だった。
「……うわ」
反射的に足が止まる。
正直、諒一の胸の中に電撃のような焦りが走った。
まさか――やられたか?
自由研究で“未成線”をテーマにするなんて、ちょっと変わった奴しか考えつかないはず。
でも、目の前にいる慎吾は、まさにその“変わった”タイプ。
頭が切れて、興味の対象が幅広く、クラスの優等生。しかも山中先生から目をかけられてるほどの本格派。
――やられた……いや、待て。そんな訳あるか!
諒一は頭をぶんぶん振った。
「慎吾がそんな泥くさいテーマを選ぶわけがない。きっと、物理とか元素記号とか、そういうやつに違いない」
自分に言い聞かせるように、冷静さを取り戻す。
そのとき、慎吾の方が先に口を開いた。
「お、四日ぶりですな」
例の、少し調子に乗ったような、でも不思議と憎めない声で。
慎吾の言葉はいつも妙に丁寧で、年齢より三つくらい上に聞こえる。
「四日……? あ、月曜日の下校ぶりか」
「そう。きみが“おれ、自由研究ぜんぜん思いつかねぇ”って、真顔で言ってたあの日」
にやにや笑う慎吾の目が、今日も冴えている。
諒一は軽く舌打ちしたくなる気持ちをこらえて、なるべく平然を装う。
「で、お前はもうテーマ決めたのかよ」
「ふふん。まあね」
「……未成線とかじゃ、ないよな?」
言ってから、ちょっと気まずくなった。
露骨すぎたか? と思ったが、慎吾は眉をひそめ、くすっと笑った。
「なにそれ? 鉄道マニアの誰かと間違えてるんじゃないか? 僕のはもっとクリーンな“太陽光発電の発電効率”について、だよ」
「……は、はぁ……」
諒一は、胸の奥にわずかに残っていた不安が、シャボン玉のように弾けて消えるのを感じた。
“太陽光発電”――聞いた瞬間に、彼の慎吾らしさが逆にまぶしかった。
「じゃ、僕は午後の読書クラブの資料をコピーしに来ただけだから。研究がんばってね」
慎吾は軽く手を振り、階段をスタスタと上っていった。
ホッと息をついた瞬間、背中に汗が伝っていく。
外より涼しいはずの図書館の中で、なぜか妙に汗ばむ自分に、諒一は苦笑する。
「さて……いよいよ、始めるか」
――自由研究。
誰も知らない、幻の鉄道と、失われた地図の謎を追う旅が、ここから始まる。