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自由研究の冒険  作者: 56号
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第十六話 書いたのは、誰か

東屋でのひとときが終わり、老婦人たちはそれぞれにゆっくりと帰っていった。

蝉の声は、さっきよりも幾分弱まり、午前中の暑さも少し和らぎ始めている。


諒一は帰り道、コンビニで麦茶を買い足し、商店街を少し回り道してから家に戻った。

玄関先に人の気配を感じて顔を上げると、そこにいたのは――圭子伯母だった。


「おかえり、諒ちゃん」

「え……伯母さん?」

「ふふ、ちょっと寄ったのよ。おばちゃん、久しぶりに五郎ちゃんの顔も見たかったから」


母・深雪と並んで立つ圭子は、昔と変わらぬ笑顔だった。

諒一にとって、父・五郎の姉である圭子は、“もう一人の母親”みたいな存在だった。

五郎を溺愛し、同じように諒一にも甘く、なにかとお菓子や小遣いをくれた。


「姉さん、晩飯食ってってくれよ」

五郎の一言に、母・深雪もすかさず加勢する。


「せっかくだから、ご飯にしましょ。夕方は一緒に飲みましょうよ」


すっかり“家族の時間”となった食卓の上に、冷奴、アジの南蛮漬け、夏野菜の味噌汁が並ぶ。

圭子は箸を進めながら、ふと思い出したように五郎に顔を向けた。


「ねえ、五郎ちゃん――」

その言葉には、ふと空気が引き締まるような重みがあった。


「……もしかして、あの支線計画の古地図、あなたが書いたんじゃない?」


一瞬、五郎の箸が止まった。

諒一も反射的に顔を上げる。


「……え?」

「だってあなた、**あの頃、よくお父様の書斎に入り込んでは、古い資料とか地図とか眺めてたじゃない。

支線計画図案っていうタイトルの資料、私も一度だけ見たことがあったのよ。

細い赤線で“仮想ルート”って書かれてて……あれ、子どもの落書きかと思ったけど、丁寧にトレースしてたの、たぶんあなただと思うの」


沈黙。

五郎は箸を置き、ビールをひと口すすった。


「……ああ。あれ、たぶん俺だよ」


言葉は、あまりにもあっさりと。


「えっ? 本当に!?」

諒一が思わず声をあげると、五郎は照れくさそうに笑って言った。


「だってさ、親父――お前のじいちゃんの書斎ってさ、小学生にはまるで宝の山みたいだったんだよ。

地図、計画書、新聞の切り抜き、ぜーんぶ棚に整ってて。

で、たまたま“未公表支線ルート案”って資料を見つけて、真似して地図帳にトレースしたの。

赤鉛筆でな。下手くそな字で“第八倉地”って書いたのも、その資料にちょこっとメモが残ってたから」


「……それって……もしかして、図書館に残ってた地図……?」


「ああ、俺、あれ無くしたと思ってたんだけど……多分、親父が保存してて、亡くなった後にどっかに寄贈されたんじゃないかな。

だって、じいちゃん、図書館の後援会に入ってたろ?」


真実は、あまりにも自然なところにあった。

架空の支線図――それは、少年だった五郎が、父の書斎で偶然拾った“幻の資料”を写し取ったものだった。


「じゃあ、あの図は……いたずらとか妄想じゃなくて、本当にあった計画の痕跡なんだね……」


圭子がそっと言った。

「ええ、だからこそ、気になったの。あの地図、捨てられていなかったことが、今、きっと意味を持ち始めてる」


諒一は、心の奥で何かがほどけていくのを感じていた。

あの赤い線は、ただの子どもの空想じゃなかった。

記憶のトレースであり、時代の忘れ形見だった。


過去と現在が、一本の細い線でつながっていた。

その線をたどることで、諒一はもうひとつの“自由”を見つけようとしていた。











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