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自由研究の冒険  作者: 56号
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第二十一話 あの日の秘密基地

「――オジキ!」


その声に、梨本祐三の足が止まった。

夕刻、議員会館の通路。

背後から呼び止めたのは、神谷五郎だった。

その呼び方は、いつしか五郎が親しみを込めて使うようになった愛称だった。


若き日、周囲が「御曹司」と遠巻きに見ていた神谷組の跡取り。

だが五郎自身は、それを気にする素振りも見せず、黙々と事務所の裏方仕事に打ち込んだ。

その陰には、梨本と、妻の香の**“育ての情”**があった。


「――あの頃、オレの家のことを引き合いに出して、連中は好き勝手言ってた。

でも、本気でオレに仕事を教えてくれたのは……オジキと、香さんのふたりだった。

今でも感謝してるし、心から尊敬してる。上司に恵まれたって、本当にそう思ってる」


梨本は目を伏せたまま、黙って聞いていた。

だが、五郎の口調がふと変わる。


「……だけどな。」


その声には、長年封じ込めていたものが滲んでいた。


「あの日のことは、今でも鮮明に覚えてる。」


梨本がゆっくり顔を上げる。

五郎は視線を合わせず、どこか遠くを見るように続けた。


「……あの閉鎖された変電所にはな、フェンスに破損箇所があった。

ガキだったオレたちにとっちゃ、まさに秘密基地ごっこの聖域だったんだよ」


空気が凍った。

梨本の胸の奥に、言いようのない寒気が走る。


「見ちまったんだ。オジキが、男を運び込んでるのを。

作業服も来てねえ。施設の電源も切れてたはずなのに……」


五郎の語尾は消え入るように弱まったが、その瞳には揺るぎない確信が宿っていた。


「……オレは、あのとき何もできなかった。何も言わなかった。

でもな……今でもあれは“事故”なんかじゃなかったって、心の底で知ってるんだよ」


梨本は言葉を失った。

動揺を悟らせまいとしたが、肩がわずかに震えていた。


「……何が言いたい?」

やっと絞り出すように口を開いたその声に、五郎は振り返らなかった。


「オジキなら、何を言いたいか、わかるだろ。」


「千田先生の顔に泥を塗るようなことをするなら――たとえオジキでも、オレは許さない。」


一拍の沈黙。


「……自首して、全部話してくれ。

それが、あんたがオレに教えてくれた“筋を通す”ってことじゃなかったのかよ」


そう言い残すと、五郎は一度も振り返らずに、踵を返して歩き去った。


梨本は、その背中をただ見送るしかなかった。

声をかけることもできず、追いかけることもできなかった。


それから一週間後の日曜日の朝早く、

神谷五郎のもとに一本の連絡が入る。


「――梨本祐三が、自宅マンションの一室で首を吊っていた。」


目を疑った。

あの“影の番人”とも言える男が、自ら命を絶ったという事実を、

どう受け止めればいいのか、すぐには答えが出なかった。


五郎は無言で受話器を置き、窓の外を見つめた。


――これで、すべてが終わったのか。

――それとも、本当の“はじまり”はここからなのか。


答えのない問いだけが、静かに胸の奥に残った。


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