第二話 思い立ったが吉祥寺
「思い立ったが吉日、ってな」
そんなことを言っていたのは、数日前の夕食後だった。
麦茶をぐびぐび飲みながら唐突にそんな言葉を口にした父・五郎に、母は「また何か企んでるでしょ」と苦笑していた。
諒一は、そのときはただ流していたけれど、今になってなぜか頭にこびりついて離れない。
――あの古地図。図書館で見つけた、昭和の終わり頃に廃線になったという“吉祥寺電気軌道線”の記録。
地図には今の吉祥寺駅の北側、今やカフェや古着屋が立ち並ぶ裏通りの下を通っていたという線路の敷設計画が、赤鉛筆でなぞられていた。
「誰か借りてたり……しないよな?」
諒一は少し不安になりながらも、すぐに首を振る。
「そんなニッチな自由研究を、ほかの奴が思いつくわけないって……たぶん」
けれども、“たぶん”が少しでもあるなら、急ぐに越したことはない。
あの資料が手元にさえあれば、この夏休みのテーマは決まりだ。
諒一は、兄の透からもらった古いけど頑丈な赤い自転車にまたがると、勢いよくペダルを踏み込んだ。
家の前の坂を下りきると、そのまま商店街を抜けて吉祥寺図書館へ向かう。
――思い立ったが吉祥寺!
脳裏に浮かんだしょうもないダジャレに、思わず吹き出しそうになる。
「……って、親父のダジャレがうつってるじゃん」
五郎は自称“ダジャレマスター”を名乗っては、毎晩のように食卓で寒いギャグを飛ばしてくる。
そんな父の影響を、知らず知らずのうちに受けている自分がちょっと悔しいような、でも少しだけ誇らしいような――
朝の空はすっかり夏の青。
アスファルトの照り返しは容赦なく、前かごに入れた水筒の氷も、道すがらでとけていきそうだった。
「頼む、まだ誰も見つけてませんように……」
諒一は祈るように、図書館へ続く坂道を、立ちこぎで駆け上がった。