表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由研究の冒険  作者: 56号
17/24

第十七話 春の幻影

昭和六十三年 春。


東浜システムズ工業の両角清志もろずみ きよしは、ようやく叶った夢の暮らしに満足していた。

前年、清志は身の丈に合わぬ55年ローンを組んで、家族とともに念願のマイホームを手に入れたばかりだった。


立地は決して良いとは言えなかった。

最寄りの吉祥寺駅まで行くには、バスを乗り継いで30分以上。

通勤にも買い物にも不便だったが、そんな悩みもすぐに吹き飛ぶ朗報が舞い込んできた。


――このあたりに新しい鉄道路線が敷かれる。

――吉祥寺支線計画が始動するかもしれない――。


その噂に、両角は心から安堵し、笑顔を浮かべた。

駅ができれば交通の便は劇的に改善される。

そして何よりも、土地の資産価値が跳ね上がる――まさに、先行投資の勝利だと確信していた。


ところが、そんなある日。

昼休みの喫煙室で交わした何気ない会話が、地獄の入口となった。


「なあ、山神……吉祥寺支線の話、ほんとに進んでるんだよな?」

コーヒー片手に問いかけた両角に、山神誠夫は一瞬、微妙な表情を浮かべた。


「ああ……うん。まあ、実はさ」


ぽろり、と何かが剥がれ落ちるように、山神は口を滑らせた。


「この前、千田議員の個人秘書から依頼されてさ……あの“支線計画”、うちの資料部が図面作ったんだよ。

全部“架空”だけどな。現実には何も決まってない。でっち上げだよ、言ってしまえば」


その瞬間、両角の笑みが消えた。


顔の血の気がすっと引いていくのを、山神自身も見て取った。

「あ……いや、その、冗談だよ、冗談。あはは」


無理に笑いながら、山神は手元の煙草を消すと、

「さて、仕事仕事……」と気まずそうに呟いて、喫煙室を出て行った。


残された両角は、その場に立ち尽くした。

希望だった“支線”は、絵に描いた餅どころか、仕組まれた幻想だった。

この家も、人生も、その幻想の上に築かれていたのか――。


だが、その“現実”と向き合う時間すら、彼には残されていなかった。


その日の午後、両角は変電所のメンテナンス作業中に事故に遭い、命を落とした。

接触不良を起こした旧式の高圧機器が、一瞬にして彼を吹き飛ばしたと報告書には記されている。


その報せが山神のもとに届いたのは、翌朝のことだった。

「……あいつ、本気で信じてたんだな……」


手元のコーヒーが妙に苦かった。

それは、でっち上げられた線路の先に横たわる“一人の人生”の重さを、わずかに実感させる味だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ