第二十三話 誓いの紅葉
秋も終盤に差しかかり、
朝晩の風に冷たさが混じるようになった頃、
テレビのニュースは各地の紅葉の便りを伝えはじめていた。
教室の窓から見える桜の木も、わずかに葉を残しながら、風にその名残を散らしていた。
ある放課後。
いつものように二人並んで帰る道すがら、諒一はふいに立ち止まり、
真剣な顔で杉井慎吾に向き直った。
「なあ、慎吾……オレさ――警察官になりたいって思ってるんだ」
慎吾は、言葉を返す前にじっと諒一の顔を見つめた。
それは、おちゃらけも思いつきでもない、本気の目だった。
「この国に……本当に“病巣”があるんなら、
オレは、それにちゃんと向き合って、立ち向かう警察官になりたい。
子どもだからとか、正義感だけだとか、言われたっていい。
でも、見たものを、見なかったふりだけはしたくないんだ」
その言葉に、慎吾はふっと笑った。
そして、静かにうなずいた。
「……じゃあ、お前が目指すのは、警察官じゃなくて、“警察官僚”だな。」
「……けいさつかんりょう……?」
諒一は眉をひそめた。
「それって、普通の警察官とは違うのか?」
慎吾は頷きながら、簡潔に説明した。
「警察官僚ってのは、国家公務員。警察庁に入って、政策を作ったり、巨大な組織を動かす立場に就く。
現場で悪と戦う警察官とは違うけど、“国家レベルの巨悪”に立ち向かいたいなら、上に行かないと届かない。
……でもな、お前の今の成績じゃ、全然ダメだけどな」
「……っ、そこは言うなよ」
苦笑しつつも、諒一の心にははっきりと火が灯った。
目指す場所が、見えた。
それから翌日。
諒一のノートには、「国家公務員」「警察庁」「東大」などの見慣れない言葉が並び始める。
休み時間、放課後、土曜日。
慎吾が作った“猛勉強スケジュール”が、諒一の生活を一変させていった。
「よし、次は時事問題だ。“公益通報者保護制度”って何か説明してみろ」
「えーと……なんか、ヤバい会社のことを、チクってもクビにならない制度?」
「お前、それだと通報者じゃなくてチクリ魔だわ。やり直し」
ふたりのやり取りは、いつしか教室の仲間たちにも知られるようになり、
「警察官コンビ」と呼ばれることもしばしばあった。
だがその胸には、夏に見た真実の断片と、
それに対して何もできなかった悔しさが、今も静かに燃えていた。
正義は、声高に叫ぶものじゃない。
静かに、でも確かに、積み重ねていくものだ。
諒一は、そんな父の背中を思い浮かべながら、
今夜もまた、ページをめくる。




