第十九話 目撃者
昭和六十三年・初夏のある日。
変電所の前に救急車と警察車両が到着し、作業員たちの慌ただしい動きと、物々しい黄色い規制線が張られる中、
徐々に近所の住人たちが野次馬として集まり始めていた。
担架に乗せられ、白いシートをかぶせられた両角清志の亡骸が静かに運び出されると、
その場の空気が一瞬、ひやりとした沈黙に包まれた。
その中に――ひとりの少年の姿があった。
まだあどけなさの残る面立ち。
髪をくしゃくしゃにして、真っ黒な短パンと白いシャツを着たその少年は、
他の野次馬たちとは異なる目つきで、じっと何かを観察していた。
ただの子どもではない。
何かを“理解しようとしている”ような、静かな眼差し。
その存在は、梨本祐三の目にも留まった。
(……あのガキ、誰だ?)
異様なまでに冷静なその目が、何かに引っかかる。
だが、それが警戒に値するのか、単なる思い過ごしなのか――
当時の梨本には判断がつかなかった。
後日、梨本は慎重に“調べ”を始めた。
表向きは近所の主婦との雑談を装って、事件当日の様子を話題にしながら、さりげなくあの少年のことを聞いてみた。
「ねえ、この前の変電所の事故の日に、ほら、小さな男の子いたでしょ? 白いシャツ着てた……」
「ああ、いたいた。あの子ね、神谷五郎くんっていうのよ。まだ中学生? いや、もっと下かもね。
すぐ近くの藤谷さんのとこにお嫁にいったお姉さんの家によく来てるのよ」
その名を聞いた瞬間、梨本の脳裏に冷たいものが走った。
神谷五郎。
後に、千田尚輝の秘書として政界の裏側を歩むことになる人物。
梨本にとっては、“最も信頼できる裏方”の一人として、後に同じ仕事を共に担うことになる。
(まさか……あいつが、あの時の少年だったのか……?)
時間が経つにつれて、少年の記憶は風化し、事件は“過去の事故”として埋もれていった。
だが、あのときの一枚の地図、あの静かな目――
そして今、再びあの支線の記録が動き出している。
梨本は椅子に深く沈み込み、目を閉じた。
あの夏の日にあの場にいたことが、五郎の中に何を植えつけたのか。
それは今でもわからない。
だがひとつだけ確かなことがある。
――五郎は、見ていた。知ってしまった。
その目で、幻の支線計画と、それにまつわる死を。
その視線こそが、今、新たな世代に継がれようとしていた。




